「人間は社交的動物(ホモ・ソシアビリス)である」と山崎正和氏は言う。

1.8月に入り、老夫婦の茅野での田舎暮らしは1ヶ月となりました。やっと梅雨明け、青空が見えるようになりました。

 この間、長野県では、しばらくゼロだった新規感染者がかなり増えました。ただ、茅野市はまだ安全で、とくに山奥は庭にりすはやって来ますが、人で「密」になることは全くないので、比較的気楽に近所に住む友人たちに会っています。

 東京の方々には申し訳ありませんが、有難いことです。もちろんマスク着用、手洗い励行といった作法は守っています。

 ただそんな環境なので、東京と違ってついマスクを忘れて外に出てしまうこともあります。先日は車で20分ほどのスーパーに買い物に出たところ、いつもは家人お手製のマスクを携帯しているのにその日は不注意で忘れたことに気づき、あわてました。幸いに入口の横に小さな薬局があり、助かりました。1枚ずつ売っていて、30円でした。東京も今は同じでしょうが、当地ではマスク不足の心配はありません。 

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2.それにしても当地でも誰もが、真面目にマスクをつけています。日本人は以前から普通にしていましたね。なぜか分かりませんが、マスク姿に違和感は感じないのでしょう。

これが欧米あたりでは大きな問題になっていて、トランプがつけるかどうか話題がになり、口論のあげくの殺人事件まで報道されています。

米タイム誌「孤独」特集の中のエッセイで、ある女性作家が(反対している訳ではないが)、違和感を書いていました。「たまに外に出ると、マスクで顔を覆った人たちの姿が、まるでシューリアル(超現実的)な光景だ。「眼は魂の窓だ」という言葉があるが、コロナのお陰で、これが間違いだと分かった。顔全体が見えるのがどれだけ大事か、魂は眼だけではなく人間の表情のすべてから窺えるものだ、とあらためて思った」とあります。

 こういう感覚はやはり日本人とは少し違うのでしょうか?

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3.当地での友人との出会いですが、3組6人の夫婦の昼食会が先週は二度ありました。

1度はお寿司屋の広い個室での昼食会。良心的な値段で、お一人様1450円のランチは、デザートと珈琲までついてなかなかいけます。もう1度は別の友人で、そのうちの一人のお宅に昼食持ちよりで集まり、少し距離をあけながら、久しぶりに社交を楽しみました。どちらも、ご夫人方が活発に会話に加わるのが特徴で、政治的・社会的な発言も賑やかです。

 また、犬を連れて立ち寄ってくれる年下の友人ご夫妻もいます。4連休を利用してやってきた長女夫婦と一緒にご自宅によばれ、やはり3組6人(プラス愛犬)でお喋りをしました。もとの職場の同僚でニューヨークで一緒に働いたこともあり、住まいも近かったので、若い頃の思い出話でも盛り上がりました。

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4.山崎正和の『社交する人間(ホモ・ソシアビリス)』(2003年)の記述を思い出しました。

本書は、「人間は社会的動物」とはよく言われるが、「社交的動物でもある」と、「社交」の意義を論じます。

――「この世で人が人に会うことの不思議さに感動し、1回ごとの邂逅(かいこう)を生涯の大事と考える「一期一会」の教えは、日本の「茶の湯」の中心的な思想だった。西洋でも18世紀の前半には、社交に文字通り命を賭けて、「虚礼」を実業以上に人生の義務として重んじる人が生きていた」。

 そして、「社交を成立する条件として、人間の平等とそれを許容する平等主義が必要だ」とも指摘します。国家や企業の「タテ社会」を補完する人間関係として「横のネットワーク」の大切さと言ってもよいでしょう。それが相互扶助にもつながるでしょう。

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5.コロナという伝染病の破壊力は、病原菌とともに、ソーシャル・ディスタンスを強いることで「横のネットワーク」も弱めようとしている。その脅威に対して、「社交的動物」としての存在を守らなければいけないのではないでしょうか。

 比較的安全な場所ならば、予防と注意をしつつ、距離を保ちつつも、人に会い、短い会話でもいいから言葉を交わす。困っている人がいたら、買い物の手伝いを申しでたりする。物理的な接触が無理なら、電話でも手紙でもスカイプでもラインでも電子メールでもいいから、人とつながる。いままで以上にそんなことの大切さを感じています。

 

6.これもまだ4月初めでしたが、ニューヨークでコロナが猛威を振るっていたときに、病院の集中治療室に勤務する日本人医師のフェイスブックが話題になり、このブログでも紹介しました。

その中で彼は、患者が増えて地獄絵の様相を呈している状況を伝えるとともに、最後にこう書いていました。

――「この状況になったからこそ気づかされることが沢山ある。家族や友達と会ってお喋りしたりハグしたり、公園に行ったり、気軽にそうできることがどんなに幸せなことか。生きているって、それだけで本当に幸せなこと」

 いまニューヨークの状況は、クオモ州知事のリーダーシップもあって、これを書いた時より少し良くなっているようで、彼も無事に家族や友人と会えているでしょう。

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7.最後になりますが、同じニューヨークでの悲しい話も聞きました。

一昨日のこと、東京から移動してきたご夫婦と昼をともにする機会がありました。夫の方が家人の小学校の同級生で、たまたま夏に同じ茅野の山奥に滞在することがわかり、しかも彼が私の中高の2年後輩なこともわかり、以来親しくしています。

