パソコンでサンダースの演説を、テレビで御柱祭りを見る


1.5月5日の日経朝刊は1面トップで「米大統領選、トランプ氏指名確実」の大見出しと「クリントン氏と対決へ」の小見出しでした。

前回のブログに「共和党インディアナ州の結果でほぼ決まり」と書きました。翌日のNY Timeの社説は「共和党はいまやトランプの党になった」と題しました。
ただ、日経は、インディアナ州ではヒラリーを抑えて僅差で勝利し、予備選からの撤退をまだ表明していないサンダースには全く触れていません。


他方でNYT はもう1つの社説で「サンダースの民主党への贈り物」と題して、以下のように訴えます。


―――「彼の選挙運動は、ほぼ終わりに近づいている。
しかしバーニー・サンダースは、6月の最後の予備選まで戦う姿勢を示している。
彼の意図は、いまや勝つことではなく、支持者に自分に投票する機会を最後まで与えることと、民主党のリーダーが彼の主張に耳を傾けることへの期待なのだ。


党とヒラリー・クリントンは、サンダースの存在で、恩恵を受けていることを忘れるべきではない。

彼の体制批判には、同意できない面も多いかもしれない.。その主張は非現実的で、大衆迎合のポピュリスト的かもしれない。
しかし、彼が、民主党が本来取り組むべきだが長年放置してきた、敗者へのまなざしを取り戻したことも事実である。


本選挙に向けて、サンダース支持者のうち棄権する人が増えるかもしれない、またヒラリーは戦略として共和党内の反トランプ層を取り込もうと動くだろう、という予測も出ている。
しかし、民主党にとってもっと大事なのは、サンダースの主張と彼の支持者を見捨てないことである。共和党の騒がしいだけの戦いと違って、彼が選挙戦の質を高めたことを認識すべきである」――――


2. NY TIMES,さすがに良い視点で語るなと感じました。
サンダースがインディアナ州投票が終わって、支持者に囲まれて話す光景を、パソコンを通して実況で聞くことが出来ました。

71歳の高齢者は、「イラク戦争に反対した政治家は私だけだ」「国民皆保険は国の義務だ」と叫び、その度に若者たちは「未来を信じよう」と掲げて「バーニー、バーニー」と応援の声をあげます。


「愛(LOVE)は憎悪(HATRED)に最後は勝つ」
「現状の体制 (Status Quo)を変えよう」
アメリカの強みは多様性(diversity)にある」
といったメッセージは、いかにも「理想主義者サンダース」といった雰囲気です。


「体制派」のチャンピオンと見られているヒラリーさんは、こういう彼の支持者、未来を担う若者たちを取り込むことが出来るでしょうか?
NYTは、他方でトランプと共和党に対してはまことに厳しい社説です。トランプ現象を招いた原因は共和党が無策で、選挙に勝つことしか考えず、党員の不満に耳を傾けなかったことが大きい。160年も続く歴史ある、偉大な大統領リンカーンの党が、これからどこに向かうのか深く反省すべき時である、と叱咤しています。


3. ということで、5月3日(火)は朝からほぼ終日、パソコンに向かってサンダースやトランプの映像を眺め、それだけではなく、他方ではテレビの画面も眺め、忙しい(?)時間でした。

テレビの画面は、地元のケーブル・テレビが放映している諏訪大社御柱祭の実況です。


満6年空けて「7年に一度」開かれる「奇祭」。茅野市など三市二町一村がこぞって参加し、4つあるお宮にそれぞれ山から引き出してきた4本の樅の御柱を本殿の周りに建てます。


準備は前年末には始まり、祭りは4月から4つの宮それぞれの「山だし」「木落し」「川越し」「里曳き」と続き、「建御柱」の神事で終わります。
5月3日からの3日間は、茅野市諏訪市にある上社(本宮・前宮)の柱を曳行して建てる行事、翌週は下社(春宮・秋宮)で同じ儀式があります。この間、地元のテレビが朝早くから夕方まで実況中継します。3日は「上社里曳きの1日目」でした。

テレビで見ていてもまことに「勇壮にして熱狂的」で、感動的です。我が家は7年前はまだケーブル・テレビを入れていなかったので、今回初めてじっくり見ました。都会からも実際の模様を見物に来る人も少なくないでしょう。


地元の氏子の人達にとっては7年に一度の欠かすことのできない祭りで、若者はほぼ全員がボランティアで参加するのではないでしょうか。
連休にのこのこやってきた我々老夫婦は、古い家のあちこちが痛んでいるので見てもらおうと、長年、修理を頼んでいる地元の業者に電話をしたところ、「この時期、職人は誰もいないよ」と言われました。テレビを見て、こんな時期に仕事を頼むとは浅はかだったと反省しました。
危険な祭りでもあり、今年も1人,無事に御柱を建て終わったあと、落下して死亡しました。7年前の2010年にも2人死亡しました。


それでも、最後に、境内に集まった大勢の氏子たちに「大総代」と呼ばれる人が、「また7年後に逢いましょう」とあいさつをしました。


大都市からこのために帰ってくる若者も多いのでしょうが、田舎にこれだけ若い人たちが集まる光景を見るのは気持ちよいものです。終わって挨拶を聞き、皆で打ち上げの気勢をあげる彼らの笑顔も素敵です。

7年後に向かって継承していくのは空白の時間も長くて苦労も多いでしょう。若者も徐々に減っていくのでしょう。しかし、こういう地方の文化は守ってほしいです。


4.最後になりますが、今年は4年前にやめていた畑仕事を少し手伝おうと家人が言いだして、友人の畑の畝づくりに参加しました。足手まといだったかもしれませんが。