スコットランド住民投票の結果と、「寛容・良識」

1. たいへん遅くなりましたが、我善坊さん、海太郎さん、コメント有難うございます。何れも貴重なご指摘で、まったく異存ありません。
実は、遠い海の向こう、スコットランド住民投票が日本でもこれほど大きく報道されるとは意外でした。
あまり知られないだろうと思ったので、前回、タイム誌の記事から紹介したのですが、その後日本の新聞も同じような解説を載せ、購読している東京新聞ではほぼ連日、記事が載りました。
結果は、ご承知の通り、「NO」が55.3%,「YES」が44.7%、で「ユニオン」は分裂しないで済み、
UKもEU諸国もアメリカもほっとしていることでしょう。
1年前の世論調査がおよそ、反対40%、賛成30%、未定30%だったそうですから、約10%の差は最後まで埋まらなかったということになります。

2. たまたま投票前に、友人たちとの会食会が先週2回あり、ホット・イシュウーでもあったので、勉強したメモをもとに私から多少の話をして意見交換をしました。
10人の集まりで
「どちらが勝つか、賭けるか?」と言いだした人がいましたが、結局、成立せず。
――ということは、投票前から「やはり、賛成多数は無理だろう」という常識的な判断が大勢だったと思います。
理由の1つとして、英国の新聞に載った、ロンドンの「賭け屋(ブックメイカー)」が「反対」に大きくポジションを張っているという報道を友人たちに紹介したせいもあったかもしれません。
賭け率(オッズ)は日々変動しましたが、最低でも7対4から10対4ぐらい。
つまり後者であれば、「イエス」に4ポンド払って賭けて、「ノー」が勝ったら貰いはゼロ、「イエス」が勝ったら10ポンド貰える・・・・


独立を問う住民投票を賭けの対象にするのはまことに不謹慎とは思いますが、「ロンドン・ブックメーカー」というのはプロの賭け屋として有名で、何でも賭けの対象にする、つまりあらゆる「賭け」の申し出に断らない、要は「オッズ」を提供することでプロとしての「ポジション」を示します。そのオッズに応じる人がいれば、常に「賭け」は成立します。
オッズは忘れましたが、昔、「ダイアナ妃は離婚するか?」も、もちろん賭けの対象になりました。


3. 一時、直前の世論調査で、独立賛成派がリードしたという発表がありました。9月6日のことです。
英国の本日のフィナンシャル・タイムズ(電子版)は、「もし将来、歴史学者が今回を記述するとしたら、この世論調査がUK(連合王国)を救った」と書くのではないか、と報じています。
それまで、やや高をくくっていた英国政府、政財界、メディアが一致して、必死に巻き返しに取り組んだのは、ここからです。
女王までが「she encouraged voters “to think very carefully about the future”」と報じられました。
キャメロンの、スコットランドでの最後の訴えを、新聞は「PM(首相)、begs(懇願する)」と見出しで報じました。

エコノミスト誌は、直前の9月13〜19日号の「論説」で、切々と、「ユニオン」に留まることの意義を訴えました。

(1) 300年続いたユニオン(連合王国)を、全体のわずか7%の市民がたった1日の投票の単純多数の意志で瓦解させて、本当によいのだろうか。
(2) スコットランドは、留まることで、より多くの貢献を果たすことが出来るのではないか。
例えば、いまUKではEUから離脱しようと主張する人たちが勢いを増している。えてして、移民を排斥する、右寄りの、内向きの超保守主義者が多い。
よりリベラルで、EU寄りのスコットランドは内に在って、こういう「欧州懐疑主義者」と闘うことで存在価値を発揮できるのではないか。

(3) 彼らが、自己のアイデンティテイを守り、未来を自分たちで決めていきたいという心情は十分理解する。

しかし、スコットランドは、ユニオンに留まることで、これを救い、さらに強くすることも出来るのではないか。

いまや、人々は複数のアイデンティテイ―――国籍も人種も宗教も ―――を持つ、そういう時代に生きている。
スコットランド人も、ウェールズ人も、イングランド人、北アイルランド人も、一緒になることでこそ、より強く、より寛容で、より創造的な社会を築くことが出来る、ということを、我々の歴史が証明してきたし、これからも世界に向かって、さらに証明していこうではないか。


4. 上に紹介した「エコノミスト誌」の訴えは、私は、なかなか心のこもった言葉だと感じました。
そこで以下のようなことを最後に補足したいと思います。

(1) もちろん、「建前の議論じゃないか」という批判はあるでしょう。
(日本のメディアは、とかくそういうネガティブなアプローチが好きかもしれない。今朝のPCを開けたら早速、「スコットランドの不信は消えない。溝はさらに深まる」といった論調の報道が目につきました)
この国にも、問題は山ほどある。これからの課題もさらに大きいだろう。


しかし、UKという国が、相対的には、移民にも寛容で、多様性と良識を認める社会であることは認めてよいのではないか。英国で生まれれば誰もが英国人で、多重国籍もOKな国であることもその証左の1つと思う。
(2) 今回の一連の動き ―――政府は、スコットランドの議会と自治権の拡大を認め、2013年にはこの議会で過半数をとったスコットランド国民党の公約を入れて、住民投票の実施に同意した。
この決定に対しては、キャメロン政権はどうせ「ノー」が勝つと甘く見たのではないか、という批判を厳しく受けた。
しかし、一方で、住民の意思を尊重し、押さえつけず、民主的に対応している、とも言えるのではないか。


(3) 他方で例えば、11月にはスペインのカタロニア(あの、ピカソや、カザルスを生んだ)でも独立を問う住民投票が実施される。しかし、スペイン政府は、「憲法違反として無視する」としている。

(4) 今回の住民投票でも、英国らしさは十分に見られたと言えるのではないか。

本日のニュヨーク・タイムズの社説は、結果を評価し、安堵しつつ、しかし、賛成派の心情も思いやりつつ、最後にこう書いています。

「なかんずく、今回のような、感情のこもった熱烈な(独立の可否をめぐる)議論が、かくも平和的に、民主的に行われたという点は、十分に評価してよいだろう」
これから、スコットランドは、UKは、2分された世論や市民感情の「和解(reconcilliation)」に向けて動き出す必要があるでしょう。
日曜日、スコットランドのあちこちの教会で、そういう動きや説教や話合いが見られるだろう、とメディアは報じています。
英国人が、伝統とし誇りとする「中庸と良識と寛容」がまさに問われているのでしょう。
対して、いまの日本社会に「中庸と良識と寛容」は生きているでしょうか。