 暫くぶりに会ったのですが、中高が一緒で親しかった彼の友人がコロナで死去したと聞いて、驚きました。それが4月、しかもニューヨークでのこと。死去した方はかねてニューヨークが大好きで退職後、東京と頻繁に往来していた、たまたま3月中旬もひとりで同地に出掛けたところ罹患してしまい、現地の病院で死去した。 東京から奥様が行くことは不可能で、家族に看取られることなく死去。遺骨もまだ日本に持ち帰れないという、まことに気の毒な状況です。

 ただ、ニューヨークの教会関係者に知り合いがいて、教会のメンバーが献身的にボランティアで面倒をみてくれたそうです。また、病院も日本との連絡手段を講じてくれて、病室と東京の自宅との交信をスカイプを使って可能にしてくれた、そのためパソコンを通してではあるものの、最期まで何とかコミュニケ―ションをとることができた。

 それまで、幸いにも私の周りでコロナに感染した人は聞いたことがなかっただけに、いままでやや遠い出来事だと思っていたコロナの残酷さを、急に身近に感じながら話を伺いました。

「孤独という病(A plague of loneliness)」―米タイム誌

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1. 茅野市の山奥に移動して、静かに・おとなしく過ごしています。一度だけ東京に日帰り往復しました。病院行きと、朝日カルチャーセンターが再開したので新宿に出て、友人と一緒に「平安時代文学と源氏物語」の講義を聞き、昼食をともにしました。

彼に会うのも5か月ぶりで、話が弾みました。少し喋り過ぎたかなとあとで反省しました。自粛が続く中で対面で話す機会は珍しく、つい調子に乗ってしまったようです。

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2. 山では米タイム誌も眺め、相変わらずアメリカでのコロナ関連記事が多く、病院での悲惨な記事があり、写真が生々しいです。

今回紹介するのは2つあって、1つは「孤独という病が拡がる」と題する記事です。

(1) まず「社会的な孤立(social isolation)」と「孤独(loneliness)」とは異なる。

前者は、人とどの程度の接触があるかという客観的な指標だが、後者は「自分が孤立している」と感じる主観的な感情である。

(2) もともとアメリカ人は、「孤独」を感じる人の比率が他国に比べて高い。

 主観的な感情だから、性別・年齢などに関わりなく、一人暮らしか否かも関係ない。一人だから「孤独」とは限らないし、家族に囲まれていても「孤独」を感じる人はいる。     

そして聞き取り調査で、コロナ禍のもとで「孤独」を訴えるアメリカ人は急増している。

(3) 専門家はこれが、認知症うつ病自傷行為、薬物の乱用、ギャンブル依存症などをひきおこすのではないかと懸念している。

他方で、むしろこれが人とのつながりを一層強めるのではないかという楽観的な意見もある。

(4)この記事は、こういう人たちを助けようとするNPOの活動も紹介しています。物理的な「つながり」を作って仲間に入れる、あるいはネットの活用による機会の提供といった取り組みです。

(5) そして、ひとつだけ良い点を指摘すれば、「孤独が珍しくなくなった」ことだと言います。

いままでの調査によると「孤独」を感じる人は、それを恥と思い、自責の念にかられることが多い。「孤独な人」に対して「人に好かれない、社交的でない、魅力的でない」とマイナスイメージを持っている人が多いという調査結果もある。

しかし、「いまは誰もが孤独になりうる」状況である。そう思えば誰もが自らの「孤独」を気楽に話題にしやすくなったのではないか、それは良いことである、と結論付けています。

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3.もう一つは、「人生相談もウィルスに向き合う」と題する記事で、この時期、「相談コ-ナー」を利用する人が急増しているという内容です。

(1) 日本の新聞にも「人生相談」のコーナーがあります。アメリカではもっと盛んなようです。それも幅広い、諸事全般の相談事のようです。

もともとこの国では、臨床心理学と臨床心理士の役割が大きく、この場合は厳重な守秘義務がありますから、外部に漏れることはありませんが、心の悩みを専門家に相談することは普通に行われています。著名な政治家や芸能人なども専属の臨床心理士を抱えているという話もあります。日本でも伸びている分野かもしれません(失礼ながら、利用した方がいいのではないかと思われる政治家もいるのではないか)。

(2) 日本と同じようにメディアが提供する「場」で、「相談欄(アドバイス・コラム)」と呼ばれ、悩みや相談を、匿名だが誰もが読めるようにオープンに取り上げる。デジタル媒体の雑誌でも人気がある由で、回答者(コラムニストと言うのでしょうか、臨床心理士もいるかもしれない)の中には、この道で知られた有名人がいる。

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(3)ここに来て、コロナの影響を受けている人たちからの、この利用が急増している。結婚式や卒業式がキャンセルになった悩み、隣人やルームメイトとのもめ事といった具体的な内容が多い。

例えば、「コロナのため卒業式がなくなった。いままで誰もが経験してきた人生の大事な思い出を自分が持てない。この喪失感をどうしたら克服できるか?」

例えば、「ルームメイトが、失業して落ち込み、家賃の負担分を払わなくなった、分担していた家事もやらなくなった、どうしたらよいか?」

例えば、「隣人がソーシャル・ディスタンスを守らないで騒いでいる。警察に通報すべきか?」

(4)アメリカ人は何でも他人に相談するのだな、こういう相談をされたらどう答えるのかな?と読みながら思いました。

卒業式が無くなった悩みに対しては、有名人の某回答者は、「誰もが経験しなかった出来事だからこそ、貴重で珍しい体験だと前向きに捉えよう」と返事したそうです。

こんな回答で満足するのかどうか分かりませんが、他に言いようもないのでしょうし、彼に言わせると「誰もが同じアドバイスを求めている訳ではない。質問者は必ずしも明快な答えを求めているとも限らない。大事なのは、(たとえ紙やネット媒体であっても)耳を傾けること、そして対話すること・・・」だそうです。

(5)他方で、増えてきた相談内容を見ていると、

・具体的な相談事だけではなく、「孤独」一般についての悩みや、

・皆が苦しんでいるこの時期に自分が「孤独」なんかに悩んでいる、そういう自分を責める気持ちへの悩み、といった相談事も増えている。

また、社会的なことへの関心も拡がり、他者に感謝する気持ちが一層芽生えて、それを伝えたいとする人たちも増えたようだ、と明るい面も指摘しています。

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4. 記事を読んで、さて日本人の場合はどうだろうかと考えました。

アメリカ人は、我々だったらごく些細だと思うような「悩み事」でも、前広に赤の他人に相談するという心的傾向があるのだろうか?

