増補『日本語が亡びるとき、英語の世紀の中で』(水村美苗)を読みながら

1. 冬らしい寒い日が続き、年寄りは暖かい室内に閉じこもる時間が多くなります。
幸いに、東大の駒場キャンパスが歩いて10分ほどなので、図書館やカフェで過ごし、持ってきた本を読んだり、備え付けの雑誌を読んだりします。

今はキャンパスは関係者以外でも自由に入れるようになり、カフェまでできて、コーヒーや昼食が安価でいただけます。いつまで座っていても文句も言われず、子供連れの母親がグループで長くお喋りしている姿もよく見かけます。

昔は汚いキャンパスでしたが・・・・


2. 2016年に入って読んだ本は、『増補日本語が亡びるとき、英語の世紀の中で』(水村美苗、以下「日本語が〜」)、漱石の『三四郎』、渡辺靖慶応義塾大教授の『沈まぬアメリカ』などです。
このうち、渡辺さんの本は昨年夏に出た新刊ですが、水村さんの原本は2008年に出て第8回小林秀雄賞を受賞、その際にすぐ読みましたが、昨年5月に文庫本になり「増補」とあったので再読しました。


三四郎』は「漱石惚れ」と言える水村さんが「日本近代文学の奇跡」と呼ぶ第5章の中で、度々言及していることもあり、何十年ぶりかで再読しました。
それにしても最近、再読がますます増えたなと思います。老い先短くなり、生きている証にもういちど読み返したいと思う本が増えているのでしょう。
漱石は、今年が没後100年、来年が生誕150年の節目の年。いろいろと取り上げられることが多いでしょう。


3,水村さんは、12歳で父親の仕事でアメリカに行き、20年暮らし、イェール大学の院で仏文学を専攻し、帰国後、寡作ながら、全ての小説が文学賞を受賞している作家です。
デビューは漱石の未完に終わった『明暗』を書き継ぐ『續・明暗』という意欲作です。

今回「日本語が〜」を読み返した理由は、文庫本で求めやすくなったこともあって、世田谷区の有志による読書会で推薦し、発表する必要があったためです。

文庫になるに当たって著者は47頁にわたる追加の文章を載せており、この部分を読むのは初めてです。
そこで、まずは以下に、その一部を紹介します。

(1) 2008年出版されてすぐ梅田望夫氏(『ウェブ大進化論』の著者)がブログで絶賛しため大きな話題となり、賛否両論さまざまな意見が書き込まれ、一時アマゾンの売り上げ一番となるという、「想像を越えたことが起こった」。

(2) 2015年1月には、英訳がコロンビア大学出版局から出版された。英訳の題は『英語の時代における言語の凋落』で、一部とくに最終第7章の「英語教育と日本語教育」のところは大幅に書きなおし「国語の将来」と題した。


(3) 本書の意図は、
「英語という<普遍語>の意味を問い、その力を前に、日本語をどうしたら優れた「書き言葉」として護ることができるか、それを真剣に問わねばならない――と訴えているだけである。それは英語にあらざる<国語>を母語とする人たちの共通の問いである」
そして「一番苦しい思いをしながら書いた本であった」(P414)


(4) 7章の英訳で、書き直したのは例えば、「近代文学の古典を読み継ぐことの意味」と題して、

「英語で読む読者にとって到底理解しがたいことだが、日本の国語教育が、優れた近代文学を読み継ぐのにまったく主眼を置いていないということである」として、


「自国の近代文学の古典(canons)というものは読み継がれていくものだという考えは、わざわざ言うまでもないほど、広く共有されたもの。
たとえば、英語圏でいまだに揺るがぬ近代文学の古典を挙げるとすれば、それは、シェイクスピアの劇である。
だからこそ、彼らは国語教育において2つの目的を揚げる。その言葉で読み書きができるようになること。そして、その言葉で書かれた古典に触れる機会をもつことである。
・・・
ところが日本ではそのような前提が共有されていない。そして、そのこと自体が、英語でこの本を読む人にとって、すなわちある程度の読書人にとって、にわかには信じがたいことなのである・・・・・・」(P.439~)

3. 引用が長くなりましたが、ここを読んで、もう6〜7年前に京都で会った、英国人の青年ジョン君を思い出しました。
私が京都で働いていたときに、ある友人から、今度、その友人の友人の息子が京都に行くので面倒をみてほしいという依頼を受けました。
ジョン君はエディンバラ大学で日本語と日本文学を学び、谷崎や三島も日本語で読んでいる。しかし川端康成がいちばん好きで、今回奨学金をもらって日本の大学院に留学することになった。

京都にやってきて会いましたが、英国にはいまでも時折、こういうタイプの若者がいるのでしょう、いかにもナイーブなすれていない青年でした。日本文学への愛着をはにかみながら語ってくれました。


ところが、彼の京都滞在は失望に終わりました。
勇んでやってきた憧れの国で、今や谷崎や川端を語る人は少ない。
川端を読んだ日本人の院生が誰もいないのに愕然とした。
英米文学を知る人は多いのに、現代日本文学の研究者は少ない。川端について学べる学者が京都にはいない。
むしろアメリカの著名な研究者がいる。だから2年間の留学期間を早く終えて、アメリカの大学で日本文学の、川端の研究を続けたい・・・・


4. もちろん、ジョン君の場合は、たまたまの・例外的な経験だったかもしれません。
しかし、水村さんは本書の「あとがき」で、イェール大学で学んだときに日本文学を教えてくれたアメリカ人のマックレラン教授に心からの感謝の言葉とともにこう書きます。
「日本文学をあそこまで愛し――漱石のこの部分がいいという話になると、ほとんど涙ぐまれたりした――くり返しくり返し読んでいた人物を私はほかに知らない」


いまは音信も途絶えたジョン君が、アメリカの大学で川端の研究を続け、優れた日本文学の研究者になってくれることを願いながら、

私も、漱石を「くり返し」読み返そうと、新年早々、考えました。