エコノミスト誌が語るロイヤル・ウェディングと英国憲法

1.  前回のブログで、ウィンザー城内の礼拝堂でのハリー王子の結婚式で「黒人霊歌スタンド・バイ・ミー”が歌われた」と書きましたが、早速若い人が「この歌は黒人霊歌ではない」と訂正してくれました。

私のような老人は知らなかったのですが、1961年に作られたポップ・ミュージックで、その後同名の映画の主題歌に使われ、日本でもテレビのCMに登場するなど若い人ならよく知っている歌だそうです。ジョン・レノンボブ・ディランなども歌っています。

タイム誌が「黒人の女性指揮者による黒人合唱団が歌う〜」と書いていたので、勘違いしました。
ただ、「主よ、いつも私のそばにいてほしい」という黒人霊歌に触発されて作った歌ではあるそうです。

スタンド・バイ・ミー」の方は、「主イエス」が「ダーリン」に代わり、“So darlin', darlin', stand by me, oh stand by me(だから愛する人よ そばにいて 僕のそばに)”と歌います。
https://youtu.be/P9ZZRLFeaBc
何れにせよ、「英国社会はいまだに白人社会」と考える人たちからすれば、異例の選曲であり演出であったと思います。

日本社会でも、こういう「異例」の演出がなされるような出来事が将来起こりうるだろうか、とふと考えました。


2.ということで、今回は「続き」で、英国エコノミスト誌の1頁記事の紹介です。
「いま英国の王制はかってないほど強固であり、他方で政府は弱体化している」という論調です。


(1) ロイヤル・ウェディングは、国民の誰もが、英国憲法を評価し・考えてみるための良い機会である。

(2) かって1860年から17年本誌の編集長を務めた政治思想家のウォルター・バジェットは、英国憲法は2つの「部門(branch)」から構成されると指摘した。
英国では君主が「威厳と品位(dignified )」部門を、議会と政府が「有能な執行(efficient)」部門を担当し、それぞれ、前者は「詩文(poetry)」を通して、後者は「散文(prose)」を通して、国民に接する。


(3) そして、
20年も前の英国の王室は危機的な状況に近かった。チャールズ皇太子とダイアナ妃の破局をはじめとする数々のスキャンダルが、「威厳と品位」で国をまとめるという機能を低下させた。ダイアナ妃の事故死から5日間、エリザベス女王が(弔意を示さず)沈黙を守ったという事実に国民は憤慨し、その後皇太子が、ダイアナ妃との結婚後も不倫を続けていた女性と再婚したことが、事態を悪化させた。

(4)他方で、この間、「執行」部門の方は力強く成果をあげてきた。
ブラウン&ブレア元首相の労働党政権は、党を新しい時代に適合させ、中央銀行に一層の自主権を与え、スコットランドウェールズ・北アイルラントの自治権を拡げ、行政改革を断行した。
ブレア首相は、ダイアナ妃の死後沈黙を守る女王をみて、「(妃は)私たち国民のプリンセスだった」と「威厳部門」に口を挟む異例の行動までとった。


(5) 今日、状況は全く逆である。「執行」部門は1970年代以来最悪の状態で、
EU離脱問題が、その頂点にある。キャメロン前首相は、「執行」部門の大原則(最も難しい問題は自らが責任をもって判断する)を裏切って、事を大衆の気分にゆだねてしまった。


他方で、英国の「威厳・品性」部門はいま隆々としている。
女王の治世66年に、首相は12人、数々の政治的危機を乗り越え、不安定化し分断化している国際社会にあって、「安定」と「統一」の象徴となっている。
今回のハリー王子の結婚も、この「再生物語」の輝かしい・新たな一章を加えることになるだろう。


3.こう論評するエコノミスト誌は最後に、「しかし、王制もこれからの問題を抱えている」➜「それは、将来のチャールズ3世の存在である」と懸念を表明します。
同誌は彼に対してかなり批判的でです。
利己的である、再婚問題で批判があったにも拘わらず我を通したように、わがままであり、しかも不平不満が多い・・・とまことに手厳しい。
しかも、よけいに困るのはそれでいて結構、それなりの正論を吐くことに興味があって口を挟むことが多い。例えば、環境問題、教育問題などなど。

皇太子はいま残された「インターン期間」で、ウォルター・バジェットの「英国憲法論」を読む機会をもって、そこでバジェットが、立憲君主は何をすべきかだけではなく、何をすべきでないかを明晰に語っていることをよく理解してほしい・・・・

4.
(1)同誌はまた、同じ英国についての記事で、混迷する保守党政権に対抗して、コービン党首率いる野党労働党が国民の支持を伸ばしていることにも触れています。
そして、「資本主義」路線への修正を唱えて「倫理経済学者(moral economist )」の理論武装による改革を意図する同党の新しい経済・財政政策を紹介しています。
もちろんエコノミスト誌は、「リベラル」でありつつも労働党とは一線を画していますが、にも拘わらず、同党の新しい路線に注目していること(財政負担に耐えられるかという批判は繰り広げつつも)は興味深いです。


(2)それは、「民主主義の基本は政権交代にある」という同誌の基本的な信念に基づいているのだと思います。
さらに言えば、
「威厳・品性」部門は「安定と統一」の役目を果たし、他方で、「執行」部門(議会と政府)は「政権交代」によってチェック&バランスを機能させる
➜これこそがバジェットの考えた英国憲法と英国流民主主義の理想でしょう。


(3)同誌は2016年9月17日号の「英国の一党独裁状態」と題する論説で、労働党の党首選挙で、急進左派路線をとるコービンが再選されたことを懸念して、保守党の長期政権が続くのではないかとしてこう述べています。
「過去13年間、労働党は、最低賃金の引き上げなど弱者の視点に立って実績をあげてきた。
これから長期保守党政権が続くとなると、英国全体にとって悪いニュースである。
力強い反対勢力が長期的に存在しないことは、必ずや悪政につながる。
それは、メキシコや日本の経験から明らかである。」―――



(4)上記(1)の通り、保守党はEU離脱の国民投票で混乱し、支持率を下げて,果たして長期政権可能かには黄色信号がともってきました。その点でのエコノミスト誌の懸念はすこし状況が変わったかもしれません。
しかし、「政権交代が民主政治の基本である」という同誌の信念はまさにそれゆえに正統性を増しているといえるでしょう。

ひるがえって、来年5月に新しい天皇を迎えるこの国は、幸いにチャールズ3世に対するような懸念はないでしょう。
しかし他方で、バジェットのいう「執行部門」の方はというと、上記のようにエコノミスト誌の論説で、日本が名指しされている・・・・・
これは、同誌に言われるまでもなく、私たち自身が真剣に考えないといけないのではないでしょうか。