アメリカは多民族社会であり、それだけ文化や風習や伝統も異なり、その中で人間関係を円滑に進めるには、些細なことでも専門家の知恵が日本より要るかもしれない。

対して日本人は、他人に相談など恥ずかしいと抑制する意識が強く働くのだろうか?

 もちろん、個人差はあるでしょう。ただ、このコロナ禍で社会的にも経済的にも家庭的・個人的にも悩みを抱えている人は増えているでしょう。

 そういう人たちを誰が、どうやって救っていくことができるか、とても難しい、しかしとても大事な問題だと思います。

 アメリカの某回答者が言うように、答えられなくても「少なくとも、耳を傾けること、対話すること」が大切かもしれません。

「Go to 京都」―「イノダ」と「松長」の魅力。

1. 東京は16日(木)に警戒レベルを「最高」に上げました。私たち老夫婦は、2日(木)から長野県茅野市の山奥に暮らしています。東京に居ても人には会えないし、大学の図書館はやっとオープンしましたが学内の教職員と学生以外入館できず、ということで逃げ出しました。

当地に来て2週間何事もなく過ぎたので、人様に感染させる恐れはなさそうです。当地諏訪地方は感染者まだ1人で(長野県全体は84人)、出張で東京往復したサラリーマンだそうです。

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2.他方で、友人のフェイスブックを覗くと、京都は東京より活動は自由なようで、堺町通三条下がるの「イノダ本店」もオープンしていて、円卓での常連さんによる朝の会話も活発でしょう、懐かしくも羨ましいです。

 これだけ「ステイ・ホーム」が長いと、老妻と二人暮らしならまだ話相手がいますが、一人暮らし(例えば連れ合いを亡くし、子供も独立した、何人かの友人のような)を思うと、寂しいだろなと思います。

そして、あらためて「イノダ」の円卓の存在意義は大きいなと痛感します。友人の近所にもこういう居場所があればいいのですが、東京では少ないのではないでしょうか。

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3.「イノダ円卓」の魅力は、

(1)まず、1年365日、朝7時からやっている。この時間から開いているのは有難い。珈琲を飲んでそれから仕事に十分間に合う時間でもある。

(2)常連用の円卓は、出入り自由、気が向いたら出かけて座っていればいい、帰りたくなったら自由に帰ればいい。だから殆どの客がひとりで来ます。

(3)会議の場ではないから、全員が同じ話題に加わる必要もない。2,3人ずつそれぞれ別の会話をしていたり、1人で新聞を読んでることもある。あるいはすぐ近くの別テーブルで1人で本を読む、気が向いたら読む手を休めて会話に加わる・・・・この「自由さ」が魅力です。

(4)しかも一人といっても、自分の家でではなく、すぐ近くに見知った人たちが座っている、入ろうと思えばその輪に入ればいい、近くに人が居る雰囲気を感じながら、しかし自分は一人で読書をし、珈琲を飲む。この「距離感」がいいのです。少なくとも私の感性にはぴったりです。

(5) 更に言えば、常連といっても、おそらく主に「イノダ」でのお付き合いで、それ以上には広がらない人も多いのではないか。この距離感もいいなと思います。

(6)しかも、この円卓、常連さん専用席ではなく、空いていれば観光客が座っても一向に構わない。現に、円卓の主・柳居子さんはそういう人たちを招きいれて、親しく会話をしたことをブログに書いています。多少敷居は高いかもしれないが、少なくとも常連さんには「よそ者」を排除するという差別意識はない。

3. というようなことでしょうか。

この「円卓での朝の会話」ですが、飯島さんが「皆さんの溢れる知識、経験で話題は多岐に渡る」と書いています。

 男性と女性の違いも話になったようです。岡村さんからフェイスブックにコメントを頂きました。外国人と結婚した卓球の福原愛さんや後藤久美子のこと。古い映画『招かれざる客』のこと、映画ではシドニー・ポアチエ演じる黒人青年と結婚したいと言いだした白人家庭の娘に、スペンシー・トレーシーの父親は「怒り狂う」が、キャサリン・ヘプバーンの母親は「娘の味方になり、穏やかに夫を説得する」・・・。

ここから岡村さんは、「女性は外国の男を異人種と考えない思考があるのではないか。そして女性はどこでも暮らしていける力を持っている。結局中年の頭の固い男を納得させるのは、政策よりも奥さんや女性かもしれない」という感想を披露され、面白かったです。しかも同氏は、若い時の海外放浪の旅が長く、どうやら異国の女性にモーションを掛けられた経験もありそうで、実感がこもっています。

 それに柳居子さんが、「親や家族と別れて、相手に飛び込んでいくという潔さは男性にはなく女性にのみ備わったものと考える」というコメントを追加。お二人の女性観を面白く読みましたが、「円卓での朝の会話」にも少しは関係あったでしょうか。

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4.御池通り高倉上がるの「松長」のことにも触れておきます。常連が集まるのは朝だけではなく、夜酒を飲む場所も大事で、「松長」は格好の「円卓」になります。

