国連「世界幸福度報告2019」に「さまざまなこと思ひだす桜かな」

  1. 朝の散歩が気持ち良い季節です。家人と二人で、駒場の住宅街から東大キャンパスへと歩きます。どなたかのお宅の花桃もキャンパスの桜も満開です。

春の到来は、何がなし幸せな気分にさせてくれます。

「さまざまなこと思いだす桜かな」(芭蕉

f:id:ksen:20190328080530j:plain2.3月20日は. 「国際幸福の日(The International Day of Happiness)」で,この日に合わせて今年も国連「世界幸福度報告2019」が発表されました。

2017年報告についてブログに書いたことがあります。今回も取り上げます。

f:id:ksen:20190327081510j:plain(1)二百頁近い膨大な報告書ですが、インターネットに掲載されて誰でも読むことができます。その年ごとに様々なテーマを取り上げてそれが「幸福度」とどのように結びつくかを調査し、報告し、提言します。

今年であれば、「良い政府の存在」と「平和と紛争」がどの程度「幸福感」に影響するか?

「社会の寛容度」の指標として「ボランティア」と「寄付」も取り上げました。

例えば、1500人以上の日本の大学生に対して、「夏休みに他人のためにお金を使ったか?」の追跡調査をして、「使った」学生の方がそうでない学生より「幸福感」が高いと結果づけています。 

(2)昨年であれば、移民や移動(例えば、中国での農村から都市への)した人たちの「幸福度」を追跡調査しました。 

(3)2017年であれば,「幸福度」には経済的な豊かさや健康だけでなく「その国の社会的基盤(social foundation)」が重要だという国連の立場を強調しました。

その上で、「トップ10か国は西欧の比較的小さな、産業化された国が多い。1人あたりGDPも極端に大きい国ではない。彼らの「高い幸福度」の主因は、1人1人を支える強固な社会基盤と平等感にある」というメッセージを披露しました。

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3.というように毎年、中身の濃い調査報告ですが、どうしても最大の関心は国別ランキングになるので、以下はこの点の報告です。

(1) 「幸福度」の国別ランキング調査に当たって国連は、「主観的」な(自分が幸せだと思っているかどうかの)物差しが重要だという考え方を採用しています。

(2) 具体的には、各国で聞き取り調査を実施して、自分の幸福度を0から10までのスケールのどこかに位置付けてもらいます。

このポイントで各国を比較して順位付けします。

さらに、説明変数も使って、このポイントが客観的にも納得いく説明になるか検証します。説明変数は、(1)1人当たりGDP (2) 社会の助け合い状況 (3) 健康寿命予測 (4)社会の自由度 (5)寛容さ (6)腐敗度の6項目について、統計データと聞き取り調査を使います。

 

(3) そして、各国の「幸福度の順位付け」が毎年公表されます。

今年3月20日発表された「報告2019」 では、156か国の中で、フィンランドが昨年に続いて1位、日本は58位でした。ポイントは10点を満点として、フィンランドが7.719、日本は5.886で1.833の差でした。

 

(4)「幸福度ベスト10」は、1位フィンランド、2位デンマーク(7.60)、以下3ノルウェイ、4アイスランド、5オランダ、6スイス、7スエーデン、8ニュージーランド、9カナダ、10オーストリア(7.246)。

f:id:ksen:20190331072450j:plain順位はともかく、この10か国の顔ぶれは毎年変化がありませんでしたが、今年の報告では、オーストラリアが11位に後退し、オーストリアが入りました。

(5)「幸福度」の下位グループに来るのは、シリア、イエーメン、アフガニスタンなどの紛争地域で、最下位の南スーダンのポイントは2.853と、上位諸国とは4点から5点近い差があります。

(6)因みに、英国15位(6.99),ドイツ17、アメリカ19、フランス24、台湾25、シンガポール34、イタリー36、ロシア68・・・など。

(7)中国は93位で、一昨年79位、昨年86位と3年続けて順位が下がりました。日本も51位から54位、今年は58位に下がりました。G7の中では最下位です。

(8)日本はOECD経済協力開発機構)に加盟している36か国の中でも最下位グループです。

因みに、上位20位の19か国がOECD加盟国です。非加盟国は1国だけ、12位に入っているコスタリカです。コスタリカは中米にある人口5百万ほどの小国で、軍隊を持たない「丸腰の平和国家」として知られています。

 

4.以上が国別ランキングのあらましです。

(1)もちろん、順位に一喜一憂しても仕方ないでしょうし、所詮「君は幸せか?」という主観的なサンプリング調査で、気にすることなんかないという意見も多いかもしれません。

この「報告」、日本であまり話題になりませんが、そういう理由もあるかもしれません。

(2)たしかに、国連も、「主観的な」幸福感と「6つの指標」の数値に若干の乖離があることを認めています。 例えば、ラテン・アメリカでは前者が「説明変数」より高くなり、東アジア(日本を含む)では逆に低くなり、ラテンの人たちは一般に楽観的だというような国民性の違いのせいもあるだろうと言います。しかし、乖離はさほど大きくはなく、上述した6つの指標で、「主観的な幸福度」の4分の3以上が説明できるとしています。

f:id:ksen:20190328075346j:plain5.無視するのもおかしいのではないか、と私は思うのですが・・・・。

(1) 少なくとも、国連が主導している、世界に公表されている国際調査で、日本のランクは決して高くない(今回は韓国より低い),しかも毎年下がっている、この事実は認めるべきではないか。

(2)なぜこんなに低いのか?どうやったら国連調査手法による「幸福度」を上げられるか ?

(序でに言えば、中国はさらに低く、しかも経済は発展し豊かになっているのに順位は下がっている、なぜなのか?)

