今週は大学もいっせいの夏休み。

田舎の家に来ています。
しかし、孫たちや娘たちが泊まりに来たり、久しぶりに友人・知人に会ったりと、賑やかではありますが、充電つまり本を読んだり、論文を書いたりという時間にどれだけ使えるか?


読書もどうしても、安易なというか、たまった雑誌や読みやすい本から手をつけてしまいます。

ということで、遅れて読んだ幾つかの雑誌の記事から・・・


1.「日経ビジネス」8月4日―11日の合併号特集は「バラク・オバマ、行き詰る米国の熱狂と焦燥」と題して、
「なぜ、今、オバマが米国で台頭してきたのか。その謎を追っていくと、孤立し、崖っぷちに追い詰められた超大国の姿が浮かび上がる」という導入で、中身はたいしたことはありませんが、日本人好みの問題提起です。

同時に、5月29日ブログで紹介しましたが、「ポスト・アメリカの時代」を前向きにとらえるファリード・ザカリア(ニューズウィーク・アジア版編集長)は、日経ビジネスのインタビューで、「バラク・オバマは米国人だが究極のアウトサイダーでもあり、新しい時代、新しい世界観、未来の象徴である」と語ります。

悲観論の好きな日本人と楽観論(時にノーテンキに見えるほどに)の好きなアメリカ人の違いが垣間見えて面白かったです。


2.ザカリアは、Newsweek (NW)8月11日号の論説に中国のオリンピックを取り上げ、また、8月4日号は「何が中国を駆り立てるのか、国民的インフェリオリティ・コンプレックスはどこから来たか」という特集を組んでいます。

何れも、この国に現実的に冷静に対応する必要を説いています。

後者は、「中国にとってオリンピック開催がどういう意味を持つかを理解するには、アヘン戦争に始まる200年にわたる屈辱の歴史を理解する必要がある」と言います。

その上で、「いまは、これ以上かれらを挑発したり、この国が、いっそう新しい、平等な、自らに自信をもった成熟した国家になる努力を妨げたりするときではない」と語ります。

これもまた西欧流のリアリズムと楽観主義でしょうか。

他方で、今月の文芸春秋の新聞広告をみたら、「北京五輪、日中大論争」という特集があって、桜井某という女性の「チベット弾圧―人権じゅうりん国家に開催の資格はない」という見出しが躍っていました。
これぞ、典型的な「挑発」的な対応であろうと感じた次第です。


NW8月11日号の特集は「インフレーションの爆発―世界はいま、高成長と低価格の時代から、全く逆、低成長と高価格(フタグフレーション)に向かおうとしているのではないか?」ですが、これを紹介する紙数はなくなりました。