リタイアメント・コミュニティとアメリカの老人たち

1. 前回、アメリカの有料老人ホームに住む人たちを紹介しました。ここは60歳以上から入居資格があり、(A)元気で動ける(B)補助が必要 (C)介護が必要、の3段階の居住者が日本語のマンションや一軒家に住んでいますが、Tさん夫妻が暮らしてみての印象として、


(1) 夫婦も独り暮らしも、概して、明るく、愚痴をこぼさず、前向きである。
(2) 特に(A)の人たちは、「出る釘は大歓迎」で様々な活動に参加している。他方で「出たくない人」を無理に引き込もうとはしない。
(3) 見知らぬ人・よその人・来たばかりの人に親切で、つながりを持とうとする。

といった人たちが多いという話しでした。
今回はそのフォローです。

2. まず2の(1)について言えば、誰もが何となく、以下のような暗黙のルールを守っているようです(最新のニューズ・レターに寄稿する人がいて、そんな話しに触れていました)

(1) 普段の会話では自分の病気の話しをしない(誰だって老人なりに問題を抱えているのだから)
(2) 自分の孫の話は30秒以内
(3) 他人の噂話をしない


に加えて、良くも悪くも、政治(家)への不平・不満・批判、悲惨な事件など、あまり暗い話題や悲憤慷慨の話題を取上げない。
(Tさんの話では、民主党を応援しているリベラルな人が多いようだ、とは言っておられましたが、表立ってそんな話しはしない)


3. 2の(2)について言えば、
(1) そもそも、NPOが運営・経営しているが、住民とのパートナーシップで、一緒に「コミュニティ」を作っていくという方針であり、
(2) 従ってヴィレッジ全体でも、夫妻が入っている「パーク・ビュー」マンション独自でも、さまざまな活動があり、図書館(写真)・トレーニングルーム・PCルームなどの施設の運営も自分たちの責任であり、そのほかに、たくさんのボランティア活動、イベント、生涯学習クラス、同好会などがあり、これも全て、住民が自主的に運営している。

(3) 情報発信の活動もあって新聞も出し、ヴィレッジ内のテレビ放送の施設もあって、番組を作って流している。
(4) Tさんも早速、ボランティア活動に参加して、(B)補助を要する(C)介護を要する約400人の住民に贈るクリスマスプレゼントとパーティの準備に加わったそうです。
「参加者は、クリスマスカラーのセーターを着たり、サンタの帽子をかぶったりして雰囲気を盛り上げ、ランチタイムには近くの教会の人たちがクリスマスキャロルを歌いに来てくれたり、楽しい気分にひたりながらのボランティア活動でした」と奥様は書いています。


また彼女は折り紙が得意なので、ヴィレッジ全体の「美化委員会」のメンバーになって、作品(写真のように、素晴らしい作品です)を幾つか展示したりして、遂には請われて、委員会の長にもなってしまったそうです。

4. 2の(3)について言えば、「パーク・ビュー」では毎月、住民が交代で話をする「夕べ」があって、新入りはそこでお披露目をするそうです。


Tさん夫妻にも当然声がかかって、入居後のある夕べ、全員が集った集会室で約1時間にわたって、2人で自らの人生について語ったそうです。
母国語ではない言葉で、それでも何とか話し終えたときには多くの人がスタンディング・オーベーションで喜んでくれたそうです。

「パーク・ビュー」の機関誌にその内容が掲載されています(写真)のでごく一部を以下に紹介します。


「夫妻がともに暮らした50年の思い出話はユニークでかつ魅力的だった。
日本とアメリカという2つの異なった文化が接する、とてもいい機会だった。
ユニークと書いたのは、例えば、夫妻は当時日本で珍しくなかった、お見合いで結婚したのだ!

・ ・・・
ご夫妻は「ここに住むことになって本当にハッピーです」という言葉でスピーチを締めくくったが、参加者のスタンディング・オーベーションは、迎える私たちも、お2人が仲間になってくれたことがとてもハッピーだという気持ちを十分表現したものだっただろう」

5. Tさん夫妻はそろそろ3年近くになりますが、いままでに不愉快な思いをしたことが一度も無いと言います。
アメリカのリタイアメント・コミュニティでの暮らしが全て同じようなものかどうか、私は分かりませんし、Tさんももちろん知らないでしょう。
しかし、異国に飛び込んで、コミュニティに受け入れられてハッピーに暮らしている2人を拝見するのは嬉しいものです。


もちろん、異国で見知らぬ・初めての人たちと暮らすのは、とてつもない覚悟が要ることでしょう。

しかも2人とも、ここで人生を全うする(たとえ連れ合いに先立たれても)と覚悟を決めています。


私などからすると、
日本の家族や友人に会いたいのではないか、たまには温泉に入りたいのではないか、おいしい蕎麦と日本酒が食べたくはないか(日本食は手に入りますが)などといろいろ気になります。


Tさんの話では個人的にはトイレの「ウオッシュレット」が懐かしいという話でした。アメリカではまだ普及しておらず、設置しようとしたら30万円近くかかるというので諦めたそうです。

6. 人生は、何かを選ぶことで、何かを捨てざるを得ません。
どんなに便利な時代といえ、全てを「いいとこどり」する訳にもいきません。
もちろん昔に比べれば格段に便利になって、離れていてもメールも出来るし、スカイプで顔を見ながら話すことも出来ます。
しかし、異国に住むことで失ったものも大きいし、新しい環境へのチャレンジも相当なエネルギーが必要でしょう。

お2人が、失った寂しさ・辛さ・不便さを上回るほどの「良さ」をこの地で選び取った ――もちろん、お嬢さんの家族が近くに住んでいるという個人的な事情もあるにせよ――という事実は、日本には無くて、この地にあるものとは果たしてなんだろうか?

ということを考えさせられます。