記録的な酷暑・猛暑の京都を逃げだして、田舎におりますが、今年はお山も例年になく暑いです。


それでも、前回書いたように、「非日常」の世界にひたれるのが、一斉夏休みの有難いところです。学期中はなかなか読めないような、仕事にまったく関係ない・遊びの本も拡げています。


この休みには『アクロイド殺害事件』を読み返し、『誰がアクロイドを殺したか』(ピエール・バイヤール、大浦康介訳、筑摩書房、2001)を読みました。


前者はいうまでもなく名探偵ポワロ登場のミステリーの傑作。「そこで使われている手法の独創性によって大きな成功を博し、文学史上もっとも有名な作品のひとつとなった」(同書7頁)とは、バイヤール氏の言葉です。


 私が本書を読むのは少なくとも3回目です。いわゆる本格派の推理小説は犯人探しや事件の謎解きに主眼があるので、そこが分かってしまったあとで何度も読む価値があるのだろうかと思う方もおられるかもしれません。とくに本書は、真犯人の意外性・特殊性が眼目であり、もともと記憶力が弱く、以前に読んだ本の筋書きはおろか犯人が誰かも忘れてしまう(だから何度読んでも面白い)私でさえも、さすがにロジャー・アクロイド殺害の犯人だけは、忘れることがありません。

 それならなぜ2度も3度も読み返すか、ということですが「『アクロイド殺害事件』は明らかに再読を予期して書かれた小説、すくなくとも二重の意味を孕む小説である」というパイヤール氏の言を引用しておきましょう(同書72頁)。さらには、「犯人を知ってからミステリー作品を読む、そういう楽しみ方もあって悪くないと思う」「そのような精密な再読による検証にも十分耐えることが、傑作ミステリーの条件であるともいえる」(何れも『物語の迷宮、ミステリーの詩学』(有斐閣、1986)142頁)というコメントに私としても大賛成であります。


ところで、『アクロイドを殺したのはだれか』はフランス気鋭の文学理論家兼心理学者が、フロイド心理学をベースに傑作推理小説の「構造」を分析した、ちょっと難解なところもありますが、実に面白い本です。


もちろん、アクロイド殺害の犯人が誰か、ご存知と思いますが、パイヤールは、それは名探偵ポワロの妄想ではないか?と挑戦し、真犯人は別にいる・・・と新たな推理を提示します。
種明かしはやめにして、今回はここまでにします。