江戸時代から続く古い割烹で、今のご亭主は10代目ですが、気楽な雰囲気で居酒屋とあまり変わらない。この若い女将さんが神奈川の出身で「都の西北」の卒業生、それが「いけずな(?)」京都の町に見事に馴染んで立派に店を切り盛りしています。京都の人脈も拡げ、NPO的な活動もやっています。

とにかく、気安く立ち寄れる場所。常連だけでなく、外国人も飛び込みで入ってくる。すると女将は率先して仲間に入れてしまう。夏だったら浴衣を着せてあげて、祇園祭りの季節だったら、常連さんに連れて行ってもらう、こんな雰囲気です。5.実は、先週の夜、蓼科にいる私の携帯が鳴り、「松長」で飲んでいる常連の一人藤野さんからで、女将とも暫く長話をしました。「松長」で手伝いをしていて、2階でお花の教室も開いている女将の友人の女性が、京都に居る私の従妹と会ったという報告もありました。

翌日、従妹にメールで知らせたところ、「人の紹介で、週一度うちに来てくださることになりました。とてもいい人です。世間は狭いですね。でも京都はまあまあこんなもんです。」という返事が来ました。

「うちに来る」とは、「時雨亭文庫」の事務局で働くということですが、まあそれはともかく、久しぶりにそんな話を京都の人たちと交わし、懐かしかったです。

 なお、この文庫が目下お蔵の修理・新設のための基金を募集しており、「クラウド・ファンディング」も活用しています。

以下のサイトによると順調に資金が集まっているようですが、ひょっとしてお気持ちのある方もおられるかもしれないと思い、宣伝させて頂きます。

https://the-kyoto.en-jine.com/projects/reizeike?fbclid=IwAR156utJLb-p4TjtXR3HUpqjfcYLMLeftgnCh7Xg9pfCm3iKHJSC8BtLuvw

6.実は今回は米タイム誌のコロナ特集記事の1つを紹介するつもりでした。

「隔離の後で(After Isolation)」と題して、もともとアメリカ社会では「孤独」が大きな社会問題になっていた、それがCovid-19でさらに「孤独」を感じる人が増えているという内容です。

ところが、京都の思い出話で長くなってしまいました。次回、機会があればご紹介するかもしれません。

米大統領選まで4カ月弱と「リンカーン・プロジェクト」。

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1.前回のブログは、キング牧師ロバート・ケネディ暗殺の年の思い出を書きました。以下は頂いたコメントです。

(1) Masuiさんは同年齢ですが、ちょうどこの年西ドイツの大学で勉強中、プラハの春で欧州が揺れている状況を身をもって体験されました。毎日ラジオ放送にかじりつき、不安に駆られ、恐怖も大きかった、忘れられない経験だったと書いておられます。

たしかに、1968年は世界的に激動の年でした。日本でも学生の抗議デモで揺れました。

(2) 京都の飯島さんと岡村さんからは、アメリカと黒人問題についてです。

飯島さんは目下、同志社女子大で「アメリカ地域研究」を受講中。「女子大」というのが羨ましいですが、ハリエット・タブマンの話を書いて頂きました。

彼女は、南北戦争の前、自ら奴隷だったが逃亡し、その後逃亡奴隷の援助などに生涯を捧げました。

オバマ時代に、黒人女性として初めての20ドル紙幣の肖像画に決まったが、その後トランプ大統領はこの実施を延期しているというニュースは飯島さんのコメントまで知りませんでした。

 因みに、彼女を主人公にした映画「ハリエット」は、コロナのお陰で日本公開が遅れ、いま上映している筈です。

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(3) 最後に、岡村さんは、私が最初のアメリカ暮らしの頃、同国やメキシコなど旅していました。黒人問題がからむ本2冊を読んだというコメントです。

『私のように黒い夜』(ジョン・ハワード・グリフィン)とアンジー・トーマスの『ザ・ヘイト・ユー・ギヴ』です。

前者は有名な本ですが、私は読んだことはありません。1959年、まだ差別が強烈に残る南部を、自ら肌を焼いて見かけは黒人になり人種差別を身をもって体験するという白人男性の壮絶なルポルタージュです。

 後者は、本の存在も知りませんでした。「幼馴染みのカリルが、白人警官によって射殺される現場にいたスター。汚名を着せられたカリルの無実を訴え、憎しみの連鎖を断つために、スターは立ち上がることを決めた」とはアマゾンの広告です。本国では賞を受賞し、2018年邦訳。

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2, 以上、ご自身の体験やアメリカの黒人問題への関心などを伺い、大いに勉強になりました。

(1) それにしても根深い問題です。

タイム誌は、新型コロナウィルスの拡がりと警官による黒人殺害事件の根っこにあるのはともに「人種差別」という共通の問題だと指摘します。

(2) しかしコロナについて言えば、差別は黒人だけではない。

同誌は、「私は黙っていない」という10人のアジア系アメリカ人がニューヨークで差別にあった体験談を長い記事にしています。「阪口はるか」さんという写真家の日系アメリカ人が1人、あとは中国系・韓国系のアメリカ人で、被害者は若い男女、加害者は中年以上の白人の男性です。

コロナがらみで、罵倒されたり、脅かされたり、トイレでつばを吐かれたり、殴られたり、嫌がらせにあったりという体験です。

(2) 他方で、英米のメディアはミズーリ州セントルイスの抗議デモに銃を向ける夫婦のヴィデオを公開して話題になっています。

https://www.bbc.com/news/av/world-us-canada-53226495/couple-stands-in-front-yard-to-point-guns-at-protesters

