「ニューヨーカー」誌に語る「トランプ自伝」の真の著者

1.我善坊さん、「太った豚より痩せたソクラテス」は1964年大河内東大学長の卒業式の言葉、かつ原文はJ.S.ミルの「満足した豚より・・・不満を抱いたソクラテスの方がよい」との情報、有難うございました。

最近はネットで何でも調べられるようになり、本当に便利になりましたね。
それにしても第67回駒場祭の統一テーマ「めしあがれ!」は頂けません。まさか「肥った(満足した)豚になれ」と言っているのではないでしょうが・・・

ところでその前11月21日のarz2beeさんのコメントへのお礼が遅れて失礼しました。
「選ばれた以上は、立派な大統領になってほしいと願いますが、しかし、人間の「品性と礼節」は変わるものでしょうか?」で終えたブログに「人間の品性と礼節は30過ぎては変わりません。極めて希な例外はあるかも知れませんが、トランプ氏がもし変わったように見えてもそれは計算と思います」と書いてくださいました。


2専門のお医者さんの言葉ですから、まことに納得しました。
「本質的には変わらないだろう」トランプ氏の品性とはどんなものか?
彼の伝記のゴーストライターが30年ぶりに沈黙を破って「ニューヨーカー」の記者に「伝記」執筆の裏話を語った記事を、同誌7月25号からご報告します。
(どこまで信用できるかという問いはあるでしょう。しかし雑誌そのものは後述するように質の高さで知られており、かつ取材&執筆者は数々の受賞歴のある著名なジャーナリストのようです)。


この記事を知ったのは11月14日の東京新聞社会時評」での吉見俊哉東大教授の紹介です。個人的に懐かしい雑誌なので、早速、東大駒場図書館で読みました。

その前に、吉見さんの文章が分かりやすいので、以下に引用します。

「『トランプ自伝』のゴーストライターをしていた人物は、1年半もの間、彼と行動を共にする中から見えてきたトランプの実像を今年7月の「ニューヨーカー」誌で生々しく告白している。
それによれば、トランプの最大の特徴は、「集中力というものがない」ことだ。彼は、「教室でじっとしていられない幼稚園児」のような存在で、自己顕示欲がすべてである。
彼はまた本を読み通したことがないという。だから情報源は全部テレビ。
そして何よりも、「口を開けば嘘をつく」。彼の嘘は「口から出まかせではなく、計算ずく。人をだますことに何の良心の呵責も感じていない」。そもそも彼は「事実かどうかということをまったく気にしない」のだという。
これが、米国民が次期大統領に選んだ人物である。平気で嘘をつき続ける人物が、世界の運命を決める核のボタンを握る」


2. ちょっと横道ですが、「ニューヨーカー」(The New Yorker)は1925年創刊の、まことに洒落た雑誌です。
(1) NY市の出来事、とくに音楽会や展覧会などの催しやその批評に加えて
(2) エッセイや評論や小説、過去にはトルーマン・カポーテやJ.D.サリンジャーなど著名な作家の短編を載せ、村上春樹の英訳も載りました。
(3) さらに、冒頭の写真は創刊号の表紙ですが、独特の表紙絵と挿絵が人気です。NY市を面白く描いた絵は額入りのポスターになって画廊で売っています。

(4) “sophisticated”(洗練された、教養ある、インテリ向きの)という英語がありますが、この雑誌を評するのによく使われます。「スノビッシュ(気取った)」と悪口を言う人もいます。
それだけに読者層はごく限定されるでしょう。
『トランプ自伝』のゴーストライター(トニー・シュワルツ)のインタビューがこの雑誌に載ると聞かされたトランプがシュワルツに電話してきたことも記事は触れています。

―――シュウォルツの携帯電話が鳴った。(トランプからだった)「おれに投票しないつもりらしいな。いま『ニューヨーカー』って雑誌のインタヴューを受けたが、あんなゴミ雑誌、誰も読まんだろう。ところで、ずいぶんおれを批判しているそうじゃないか」―――
確かに、少なくともトランプに投票した人は「誰も読まんだろう」と思います。

3. 最後に、「トランプの伝記作者はトランプは指導者として不適格であると語る」で始まる本記事に関して、以下補足情報です。

(1) 邦訳は『トランプ自伝、不動産王にビジネスを学ぶ』(トランプ&トニー・シュワルツ著、ちくま文庫)で、2008年に出て、今年11月に5刷、渋谷の本屋で見たら、週間ベストセラー(文庫&新書)の第2位でした。
原著は「The Art of the Deal(取引の技法)」、やはり2人の共著になっており、1987年刊行で100万部以上売れたベスト・セラーだった由。 
(2) しかし、実は殆ど全てゴーストライターのシュワルツが書いたもので、彼は前金50万ドルと印税の半分という破格の条件に眼が眩んで、「当時金に困っていたので引き受けた」。しかしその後ずっと後悔し、反省していると言います。


(3) 後悔の理由は、執筆のため1年半彼とべったり付き合い、取材したが、そこから見たトランプの素顔がひどいこと、にも拘らずシュワルツは著書の中で実物以上にトランプを魅力的な人物に仕立て上げてしまったということにあります。


結果として、本著について「ノン・フィクションらしく書かれたフィクション(non-fiction work of fiction)」と評する批評家もいると記事は伝えます。


(4) シュワルツが語るトランプの性格について、吉見さんの引用に付け加えると、
・異常なほど自己中心的で衝動的。
・金が欲しい、称賛されたい、有名になりたいという尽きることのない欲望に取りつかれ、
・自分の利益になること、損得勘定でしか物事を考えない・・・というようなことです。

シュワルツは、「トランプは大統領という指導者にまったく向いていない」と断言しますが、その理由は、「彼の主義主張からではなく〈そもそも彼には主義主張なんかない、と言います〉、彼の人格にある」。


(5) まあ、こんな風に、ゴーストライターのシュワルツ氏は反省の弁とともに次期大統領を酷評します。
7月号の記事ですから記事はまだ選挙前、おそらく共和党の候補になったばかり。
大統領に当選したからといって意見を変えることはないでしょうが、アメリカ最大の権力者になったトランプ氏が、彼に何か報復でもするのかどうか。それとも全く無視するか・・・。まあ、カナダにでも移住した方がよいかもしれません。
少なくとも、彼は、せめてものお詫びと後悔のしるしに、「2016年以降の本書の印税は、全額、慈善団体に寄付する」と記事の中で語っています。