オバマ大統領「一般教書演説」と「公正な経済」

いつも長い駄文ですが、今回はさらにいっそう長くなります。

24日のオバマの「2012年一般教書(The State of the Union)演説」
アメリカ大統領が年に1回連邦上下両院に対して行う演説)についての感想です。


1. たまたま野田首相の年1回の「施政方針演説」が同日、行われました。
25日には、俳優の渡辺謙さんがダボス会議東日本大震災についてスピーチをしたとの報道です。
渡辺さんのスピーチは本日までのところ、ユーチューブなどに収録されていないようで、私は実際に聞いていません。

野田首相オバマ大統領のスピーチは以下のように聞くことが出来ます。
http://www.youtube.com/watch?v=wWHr-GGqC4g

http://www.nytimes.com/interactive/2012/01/24/us/politics/state-of-the-union-2012-video-transcript.html?ref=politics


2. ここでは演説の中身をどう評価するというより、私的な感想が中心となります。

まずは、やはり演説はうまい。
いつも通り、草稿に目をやることなく、67分を聞き手に向かって語りかける。
これが「スピーチというものだ」と言われてしまえばそれまでですが。


3. 与党である民主党はスピーチに対して、時に起立して拍手するのが通例ですが、今回も67分の中で86回もの「喝采(applause)」がありました。
起立して拍手するのは議員だけではなく、前列に座っている閣僚も、傍聴席も同様です。
ちなみに前列には閣僚のほか、最高裁の判事、軍の首脳が招かれて座っています。
野党・共和党はもちろん喝采はしませんが、少なくとも静かに聴いているように見えます。時に「ブーイング」ぐらいあるのでしょうが、今年は、それもなかったように見えました。
対して、野田さんの演説には野党の野次がひどかったと新聞報道にあります。
一国の首相の発言ですから、少なくとも黙って・静かに聴く、というのは人間として最低の礼儀ではないでしょうか。
我々庶民が見ていて、子供に礼儀も教えられないような政治家というのは困った存在です。
まずは礼を尽くして、論戦はそのあとに始めるべきでしょう。

4. いちばん面白いと思ったのは、ホワイトハウスが招待したお客が、大統領夫人・副大統領夫人の特別席に並んで一緒に演説を聞くという、いわば「セレモニー」です。
レーガン大統領のときからのやり方だそうですが、今年は20人強。
招待者リストがホワイトハウスから発表される。
全てが全国から選ばれた庶民です。
もちろんオバマ大統領のPRになるように、再選を狙う戦略に沿って、慎重にゲストの選択がなされたことでしょう。
大票田の州から選ばれることが多いのも無理ないでしょう。
しかし、無名の庶民を幅広く選び、彼らがどういう人たちかについての10行前後の紹介――つまり彼らについての「物語」です――を読んでいるとなかなか興味深いです。
前置きに「それぞれのゲストは、異なった・様々なアメリカン・ドリームと、雇用について強調するオバマが掲げる『働く倫理観』を体現する人たちである」とあります。


(1) 再生を果たしつつあるジェネラル・モーターのプラント・マネージャーが居ます。


(2)小学校の先生が居ます。彼女は州の予算削減によって小学校の存続が危機にさらされたときに子供たちの教育の機会を無くしてはいけないと、無給で教職を続けた、とあります。


(3) 学生が居ます。彼女は苦学して、奨学金を得て大学を卒業し、いまアメリカでもっとも学生の就職人気が高いというNPOティーチ・フォー・アメリカ」に入ることが決まっている。貧しい学生の進学機会を広げるための政府の施策を応援し、活動している。

(4)アンバー・モリスは12月に「週40ドル(3千円強)の給与にどういう意味がありますか?」というホワイトハウスからのアンケート調査を受けた女性です。2008年に
大学のロースクールを卒業したが、就職できず、NPOで働いていたがつぶれてしまい、いまは故郷に帰って実家に住みウェイトレスの仕事をしている。「週40ドルでも働く対価が貰えるのが嬉しい。奨学金の借金を返済し、弁護士試験の受験勉強の費用を貯めるには助かっている」と語る。


ホワイトハウスは、このように、一人ひとりの「物語の力」を大事に伝えようとします。


(5)イノベーションや様々な創意工夫によって企業の活力を生み出している、中堅中小企業の経営者もいます。
中に1人日本人のベンチャー企業経営者が選ばれたことは日本の新聞でも報道されました。


(6) その他、オバマ政権の施策(医療保険制度の改革、公的住宅ローンの拡充、職業訓練を充実するための企業と大学のパートナーシップ・・・等)によって恩恵を受けた、さまざまな人たち。