大邸宅の前の私道をデモ隊が入ったことに怒った夫婦が、夫はライフルを、妻はピストルを持って威嚇している姿です。

 デモ隊にも行き過ぎた行動があったでしょうが、さすがにやり過ぎだという夫婦への批判も多いようです。それにしても、普通の市民(傷害専門の弁護士だそうです)が当たり前のように銃を振りかざすアメリカ社会にはあらためて驚きます。

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3.こういう事態になる理由に、再選を目指す現職のトランプ大統領が、宥和と連帯を訴えるどころか、むしろ分断をあおるような発言を繰り返していることがある。(前回紹介した、52年前のロバート・ケネディの呼びかけといかに異なるか!)。

彼にとっては岩盤支持者を大事にという戦略でしょうが、さすがに共和党の一部からも批判が出ています。

今回は、最後に「リンカーン・プロジェクト」について報告します。共和党の中から公然とトランプに反対し、民主党ジョー・バイデン支持の運動を始めました。

(1)「リンカーン・プロジェクト」は、スーパーPACと言われる特別政治資金管理団体として昨年末に設立された。企業や個人から寄付を集めて、それを反トランプの選挙運動に使うというもの。

https://lincolnproject.us/

(2)話題になったのは、設立者が元ブッシュ大統領や大統領候補になったマケイン、ロムニーなどの選挙参謀やアドバイザーだった人たちだということ。

リンカーン当時の本来の党に戻そう」という理念で「2020年にトランプとトランピズムを打ち負かす」をスローガンに「この11月は、アメリカかトランプかの選択だ」と訴え、ソーシャルメディアを駆使した運動を行う。共和党内部の造反ともいえ、異例の動きです。

(3)例えば、1984レーガン大統領が選挙運動に使ったスローガン「Morning in America(アメリカに朝が来る)」をもじって」「Mourning in America(アメリカは喪中だ)」と題した1分のツィッターを流す。主なターゲットは長年共和党を支持する白人男性であり、「今回限りは民主党候補を応援しよう」とするもの。

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(4)アメリカのメディアNBCが7月7日付の記事でこの最新の動きを伝えています。

――当初はさほど注目されなかった。しかしコロナ感染や人種差別抗議デモの拡がりの中でのトランプの言動に呆れ、反発し、その結果寄付が急激に増えている。

従って「プロジェクト」の、ソーシャル・メディアによる反トランプの活動も勢いを増している。「資金収入が増えてきたのは彼のお陰だよ。我々の政権だったら、彼を(論功行賞で)スロベニアあたりの大使に任命したいぐらいだ」とジョークを飛ばす責任者もいる(スロベニアはメラニア夫人の母国)。

(5) もちろん、このような共和党内部の内輪もめに批判的な意見もある。何が起ころうとトランプの岩盤支持者は変わらないだろうから、「プロジェクト」の影響力は小さい、と冷ややかに見る向きもある。

しかし、これから11月に向けて、ひょっとしたら「台風の眼」になるかもしれない、とNBCは今後も彼らの動きを注視していくようです。

「制度的な人種差別(systemic racism)」―1968年と2020年。

1. 5月末に起きたミネアポリスでの黒人死亡事件は、アメリカ全土のデモに始まり、世界的な人種差別への抗議に発展しました。

米タイム誌は2週続けて特集記事を組み、英国エコノミスト誌も連続して取り上げました。エコノミストの「抗議の力とジョージ・フロイドの遺産」と題する論説は、

(1)抗議のデモがアメリカ全土150の都市に拡がり、1968年のキング牧師暗殺事件以来の規模となった、

(2)抗議は世界大に拡がり、自国の忌まわしい「制度的な人種差別」の歴史を見直し、修正しようとする動きが欧州その他でもみられた、

(3)その殆どが1968年と異なり、平和裡に行われた、

と述べて、この動きが未来への改革の入り口であってほしいと期待を表明しています。

他方でタイム誌は、「遅すぎた気付き(Overdue awakening)」と題して、奴隷制廃止後も、公民権法制定後も「差別」が続いているアメリカの現状への怒りと悲しみが中心になっています。

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2.エコノミスト誌の上記論説は、以下のように始まります。

―――「その年」のアメリカで、10万人がウィルスで死亡した。

宇宙船の打ち上げが、アメリカの科学技術を輝かせた。

全土で、人種差別の「不正義」に抗議する大規模なデモが起きた。

そして、11月には有権者は、一方で「法と秩序」を訴える共和党候補者と、他方で魅力に欠ける民主党候補者の、どちらかを選ばねばならない。―――

そして、こう続けます。――「その年」とは1968年であり、2020年である。

ただし、1968年には、ウィルスはインフルエンザだったし、宇宙船はアポロ7号だった。候補者はトランプとバイデンではなく、ニクソンと、現職副大統領のハンフリーだった。

しかし、「不正義」だけは52年前も今も変わらず、深刻な事態を招いている。

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3.この文章を読んで、以下は老人の思い出話です。

(1)私事ながら、私が初めてアメリカに暮らしたのは、1966年末から69年までです。最初は、テキサス州のダラスで暮らし、そのあとニューヨークに移りました。

(2)ダラスは、1963年に当時のケネディ大統領(JFK)が暗殺された場所で知られるようになりましたが、石油で栄えた富裕層の多い街です。

陽気で親切な白人が多く、「サザン・ホスピタリティ(南部のおもてなしの心)」で知られますが、貧富の差は激しく、とくに黒人は「見えない存在」でした。

 アメリカでは1964年、JFKの意志を継いだジョンソン大統領時に公民権法が成立しましたが、私が住んだ頃も人種差別は厳しく残っていました。

 黒人はお断りというレストランが目につき(店の前に「お客を断る権利があります」という看板があって、「黒人お断りの意味だ」と教えてくれました)、郊外の住宅地とダウンタウンを往復するバスは、白人と黒人の席が分かれており、黒人は後ろ。「君は前に座っていいんだよ」とわざわざ言われたものでした。