(3)そのためには、毎年の「調査報告」の内容を理解して、社会に何が不足しているか?どうしたらよいか?を考えるべきではないか、と思うのです。

f:id:ksen:20190331072653j:plain(4)例えば、「2017年の白書によると、人口10万当たりの自殺者数を示す数値で、日本は世界で6番目に高かった。若年層の自殺と事故の死亡率を先進7か国で比較すると、自殺が事故を上回ったのは日本だけ」という報道があります。

「日本の「相対的貧困率」は高い。OECD加盟国で、アメリカに次いで2番目。2015年で全世帯の16.1%が「貧困層」」という統計もあります。

(5)ところが東京の街を歩いていると、皆あまり世の中を憂いているようには見えないし、内閣支持率も高いし、パリの「黄色いベスト」運動のような激しいデモもない。

外国人観光客は増え続けて「日本は素晴らしい」と言ってるとテレビは伝えている。 

――その辺りが、私には不思議で、よく分かりません。「58位とはけしからん。国連統計なんか無視しよう」ではなく、皆で考えてみたいものです。

 

 

Silent Invasion(『静かなる侵略、豪州での中国の影響』)(続き)

1.東大キャンパスの早咲きのしだれはもう咲いていますが、一昨日の我が家の桜はまだほとんどつぼみでした。

f:id:ksen:20190322105912j:plain先週は、実家の墓がある谷中の天王寺に墓参に行きました。終わって谷中銀座を歩いて、行列ができる「すずき」のメンチカツを買って、生ビールと一緒に暫し憩いました。

f:id:ksen:20190320103639j:plain2.前回は、私にとって思い出の地の1つ、オーストラリアが中国に「侵略」されつつ

あると警告する本『静かなる侵略、豪州での中国の影響(Silent Invasion, China’s Influence in Australia)』を紹介しました。

最後に「オーストラリアはこれからどういう道を選ぶのでしょうか?」と書きました。 

(1)本書の出版は1年前ですが、今年の1月に、カナダにおける中国の影響を警告した同じような本が出ました。読んでませんが、題名は『パンダの爪(Claws of the Panda: Beijing's Campaign of Influence and Intimidation in Canada)』です。 

(2)また今年の2月6日、豪紙は、内務省はHuang Xiangmo(黄向墨)という在豪中国人、大富豪の不動産デベロッパーの永住権を無効とし、再入国を禁止し、市民権の申請を却下したと報じました。

➜本書に呼応するように、「豪情報機関は長らく、中国当局が豪州の政治献金制度を用いて接近を試み、介入していると警告を発信していた」とあります。 

 

3.そういうこともあり、今回も本書からの紹介です。 

まずは、「影響」あるいは「静かなる侵略」という場合、貿易・投資・人の移住の3つがカギになりますね。

貿易・投資面での中国の影響力について、本書は、

・中国が豪州からの資源の輸入(天然ガスなど)での「アメとムチ」作戦、

・戦略的な投資(電力、エネルギー、インフラ、農業。北豪州ダーウィン港湾施設の中国資本による買収など)

を懸念しています。

 

「人の移住」については、中国共産党の戦略は、

(1)上述したHuang Xiangmo(黄向墨)のような大富豪を活用する。

(2)優秀な人材を投入し、現地の政界、ビジネス、大学や研究機関で活躍させる。

(3)留学生を含めて120万人いる在豪中国人の組織化を図る

などで何れにせよ、党は、「人種が中国人」であれば、国籍が豪州であっても「中国=党」への忠誠を第一に要求する(これは豪州の「多文化主義」の思想には反します)。

f:id:ksen:20190309165059j:plain4.上述した、今年2月に国外退去となったHuang Xiangmo(黄向墨)は、「周沢栄Chau Chak Wing」などと並んで、本書に度々登場します。

彼ら大富豪の活動は、

(1)中国共産党との深いつながり

(2)豪州の政治家への巨額の献金

(3)大学や研究機関への巨額な寄付(自分の名前を付けた建物、豪中リサーチ研究所を設置してその所長に元外相ボブ・カーを据える(「ベイジン(北京)ボブ」と呼ばれる人)。

(4)豪州にいる中国人(OC)組織の管理運営とそれを通じての地元との交流、

といったところです。

 

5.大学であれば、「学問の自治」が守られているか?と以下のように著者は懸念します。

(1) 中国では2013年、大学に対して、立憲民主制、報道の自由、人権など7つの教育禁止項目が党から命じられた。

この「党の思想の管理」は中国人の海外留学生にも及ぶ。

(2)豪州の大学内に中国人学生の組織があり、(1)に沿って授業内容を批判し、「愛国的な」抗議行動に出る(例えば、台湾、天安門事件チベット問題など)。

(3)大学は彼らが大きな収入源であり、概して弱腰である。総数は13万人、豪州の東大と言えるオーストラリア国立大学では留学生の6割が中国から)。

(4)大学や研究機関の教授や上級管理職に中国系が増えている。

彼らが、機密情報を流したり、スパイ行為を働くこともあり得ると本書は大いに懸念している。

 

6.中国企業の豪州拠点や豪州の企業内の中国人も気になる存在である。

アメリカで、中国の通信大手ファーウェイ(華為技術)をめぐって、トップが逮捕され米中が衝突していることご承知の通りで、豪州でも同社の活動について本書は疑惑を投げている。

 

7.世論形成や諸活動について言えば、

 

・2015年のダライ・ラマ訪豪時の抗議活動支援、「日本勝利の日」を祝う

春節(中国の正月)を祝う。

春節は年々盛大になっており、写真のようにシドニーのオペラハウスを赤く染めたり、豪州の首相など要人が参加する。f:id:ksen:20190309165115j:plain

(因みに、世界中で春節を祝う国は2010年の65から2015年は119か国900都市に拡がった)。

・豪州に住む、作家、文化人、教会の牧師、元人民軍の兵士まで動員して、イベントを開き、宣伝活動をする、

などなど。

 

8.以上、本書で紹介する内容のごく一部を紹介しただけですが、

それでは豪州はこれからどうすべきか?民主主義か中国か、の二者選択を迫られる時が来るのか?

