『11/22/63』(スティーブン・キング)とネット時代の読書

1. 柳居子さん、京都の銭湯の状況についてのコメント有難うございます。
書いておられるように京都も減ってきているでしょうが、それでも銭湯は「江戸のしぐさ、昭和のぬくもり」だそうですから、まだまだ東京より「ぬくもり」が残っているのではないだろうか、と推測しております。

過去に生きる年寄りとしては、どうしても昔の「しぐさ」や「ぬくもり」が懐かしくなります。

そういった古い風俗をデジタル技術で残すことが出来て、しかもインターネットで簡単に検索できる時代になったのは高齢者には何とも嬉しいことです。


2. ということで、今回はインターネット時代に本を読むことについて考えたいと思います。
3月8日付、3回前のブログで、スティーブン・キングの『11/22/63』という小説を最近読み終えたことを書きました。
2013年のアメリカ・メイン州の田舎町に生きる高校教師が、ひょんなことからタイムトンネルの存在を知って、1958年の同じ町に戻ることが出来て、アメリカでもいちばん東北にあるメイン州からいちばん南のテキサス州ダラスまではるばる旅をする。そして、1963年11月22日までをダラスで暮らして、リー・オズワルドによるケネディ元大統領暗殺を阻止しようとするお話です。
 

もちろん荒唐無稽ですが、しかし面白い小説で、アメリカでも日本の翻訳も大評判になりました。原作は賞ももらい邦訳は2013年「海外ミステリー」の1位に選ばれました。

ペーパー・バックで850頁とたいへん長いのですが、退屈しないのは、物語がケネディ暗殺という歴史的な出来事をフォローすると同時に平行して、主人公が1950年代末から60年代初めにアメリカで過ごす、その時代の風俗やら暮らしや人々や文化などが、当時を多少覚えている人たちに懐かしさを呼び起こすということがあります。
また、当時を知らない若者にとっても、インターネットで検索することで、様々な情報を得て小説の背景を理解することができます。


例えば、この時代のアメリカでは、「スィングジャズ」という音楽やそれに合わせた「ダンス」が大流行をしていた。


主人公は1950年代末のダラス郊外でも高校の国語教師をして、恋をして、高校生や教師仲間と楽しく暮らす、その日々が明るく・ちょっぴり悲しく描かれます。
そして大事な小道具となるのが、音楽とダンスです。高校の行事に「ダンス・パーティ」は欠かせません。
当時は、グレン・ミラー楽団に代表される「ビッグ・バンド」の演奏が大人気で、例えば「イン・ザ・ムード」という曲に合わせて、高校生が大勢で、「リンディ・ホップ」や「ストロール」や「マディソン」といった「スィング・ダンス」を底抜けに明るく踊りまくる。


3. そこで、本を読みながら、グーグル検索をすることになります。
(1) 例えば、グレン・ミラーの「イン・ザ・ムード」は我々の世代には、ジェームス・
スチュワートとジューン・アリソンの名画『グレン・ミラー物語』でまことに懐かしいですが、さてどういう曲だったかな?とYouTubeを検索すると、もちろんメロディがPCから流れてくる。

メロディに合わせて高校生が体育館で踊るサイトもあって、私は結構楽しく見ています。
http://www.youtube.com/watch?v=e3zWgz2aeHU
このサイトは2007年とありますから、アメリカの高校での、こういうダンス会やバックに流れるグレン・ミラーの「イン・ザ・ムード」もまだまだ結構すたれていないようです。


(2)上のサイトで高校生が踊っているのが「リンディ・ホップ(Lindy Hop)」という踊りだそうですが、こんな英語の単語がいきなり出てきても、私にはちんぷんかんぷん。

そこで本を読むのを中断して「Lindy Hop」で検索すると、説明だの動画だのが山と出てくる。
http://www.youtube.com/watch?v=q5yubFAkySw
日本語のサイトもあり「いま、昔のファッションも含めて、ネオスイングと呼ばれる新しいバンドのヒットとともに、世界中で熱狂的に踊られている」という説明もあります。

(3)「リンディ・ホップ」は動きの速い踊りですが、もっとゆっくりスイング・ジャズに合わせて踊るスタイルも小説の中で紹介されます。
例えば「マディソン」と出てきて早速、検索。
http://www.youtube.com/watch?v=95NjjrXzhak
「ストロール」と出てきて、また検索。
http://www.youtube.com/watch?v=PajBJOnRYBI
時間はとられますが、結構楽しめますし、読んでいて小説のイメージが具体的に膨らみます。


この小説の出来事は1963年のケネディ大統領暗殺までの5年であり、この時代の固有名詞がふんだんに出てきます。人気の歌だのテレビ番組だのベストセラーだの、映画俳優だのファッションだの食べ物だの。
おそらく読んでいる若いアメリカ人だって、これら全ての固有名詞は知らないでしょう。ところが、グーグル検索すると全ての情報が得られる。
これはネット時代以前には考えられない、驚くべきことで、本の読み方が変わってくるように思います。


もちろん、こういう固有名詞は、当時の流行風俗等をあげているのだなと推測は付きますから無視して読んでいっても一向に構わない。無視したからといって、筋が追えなくなる訳ではない。いわば、無駄な(結構楽しい)横道であり、道草です。
しかし、先ほどの「リンディ・ホップ」という踊りであれば、主人公が高校教師の同僚と恋するにあたっての大事な場面に幾つも出てきます。ネット検索でイメージをつかめるのはまことに助かります。


また例えば、読んでいて、「アメリカン・ゴシック(American Gothic)に出てくるような初老の夫婦が〜」
という表現が出てきます。
何だろうと思って検索すると日本語のウィキぺディアもあります。
アメリカン・ゴシックというのは、「1930年にアメリカの画家が描いた。シカゴ美術館に展示されている。国内ではよく知られた絵で『ロッキー・ホラー・ショー』等の映画でパロディーとして登場した・・」といった説明があり、写真も載っています。そういえば、何かの本で見たような記憶があるなと思い、納得して、読書に戻ることになります。

インターネットを検索しながら小説を読む愉しみがあるんだ、とはこの本を読んで痛感したことですが、もちろんこれは日本語の本だって同じでしょう。
もっと言えば、最近の小説(特に時代背景や風俗のような細部を大事にし、横道に入ることが楽しい物語)は、著者が読者に「ネット検索すること」を期待して、意識的にさまざまな小道具を入れて書いている傾向があるように思います。