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4.そんな南部から1967年ニューヨークに移動すると、黒人の存在ははるかに大きく目立ちました。翌1968年はなかでも印象に残る年でした。ニューヨークは荒れた雰囲気で、ベトナム戦争に関するニュースが新聞に報じられない日はなかった。

 1月末には北ベトナム軍とベトコンによる大攻勢が始まった。

3月には、ベトナム戦でのアメリカ兵士の死傷者は19万人を越え、コロンビア大学を始め各地で反戦デモが頻発し、徴兵忌避の動きもあった。

4月には、テネシー州メンフィスでキング牧師が暗殺された。これを機に、アトランタデトロイトなど各地で暴動が起こり、一部では軍が出動し、戒厳令が敷かれ、多数の死者が出た。

 6月には、JFKの弟ローバート・ケネディ(RK)がロサンゼルスのホテルで射殺された。

ニューヨーク・タイムズは「アメリカは病んでいる」と社説で叫んだ・・・。

 RKの射殺は、カルフォルニア予備選直後のパーティ会場で、放映していたTVカメラの目の前で起きた。

彼は現職ジョンソンの次期不出馬声明を受けて、ベトナム戦争の即時停止を訴えて大統領選への出馬を表明。大票田である加州の予備選で勝利が確定し、民主党候補をほぼ確実にしたその夜、殺されたのである。ホテルの一室に待ちかまえる支持者に向かって勝利宣言をし、Vサインを上げて壇上を離れた直後だった。

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5. ロバート・ケネディキング牧師とは、生前親しい友人でした。

キング牧師は、4月3日、テネシー州メンフィスで演説。「私には約束された国が見える。私自身は皆さんとともに到着することは出来ないかもしれないが・・・・」。

 そう語った翌日、暗殺される。同日RKはインディアナ州インディアナポリスの黒人スラム街で選挙演説が予定されていた。危険だからと周りが中止を進言したが、聞き入れずに強行し、「とても悲しい知らせがあります。皆さん、全国民のみならず、平和を愛する世界中の人々にとってです」と切り出し、選挙演説はいっさい無く、自分の言葉で心をこめて語りかけた。

 記念碑によると、「キング牧師の意志を継ごうと語り、分裂・憎しみ・暴力ではなく、愛と知恵、思いやり、そして正義を訴えた」。(You tube(日本語字幕付き)で彼の肉声を聞くことができます)。

https://www.youtube.com/watch?v=ZkHgyAJpltI

その夜、キング牧師暗殺の報道が全米に流れると,110の都市で暴動が起き、39人死亡、2500人が重軽傷。「しかしRKの演説のお陰で、インディアポリスだけは静かだった」。

 キング牧師の遺体は、故郷アトランタに運ばれ、親友の黒人市民運動家ジョン・ルイス(現民主党下院議員)は、駆け付けたRKとエセル夫人を午前1時、葬儀の前に教会に案内した。遺体の前でルイスは、「しかし、私たちにはまだロバート・ケネディがいるじゃないか」と必死に自分に言い聞かせた。

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6. しかし、そうはならなかった。6月4日銃弾に倒れたRKは2日後に亡くなった。妊娠中のエセル夫人は26時間最後まで、病院のベッドを離れることがなかった。

実は20代の私はこのとき、ニューヨークの自宅アパートの居間に座ってテレビの実況を見ていたのです。それは何とも衝撃的な瞬間でした。

詮無いことですが、彼があのとき生きていたらと、52年経ったいまも思いました。

ニクソンは、民主党候補に選ばれたハンフリーに勝ちましたが、大接戦でした。ロバート・ケネディなら勝利して、彼が大統領になったことでしょう。

そうしたら、この「差別と分断」のアメリカ社会は相当変わっていたのではないか。

 人間の歴史は、果たされなかった夢の、限りない悲しい物語のように思われます。

米タイム誌「コロナ対応ベストの国は?」(イアン・ブレマー)

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1.まだ「ステイ・ホーム」中の先週に、パソコン詐欺にやられかけました。

(1)たまたまロンドンから「フォーブス・ジャパン」に寄稿した記事を読んでくれというメールが来て、サイトを開けていろいろ操作しているうちに、突然警報が鳴り、ブロック画面が出てPCが動かなくなりました。(メールにも「フォーブス・ジャパン」のサイトにも罪はなく、理由は分かりません)。

(2) 画面にはマイクロサイトの名前で、「不審な操作があったのでブロックした。すぐに連絡しろ」という表示が出ます。

 当方は不審な操作は一切やっていない、それなのにPCが突然動かなくなる状況は、焦ります。そこで、言われるまま「マイクロソフトのサービスセンター」と書いてある番号に電話したところ、片言の日本語であれこれ指示してきました。

(3) 途中まで指示通りに動かしてから、在宅勤務中の長女の亭主に連絡、「詐欺だ。間違いない」と言われて、電話を切りました。

(4) 彼がその日の夜駆けつけてくれて、悪玉ソフトらしきものを除去してくれました。持つべき者は「娘婿」。その後は問題なく動いています。

(5) マイクロソフトの名前を騙り、しかし全くの「詐欺」でした。彼に言われたのは、「~に電話しろ」とあったら、まずその電話番号をスマホででも検索してみることだそうです。