(7) 昨年11月に亡くなった、スティーブ・ジョブズの未亡人もいます。
ただ彼女について初めて知ったのは、彼女自身がたいへんなインテリで、かつ、教育の機会を得にくい貧しい若者への支援など様々な社会活動を行い、自らNPOも設立し・活動している見事な女性だということです。
新聞報道で知りましたが、ホワイトハウスの発表には、彼女がスティーブ・ジョブズの奥さんだという紹介は(それも選らばれた理由であるにせよ)一切ありません。


5. 特別ゲストの中でいちばん面白いのは、著名な投資家で世界一のお金持ちといわれるウォーレン・バフェットの秘書(デビー・ボザネック)がリストに載っていること。
彼女は、バフェットの投資会社に37年勤務し、20年近く秘書としてバフェット氏を支えている。


彼女は、昨年オバマが、「バフェット・ルール」と呼んで、富裕層に対する所得税の課税強化対策を提言したときに話題になりました。
年収が100万ドル(約78百万円)以上の富裕層は少なくとも、実効税率30%の所得税を払おうではないか、という提案です。
(提案は、アメリカ全世帯の98%を占める年収25万ドル以下には増税にならないとオバマは約束します)


ちなみに、いま共和党は予備選で大統領選の候補者選びで、醜いネガティブ・キャンペーンの真っ最中ですが、有力候補のロムニー氏が過去2年の収入42百万ドル(30億円以上!)に対してわずか13.9%の所得税しか払っていないというのが話題になっています。
昨年、バフェットが収めたのは、17.4%だったとのこと。
そして、秘書のデビーさんが、億万長者のボスのバフェットよりも高率の(もちろん実額は桁違いに小さいにせよ)税を払っているということが、この「バフェット・ルール」提案のときに大いに話題になりました。

ウォール街を占拠せよ」の大規模なデモもこのような現状に対する庶民の抗議と言えましょう。


このようなことが可能なのは、税の捕捉率や控除のやり方もありますが、そもそも税制が、
給与などの勤労所得が累進によって最高35%まで課されるのに対して、富裕層の主要な収入源泉である投資や非勤労の所得への税率がこれより低率だということがあります。


6. このような現状を踏まえて24日のスピーチでオバマは「公正な経済」について訴え、とくに富裕層への高額課税に反対する野党・共和党に挑戦しました。
バフェットの秘書を招いたのは「いかにも挑発的だ」とニューヨーク・タイムズも言います。
額に汗して働いたお金ではない金融業界と政治家がもっと責任を感じるべきだとも強調しました。
普通に働いている人たちが公平なルールで負担を共有するような社会・経済を目指すべきではないか、とも訴えました。
「私の考えを階級闘争(class warfare)だと批判するのなら、それでも構わない。
しかし、億万長者に自分の秘書と同じ割合の税金を払えという考えは、階級闘争だろうか?
大方のアメリカ人なら、コモン・センス(良識)と思うのではないだろうか?」


7. いまアメリカは「公平」「格差是正」「所得の再配分」、即ち「平等」という、民主主義の原理に立ち返った課題にどう立ち向かうか?が問われています。
それは、もう1つの民主主義の原理である「自由」「独立自尊」とどう折り合いをつけていくのか?でもあります。


オバマの富裕層増税策に反対する共和党の議員たちは、この日、スピーチを聞きながら、大統領に対して礼を失しないように、注意深く・きわめて大人しかった、とニューヨーク・タイムズは伝えます。
テレビを通して、インターネットを通して、多くのアメリカ人が見・聞いているわけです。

与野党の対立によって議会が機能していない、法案が通らない現状を強く批判して、オバマは彼がもっとも尊敬するリンカーンの名前をこのスピーチでも取上げましたので最後に紹介します。


「2つの政党が、いつまでもお互いを攻撃しあい、原理原則で対立するのではなく、良識に裏付けられたコンセンサスを目指そうではありませんか。
私は民主党員です。しかし、私は共和党員だったリンカーンの次のような信念を信じています。
すなわち政府というのは自分たちではよくは成し遂げられないと思っている、そういう国民の代わりに、彼らのために働くのであって、逆に言えば、それ以上の存在ではないのです。
喝采)」



8. オバマのスピーチを、再選を狙う選挙演説だよ、とシニカルに見る人も居ることでしょう。
しかし彼が、「コモンセンス」という言葉を何度も繰り返していたのが印象に残りました。
アメリカは果たして、コモンセンスを取り戻すことが出来るでしょうか?