戦後69年目の夏休みとフィレンツェ「仮想旅行」


1. お盆休みがそろそろ終わり、今日(17日)の日曜日が渋滞のピークでしょう。こいいう時期しか休めない現役諸兄はまことにご苦労様と思います。
いろんな夏休みの過ごし方があるでしょう。身内に10日間のクルーズに出掛けた退職者のご夫婦が居ます。
11万6000トン。乗客2500人、乗員1200人という大型客船だそうで、お客と乗員の比率に驚きました。アメリカの大学よりもはるかにサービスを提供する人員の比率が高いです。
戦後69年の夏(格差拡大などの問題はむしろ大きくなっているでしょうが)この国は本当に豊かに・平和になりました。


2. 豪華客船の旅というのは私にはとんと縁が無く、青年時代に観たアメリカ映画「めぐり逢い」(1957年公開)の場面を思い出します。
前にブログでも取り上げましたが、デボラ・カーとケーリー・グラントが大西洋を横断する豪華客船の旅でニューヨークに向かう間に恋するようになる。夫々がそれぞれ別の異性と婚約している。
いよいよ到着の日、船上からニューヨーク・ステイト・ビルを眺めながら、「半年後のこの時間にあそこで再会しよう」と約束する。
ロマンティックな映画で、しかも豪華客船の場面に当時の貧しい日本青年としてはため息が出ました。
ブラック・タイのディナー、ダンス・パーティ、それとミンクのコートを羽織ったデボラ・カーが船内のバーのストールに座っていつも「ピンク・シャンペン」を注文する・・・どんな味がするのだろうと思ったものです。
それから10年経って、仕事でニューヨークに住むことが出来て、この映画で憧れた摩天楼を見て、エンパイア・ステイト・ビルの展望台に上がることも出来ましたが、大型客船の旅はとても私の身分ではと敬遠しています。やはり、ブラック・タイの夕食会やダンス・パーティがあるのでしょうか・・・

3. 当方は今月2日に京都から帰ってからどこにも行かず、築40年の家に住み(さす
がに要修理の箇所が出てきて物入りだなとちょっと頭が痛いですが)、近くの農家や趣味の農作業をしている方から取り立ての野菜を分けてもらい、安いワインの晩酌とともに静かに過ごしています。
それでも週末は人出が多く、諏訪湖の近くにある新鮮な魚介類で有名な「角上」という店も、

農産物や果物が豊富で大型観光バスも停まる「原村自由農園」も満員でした。
当方もちょっと贅沢な買い物をしましたが、皆さん、競って大量に本マグロやたい・うに等を手に入れていました。
69年の間に、本当に豊かになったとしみじみ思います。
たまたま母校の中高が来年は創立120年を迎えますが、PTAの会報に3000字ほどの原稿を頼まれて、昔のことを思い出しているところです。


私の高校卒業は前述した映画「めぐり逢い」が公開された1957年。中学入学は、敗戦からまだ6年しか経っていませんから、貧しい時代でした。もちろん住宅事情も悪くて、先生が何家族か学校の敷地内の空き部屋に一時期住んでおられました。
私であれば父を戦争で亡くした母子家庭でしたから、私立に、しかも弟も含めてよく通えたものだと、必死になって戦後を生き抜き子供たちの教育を最優先に考えてくれた亡き母にはいまも感謝の言葉もありません。
当時の制服は、麻の葉をかたどった黒ボタンがついた、冬と霜降りの夏服と二種類ありましたが、貧しい我が家は夏服を買ってもらう余裕はなく、夏は白いワイシャツ姿で通学しました。私だけでなく何人も居たと思いますが、学校から何か言われたという記憶は全くありません。貧しさにもお互いにめげることなく、継ぎの当たったズボンを履いている同級生を「東海道五十三次(継ぎ)」といってからかい、言った方も言われた方も少しも気にしない、そんな平明な快活さが社会全般にあったように思います。
しかし、いまでも在校生の中には様々な事情を背負って生きている少年がひょっとしているかもしれません。孫が同じ高校の3年生ですが、いまは学校にも奨学金制度があるそうで、やはり昨今の家庭事情から離婚して母子家庭になったような母子を救済しているようです。
私の在学中はそんな制度はなく、たまに先生が私費で授業料を援助することがありました。数年先輩ですが、高校在学中に父親が死去し、退学を考えたところ担任の先生が「優等生であまりに惜しい」と卒業まで援助し、無事に東大に合格して、その後大企業のトップにまでなったという話でした。


4. 大型豪華客船とまでは行かないにしても、夏休みに旅で過ごす人も多かったと思います。
前述のように私であれば田舎を一歩も出ず、その代わりに、「仮想旅行」を楽しんでいます。
「仮想旅行」については、孫息子の学校が中学1年の、孫娘の学校が高校1年の、それぞれ夏休みの宿題だということを前回のブログで書きました。
中1の課題の優秀作品が同校の「論集」に収録されて、結構楽しく、母校の中学生の労作を読んでいます。
取り上げるテーマは様々で、例えば、2011年の最優秀作は「漢の高祖を巡る旅」というものですが、司馬遼太郎の『項羽と劉邦』を面白く読んだのでそれが契機になって、こういう旅を考えてみたそうです。
私の目下の旅はイタリアのフィレンツエ(フローレンス)とヴェネツィアヴェニス)でたまたまダン・ブラウンの『インフェルノ(ダンテの神曲「地獄篇」)』を面白く読んでいるところですが、この舞台になっています。

日本でも大ベスト・セラーになり映画化もされた『ダヴィンチ・コード』は前にブロでも取り上げました。
http://d.hatena.ne.jp/ksen/20060607
http://d.hatena.ne.jp/ksen/20060609
インフェルノ』は同じ作者の最新作で邦訳も同じ題目です。邦訳に遅れてこの5月にやっとペーパー・バックが出たので読んでいるところです。
彼の小説はロバート・ラングドンハーバード大学の中世美術史の教授で宗教に関する「図像学(イコノロジー)」が専門という設定)が主人公のサスペンス小説で、中世の美術や文学・歴史を踏まえた謎とき(「ロスト・シンボル」はアメリカの首都ワシントの謎がテーマ)が実に面白く、私も幾つも読んでいます。
インフェルノ』はダンテの『神曲』をうまく材料に使っており、舞台は、ダンテの故郷であるフローレンスからヴェニスを経て最後はイスタンブールまで、拡がり、これらの都市の教会や宮殿や美術館が彼の、追いつ追われつの活劇の場となります。
日本語の公式サイトまでありますから、邦訳もさぞ売れているでしょう。
http://danbrown.jp/inferno/


本の内容を紹介するのは次回にしますが、実際にはなかなか行けない場所の「仮想旅行」を本書を読みながら楽しんでいます。
4年前に大学を定年退職した際に、「半年ぐらいトスカーナの田舎の安いアパートでも借りて暮らしてみたい」と友人に放言して「その後どうなったの?」と今でも訊かれることがあります。
残念ながら体力・気力ともに衰え、また娘から「半年も暮らすなら少しはイタリア語を学ばないと失礼よ」と言われて正論だなあと思いつつも、とても知力が無く、実現は難しいです。
しかし、イタリア・フィレンツェのあたり(何といっても中世の美術と歴史の輝かしい宝庫である)は今も「眷恋(けんれん)の地・恋焦がれる土地」ではあります。

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