確かに、検索すると「この番号は詐欺です」というサイトが出てきます。「料理のレシピを見ているうちに突然、アラート画面が出て動かなくなった。電話したけど、怪しいので途中で切った」という、似たような経験談も載っていました。

(6)それにしても世の中、悪い奴がいるものです。皆様におかれては私ほど愚かではないと思いますが、十分にお気を付けください。

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2. 話変わって、米国タイム誌最新号6月22~29日号です。

同誌には、イアン・ブレマーが「どこの国がベストのコロナ対応をしたか?(Which countries have handled Covid-19 best?)」と題する寄稿をしており、以下はその紹介です。

(1) イアン・ブレマーは政治学者で、邦訳された著書も何冊もあります。たまたま6月25日の東京新聞NY支局が取材した記事「「Gゼロ」協調なき世界へ」を載せました。

コンサルティング会社の代表でもあり、同氏は、この会社による世界のコロナ対応の分析をもとに、「ベストの国10か国」を紹介しました。

あくまで現時点での評価であり、今後起こり得る第二波、第三波は想定外です。

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(2) 「ベスト」と評価されたのは以下の10か国です。カッコ内は人口百万人当たりの最新の死者数です(ちなみに、日本は8人)。

・アジア・オセアニア(5か国)――韓国(6人)、台湾(0.3)、シンガポール(4)、オーストラリア(4) 、ニュージーランド(4)

アメリカ大陸(2か国)――カナダ(225)、アルゼンチン(25)

・欧州(2か国)――アイスランド(29)、ギリシャ(18)

・中近東(1か国)――UAEアラブ首長国連邦, 31)

(3)以上の10か国には、他の調査でも高い評価を受けている「定番」の国が多い。

(4)その中で珍しいのは、ギリシャ、アルゼンチン、UAEの三か国でしょうか。

何れも、経済は苦境にある(UAEは石油価格下落、ギリシャは長年の経済危機、アルゼンチンは9度目のデフォルト(国家債務の不履行)を起こしたばかり)。

にも拘わらず、専門家、政治家(党派を超え、中央・地方が連携した)、市民の三者が結束した対応で当面抑え込んでいる、と高く評価しています。経済への危機意識を国民が共有していることが、コロナ対応に良い結果をもたらしているのでしょうか。

 

(5)このような,国全体の一致・結束した連携プレー、市民の専門家と政治家への信頼の高さ、情報の透明性、の3点が評価の基本になっているようで、上の3国に限らず、全ての10か国に言えることです。

またNZのように首相のリーダーシップ、市民に耳を傾け、自分の声で語りかけ、「誰もが住む家を失うことはない」と約束する決意や、「実質的な意味は小さいが」としつつも全閣僚が20%の給与カットした姿勢などを評価しています。

 

(6) 10か国のうち、人口5百万以下の小国が3つ(残り7か国の人口はほぼ1千万から5千万)、隣国と海で隔てられた国が4つ、そして女性が首相の国が3つです。

(7) そしてこの10か国の中で、イアン・ブレマー氏がもっとも高く評価する「ベスト中のベスト(あくまで現時点での)」は、台湾です。

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3. ということで最後に、台湾について補足します。

(1)イアン・ブレマーは、「台湾は中国の隣に位置するという、理想的とはとても言えない環境(かつWTOへの加盟を認められない不利な立場)にありながら、真に称賛すべき対応をしている。世界ナンバーワンである」と総括します。

(2)そして具体的には、以下の諸点を指摘しています。

・迅速に海外からの入国を止めた水際対策、

・完全なロックダウンや経済活動の封鎖ではなく、IT技術も駆使して、感染者を特定し、自宅隔離をし、感染経路を突き止めることを最重点にした、

・責任者の一元化、連携プレーや専門家の役割を重視し、連日国民に語り掛け、ビジネスセクターとも情報を共有し、一体感を強めた、

 

(3) なお、NHKETV特集が6月25日「パンデミックが変える世界」で,「第一波の封じこみに成功した台湾」を同じように取り上げています。道傳愛子さんの、前副総統でコロナ対策責任者だった陳建仁氏(ジョン・ホプキンズ大学博士)へのインタビューが中心です。

(4)インタビューの中で、陳氏から「民主主義を守りつつ、封じ込める」という言葉が何度も出ました。ドイツのメルケル首相が国民に呼びかけた15分弱のTVスピーチで、「民主主義」を4回使ったことを思い出しました。

また、「感染症対策を通して共感と感謝を学ぶ大切さ。知恵(wisdom)と共感(empathy)を両立させることがもっとも大切」といった印象に残る言葉を多く聞きました。第二波への十分な警戒と懸念・課題にも触れました。

(5)民主主義を守る姿勢がこの国に根付いていることを痛感しました。中国がいかに「1つの中国」を叫ぼうと、台湾に根付いている「民主主義」を破壊することは容易ではないのではないか、中国の方こそ台湾に学んで民主化に向けた努力をしていくべきではないか、と強く感じた次第です。

 

(6)面白いと思ったのは、「(市民に)正確な情報を、ユーモアをもって語る」と言っていたことです。そういえば、NZのアーダーン首相の語りからも時に「ユーモア」を感じることがあります。日本の政治家の言葉には、「民主主義」も聞きませんが、ユーモアもありませんね。

「女性のいる民主主義社会」に向けて

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1.前回紹介した『女性のいない民主主義』(前田健太郎、岩波新書)に、いろいろコメントを頂きました。

(1)Masuiさん――「他国に比べ、日本で残されている資源として最も期待できるのは女性の活躍だと信じる。その点で未来は明るい。そのためには、現役時代に女性の教育や制度を見直した経験から、男性の再教育が鍵と考える。」

