エコノミスト誌「中東特集―内部の戦争」

1. 我善坊さんコメント有難うございます。
「情緒を排して冷静な事実に立って判断をするよう促すのが、マスメディアの役割のはず」というご意見は、マスメディアの役割についてはご指摘の通りと思います。
ただ、一般論としていえば、
オバマさんの言動自体が十分に「情緒的」だったし、むしろ個人的には「冷静」なスピーチより情緒的なところが心に残りました。欧米のメディアもそこに動かされたのではないか。情緒が、(良くも悪くも)世界を動かすというエネルギーを否定することは出来ないのではないでしょうか。


2. 今回のスピーチについてはライターであるベン・ローズ副報道官への高い評価
があると同時に、最後までオバマが手を入れた事実が日本の新聞にも報道されました。
5月27日当日の英国ガーディアン紙が「誰が、オバマヒロシマ・スピーチを書いたか?」という記事を載せています。

―――オバマ大統領の文体の感情豊か(lyrical)な特質は、実際の政策実現をはるかに上回った水準を就任以来、保っている。
その立役者はもちろんベン・ローズだが、スピーチもチーム・ワークの産物であり、今回であれば国務省国防省などが目を通して、またローズに戻される。
 しかし、最終的な執筆者はオバマであり、今回も多くの手書きの修正があり、スピーチに流れる基調音は彼自身のものであろう。――――



3. ところで、前々回のロンドンの新市長について書いたブログに「私もカーン氏に元気で頑張ってほしいと思います」というコメントをarz2beeさんから頂いたのを、前回見落としました。遅まきながらお礼ととともに、私もまったく同感です。

このロンドン市長についてのブログでエコノミスト誌が伝えるエピソードを紹介しました。


――彼が労働党内閣の大臣だったときにバッキンガム宮殿に招かれて、宣誓をする必要があった。「どの聖書に手を置いてするか?」と訊かれて彼は「コーラン」と答えたが、宮殿には備付けがなく、彼は自分で持参した」―――


これを読みながら私がふと考えたのは、「これが日系イギリス人だったらどうするだろうか?」という疑問です。

日系イギリス人が将来こういう機会のある役職につくかは分かりませんし、その人は英国で教育を受けて英国国教会の信者になっているかもしれない。
しかし私のような普通の日本人の感覚を(宗教的には)持ったまま育ったとすれば、
「聖書でもない、コーランでもない。じゃ、どうやって、何に対して誓うのだろうか?」
という素朴な疑問です。
大げさに言えば、日本人にとって、神とは何なのか?

4. ご承知の通り、中東は、政教一致の社会です。『イスラーム文化』の中で井筒俊彦
氏は、「学問も、道徳も政治も法律も芸術も、公私にわたる人間生活の内外すべて、隅から隅までいっさいの領域を「コーラン」の解釈に委ねる文化」と定義しています。


そして、いま、そこには悲劇が、深く・長く続いている。戦争やテロのない・死者や難民の出ない平和な中東を、どうやったら実現することができるでしょうか?


ロンドン新市長の登場も、こういう出来事の積み重ねが希望につながっていくかもしれない。
中東について、私は全くの素人ですが、たまたま5月20日号の「エコノミスト誌」
が「内部の戦争(The War within)」と題する15ページの特集記事を組んでいます。
そこで、今回は以下、簡単にこの記事に触れて終わりにします。


(1)現在のアラブの悲劇は「文明の衝突」(ハンティントン)ではなく、「アラブ文明内部の衝突」である。従ってアラブ自身によってしか解決できない。
外部者ができるのは、事態を少しは改善させるか、逆に一層悪化させるかのどちらかであろう。


(2)アラブの危機は深刻かつ複雑である。安易な解決策はかえって危険である。解決には時間がかかり困難を伴うことを認識すべき。


(3その際、以下のような主張に、疑問をもつことが重要と考える。


・現在の悲劇の原因は、アメリカや欧州諸国にあるとする批判。
➡欧米も間違いと失敗を犯した。しかし根本的な責任はアラブ自身にある。
大義が自らの圧制と権力の隠れ蓑に使われただけなのだ。

アラブ諸国の国境線を引き直し、人種や宗教にそった国造りが重要だとする主張について
➡(地方に権限を委譲するならともかく単なる分割は)アラブの安定化にはつながらない。
例えばイラクを、北はクルド人へ、西はスンニ派国民、南はシーア派国民へと分割することは少数民族を満足させるかもしれない。しかし、パレスチナ問題のように、どこにも少数民族は残り、単一民族(あるいは宗教)の領土にはならす、紛争と対立は解消しない。

・独裁政治はアラブにとって必要であり、独裁こそが混乱や過激派を押さえつける体制であるという主張があるが、
➡間違っている。権威主義は安定への道ではない。
アラブには、君主制の国(サウディ他ガルフ諸国やヨルダン)と共和制の国があるが、前者の方が安定している。しかし、どちらの体制であっても「独裁制」は統治の正統性を失ったと言えよう。
アラブの指導者にとって、「真の意味での統治の正統性」が必要であり、そのためには、リベラルであれ原理主義者であれ彼らの批判にも「場」を与え、最終的には民主主義を目指すことを通して、国民の信頼を回復することが最重要である。


・悲劇の原因はイスラムそのものにあるとする、ドナルド・トランプ的な主張があるが、
➡これも間違っている。我々は、イスラム内部の多様な考えを認識し、穏健なイスラムをより一層支援すべきである。イスラム一般を叩くことは解決策にはならない。

5. そして、最後に、中東の未来は?
(1) アラブ主義は失敗した。しかし、アラブの統一という課題は残るのではないか。その点で、(問題を抱えてはいるが)EUは参考になるのではないか。

(2) 危機は根深い。しかし、改革に向けての大きな好機会でもある。
アラブは、もう一度、甦り、栄えることが出来るのではないだろうか。豊かな大河、豊富な石油資源と観光資源、考古学上の魅力、若年層が多い人口構成、そして欧州に近い地理的・経済的利点、優秀な知性の存在と科学技術の伝統・・・・
これらを、指導者や軍部が十分に認識していればの話だが。