オバマ大統領退任演説と「現実はいつかあなたに追いつく」

1. 猫の額ほどの庭に、昨年晩秋に調布の植物公園で買い求めた薔薇が、けなげに美しい花を咲かせています。公園で満開だった品種「イングリッドバーグマン」に似ているかなと思いながら眺めています。


先週のブログは、聡明で活動家の文化人類学者だったオバマ大統領の母親について触れ、オバマ氏が自身への強い影響を認めながらも、白人だった母親と一体化せず自らは黒人のアイデンティティを選んだことに触れました。結婚相手も純粋黒人の(祖先は、奴隷として連れてこられた)ミッシェル夫人を選びました。

彼は、その母親について(生きていればまだ私よりも若い76歳です)1月10日シカゴでの「退任演説」で触れました。
「私の母が、『現実はいつかあなたに追いつくものよ(reality has a way of catching up with you)』とよく言っていました」という文脈です。理想家だったアン・ダナムをいかにも思わせる言葉だと感じました。

ということで今回は、この退任演説を聴いた感想です。
以下のホワイトハウスの公式サイトにスピーチのヴィデオと原文が掲載されています。50分強のスピーチを、例によって一度も原稿に眼を通すことなく、超満員の・熱気にあふれた聴衆に向かって語りかけました。
https://www.whitehouse.gov/farewell

2.聴衆の殆ど全てが彼の選挙運動を支えた支持者でしょうから、「熱気」は当然でしょう。
彼が登場すると皆総立ちで拍手が終わらない。「始められないから、着席してください」と何度言っても終わらない。ついに「(もうすぐ退任する)レームダックの言う事なんか誰も聞いてくれない」とぼやき、そこで笑いをとって皆ようやく座りました。
「あと4年!あと4年」のコールも続き、「それは無理だ」と笑いながら答える場面もありました。


3. やり遂げたこと・実績についてはいろいろ批判があるものの、この日のスピーチは例によって立派なものでした。スピーチの中で使われた言葉から印象に残ったのは以下の通りです。

(1) 大統領である以上、「アメリカとアメリカ人」という言葉が最も多く登場したのは当然です。

その次に多かったのは「民主主義(democracy)」だったと思います。私が数えただけで25回、2分間に1度出てくる勘定です。「本日は民主主義について語るのが目的です」と語りかけ、アメリカ社会は良くなってはいるが、まだまだ不十分で課題も多いとして、特に「格差と不平等」「人種問題」「民主主義の精神(sprit)」が脅威にさらされていると指摘しました。


(2)とくに「精神」については、以下のように語りました。


・「アメリカの民主主義は、あって当然のものだと思った時にこそ危機にさらされるのです。私たち全てが民主主義の制度を築きあげる使命に取り組まなければなりません。

・・・こういったすべてを成し遂げるには、皆さんが「参加(participation)」するか否か、権力の向かう方向が揺れ動くときも、市民としての責任を引き受けるか否かにかかっています。」
・「アメリカ合衆国憲法は、驚嘆すべき、すばらしい贈り物です。しかし、ただの証文にすぎません。それ自体に力はないのです。
力と意味を与えるのは、私たち市民であり、参加し、選択し、連帯し、自由を守るために立ち上がることによって初めて、それが可能になるのです。

我々一人ひとりが、民主主義を「懸念する、嫉妬深い番人」たるべきであり、このすばらしい祖国をよりよいものにしようと常に務めるという、喜びに満ちた使命を担うべきです。」

・「私たちの外見はすべて異なりますが、「市民」という誇るべき肩書を共有しています。それは民主主義において最も大切な職務(office)」です。「市民」「市民」」(とここでオバマはこの言葉を2回強調しました)。

(3)このように「市民」という言葉もよく使われました。
自らについても、「みなさんに奉仕することは、私の人生における栄誉でした。これで終わりではありません。私は、これからも「一市民」として、生涯みなさんと共にあり続けます。」と語りました。
上院議員になるまでは、シカゴの貧困地域の再生に取り組む組織のオーガナイザー(まとめ役)だったバラク・オバマがこれから「一市民」としてどのように生きていくか(まだ55歳です)、楽しみに感じた一言でした。

4. 最後に,硬い内容から離れますが、やはり彼がスピーチの終わりに、家族に、バイデン副大統領に、支持者に、若者と「若い心を失わない人たち」に深い感謝と期待を述べた言葉が印象に残りました。

(1)我々日本人には照れ臭くてなかなか出来ませんが、こういう場で徹底的に褒め立てる、これもアメリカの「文化」でしょう。

(2) 2人のお嬢さんについても、
「普通ではない環境に置かれても、君たちは素晴らしい女性に成長してくれました。賢く、美しく、しかしもっと大事なことに、心優しく、思慮深い、情熱に溢れた人間に。私の人生で成しえたすべての出来事のなかで、君たちの父であるということ。これを一番誇らしく思います」。
もちろん、素晴らしい2人なのでしょうが、まあ、皆さんのお子さん達とどれほど違うか?
しかしこれだけ褒められるのを見ると、「褒めること」が如何に大切か、人間は(多少大げさで誇張があっても)褒めることで成長する存在だと痛感した瞬間でした。

(3) そしてミシェル夫人について。「25年にわたって、妻や母であるだけではなく、私の親友でもあり続けてくれました。
自らが望んだわけではない役割を引き受けながらも、自らの存在を示しました。気品と勇気をもって、堂々と、そしてユーモアを失わず。君のおかげで、ホワイト・ハウスは、みんなに開かれたものになりました。そして、新たな世代が君をロールモデルとして、より一層高みを目指しています。君のおかげで、私はとても誇らしい。そして、この国自体も君のことをとても誇らしく思っています。」


子供の教育をめぐって口論をしたことだってあったんじゃないの・・・と皮肉の1つも言いたくなりますが、それでもこれだけ褒める姿は、聞いていて気持よいです。
それといろいろな資質を褒める最後に「グッド・ヒューモア(good humor)」をあげたのも印象に残りました。
英米人にとって、「センス・オブ・ヒューモアの持ち主であること」が最大の賛辞であることを再確認しました。