(2)中島さん――「女性が活躍できていないのは、政治家や霞が関官僚の働き方が女性にとって魅力がないという面も大きいと思う」。

(3)実際の経験に根差した、以上2つのコメントから見えてくるのは、企業では進む可能性があるが、政治や国家行政はなかなか難しいという印象です。それだけ、政治の世界は、本書が言う「ジェンダー規範が強い」ということでしょうか。。

(4)他方で、長年、京都の女性会と関わり政治家とも繋がりを持った岡村さんは、「ある女性政治家が夜の会合を終えて、夫のためにおかずを買って帰る姿を見て、夫はやはり「内助の功」を求めているのだなあと感じたと書いています。

 政治で働く女性といえども、家庭に夫がいれば、夕食の用意は自分の役目になっている・・・高齢者の家庭ではまだこれが普通でしょうか。

(5)地方政治家としていまも頑張っている田中さんからは、22年の経験をふまえたコメントを頂きました。

――・テレワークが進み、学校や福祉施設も開いていないときに、子育てや家事労働など負担のしわ寄せが来るのはやはり女性。

・少なくとも政治の世界に入ろうとする女性は増えないと思う。男性にとって、しなやかで強い女性の台頭は脅威。だから増えないのです。

・22年前に初めて議員になったときと環境はほぼ変わっていない。議会そのものがとても封建的・・・・――

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 いまに至るも、「封建的」と感じさせる風土が日本の政治にはあるのでしょうね。

 生涯、全く政治の世界とは無縁だった私には分かりませんが、前田准教授が本書の冒頭の「はじめに」でこう書いているのを思い出しました。

――「日本列島に暮らす多くの人にとって、政治とは永田町にある国会議事堂で起きている出来事を指すのではないだろうか。

 試みにこの建物の内部の光景を思い浮かべてみよう。そこでは、首相が演説していることもあれば、野党の議員が大臣の不手際を追求していることもあるだろう。大臣が答弁に窮した時には、後ろに控えている官僚が、そっと何かを耳打ちしている場面もあるかもしれない。

 ここで、少し思い起してみてほしい。今、頭に浮かんだ風景の中に、女性は何人いただろうか。おそらく、登場人物のほぼ全員が、スーツ姿の男性だったのではないだろうか。

 このイメージこそ、日本の政治の特徴を端的に表している。日本では、政治家や高級官僚のほとんどを男性が占めており、女性で権力者と呼ばれるような人はほとんどいない。これは実に不思議なことではないだろうか。―――

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3.田中さんは、おそらくこういう環境の中で、市会議長としての長年の政治活動などを、殆どの男性議員の眼にさらされながら続けてこられたのでしょう。

 そして、「ロール・モデル」としての立場を意識しながら頑張って来た、いまも頑張っているのだろうと思います。

 私が京都府宇治市にある唯一の大学に勤務していたころ、種々の委員会や街づくりの活動などでよくご一緒しました。

 威張らない、庶民的で気さく、生活の目線で語る・・・といったスタイルが魅力的でした。

 もちろん全ての女性がそうだとは思いません。女性政治家の中にも「威張っている」人も「男性以上に権威主義的」な人もいるでしょう。女性だから全て平和主義者とも言えないでしょう。男性以上に「タカ派」もいることでしょう。

 しかし、田中さんのような「女性」政治家であれば、大いに増えてほしいと願っています。

 「既得権」を守ろうとする高齢男性や世襲議員からの圧力や既得権益と「封建的」なシステムのなかで、「しなやかに・争わず・しかし強く」活動してほしい。そのためにも、時に憤慨したり、愚痴をこぼしたりできる「仲間」を増やしていってほしいです。

 

(因みに、「先生」と呼ばないと怒る議員諸兄姉も多いかもしれませんが、私が長年京都で関わってきた団体の唯一の「決まり」は老いも若きも・男も女も・肩書無視、全員「さん」づけを徹底していましたので、いまも「田中さん」と呼ぶこと、お許しください)

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4.『女性のいない民主主義』について最後にもう少し補足すると、前田准教授は本書で、従来の政治学では「代表」という概念があまり取り上げられなかったという反省から、民主主義を考えていきます。

 

(1)「政治家が、自分の支持者を代表している」というとき、1つは「有権者の間の意見の分布が、国会議員の間の意見の分布と重なっているかどうか」が民主的かどうかの重要な基準になる。

(2)そしてもう1つ、「その政治家が、自らの支持者の社会的な属性と同じ属性を持っている」という意味での代表の概念がある。

代表制の確保された議会とは、議会の構成が、階級、ジェンダー、民族、年齢などの要素に照らして、社会の人口構成がきちんと反映されている議会である。したがって、ジェンダーの視点から見て、「代表者の男女比が均等に近いほど、その政治体制は民主的であると考えられる」と著者は指摘します。

 

(3)この2つの「代表」が確保されることは、民主的な政治において決定的に重要であるが、今の日本のように「小選挙区」が主体の選挙制度では、(1)が十分に果たされていない。それだけに(2)の重要性は一層高まる。

(4) 田中さんの、「コロナ禍で子育てや家事労働など負担のしわ寄せが来るのはやはり女性」という嘆きには、社会的な構造問題も大きいでしょう。しかし、政治の世界で、女性の代表者が増えれば、こういった課題がもっと「争点化」されて、取り組みも進むのではないでしょうか。

(5)前田氏は、例えば「日本の福祉政策が男性稼ぎ主モデル」に立っている現状を批判したうえで、「女性のリーダーシップが発揮されることが、男女平等に向けた政策変化への道を開くことになるだろう」と言います。

 環境や平和についても、同じことが言えるのではないでしょうか。