著者は、悲観することはない、米・日・インドなどの民主主義国と連携し、豪州の風土と価値観を愛する人たち(在豪中国人を含めて)に期待しよう、と語るのですが・・・・

 

9.以下は私の感想です。

(1)前回書いたように、豪州はまだ立憲君主制で、元首はエリザベス英国女王です。

(2)元首といっても、もちろん名目的な存在に過ぎません。権限はいっさいありません。しかし、英国との歴史的・精神的な繋がりの象徴として、このことは大きいのではないか。

(3)1999年に共和制移行を問う国民投票が実施されたが、その時は反対多数(有効投票99%、反対54%賛成45%と決して大差ではない)で立憲君主制が維持された。

(4)しかし、ターンブル前首相は2016年に、2022年に再度国民投票にかける、と表明したことがある。

将来、同じ主張をする首相が現われて、国民投票が再度実施されるとしたら?

多文化主義の進む国で、1999年以来英国と繋がる人は減り、英国への愛着はさらに薄まっているのではないか。

(5)仮に、賛成が多数となり、豪州が英国女王と別れを告げて共和国になるとしたら?

どんな大統領が生まれるか、分からないのではないか。

その時こそ、豪州は引き続き自由と民主主義を守り続けるかどうか、国民の意志と覚悟が問われるのではないかという気がします。

 

Silent Invasion(『静かなる侵略、豪州での中国の影響』)』を読む

1.朝の散歩で通る東大先端技術研究所に、もう早咲きの桜が満開です。

f:id:ksen:20190315145203j:plain前回は、「リベラル」を堅持し、右にも社会主義にも反対する英国エコノミスト誌の姿勢を紹介しました。

オルテガの「自由主義とは至上の寛容さ~」も引用しました。

氤岳居士さんから「老いてなお、切々たる想いを吐露した」とのコメントを頂き、幾つになっても青臭い自らが恥ずかしいです。

 

この、リベラルが最も大切にする「寛容」ですが、「寛容は不寛容に対してどこまで寛容になりうるか?」という永遠の難問(アポリア)があります。

先週、『Silent Invasion, China’s Influence in Australia (『静かなる侵略、豪州での中国の影響』)』(Clive Hamilton)を読み終えて、この難問を考えました。

 

2.本書は、昨今の豪州における中国の存在感の大きさを「侵略」と捉えて、危機感を表明した著書です。

圧力を懸念した出版社から断られ、独立系の中小の出版社がOKし、2018年2月に出版されてベストセラーになりました。

邦訳を待っていたのですが、1年経っても出ないので遂に原書を読みました。

中国に関する英語の本・雑誌を読むのは苦手です。人名・地名を英語でフォローするのがたいへんで読むのに時間がかかるからです。

Xi Jinping=シージンピン=習近平ぐらいは何とか読めますが、Jiang Zemin, Hu Jintao, Li Keqiangとなると、もういけません。それぞれ、江沢民胡錦涛李克強です。

幸い中身は難しい本ではありません。面白かったです。 

3.(1)豪州はいまでも英連邦の一員で、元首は英国女王エリザベス2世。1999年に共和制移行を問う国民投票が実施されましたが、反対多数で立憲君主制が維持されています。

アメリカとは同盟関係にあります(1951年太平洋安全保障条約)。

f:id:ksen:20190317073639j:plain(2)ところが、ここにきて中国が関係強化を強めています。いまや最大の貿易相手国・投資国です。中国の「侵略」を懸念する著者は、本書の表紙を、合成されたキャンベラの議事堂の上に中国の国旗が翻っている写真を載せました。

豪州は、伝統的な英米との関係や民主的な同胞を大事にするか?中国との緊密な関係をより重視するか?岐路にたたされています。

それは、リベラル民主主義の価値観を守るのか?価値観を犠牲にしても経済的な利益を重視してそこに国の繁栄・国民の幸福を賭けるのか?の選択でもあります。

もちろん豪州は、両方を達成したい。

ところが、そんな寛容さを許さない国があって、二者択一を選ばざるを得ないとなったら、この国はどうするのでしょう?

 

4.著者は、中国は豪州をアメリカひいては西欧陣営からの引き離しを狙っていると説き、以下のように述べます。

f:id:ksen:20190309165345j:plain(1)中国は軍事力だけでなくソフトパワーを含めた総合的な世界戦略を進めている。

南シナ海などの領土問題、AIIB(アジアインフラ投資銀行)の設立、「一帯一路」構想などに加えて、西欧陣営に楔をうちこむことも戦略の1つで、ニュージーランドと豪州が「弱い」とみて影響力・支配力を強めている。 

(2)豪州を選ぶ理由は、地政学的理由に加えて、・開放的であり、・人口が比較的少なく

(約25百万人)、・在住中国人が多く(120万人、総人口の約4%)、そして・多文化主義を国策にしているからである。 

(3)共産党(CCP)指導のもと、21世紀初めから「侵略」を始めた。中国人を豪州に移住させ、現地との連携を強め、貿易を促進し、投資を活発化させる。 

(4)貿易であれば、2002年広東省への天然ガス供給を、CCP中央委の決定で豪州が受注、カタール、マレーシア、ロシア、インドネシアとの競争に勝ち、両国の結びつきの強さを見せつけた。

以来、飴と鞭を巧妙に使って、経済面で豪州への影響力を強めている。 

(5)これに応えて、豪州も「中国こそ我々の未来」とする論調・言動が高まる。➜CCPの認めない5原則(台湾独立 チベット独立 ウイグルの分離 法輪功の存在 プロ民主主義の行動)を理解し、支持することも含む。

(6)2016年、オーストラリア国立大学(ANU)と中国の研究機関との共同で、両国の経済連携を呼びかける報告(「ドライスデール報告」)が大々的に発表された。

連携は、貿易、投資、観光、教育、人材交流の分野での協力を謳うもの。 

5.こういう状況のもと、「チャイナ・クラブ」と呼ばれる人たちが現れます。上述したドライスデール報告を出したドライスデールは、オーストラリア国立大学の教授ですが、彼もその1人です。

