フロスト警部賛歌

連休は田舎で過ごしています。

まだ桜が咲いています。

茅野の田舎のPC環境が幸いにも整いましたので、早速早めの更新です
(中身はいつものように下らぬ独り言ですが)。


イギリスの人気ミステリー、R.Dウイングフィールドのフロスト警部“ウィンター・フロスト(Winter Frost)”を読み終えたので記録に残したいと考えます。
今回はとびきり長いです。


まず、著者と作品について整理してみると以下の通り。

 以下、原著、邦訳、備考の順。


1.Frost at Christmas〔1984年〕 クリスマスのフロスト(1994年)
訳を09年5月読了
2.A Touch of Frost (1987) フロスト日和 (1997)
訳を09年6月読了
3.Night Frost (1992) 夜のフロスト (2001) 未読
4.Hard Frost (1995) フロスト気質 (2008) 09年7月読了
5.Winter Frost (1999)   邦訳まだ 10年5月読了
6.A Killing Frost (2008)   邦訳まだ 09年6月読了


(1) 他に短編があるようだが、長編は以上6作品。処女作は著者56歳のときで、2007年に79歳で死去している。


(2) 主人公はジャック・フロスト警部。デントンという英国の架空の
地方都市での、魅力あふれる主人公。「だらしなく、いい加減(経費の請求
などをごまかす)、反抗的」で、おまけに、「禁煙」表示など無視する
ヘビー・スモーカーで女性に関する下品なジョークを頻発する。こんな本を
書いて、フェミニストの反発をかわないのが不思議。英国というのは、
紳士淑女の「表」と本音の人間性の「裏」とが共存している不思議な国
(ほめて言えば「大人」の国ということか)という印象。階級社会の英国で、
フロストは明らかに「労働者階級」の「本音」を代表する存在であろう。


(3) 警察小説といってよいが、とにかく数日の間に事件がめまぐるしく
展開する、そのスピード感がたまらない。例えば最近読み終えた作品5であれば、
第3章、全体(507頁)の3分の1で6つの事件が立て続けに発生し、瑣末なものも入れれば全部で15以上の出来事が連続し、したがって読者もどの事件だか混乱して
しまい、私であれば写真のように番号を振って整理しながら読む必要がある。
時にはフロスト自身、「何のことだっけ?」と忘れてしまうほどである。

(4) 警察署長のマレット警視が悪役で、フロストとの対比も面白い。
官僚的で、本部と予算のことばかり気にし、自分の出世がいちばん大事という男。
フロストに閉口して何とか左遷させたいと考えている。これに様々な警察官
(婦人警官も含めて)がからみ、ウェールズ出身の部下が女好きでチョンボ
ばかりして、これまたウェールズ人がよく、怒らずに読むなあと思う。


(5) 問題があるとすれば、下品なのはいいとして、いささか残酷なこと。
少年少女や売春婦の連続殺人というパターンが多いが、強姦され惨殺される。
その検死・死体解剖の場面などが丁寧に描かれる。少女の強姦など悲惨な
描写もあり、気の弱い人には向かないかもしれない。それと殺人の動機が金銭
や愛憎ではなく、変質者の犯行のケースが多い。これも英国の特徴なのか、
それとも日本を含めて現代社会の変質か?


(6) 私の場合、日本のミステリーはほとんど読まないが英米のは大好き。
というのは1つは、英語で読むことが多いせいもあるが、残酷な話であっても
英語だと100%は理解できておらず、第2に、所詮他所の国の異国人の
(もちろんフィクションの世界の)事件だから・・・と思えば、
少し距離を置いて読むことができる。日本の話・日本人の事件だとこうは
いかないので、日本のミステリーは敬遠してしまう・・・ということがある。


(7) しかし何といってもフロスト警部は実に魅力的である。
彼のキーワードを整理すると、「1に現場人間、2に行動力、3に直感、
そして4に正義感」ということだろう。


(8) 不眠不休で働くが、常に動いていないとだめ。オックスフォード出
のモース警部(コリン・デクスターの主人公)がパブでビールを飲みながら
ラテン語を引用したり、部屋でワグナーを聞いたりしながら論理を追いかける
やり方には大いに抵抗がある。根っからのたたき上げである。


(9) そして日本人好みの「人情」。人一倍、悪を憎み、それが彼の
モチベーションの全てであり、欲も野心もない。功績は部下に譲り、
部下のチョンボも自分の責任といって譲らない(格好いいなあ!)・・・
そして実は情にもろい。惨殺された少女の被害者の両親に会うことほど
辛い役目はない。


「それで娘は苦しんだでしょうか?」という父親の質問に正直に答えられない。
・・フロストは事実を告げることができなかった「いいえ、苦痛は無かった
と思います」
「それで、犯人を探し出してくれるんでしょうね」
「その点はお約束します。必ず見つけだします」・・・・(5の277頁)


(10)個人的な事情に尽きるが、なぜ、いま5を読み終えたか?なぜ6
を先に読んだか?というと、やけに面白いのでもっと読みたい、しかし、
5と6の邦訳が出ていない。6を先に読んでいるうちに5の訳が出るだろう・・・・と思って6を読み終えて暫く待っていたが、まだ出ない。ついに、
5も読んでしまった・・・という事情です。
因みに、この訳者は女性だ(と思う)がうまい訳で感心します。それと、
よくもこんな品の悪い、セクハラになりそうなフロストの言葉を上手な
日本語に変えられるものだという点にも感心。


例えば作品5で、以下の場面をどんな風に訳すか?
興味のあるところです。

(一向に昇進しない万年刑事が、警部代行の辞令をもらった女性の
警察官について、自分の方が長年勤務し、もっと働いているのに不公平だと
フロストに嘆いていう・・・
She’s done half the time I have,・・・and she’s made up temporary inspector. What has she got that I haven’t?”
“Big tits,” said Frost.


(11)今回はひどく長くなりましたが、最後に英国の警察について。

・ 時効はない、死刑制度もない。小説でも、30年前、40年前の事件が
暴かれて犯人が明らかになる。しかし、どんなに残酷な連続殺人であっても、
死刑にはならない。


・ 英国の警察官はピストルを持たない。最後の作品6では、警察官の
同僚でピストルの携帯を特別に許された同僚が出てくる。この辺の実情は私も
分からないが、原則的には携帯していないはず。


  ・取調べにあたっては、弁護士を必ずつけて、内容はテープに取り、
法廷に提出される(フロストは時々、脅したり下品な話題を持ち出したりして
部下に注意される)


というようなことで、各国の国民性を取り上げた有名なジョークを思い出し
ました。


ジョークによると、
「地獄とは、フランス人の技術者、イタリア人の運転手、スイス人の恋人、
イギリス人の料理人、それにドイツ人の警察官・・がいるところ」

対して、

「天国とは、ドイツ人の技術者、スイス人の運転手、イタリア人の恋人、
フランス人の料理人、それにイギリス人の警察官・・・・・が対応して
くれるところ」

だそうです。