京都から帰って:矢内原忠雄/サザエさんなど


猛暑の京都に1週間弱滞在して昨夜帰ってきました。
1. 海太郎さん有難うございます。フェイスブックからのコメントも感謝です。同好の士と好きな本の話をするのは楽しいですね。もっとも家人の場合はただ読むだけですから、感想を語り合うのは無理かもしれませんが。

前回のブログについては中高の友人からメールを貰いました。やはり、某君の奥さんも寝しなに広げるのはサザエさんだそうで、「ただし数ページで寝入ってしまいます」と。
これわが家も全く同じようで、読書ではなく、薬代わりに広げるだけです。
矢内原忠雄氏も同じ習慣があったと家人は言うが本当かな?とも書きました。
念のため、同氏をウキペディアで検索するとこういう1節がありました。
「矢内原と親交があった長谷川町子は『サザエさんうちあけ話』の第29章でその思い出について触れている。」
どうやら作者が直接聞いた話のようです。

2. この友人からは「矢内原忠雄という名前で懐かしく、書棚から、「政治と人間」を引っぱり出して眺めています」ともあり、さすが母校の同級生はインテリと感心しました。
私は彼にこういう本があることも知りませんでした。経済学・植民政策が専門の学者ですが、私が知っているのは
内村鑑三の弟子で、無教会主義のクリスチャンだった
・ 戦前(昭和12年ファシズム批判をしたとして東大経済学部教授を辞職した。
・ 戦後、大学に戻って、最後は総長になった
ぐらいです。
彼の書いたもので読んだのは以下だけです。
恩師の新渡戸稲造『武士道』を邦訳したもの(岩波文庫、ご承知のように新渡戸は英語で書いた)
岩波新書『余の尊敬する人物』と『続』の2冊。これは私の愛読書の1つで
6年前のブログでちょっと触れました。http://d.hatena.ne.jp/ksen/20070322
ブログには、1年浪人したために、矢内原さんの入学式での式辞を聞けず(その前年に2期6年を終えて学長は科学者の茅誠司さんに代わっていた)まことに残念だったことも書きました。

3. ところで、中高の同期についてですが、有志が毎月集って酒を飲んでいるほかに、時々グループメールで情報交換をしています(私は読んでいるだけですが)。

時局の話をするのはこのブログの趣旨ではないのですが、
たまたま昨日のメールには以下のようなコメントがありました。
以下引用
「この麻生失言 酷暑も忘れるほどびっくりし怒りが込み上げてきた。常日頃安倍政権の仲間内ではこんな話がされていてつい出てきたのだろうかと心配になる。英国の歴史学者アラン・ブロックの「ヒットラースターリン:パラレル・ライフ」という伝記を読むとヒットラーが順法という言葉を隠れ蓑にして着々と権力を掌握していった過程が詳細に生々しく書かれていて独裁の怖さがよくわかる。そういう人の手法を手本にしたらいい とはたとえ冗談でもいえないはずと思うのだけれど、一体どうなっているのだろう」

友人の怒りについてどう思うか?についてはとりあえず措いて、
私がいちばん感心したのはアラン・ブロックという私が初めて聞いた人の本を彼が読んでいるという事実です。因みにアマゾンで調べたら邦訳は全3冊。第1巻だけで4000円以上する大作です。
彼はもちろん今は年金生活者ですが、もとは私と同じく普通のサラリーマンで、商社勤め、海外勤務も多く、たまたま豪州シドニーでは同時期でした。
妙な言い方かもしれないが我々ただのサラリーマンだって、結構真面目な本を読んで、結構真面目なことを考えているんだよ、と友人を誇らしくなると同時に、
果たして高い職についている政治家は歴史を勉強しているのだろうか?
と改めて質問したくなりました。
そしてもう1つ誇りに思うのは、
これは中高の校風の影響もあると思うけど、結構リベラルな人間が多いということです。

4. 最後に、京都について触れる紙数がなくなりましたが、猛暑の中、観光客が多いということと、円安の影響もあるか、ひとりまたは少数か家族で来ている外国人の旅人が目に付くということです。
いいことだと思います。
バックパッカーのなりをした若者が錦小路の店で「たこ焼き」を食べていたり、京都駅構内の「回転すし」で家族連れがカウンターに座っているのを見ると、楽しんでほしいな、と思います。

私の好きな、やはり錦にある安い・庶民的な居酒屋に入ったら、たまたま暇な時間帯のせいもあったのでしょうが、私のほか、そのとき居た4組のお客はすべて外国人で、1人で座っている中年の女性も居ました。
異国人が気楽に来て、構えず、庶民的に、1人でも気持ちよく時間を過ごせる、そういう京都であってほしいと願っています。