他にどんな人たちがどういう発言をしているか、著者は「カテゴリー」別に紹介します。 

(1)例えば1980年代・90年代の元首相、労働党のボブ・ホーク、ポール・キーティングの二人。

ホークは、退任後も中国との自由貿易を強力に主張(素朴派)。 

(2)キーティング(現実派)は在任中に「豪州のアジア志向」を進めたが、その後、プロ中国の発言を繰り返すーー「現実を見よ、アメリカの支配は終わった。我々は脱アメリカを目指すべき・・・・我々は人権無視を素直には認めない。しかし、6億の人間を貧困から救うには強力な中央政府と権威が必要である。・・・CCPは、西欧帝国主義と日本とがこの国を引き裂いたあと、統一を見事に果たした。過去30年をとれば、世界でも最良の国家である」。

f:id:ksen:20190317074140j:plain(3)(屈服派―勝ち馬に乗るしかない)の学者・研究者もいる――彼らの主張は、(1)アジアの支配国家になるという中国の決意を軽くみてはいけない(2)オーストラリアは建国以来最大の転換期にある(3)米中ともに仲良くするという選択肢はない。

(4)(実利派)元駐中国大使――「実利を考えるべき。CCPは自らの権力の維持しか考えていない。中国は豪州の支配など考えていない。オーストラリアの抵抗力・免疫力は強い。心配することはない。他方で、南シナ海問題は勝負がついた。抵抗しても無駄。「一帯一路」には協力すべき。ダーウィン港が中国資本になって何が悪いのか。豪州政府はこのところ中国への警戒を強め、むしろタカ派になっていて、心配している・・」。

(実利派)にはまた、民主主義や人権や自由をさほど気にかけない豪州人もいる。経済が全てに優先する、と彼らはいう。「中国の中産階級は不満を持っていないではないか」。

 

6,私は、ポール・キーティングが首相のとき、1991年~94年、豪州シドニーに勤務しました。日本人会や日本人学校の運営にもかかわり、まだ中国の姿も小さく、日本は大事な貿易・投資・観光・安全保障の相手国であり、リベラル民主主義の価値観も共有し、日豪親善の深まった時期でした。いい思い出ばかりで、この地を去りました。

その頃を思い出すと、隔世の感がありますが・・・・

さて豪州は、これからどういう道を選ぶのでしょうか?

またまたオルテガの『大衆の反逆』とミレニアル社会主義

1.世田谷羽根木公園の梅まつりも先週終わりましたが、六本木の国際文化会館の梅は満開です。

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2.「保守とリベラル」について、前回「世界のリベラルよ再び結集しよう!」という英国エコノミスト誌の呼びかけを紹介したところ、自称「真正保守」の我善坊さんからコメントを頂きました。

(1)その中で「保守の価値を唱えたオルテガを高く評価している」と書いていて大いに嬉しく思いました。

彼こそ最良の「リベラル」の1人と考えるからです。彼を評価する我善坊さんも「隠れリベラル」ではないでしょうか?

過去の私のブログを「オルテガ」で検索すると、10回以上彼に触れています。

 

(2) 今回もまた、代表作『大衆の反逆』(神吉敬三訳、ちくま学芸文庫)から引用します。

 

―――「自由主義的デモクラシーは、隣人を尊重する決意を極端にまで発揮したものである・・・」

自由主義は・・・権力は全能であるにもかかわらず・・・自分を制限し、自分を犠牲にしてまでも、自分が支配している国家の中に、権力、つまり、最も強い人々、大多数の人々と同じ考え方も感じ方もしない人々が生きていける場所を残すよう努めるのである」

(いまの為政者に、こういう言説を読んで、何かを感じてほしいですね)

 

自由主義とは至上の寛容さなのである。(略)それは、多数者が少数者に与える権利なのであり、したがって、かって地球上できかれた最も気高い叫びなのである。」

―――

これこそ、リベラル宣言そのものです。

f:id:ksen:20190305085426j:plain(3)ちなみに、ホセ・オルテガ・イ・ガセト(1883~1955)は2つの世界大戦の間から第二次世界大戦直後にかけて活躍したスペインの政治哲学者。27歳でマドリッド大学哲学正教授、政治活動と著述を続けたがスペイン戦争発生とともに亡命した。

ルソーの『社会契約論』が18世紀を代表し、マルクスの『資本論』が19世紀を象徴するように、『大衆の反逆』(1930年)は20世紀を表現している、と評されます。

 

(4)『オルテガ、現代文明論の先駆者』(色摩力夫中公新書、1988)という解説書には以下の紹介があります。色摩氏もまったく同じ理解です。

――「オルテガは、自分の政治的立場を規定して、常に、自分は「自由主義者である」と語っている。」

――「オルテガが、当時のファシズム及びボルシェビズムの勃興に直面して、「自由民主主義」を事あるたびに擁護した~~」

f:id:ksen:20190305085448j:plain(5) もっともオルテガを読むと、「保守とリベラル」とは意外に親和性があるな、と感じるところはあります。「右派右翼極右を保守と呼ぶことだけは、ぜひ止めて欲しい」という我善坊さんの願いは真面目に考えてみたいと思います。

しかしそれでも、「保守」という言葉の持つ特定のイメージは社会通念としてなかなかぬぐえませんね。アメリカであれば、共和党が「保守」で民主党が「リベラル」、そして前者は銃規制に反対、人口中絶に反対、LGBTの権利を認めない、国民皆保険にも反対、難民や移民の受け入れに警戒的、人種差別を解消する措置(たとえばアファーマティブ・アクション)にも積極的でない・・・・といったイメージが社会の共通認識になっています。

言うまでもなく、トランプ大統領誕生で、これらの「イシュー(論点)」について「リベラル」との分断はますます広がり、意見の対立は先鋭化しています。

「保守を右派右翼極右と一緒にしないでほしい」という我善坊さんの願いが、果たしてマスメディアを含めて一般に理解されるでしょうか?

