「リベラル」が確固たる存在感のある国のこと

1. 朝の散歩路、東大駒場キャンパスの銀杏並木が色づいています。来週末は駒場祭です。ただ今年は、風が強い日が多かったせいか例年より早めに散った葉も多いようです。

「風に聞け 何れか先に 散る木の葉」とは漱石の句です。


2. 週に1度は朝の散歩に加えて、もういちど並木道を歩いて、図書館やカフェで半日を過ごします。
タイム誌やエコノミスト誌はここで興味ある記事のコピーを取って読むことが多いですが、たまたま先週手に取ったタイム11月13日号の表紙は「中国が勝った(China won)」、他方でエコノミスト11月11日号の表紙は「グローバルパワーとしてのアメリカは危機にある」(endangered)。
対照的な2つの国の在り様に興味をそそられて読んでみました。


ともにマクロの視点から両国の世界における立ち位置について述べています。


3. エコノミスト誌の社説は、
(1) いままでのところ、トランプ大統領外交政策は、当初恐れられていたほどひどいものではない。

パリ協定離脱やTTP放棄などの問題はあるものの、公約だったNATOからの脱退は実現していないし、12日間のアジア歴訪もこなし、極端な孤立主義にはまだ踏み込んでいない。


(2) しかし、楽観するのは早い。彼はまだ、「危機」に直面し、「テスト」される事態には立たされていない。その時にどう判断し、行動するか?

(3) さらに言えば、トランプが与えた最大の打撃は、アメリカの「ソフト・パワー」である。彼は、「アメリカの使命は民主主義や人権のような普遍的な価値観を守ること」という思想を公然と非難している。独裁者をあからさまに賞賛している。それは、戦術ではなく、彼の確信なのだ。


そのことが、アメリカの「リベラル」な同盟国ヨーロッパとの距離を拡げ、
中国が「アメリカ型の民主主義はもはや古い」と主張することを容易にさせ、
さらには他の諸国が中国の「権威主義的モデル」を模倣する気持を強くさせている。
(例えば野党を強制的に解党させたカンボジアの現政権を見よ)。


(4) 過去において、アメリカにはもちろん欠陥も過ちも多くあった。
しかし長い間、「より良き世界」に向けて、「リベラル」な秩序を支え、民主主義がいかに機能するかの模範を示してきたことも事実である。

いまそれが、トランプという大統領によって、危機にさらされている。


4. エコノミストの社説の中で、欧州もアメリカも「リベラル(liberal)」な価値観を守ってきたと2回に亘ってこの言葉を使っていることを改めて指摘したいと思います。

どうも我が国では、最近「リベラル」という言葉の意味が変わって、何やら悪い・負のイメージにとられているようです。

野党第一党の党首が「リベラル」と批判されて、「いや、我々はリベラル保守だ」と弁解したという記事を読み、驚きました。
なぜ、「私たちはリベラルな価値観を守る人たちを結集するのだ」と自信をもって言うことができないのか。

この国はそんなに「保守」が好きなのか?
「リベラル」と言うと、革命でも起きると思っているのか?
「リベラル」で広辞苑第6版をひくと、「個人の自由・個性を重んじるさま。自由主義的」とある。
付随して「リベラル・アーツ」という言葉も出ており、「自由な心や批判的知性の育成、また自己覚醒を目的にした大学の教養教育」と定義されている。

これのどこが悪いのか?
「リベラル」と民主主義はまさに「一強独裁」と言われる現与党の党名ではないか?


5.「リベラル」が「保守」とならぶ大事な価値観として評価され、それを支え・守る人たちが存在する国が英仏独のヨーロッパでありアメリカであるという当たり前の事実を、私たちはもういちど考えてみる必要があるのではないでしょうか。



たまたま、11月8日の東京新聞は、「トランプ大統領、当選1年」という見出しで、「人種や移民問題などで価値観が両極化している、民主と共和とで党派間の亀裂が拡がっている」という記事を載せています。


そして、アメリカの調査機関の世論調査を紹介しています。
例えば、「人種差別で多くの黒人が成功できない」と考える人が民主党支持層では64%、共和党支持層では14%、
「移民の勤勉さや才能が国を強くする」には、前者は84%が肯定し、後者は42%にとどまり、
これらの差が過去の調査よりも拡大していると指摘しています。


もちろん、この調査は、人種・移民・福祉・安全保障・環境保護・・・といったイシュウで「分断」が拡がっているアメリカ社会を指摘し、懸念しています。

トランプがその象徴であること、「分断」を宥和するよりもそれを際立たせる戦術で支持層を固めていることは周知の事実です。

6.しかし同時に指摘したいのは、アメリカが「保守」と並んで「リベラル」という価値観を保持するアメリカ人〈主として民主党〉が多数存在する社会だという事実です。

だからこそ、世論調査も長期に亘って「リベラル」と「保守」とでどう意見が異なるか?を追いかけている。


「リベラル」の確固たる存在感がアメリカにも、欧州の多くの国にもある。
もちろん、それと異なる価値観も当然に存在する。「リベラル」を多用するエコノミストは嫌いだという人も多いでしょう。
そして、振り子は常に双方に動く。
例えばアメリカの大統領は、クリントン(民主)の次はブッシュ(共和)、
そしてオバマ(民主)の後はトランプ(共和)。しかしその後はまたリベラルに振り子が戻るかもしれない。
もっとさかのぼれば、これ以前の戦後の大統領は民主が4人(トルーマンケネディ、ジョンソン、カーター)、共和が5人(アイゼンハワーニクソン、フォード、レーガン、ブッシュ)。
この事実とそのことの意義を考える必要があるのではないでしょうか。


7.ということを書いていたら、タイム誌「China won」紹介の紙数が無くなりました。これは次回に致します。