メルケル首相は「いま必要不可欠な欧州人」(エコノミスト誌)

1.まずは13日(金曜日)のパリ市中心部で起きた悲惨・残酷ななテロ。
2001年9月11日のアメリカでの同時多発テロを直ちに思い起こします。私たちはいまだに「ポスト9.11」の時代に生きていることを痛感します。
(1)フランスでは右翼の国民戦線がますます支持を増やすかもしれない(12月には地方選挙がある)、(2)フランスに住むイスラム系の人たちはますます怯えて暮らすかもしれない(3)欧州全体が、挑戦を受けていると感じているのではないか。(4)シリア難民受け入れへの逆風はますます強まるかもしれない(5)プーチンの存在感はますます高まるかもしれない(6)英国は大陸との距離感を強めるかもしれない・・・・等々を考えながら、
今回は、ドイツの国内外で孤独に闘っているメルケル首相についてです。


2.前回のブログでフォーブス誌がプーチンを「世界で最強力な人物」に選び、メルケルが2位に躍進したことを報告しました。
フェイスブックのコメントで「選出基準に、自分の民族だけでなく世界のために取り組める人物というファクターを入れて欲しい」とあり、「全く同感」と返事しました。

そうなれば、プ―チンは果たして1位か?と疑問に思っていたところ、
タイミングよく英国「エコノミスト」誌11月7~13日号が「かけがいのない欧州人( The indispensable European) 」という表題で、メルケルさんを取り上げています。

記事から、欧州連帯への強い危機感と彼女への熱い応援メッセージを感じ取りましたので要点を紹介したいと思います。
「アンジェラ・メルケルはいま、最も深刻な政治的挑戦に直面している。
しかし、今ほど欧州が彼女を必要としている時はないのだ(But Europe needs her more than ever. )」というリード文に、以下のように続きます。


3.―――― 彼女が首相になって10年。いまプーチンは欧州の政治リーダーの中で彼女を、唯一話し合える相手と思っている。
難民問題では、たった一人で、欧州の価値観を守ろうとしている。
難民受け入れに反対し・批判するドイツ国民に対して、彼女は、「危機にあたって友情を示したことに対して、謝らなければならないのであれば」と言い切る「もはや私の国ではありません」。

 なぜ今メルケルしかいないのか?を整理すると
(1) ドイツの存在感の大きさ(EU最大の輸出国、黒字の財政、低い失業率)と
(2) 彼女がEUで最長のリーダーであることも大きい。しかしそれだけではなく、
(3) 彼女の個人的資質と能力にある。


ドイツの国益と、世界における平和と安定の支柱としてのEUとのバランスをとり、時に国益を犠牲にし、時に他国との衝突も避けず、しかも他国のリーダーの尊敬をかち得、さらに素晴らしいのは(欧州の他の中道右派の政治家と異なり)、反EUや反移民を公言する右翼ポピュリストの政治家にいっさい迎合しない姿勢である。

(4)もちろん彼女は、パーフェクトではない。
メルケル化する(Merkelling)=重要な決定を先に延ばす」という新語が出来たように、もともと物理学者であることもあって緻密で、慎重で、壮大・雄弁なビジョンを語らず、自らも「私は時に保守、ときにリベラル」と言うように、柔軟で「政治的カメレオン」と言われる政治姿勢は、批判されてきた。
しかし、このところの、ギリシャウクライナ、特にシリア難民問題にあたっては、皮肉なことに、その断固たる姿勢が批判されている。
まさに「Merkelling no more」ではないか。

東欧のリーダーからは、「道徳を押しつける帝国主義だ」という非難もあがっている。
彼女のやり方は慎重さを欠き、性急だし、かえってEUにマイナスだと批判するリーダーも多い。
しかし、それは間違っているし、少なくともフェアではない。彼らは代替案も持っていないのだから。


4.  批判派は、今回のシリア難民への対応でメルケルの権力基盤は弱まったと言うが、これも間違っている。
来年末には首相の改選時期を迎える。しかし、与党(キリスト教民主同盟)内での彼女の支持は圧倒的であり、野党にも対抗馬はいない。本人が引退を決意するのでなければ、4期目に選ばれ、さらなる4年就任することはほぼ確実である。

たしかにドイツ国内の課題はまことに大きい。ドイツに入る難民がもっとも多く通過するババリア州の州首相は痛烈にメルケルを攻撃している。
また難民問題は、EUの抱える他の多くの難題を加速させている。連帯がいっそう必要な時なのに、東欧諸国とドイツの関係は緊張し、英国がEUに残るかどうかを問う国民投票にも影響を与えかねず、ポピュリストを勢いづかせてもいる。

しかし、ルーテル派の牧師を父に持つ彼女は、難民問題に直面して、自らの「Calling(天職・召命)」を見出したのだ。

しかも、生涯の半分を東ドイツで、壁と有刺鉄線に囲まれて過ごした彼女は、自由がいかに尊いか、欧州に壁と有刺鉄線を築くことがいかに間違っているか、肌で感じている。
EU内にあるドイツを、真に人道的な価値観に根ざしたオープンで寛容な国にすることは彼女にとって「ポリシー(政策)」ではなく、「ミッション(使命)」なのだ。


いま、欧州は、この十年で最大の危機に直面している。
だからこそ、現在の危機に立ち向かう彼女の存在は最大・最良の希望である。
彼女を孤立させず、支えることが、欧州にとって、平和にとってどんなに大事であるかを認識すべきであろう ―――。


4.今回の記事の紹介は以上ですが、メルケルさんをめぐる内外の状況はこの記事以上に深刻ではないかという気もします。

エコノミスト誌自身10月10日付の記事で彼女がかってない挑戦を受けていることを伝えています。
ドイツ国内の難民受け入れ態勢がパンク状況にある、このままではメルケルの支持率はさらに下がるだろうという見方を、ドイツの有力誌「シュピーゲル」の英語版は「内外で集中砲火をあびる孤独な首相」(The Lonely Chancellor: Merkel Under Fire as Refugee Crisis Worsens)という表題の記事で伝えています。

しかし、今回の「エコノミスト」誌は、そういう事実は事実としながらも、メルケルのやっていることは正しいし、彼女自身決して弱気にもなっていないし、支持基盤も強い、我々も断固としてメルケルを支えようと訴えます。
自らの旗幟を鮮明にし、心を打つ文章だと思いました。
そして、最初に紹介したフェイスブックのコメントとからんで、福沢諭吉の良く知られた言葉、
「立国は私なり、公(おおやけ)にあらざるなり」を思い出しました。
勝海舟の維新後の去就を痛烈に批判した『痩我慢の説』の冒頭の1節です。
福沢は120年も昔に、国益は私益だと言っている訳です。

そして、こういう時だからこそ遠い日本に居ても、難民問題やシリアの悲惨な状況や欧州の苦境や、そこで奮闘する1人のドイツ人女性の存在やらに、少しは関心を持つべきではないかと思って、報告する次第です。