「涙それは尽きぬものなり原爆忌」

1. 鈴木さん、十字峡さん、コメント有難うございます。

鈴木さんの「坊ちゃんと清の墓」について貴重な情報を頂き、まことに感謝です。
たたこの話は飲みながらの会話で他の方には背景が分からないでしょうから、何れブログで別途触れたいと思います。
十字峡さんは、矢内原さんのお孫さんとご縁があった由、やはり学者になっておられるのでしょうね。
ドクター・イエローの写真も気付いていただき、有難うございます。ここ15年ほど300回は新幹線で京都・東京を往復していますが、ドクター・イエローが走っているのは、先月初めて見ました。


2.お礼は以上にして、今回は、やや自己喧伝の嫌いがあり、反発される方もあるかもしれませんが、広島原爆の話です。
この時期、日経の「俳壇」欄に黒田杏子さん選にたびたび「原爆忌」区が選らばれることは前にブログに書いたことがあります。
http://d.hatena.ne.jp/ksen/20090809

例えば2008年8月9日の選1位は「涙それは尽きぬものなり原爆忌
2位は「書き遺す原爆のこと空青し」でした。
インターネットで検索したら中外日報の2009年の社説を見つけましたので記録のためにも載せておきます。同じような関心を抱く人が記者にも居るのだと思いました。
http://chu35862.securesites.net/NEWWEB/n-shasetu/09/0908/shasetu090806.html


2. 恥ずかしながら、この2つの句を読み返す度に、いろいろと考えます。
私事で恐縮ながら6歳のときに、広島で被爆し、父親を亡くし母は36歳で未亡人になり5人の子供を抱えて苦労を重ね、育ててくれました。

自分からそんな話をしたことは、子供たちを含めて、最近までありませんでした。
最近になって喋ってもいいかという気になったのは、当方が高齢になったこともありますが、もう1つ、ブログにも書いたのですが、三宅一生という世界的に著名なデザイナーが、2009年7月、ニューヨーク・タイムズに投稿した出来事があります。投稿の中で彼は、いままで喋ったことはなかったが、オバマ大統領の核廃絶の演説を聞いて、自分にも語る責任があるのではないかと感じるようになった、と書いています。
http://d.hatena.ne.jp/ksen/20090730


もちろん私ごときが比べるのはおかしいのですが、この記事で、三宅氏がたまたま私と同年齢ということを知って、感慨を覚えました。


3. 今年7月、旧知の京都新聞記者から、広島での体験を取材したいという申し出があり、受けることにしました。
8月4日付けの新聞「暮らし」欄に「悲惨な体験やっと言葉に」と題して掲載されました。


この新聞は2010年3月ちょうど大学を定年退職をするとき、長年やっている「社会起業家」を支援する活動について紹介記事を書いてくれました。
2つの写真を見て、3年経ってさらに老人になったものだと思います。

取材は7月末の某日、京都「イノダ」本店で行われ、私は記者の質問に答えながら、3時間強喋りました。
長い・まとまりのないお喋りを記事にするのは苦労も多かったでしょうし、記者が載せる価値がそれなりにあると考えた・ごく一部の内容が公になりましたが、さすがにプロはよく整理してくれたものだと感心しました。

それともう1つ感心したのは、事前に実によく調べた上で、取材に臨まれたことで、これが「記者魂」というものでしょうか。京都中央図書館に行っていろいろと資料を集めて、私も知らない資料のコピーを頂きました。
私が1年生だった「観音国民学校」の被災記録
父親が当時勤務していた「中国地方総監府」という役所の被災状況をまとめた記録をきちんと読んでおられました。
当たり前かもしれませんが、真摯な姿勢に好印象を持ちました。

因みに、「地方総監府」というのは、御存知ないと思うので、戦争中の出来事の1つとして触れておきますと、いわば、一種の道州制の実験のようなものだったと思います。


即ち、太平洋戦争の末期、昭和20年6月10日、「酷烈な戦局の推移に備えて設置された行政機関である。
全国を8区分して、その地方のすべての行政を統括する権限を持つ、いわば地方政府とも言える最高機関であって・・・・」

アメリカ軍による本土上陸もありうべしという危機的な状況にあって、たとえ首都東京の機能が麻痺しても、それぞれの行政区が独立して機能することを意図したものといえます。
そして「中国地方総監府」は、広島市に置かれ、中国地方5県を管轄することになりました。

4.3時間喋ったなかで、できれば伝えて欲しいと考えが2点あり、その2つはちゃんと載せてくれました。
以下の2点です。


(1)自らも悲惨な体験をし、父親を暴力的な死によって奪われたという事実は、悲しい出来事ではあるが、そういう体験を自らの中で「絶対化」しないという思い。もっと不幸な体験をした人は限りなく居られる。自らの「生」を相対化する努力を忘れないようにしたい。

(2)「暴力的な死」を代表とする悲劇と日常とを分けるのは、「不条理」とか「不公平」とかしか言いようが無い。
神や自然は人間に対して、決して「フェア」ではない。
とすれば、人間ぐらい、せめて「フェア」に生きよう、もちろん誰だって自分が大事だから無理な注文ではあるのだが、それでも出来るだけ努力しよう。


きれいごとを言って格好つけてるな、と批判されることは承知の上で、それでも、自戒にしたいとは思っています。


4. 今日は長崎原爆忌でした。テレビで平和祈念式典を見ました。
6日には広島で行われ、今年は、著名なアメリカの映画監督オリバー・ストーンが参加したことが話題になりました。
私個人は、実は、広島の式典のテレビ報道はいまも見ることが出来ません。たぶん、えらく弱虫人間なのだろうと思っています。