 

3.ところで、もう一つの流れに左翼というか、「社会主義」があります。

英国エコノミスト誌が2月16日号に「ミレニアル社会主義」と題する5頁の論説と記事を載せていますので、この点を最後に補足します。

f:id:ksen:20190224114023j:plain(1) 「ミレニアル世代」とは、1980年ごろから2000年代初めまでに生まれた世代のこと。ミレニアルは「千年紀の」の意。生まれたときからデジタルな環境で育った若者である。金融危機や格差の拡大、気候変動問題などが深刻化する厳しい社会情勢のなかで育ったことから、過去の世代とは異なる価値観や経済感覚、職業観などを有する、と言われます。

(2) 1989年、ベルリンの壁が崩壊し、ソ連が解体し、その後、英国労働党のトニー・ブレアドイツ社会民主党シュレーダー首相は「第三の道」と称する中道路線に舵をきった。

 

(3) ところが、最近、この「ミレニアル世代」を中心に、社会主義の復活を期待する声が高まっている。

例えば最近の世論調査で、アメリカの民主党支持者の間で、資本主義を肯定する見方は50%を切り、他方で社会主義に対しては60%近くが肯定的になった。(写真)

エコノミスト誌2月16日号はこういう現象を「ミレニアル社会主義」と読んで、5頁の論説と記事を載せています。

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(4) 彼らが支持する政治家は、労働党の現党首ジェレミー・コービンであり、アメリカのバニー・サンダースであり、昨年の米中間選挙で最年少で下院議員に当選したNY州選出のアンドレア・オカシア・コルテス(AOC)です。彼らは、自らを「民主的社会主義者」と称しています。

サンダースは先の大統領選挙の予備選で、若者からは、ヒラリー・クリントンやトランプよりも多くの得票を獲得した。

AOCは、いま若者の熱烈な支持を受けている。

 

(5) エコノミスト誌は、1%の富裕層が世界全体の40%の富を保有しているといった現状をふまえて、こういう若者の心情に理解は示します。

また、彼らの主張が、日本では当たり前の国民皆保険制度など、さほど過激な施策ではないことも認めます。

しかし、彼らの主張する診断には留保をつけ、とくに処方箋については、その実効性や透明性、説明責任(アカウンタビィティ)への懸念などを理由に、強い疑問を呈します。

 

「われわれリベラルは、彼らの主張する施策には反対である」というのが、同誌の「ミレニアル社会主義(Millennial socialism)」と題する論説の結論です。

賛成か反対かは人によって異なるでしょうが、リベラルはこのように、過激な姿勢はとりません。

あくまで現実的に、漸進的に、中庸と寛容を大切に、草の根の努力で少しずつ改革し、「進歩=いつか、より良い、すべての人が自由と平等を享受できる社会が実現すること」を目指そう、とします。

それは、夢物語・理想論に過ぎないかもしれない・・・・

しかし、夢や理想を忘れて、生きることに意味があるでしょうか?

それにしても、英米の若者と比較して、日本の若者はいま何を考えているのでしょうか?

 

飯鮓の時期も終わり、保守とリベラルを考える

1.世田谷の羽根木公園での梅まつりを見てきました。途中の北沢川緑道では亀が日向ぼっこをしていました。

f:id:ksen:20190301134812j:plain緑道沿いを歩くと引っ越し会社のトラックが停まっていて、車の横に大きく「葛飾北斎は93回引っ越したらしい」と書いてありました。

そろそろ引っ越しの時期なので、宣伝に北斎の名前を使っているのが面白いです。「新北斎展」を東京の美術館でやっているのにひっかけているかもしれません。

f:id:ksen:20190208101257j:plain北斎と言えば、1月20日東京新聞に、「モスクワで北斎まとった高層住宅」という記事が出ていました。代表作「富岳三十六景神奈川沖浪裏」が壁面に大きく描かれた高層住宅が完成して、売れ行き好調だそうです。

因みに、昨年秋にモスクワのプーシキン美術館で開催された「江戸絵画名品展」ではこの「沖浪裏」や尾形光琳の屏風絵が展示されて、平日でも行列ができる盛況だった由。 

f:id:ksen:20190301153134j:plain2. 3月に入りましたが、まだ冬の話を少し。

冬には我が家では、家人が「飯鮓(いずし)」を作ってくれて、これを夕食時に晩酌と一緒に賞味するのがなかなかいけるのです。

北国の料理で、家人は新潟出身の友人に教えてもらって、友人の家で代々守っていたやりかたで作っています。

ごはんと麹に鮭や鰊などの魚、蕪などの野菜を混ぜて10日間ほど置いて発酵させるという、おそらく昔から伝わる冬の保存食です。寒い間に少しずつ頂きます。 

 手がかかるので、いまは北国の家庭でも作る人は減っているでしょう。

友人にとっても、秘伝を伝える人は家族を含めて居なくなり、家人のような関係もないのに受け継いでいる存在はとても嬉しいのではないかと思います。

 

こういう味を「おいしい」と言って食べてくれる人が家に居れば作り甲斐もあるでしょうが、そうでもなければ手間暇かけてやる気が出てこないのはよくわかります。

 

しかし、これも1つの、残しておきたい伝統(食)文化だと思います。

このご夫妻はともに、ご先祖は新潟の豪農(名主)です。奥様は村上、夫は新発田の出身、夫の方は父上が次男ですが、生家はいまも本家が守っていて、毎年6月にはバラ園を公開しています。

http://ninomiyake.com/

日本庭園を含む約3000坪の敷地とお屋敷をまだ保存し、そこに住んでおられる。

私のような、東京の戦災で家を失った庶民には想像もつかない「文化」です。

昔なら使用人も大勢いたのでしょうが、それでも「飯鮓」は母上直伝だそうで、おそらく豪農でもこういうことは自ら手を下して守ってきたのだろうと推測します。

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3.こんなことを書くと、よくコメントを頂く我善坊さんからまた便りがあるかな?

