『夢との対話、心理分析の現場』(滝口俊子)や『国家の暴走』(古賀茂明)

1. 海太郎さん有り難うございます。イタリアの「子供の読書運動」面白く読みました。
日本は、前回紹介した斉藤美奈子さん(文芸評論家)の言によると「子供より、むしろ大人が読んでいない」のだそうですが。

2, 「大人でも読書会をやってみたい」とのコメント、神戸は文化都市でしょうから実現可能ではないでしょうか。海太郎さんのような大の読書家が率先して始められたら如何かと思います。
前にもここで少し紹介しましたが、世田谷区にも読書会があります。
どういう経緯か知りませんがお医者さんご夫婦が3年前に始めたもので、今は約20人が参加して古い公民館の一室を借りて毎月土曜日の午後の4時間、選ばれたテキストを発表者が説明したあと、意見交換があります。
気分の良い集まりで、会を始められたご夫妻にはまことに感謝しています。
その大きな理由は気楽なことで、会長だの会則だのがなく、出入り自由の横のネットワークだからでしょう。資料代として1回100円を支払うだけ。テキストはジャンルを問わず何でもOK。あらかじめ推薦された中から2カ月先のテキストを挙手で選びます。原則として推薦者が発表を担当します。大部・高価な書物は避けて、求めやすい新書や文庫本が主体になります。


3. こういった読書会に参加する理由はいろいろあるでしょうが、私であれば、
(1)自分一人では絶対に読まないような本を読む機会が得られる。
――例えば、『宇宙は何でできているか、素粒子物理学で解く宇宙の謎』(村山斉、幻冬舎新書)。私にはちんぷんかんぷんの内容ですが、発表者は国立大学の大学院で宇宙物理を学んだ方で当日はパワーポイントを使った見事な解説でした。
(2)自分1人でも読むだろうが、出来れば他の人と意見交換をしたいような本がある。
――例えば、『憲法と平和を問い直す』(長谷部泰男、岩波新書)や『転換期の日本へ、「パックス・アメリカーナ」か「パックス・アジア」か』(ジョン・W・ダワー&ガバン・マコーマック、NHK出版新書)などがこれに当たります。この2冊は何れも私が推薦し、前者は発表を、後者は東大の3年生が興味を示してくれたので数少ない若者代表に発表を頼んでアシストと司会を担当しました。
(3)最後は、何度も読んでいるが、他の人は果たしてどういう読後感を持つだろうか、ぜひいちど聞いてみたいと思って推薦する本です。いままで推薦したのは、「海と夕焼」という三島由紀夫の短編とアルベール・カミュの『ペスト』(宮崎嶺雄訳)などです。この2つは選ばれましたが、『アクロイド殺し』(アガサ・クリスティ)は落選しました。テキストは予め読んでから出席したいと思いますし、すでに読んだ本でも自分が発表あるいは議事進行する場合は改めて読み返すことになります。
したがって毎月最低1冊は、いわば義務として読む必要があります。

4.  こういう「必要があって、或いは義務として」読む本の中で、私であれば最優先と思って読むのが、「恵贈して頂いた本」です。
最近はさすがに少なくなり年に数冊でしょうか。それでも時々頂戴すると、感謝とともに最優先で読んで、ささやかな感想をご返事したいという気持ちになります。
10月以降頂いたのは2冊で1つは『国家の暴走、安倍政権の世論操作術』(古賀茂明、角川新書)です。これはご本人からではありませんが、著者が私の中学・高校の後輩であることを知った、読書会の某さんが「親戚なので応援していますから」と頂きました。なかなかの論客で面白く読みました。とくに「雇用問題」についての日本の企業社会や役所の政策への鋭い批判には全面的に同感しました。
同氏は、昨年、母校に招かれて講演しており、この記録が孫から借りた「PTA会報」に載っていますので、コピーを取って次回の読書会にお渡しするつもりです。

