キング牧師の「私には夢がある」から50年

1. arz2beeさん重ねてのコメントまことに有り難うございます。
ご指摘はまさにその通りと思います。正式な判決名に原告と被告の名前を付ける理由について、樋口東大教授(英米法)は、
勝訴か否かを問わず、権威に挑戦したブラウン、エディス・ウィンザー・・・等々無名のアメリカ人庶民の名前が判例として永久に残るという素晴らしさを指摘しています。
まさに「物語」ですね。
ということで今回も「物語」。主人公はマーティン・ルーサー・キング・ジュニアキング牧師)。

昨年のタイム誌8月最終号が特集を組んでいます。
なぜ今取り上げるか?というと正月にやっとじっくり読んだというだけの理由です。
(英語の雑誌の特集は私にはなかなかすぐには読めません)
それなら、なぜ2013年の8月号か?というと、1963年8月28日から50周年になるからです。
そして、なぜ1963年8月28日(水曜日)か?というと、この日、アメリカの首都で「ワシントン大行進」と呼ばれる人種差別撤廃を訴えるデモがあり、ワシントン記念塔広場に集まった25万人の大群衆を前にして、記念館に座るリンカーンの巨大な像を背にして、キング牧師が有名な「私には夢がある(I have a dream)」という演説をした日だからです。


2. 「私には夢がある」の演説は約17分、この日のプログラムの最後でした。
Youtubeで聞くことができますが、
http://www.youtube.com/watch?v=_1zxq0TCjIg
20世紀の名演説の1つと言われています。
短いフレーズで力強く、分かりやすく、同じ出だしを何度も繰り返して訴えるのが特徴です。例えば、
「私たちは決して満足しない」は7回(最後は「No,no, we are not satisfied and we will not be satisfied until〜〜」と強調するリズムの力強さ)
「私には夢がある」は9回( 最初に「この夢は“アメリカン・ドリーム”に深く根ざしているのだ」とアメリカ人の誇りに訴える巧みさ)
「(アメリカ中の山腹に)自由の鐘を鳴らそう(Let freedom ring)」は11回(アメリカ人がいちばん好きな「自由」という言葉で締めくくり、しかもNYやコロラド、カリフォルニアの山々から始めて、人種差別の強烈なジョージアテネシーミシシッピーの山にも「自由を!」と固有名詞=地名を8回繰り返し、具体的なイメージを喚起させる、レトリックの巧みさ)
見事なスピーチで何度聞いても感動します。


3. 演説の「私には夢がある」の部分は、黒人霊歌の歌手マハリア・ジャクソンの「私たちに夢を語ってよ、マーティン」という一言に触発されて、あらかじめ用意していたテキストから離れて即興で語ったと言います。

「1人の人物、1つの言葉、1つの行進、そして1つの夢(One man, one march,onespeech,onedream)が、アメリカを変えた。
この演説でキング牧師は、ジェファーソンやリンカーン等と並んで、建国の父たちの仲間入りをした」とタイム誌は言います。
かつ、彼の演説は、公民権・市民権運動に携わる人たちや、残酷な差別に苦しむ黒人他の少数民族に対してよりも、むしろ普通の白人、「正義よりも秩序を大事にする大多数のアメリカ人」に対するメッセージとして訴える力を持った、その効果が大きかった、とタイム誌は言います。
例えば、ケネディ大統領は就任演説でも人種差別問題について触れなかったように、当初必ずしも重要なイシュウとは考えていなかったが、このスピーチを聞いて影響されたと言われます。

もちろん演説の力もあったでしょうが、
(1)25万人の大群衆がアメリカ全土から集まり、その中には大多数の庶民の他に、著名な芸能人も居て(ハリー・ベラフォンテマーロン・ブランドチャールストン・ヘストン、ボブ・ディラン・・・等々)
(2)大観衆を前に、ジョーン・バエズが「ウィー・シャル・オーヴァーカム」を歌うなど、祝祭としての雰囲気を盛り上げ、

(3)しかも、これだけの集まりが、一切の暴動も混乱もなく、平和的に整然と実施された
等も大きかったでしょう。
タイム誌特集号はこの日を振り返って当時の参加者(有名人も庶民も)や事務局の回顧談を載せていますが、彼等は口々に、いかに素晴らしい・歴史に残る出来事だったか、と同時に、当日のトイレ・飲み水の手配(夏の盛りでした)、移動の手段や駐車場の手配、何かあった場合の緊急の医師の手配・・・等々たいへんな準備を大勢がボランティアで成し遂げたかを懐かしさと誇りを持って語っています。

しかも「非暴力」をモットーとして、参加者には、銃など危険物の携帯を一切しないように徹底して呼びかけた。
それでも、人種差別を行動で示すクー・クラックス・クランのような挑発があったら、どう対応するか?
「私たちが平和に行動することは信頼してほしい。どうか挑発する連中への対応に注力してほしい」と事務局は軍と警察に要請した。


ケネディ大統領も暴発や事件をいちばん恐れて、当初、デモ計画の実施に首を縦に振らなかった。
彼は同年11月に暗殺されますが、再選を1年後に控えて、この日、何か起きたら、選挙運動にマイナスになることを大いに懸念した。
しかし、何事もなく、デモが終わった。彼はさぞほっとしたでしょう。挨拶に来たキング牧師以下を心から祝福したと言います。
「演説」はもとより、指導者としてのキング牧師の「組織力とリーダーシップ」が立証された日でもあったのです。

4. 紙数がなくなりましたが、キング牧師については紹介するまでもないと思いますが最後に一言。
(1) 1929年ジョージア州アトランタ生まれ。ボストン大学神学部で博士号取得。
(2) 1955年、牧師をしていたアラバマ州モントゴメリーで起きたローザ・パークス逮捕事件に抗議して、バス・ボイコット事件を指導。連邦最高裁から、バス車内人種分離法の違憲判決を勝ち取る。
(3)「非暴力主義」による運動を提唱。その頂点が今回取り上げた「1963年ワシントン大行進」である。1964年には史上最年少でノーベル平和賞を受賞。
(4) 1968年、テネシー州メンフィスで暗殺される。レーガン大統領の時、彼の誕生日ワシントン、リンカーンと並んで「国民の祝日」となる。
(5) なお、キング牧師に関しては、彼の「影の部分」もよく取り上げられます。特に彼の女性との不倫問題です(ホテルでの会話をFBIが盗聴していたそうですから、当時からアメリカの情報収集活動は恐ろしいですね)。
但し、この点については、私は詳しくは知りませんので省略します。
そもそも一般論として、有名人を取り上げて「実はあの人には、あんなスキャンダルがある。こんな弱点や欠陥がある」と嬉しそうに言うのはあまり好みではありません。
人間誰だって、欠点はあるだろうと思います。
しかもここでは彼の社会問題についての言動と社会・世界に与えた影響力を取り上げているので彼の人格の善し悪しを論じている訳ではありません。
ただ、
最近フランスのオランド大統領の不倫がゴシップになっていますが、ゴシップ自体には興味ない、ただし1国の大統領の警備・安全という点では、不注意な行動だったろうなとは思います。
この点で、arz2beeさんが最近の
ブログ東京都知事選の候補者をめぐる週刊誌の記事が―題名からのみですが−如何に下劣で、しかも偏向しているのではないか、と指摘しておられて、全く共感しました。
こういう記事を読者が望んでいる、と考えるのがそもそもの思いあがりと庶民蔑視でしょう。