(1)というのは、彼は「真正保守」を名乗り、私は僭越ながら「リベラル」を自負しているつもりで、時々議論があります。

ところが同氏から、「最近のブログを見ていると、私が典型的な保守派で、自分(我善坊さん)がリベラルだと人には思われるのではないか?」と言われました。

 

同氏が言うには、

(2)「文化と文明は役割が違うのだから、文明の価値にも目を受けるべきではないか?(これは我善坊さんの主張)というのは、典型的な啓蒙思想の末流で、リベラルです。

それに対し、京都を語り、文化の大切さを主張し、茶の湯の体験を語る(これは私の最近のブログ)のは、どう見ても「真正」保守派です」。

 

(3)「街が焼けて同じ建物が復元されなくても(例えばドイツのドレスデンは戦後見事に復元した)、習俗(エートス)さえ残れば良いではないかという(私の主張)は、「物質文明」を軽く見、「精神文化」を重視する立場。これもやはり保守派のもの」。

―――というご指摘です。 

 

4. 今回の「飯鮓」の話で、ますます「保守」と思われるかもしれません。

この問題(保守とは?リベラルとは?)に興味を持つのは私たち二人ぐらいだと思うので、ここで深入りはしません。

しかし私は、そう言われても、やはり自分では(いまは残念ながら日本ではあまり人気がない)「リベラルであること」を大事にしたいと考えています。

それは、「茶の湯」を親しみ「飯鮓」をこよなく愛する態度と、一向に矛盾しないのではないか。

―――リベラリズムは、自由と民主主義を基本原理とし、個人の自立とみんなの利益をともに守り、権力への警戒を怠らず、社会は草の根の市民の努力によって徐々に良くしていくことができると信じ、論争(debate)と改革によって進歩を達成することに賭ける思想であるーーー

と英国エコノミスト誌は定義します。

多様性と寛容を大切にします。J.S.ミルは「われわれはなるべく変わった人になるのが望ましい」と説きました(『自由論』)。

 

以前のブログでも紹介しましたが、同誌は1843年、日本の天保時代、当時のイギリス政府が実現させようとした穀物法(穀物の輸入に関税を課す)に反対し(そしてその撤回に成功した)、リベラリズムを主張する雑誌として発刊されました。

150周年を迎えた昨年、同誌は記念の特集号を出し、論説で「世界中のリベラルよ、再び結集しよう!」と呼びかけました。

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 5. 先週はいろいろと国の内外で出来事の多い週でした。

その中で、2月25日(月)の朝刊は、どこの新聞も以下の3つの国内のニュースを一面に取り上げました。言うまでもなく、

(1)辺野古新基地建設をめぐる沖縄県民投票―結果は、投票率52%強、反対72%

(2) ドナルド・キーン氏死去(96歳)

(3)天皇即位30年の記念式典、の3つです。

 

これらの記事を読みながら私は、「リベラルよ再結集しよう!」というエコノミスト誌の呼びかけを思い出しました。

 

(1)であれば、先週はこの問題が気になって、他の報道を追いながら、内心忸怩たる思いが続いていました。

私たちヤマトンチューは、この問題を、「米朝首脳会談」や「米中摩擦」や「英国のEU離脱」や「トランプのもと弁護士の議会証言」より、身近に感じただろうか?

私自身、先週は後者に関する情報を追うのにより時間を使ったように思います。それでよいのか?私はもっと沖縄で何が起きているかを考え・語り合うべきではないのか?それが「リベラル」の義務ではないのか? 

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(2) について言えば、ドナルド・キーン氏が、生前の発言や行動からみて「リベラル」であったことは間違いないでしょう。

 

(3) については、もちろん国民「統合」の象徴である存在について軽々に発言することは慎しむべきです。しかし、キーンさんの中で日本の古典文化芸能に対する愛情とリベラルな思考とが共存していたように、天皇宮中祭祀に熱心なことと沖縄に対する想いとは矛盾しないのではないかと考えるのです。

『日々是好日』、「お濃茶とお薄」を頂きました。

1.

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我善坊さん、京都の文化について面白いコメントを有難うございました。

「欧州では、ドレスデンをはじめ、歴史ある都市は戦前の建物や街並みを完全に復元させている。 京都が仮に戦災で灰燼に帰したとしたら、その後に、あの京町家の街並みを復元させるだろうか?東京と同じになったのではないか?」と書いておられます。

たしかに、日本人は欧州とは対応が違うでしょうね。

しかし、ドレスデンの街並みは復興できたかもしれませんが、古い典籍類(例えば、冷泉の蔵にある、定家卿が書き写した「古今和歌集」原本(国宝))など、焼けてしまえばもう元には戻りませんね。 

私個人としては、焼けて街並みが灰燼に帰したら仕方ない、無理して復元しなくてもいい、意識や言葉や広い意味で文化が残ればいいのではないかと考える者です。

 

 

2.「お茶」も(もちろん、家元制度などいろいろ問題もあるけど)残して欲しい文化の一つではないでしょうか。

たまたま先週、古い友人から「お茶」を頂く機会があったので、今回はその報告です。 

 

まずは、「古い友人」とは昔の職場で一緒で、もう50年近い付き合いです。

20歳の時に習い始め、「教授」の資格も持っています。

小さなマンションの一人住まいですが、居間を茶室風に改装して炉も切って、時々そこでお茶をご馳走になることがあります。

 