5. もう1冊は著者の恵贈で『夢との対話、心理分析の現場』(滝口俊子、トランスビュー)という本。今回は、最後にこの本に触れたいと思います。
著者は、臨床心理士・臨床心理学者で、私が勤めていた京都の大学でご一緒したことがあります。その後、放送大学の教授に移りました。
臨床心理士ですから、自ら、カウンセリング(心理相談のこと。健常なクライアント (来談者) がいだく心配,悩みなどを,面接などを通じて本人自身がそれを解決することを援助する方法)を長年やっている方です。相手の悩みを聞く仕事ですから、信頼される人柄が大事でしょう。彼女も、誰にでも優しく、私のような分野の違う人間にも親しく付き合ってくれました。

そういう方が、自らカウンセリングをしながら、自分もカウンセリング(「心理分析」と著者は呼びます)を受けていたという経験談をまとめたのがこの本です。
しかも、分析者はかの著名な故河合隼雄先生。
しかも、河合先生から1985年から実に21年間、754回の「分析」を受けた、という記録です。1回の「分析料」は8000円。下世話な人間なのでこれだけで圧倒されます。
しかもその間、自らのライフストーリーや寝ている間に見た夢を語るという作業があり、また河合氏は「箱庭療法」というのも専門で、著書も写真のようにいろいろと「箱庭」を作って、自らの「心理状態」を観察するようです。私のような根っからの無精な人間には想像もつかない作業です。

そして、そういう長い接触を通して、河合先生と実に濃密な人間関係を築かれたということにも感じ入りました。私の場合、他の人と、ここまで自分をさらけだして語るという経験は、今までもこれからも無いだろうと思います。


6. 私の居た大学には臨床心理学部があり学長は河合隼雄氏と親友だった、同じくユング派の権威・故樋口和彦氏。
一時期学長補佐をしていたことがり、ほぼ毎日のように同氏と話す時間があり、また一緒にアメリカ出張をした時は10日ほどほぼ終日べったりお付き合いをした訳ですが、ついぞ自分の過去などを話したことはありませんでした。そう言えば、樋口先生から「いつでもカウンセラーになって上げるから・・・」と何度か言われたことがあり、「私はそういうことには全く興味がありません」とその都度お断りしたことを思い出しました。
自らの内面を深く見つめる、それを或る人に語る、その人は「私が意識する自我を超えた「たましい」を信じてくれる」(この本から)、その人の夢までしばしば見るようになる・・・・こういう「つながり」は異性だから成り立つのだろうか?同性でもあり得るのだろうか?などと詰まらぬことも考えました。

7. もちろん「分析」を受けるからには(誰でも多少はあるでしょうが)幼い頃から悩みがある訳です。著者も「注目されることのない、いじけた子どもであった・・・人生を放棄さえしたくなっていた」と書いています。
カウンセリングというのは、要は、そういう悩み・辛さを「分析者」に語って共有してもらうことでしょうか。
私だって、幼い頃から悩みはあるし、おまけに戦中世代で被爆者でもあります。
しかし今まで、そのことが特に長年心理的な負担になっていたか、誰かに悩みを打ち明けたいと思ったかというと、そんなことも無いように思います。
おそらく、自分自身のことにあまり興味がない、それより、世の中の動き(例えば最近の香港の若者たちの動きでも、イスラム国でも日中首脳会談でも何でもいいのですが)や、或いは小説でも読んで虚構の世界に遊んでいる方にはるかに「関心」が高いという性向だからかもしれません。
その点からすれば、若い時から詰まらぬ文章を書き綴ってきたことは、自分を内部に閉じ込めるよりも、「発散」になったのかな、これも一種の「自己カウンセリング」かな、と興味深く思ったりしました。

ということで、お陰さまで私自身を振り返る、良い機会にもなりました。このように、自分で選んで読んだ本ではなくても貴重な読書体験になることがあります。
やはり、本は読みましょう!