たまたま彼女が、『日日是好日、「お茶」が教えてくれた15のしあわせ』(森下典子新潮文庫)という本を送ってくれました。

昨年亡くなった樹木希林さんが出演して映画にもなりました。映画は見ていませんが、とても読みやすい、良い本です。

著者はいま60を過ぎたエッセイストですが、やはり20歳の時にお茶を習い始めました。その苦労話や、習ってよかったなという思いを素直な文章にしたものです。 

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この本を読んで、これまた20歳の孫娘を連れて二人でお茶を頂くというのは、孫にとってもいい経験ではないかと思いつき、くだんの友人にお願いしたところ、快諾してくれました。

 

3.実は私にとってもいいアイディアなのです。というのも、何度か友人と一緒にお邪魔したことはありますが、作法をまともに聞いたことがない。孫と一緒なら一から初歩的なことを教えてもらえる、良い機会だと思った次第です。

 

ということで、暖かな日、三人でお蕎麦屋に寄ったあと彼女の茶室を訪れました。

茶室といっても有難いのは、ごくごく気楽な場所だということです。

先生も昔の同僚ですから気が置けません。定年近くまで勤めた女性ですから私たち同様庶民で、豪華な茶道具も持っていません。

「お茶」というのは道具その他に凝り出したら切りがないので、そういうところに庶民には手が届かない嫌味な「文化」があります。

その日も彼女から聞いたのですが、京都のある宗匠が「家に茶室も持たず、茶室に行く路次もないような家に住む人は、お茶を点てる資格がない」旨の発言をしたそうです。

さすがに、これには非難・批判を浴びて後で発言を撤回したそうですが(政治家と同じく表面上だけかもしれませんが)、お茶にはどうしても、こういう「贅沢」「金持ち趣味」の匂いが付き纏います。

しかし、この友人のところでの私的なお茶会はそういうところが全くありません。その日もジーンズ姿で出かけていきました。 

f:id:ksen:20190220124951j:plain4.上にあげた宗匠さんが言うように、本来であれば、路次を通って、つくばいで手を洗って、にじりぐちから茶室に入って、茶扇子を前に置いて挨拶をして・・・・といった手順を踏まないといけないのでしょうが、すべて無しで、マンションの一室に入ります。

 

そして、その後は(失礼ながら、高級・豪華ではありませんが)、お茶会の雰囲気とお点前、つまり「文化」はきちんと守っています。本来の「茶を点てる文化」はこういう素朴な質素な日常から始まったのではないか・・・・

(1)もちろん、彼女は和服姿です。

(2)掛け軸がかかり、花が活けてあります。

2月末ですから、花は桃と菜の花。

掛け軸の字は「花開天下春」。

(3)これらを拝見してから、お菓子を頂き、お点前を拝見します。そして最初に「お濃茶」次に「お薄」を頂きました。前者は孫娘との回し飲み、後者は二服頂きました。

f:id:ksen:20190220134627j:plain(4)お濃茶の茶碗は、私は今回は初めて拝見した「嶋台茶碗」という楽焼です。おめでたい時に使う茶碗だそうで、私が誕生日を迎えたばかりなのを覚えていてくれてのことです。和菓子は二種類、干菓子は京都末富の「うす紅」という、とても上品な味でした。

(5)――亭主は点てるだけで、客の方は正客だけが話をする。利休の言葉で「わがたから、わがほとけ、むこしゅうと」の話は避ける。自慢話や宗教や身近の人の悪口は言わないーー

素人だからと言われるでしょうが、こういう決まりは、私にはやや堅苦しい気もします。

亭主も一緒に自分の点てた茶を飲み、次客以下も会話に参加する、そういう自由さがあってもいいのではないか、という気もするのですが。 

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5.何れにせよ、ここで頂く茶席は気楽・自由ですから、会話も広がります。

私はもう忘れていましたが、銀行時代の若い頃、彼女やその同僚を我が家に招いたことがあった。

そのとき、まだ幼稚園のころの長男から謎々を出されて答えが分からなかった、という思い出話をしてくれました。よくそんな昔のことを覚えているものです。

「目でみないで、手でみるものは、何だ?」という謎々だったそうです。

この「長男」というのが、その日の孫娘の父親で、面白がって聞いていました。いまでは本人が問いも答えも忘れているかもしれない、早速、父親にこの謎々を問いかけてみよう、と言っていました。

 

6.森下さんの本には、本の題名になった言葉に関する、こんな文章があります。(写真6-4874「日日是~」)

――短い掛け軸に、大きく二文字、書かれていた。「聴雨」(・・・・雨を聴く!)。

(略)

雨の日は、雨を聴く。雪の日は、雪を見る。夏には暑さを、冬には、身の切れるような寒さを味わう。。・・・・どんな日も、その日を思う存分味わう。

(略)雨の日をこんなふうに味わえるなら、どんな日も「いい日」になるのだ。毎日がいい日に・・・・「日日是好日(にちにちこれこうじつ)。

(略)「日日是好日」の額は、初めて先生の家に来た日から、いつもそこに掲げられていた。」。―――

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なるほど、と思って、我が家の狭い玄関に毎日掛けてある、善光寺のもとお上人一条智光さん(亡き母の従姉です)の書をあらためて眺めました。

 

ところで最後に、謎々の答えは、「お風呂の湯加減」だそうです。

 

京都&雑誌「あとらす」(西田書店)とチャールズ・ディケンズ

1.(1)前回の京都行きについてはフェイスブックのコメントを幾つか頂きました。

Masuiさんから、「伝統の京都文化を今後どのように守っていくべきか心配。

長い歴史の中で京都は多くの争乱に巻き込まれてきた。江戸末期には薩長の異文化の連中に大いにかき混ぜられた。

今の京文化は、それでも本来の文化を維持してきたものなのか?それにより現在の外国観光客をよしとするか、それとも警戒すべきかが決まると思う」

と頂き、幕末の京都での薩長を“異文化”という視点を面白いと思いました。f:id:ksen:20190205132737j:plain

(2)京都人からは、「外国の観光客がいくら増えても、京都の文化や伝統が変わることはない。

お客より資本の論理――東京の資本が入ってくるーーの方を懸念する」

という答えが返ってくるような気がするのですが・・・・

ロンドンやパリやヴェネチアなど、京都以上の観光客が外国から押し寄せている筈。

にも拘わらず、残るものは残る。消えるものがあるとすれば、観光客よりも受け入れる内部の人たちの意識のせいではないか・・・そんな感じがするのですが、どうでしょうか? 

(3) 街のたたずまいが残ること・残すことも大事だと思います。

京都であれば、もちろん神社仏閣やお庭ですが、それだけではなく、昔からの街並みや雰囲気が残っていること、例えば、路地を入ったところの古い店構え、三条通りを歩いていて、「駐車禁止」の代わりに「駐車は遠慮しておくれやす」という表示を見たとき等々、”これも文化ではないか“と感じます。

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2.ロンドンも、街のたたずまいはあまり変わりませんね。

1年前のいまごろ、ロンドンの街を歩きました。

例えば、ピカデリーの「ハッチャーズ(Hatchards)」という本屋です。

――「外装も内部もいつ行っても変わらず、旧友に再会した気分でした。1797年創業、英国で最古の書店だそうで、1801年以来200年以上同じ場所にあります。ディケンズの生まれる10年も前。

ゆったりした雰囲気で、書物も居心地良さそうに並んでいます。書棚から私に語り掛けてくるような気分になることがあります。本は本屋や本箱と一体になってこそ価値がある存在だと感じました。テレビやインターネットにこの感覚があるでしょうか。

2008年にリベラルな新聞「ザ・ガーディアン」が「世界の最上の書店10 軒」を選びましたが、英国からはここが一軒だけ選ばれました。京都の一乗寺にある「恵文堂」も選ばれました」――

長い文章を引用しましたが、「あとらす」(西田書店)という雑誌に書いた、私の文章の一節です。

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ディケンズが昔ロンドンで住んだ家も1軒だけ残っていて、いまは博物館になっています。ダウティ街48番地の雰囲気も昔のままです。

 

3.ということで、今回の最後は厚かましいですが、「あとらす」所収の「チャールズ・ディケンズ賛歌」を簡単に紹介させて頂きます。

 

(1) チャールズ・ディケンズは、1812年生まれ、70年に死去した、19世紀ヴィクリア朝を代表する英国の小説家です。

(2) 2020年が死後150年を迎えます。日本でも少し話題になるといいなと思っ

て、今回が初回で、何回か「あとらす」に書くつもりです。

(3)初回は、出世作である『ピクウッィク・ペーパーズ』と『オリヴァー・ツイスト』を取り上げました。後者は2017年に新潮文庫から新訳も出たし、『クリスマス・キャロル』と並んで日本でもよく読まれているのではないかと思います。 

(4) この2作を取り上げて、伝えたいと思ったことは、

・英国人のユーモア

ディケンズの小説の登場人物の魅力

ディケンズの「楽観主義」

の3つです。

 まず、ユーモアについてですが、英国人の国民性を説明した小冊子にある、

「英国では、勉強するかどうかは任意(optional)だが、ユーモアのセンスを身につけることは、必須(compulsory)である」という言葉を引用しました。

その上で、彼らは、「ナンセンスや馬鹿々々しい言葉遊びも大好きだ」として、以下の小噺を紹介しました。

――男が医者の診療室に入ってきた。

「おや、随分久しぶりじゃないですか」と医者が声をかけると、彼は「いやあ、実は暫らく病気をしていましてね」と真面目な顔で答えた。―― 

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(5) 次に「登場人物」ですが、ディケンズの小説の面白さは「筋」よりもむしろ「人物」にあるとして、ロシアの文豪トルストイの「彼の小説の登場人物は誰もが私の友人だ」という言葉を紹介しました。

因みに、彼の小説の「筋」は得てして冗長で、脱線も多く、今の読者には退屈なところも多いと思います。人物と筋に関係ないちょっとした細部が最大の魅力です。

(6) 最後に、「楽観主義」です。これは英国人の国民性ともからみ、アンドレ・モロアと

いうフランスの文学者の、「ディケンズと英国民は共に楽観的な人生哲学を有している。英国人と長い間共に生活して見ると、必ず彼等の行動の底には幾分ディケンズ精神が流れているのに気づかずに居られない。」という一節を引用しました。

(7) ディケンズの「楽観主義」については、英国の評論家で推理小説「ブラウン神父シリーズ」の著者G.K.チェスタトンの評を紹介しました。

チェスタトンは、ディケンズを「19世紀が生んだもっとも偉大な楽観主義者」と呼びます。そして、「その中心となる考えとは、人間の平等という考えであった。真に偉大な人物は、他人に、自分は偉大なんだと感じさせる人のことなのである」。

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そして、続けてこう言います。

――「悲観主義者よりも楽観主義者のほうがよりよい改革推進者となる」し、「改革者は不正を悲惨なものだと感じるだけではいけない。不正を馬鹿げていると、存在することすら異例の、涙にくれるよりもむしろ笑いとばすべきものだと感じなければいけないのだ」。

(8) 最後の、チェスタトンの言葉は彼一流の逆接的言い回し(英国人にはよくみられる)

で、少し誤解を招くかもしれません。

私たちは、「不正を笑い飛ばすことが出来るか?」「ユーモアを剣に変えることが出来るか?」

例えば、野田市の10歳の少女の虐待死があまりにも悲惨で、こんなことが起こってはいけないと心底思う。(私はいまだに彼女についての新聞やテレビの報道をまともに読めず・耳にできません。生前の写真を正視することが出来ません。写真を見た夜は、彼女が夢に出てきました・・・・)

 

彼女をめぐる出来事の「不正と悲しみと絶望」に「怒り」ではなく、「楽観主義と笑いで立ち向かうことが、真に不正をなくすことにつながるのだ」という思想とはどういうことでしょうか?ひとりで考えています。