タイム誌が伝える「観光旅行の落とし穴(The Tourism Trap)」

1. 空蝉(うつせみ)について、柳居子さんのコメント有難うございます。
句会に出席されるのですね。いい趣味ですね。
手元の「歳時記(山本健吉編)」に、
「空蝉を見る妻の瞳(め)のうるむなり」という句が載っていました。

それにしても暑いですね。当地も連日良く晴れて気温も例年より高いです。
日本だけではないようで、赤ん坊を連れて英国に帰国した娘から「戻ったらロンドンは何と33度でした!」というメールが来ました。
ロンドンで30度を超える日が続くのは本当に珍しい。冷房を設置している家もほとんどないはずです。


2. 欧州も暑い今年の夏、気温上昇も海外旅行者の急増の一因だという記事が最新のタイム誌8月6日~13日号の記事「観光旅行の落とし穴(The Tourism Trap)」に載っていました。
もちろん、(1)政治的要因(冷戦の終わり、EUの拡大など)
(2)海外旅行自由化・弾力化(中国など)
(3)中産階級の増加(中国・インドなど)
(4)航空運賃・ホテル代など価格の低下、
(5)インターネットによる情報や利便性の向上
(6)各国・各地方自治体の誘致政策(これがいま裏目に出て、急増する観光客が問題化している、というのが「落とし穴」の意味でしょう)
などが大きいですが、


加えて、地球温暖化によっていままで行けないようなところまで旅行者の足が延びている、と同誌は指摘します。
例えば、アイスランドが2017年に受け入れた旅行者は、2百万人と5年前の230%増。
しかも、同国の人口は33万人だそうですから、年間で何と人口の7倍近く(!)を受け入れた訳です。

3. 海外旅行者の増加はもちろん世界のどこでも見られる現象で、日本も例外ではないことご承知の通りです。
しかし、タイム誌によると、何と言っても欧州に行く人が多い。
国連統計によると、昨年2017年の海外旅行者は13億人で、前年比8%アップ、この51%が欧州に向かったそうです。そして今年は間違いなくさらに増加する。

その結果、2017年、フランスは、8千7百万人、スペイン8千2百万、イタリア5千8百万、ギリシャ2千7百万が海外から旅行者(その大半は観光客でしょう)としてやってきた。
人口が、仏6千2百万、スペイン4千7百万、伊6千万、ギリシャ1千百万、を考えると、総人口より多く、国によっては倍以上(イタリアはほぼ同数)を1年間で受け入れている訳で、これは驚くべき現象と言えましょう。
例えば、仮に日本で総人口の3分の1の年間4千万人(英国の受け入れと同じ)の観光客が海外からやってきたとすれば・・・インフラはパンクするでしょうね。
(しかも、この中には国内からの観光客は含まれていない)。


4. 都市でいえば、小さくて名高い都市に問題が生じている。
(1)イタリアのヴェネチア、フィレンツエ、スペインのバルセロナ、オランダのアムステルダムクロアチアドブロブニクなどである。

(2)ヴェネツィア(Venice)を例にとると、いまここは一日平均5万5千人の観光客を受け入れている。年に約2千万人。
しかも住民が5万5千人しかいない小さな街である。平均して住民と同数の旅行者が毎日やってくる勘定である。
街の一部では観光客に溢れて、もはや居住が不可能になっている地域もある。
ヴェネチアの静かな美しさ」を描いて知られる人気の画家自身、こんな人のいない街の風景がいまや現実には存在しないことを知っている



(3) ヴェネツィアには1951年には17万5千人が住んでいた。今や3分の1以下に減ってしまった。
観光客と観光業が昔からいた住民を追い出し(あるいは彼らが逃げ出し)、町の中心部はレストランや土産物の店に占領されてしまった。


(4)同じような状況は、バルセロナフィレンツェでも起こっている。
この結果、文化や伝統遺産の維持が難しく、街本来の魅力も薄れ、まるでテーマ・パークみたいになっていく危険をはらんでいる。


5. もちろん受け入れ地の市民の不満や犠牲や負担は大きく、抗議のデモも起きている。
受け入れ国も自治体も、種々の対策を実施したり、検討中である。
・税金を導入、
・一日当たりの受け入れ人数の制限
・マナーを守らない観光客への罰金、
・ホテルの新設を禁止
・特定の場所に集中しないように他の場所へ誘導する作戦
などなど。しかし、なかなか抜本的な効果が上がらない・・・
他方で市民のボランティアの動きもみられる。自分たちで観光客から寄付金を募ったり、学校のトイレを公開したり、交通整理をしたり、住民の誘導をしたり・・・


6.というような内容で、それ自体驚きではありますが、記事は現状を説明しているだけで、もっと掘り下げた分析が必要だろうと思います。例えば
(1) 海外旅行者急増の総合的なプラスとマイナスをどう考えるか?(例えば、文化や伝統や住民の意識に与える負の影響などを具体的に特定できるか?)
(2) 一部の潤う人たち(観光業など)と負担を担う人たち(住民)との公平をどう担保するか?
(3) インフラ整備など、どの程度のコスト負担が生じ、これを誰が負担するか?
といった問題です。


日本の場合も増えてはいますが、さまざまな理由(欧州から遠い、島国の不便、人口密度がすでに高い、言葉の問題、など)から、欧州の事例ほどに観光客が増えるとはちょっと考えられないでしょう。
それでも、ただ増えて結構、経済も潤い、日本を知ってくれる人も増える、「おもてなし」が世界に認知される・・・と喜んでいるだけではなく、インフラをどうするか、居住者の犠牲と受益者との公平性をどう保つかなど、もっと真剣に考える必要があるでしょうね。


7.何れにせよ、潜在的な海外旅行者がこれからも増えていくことは間違いないでしょう。
英国エコノミスト誌の5月25日号が「外に開く中国」という特集を組み、人や金の移動を自由化する国策のもと、海外旅行する中国人の数が急増する現状を伝えています。

(1) 1980年代にはその数わずか数万人だったが、いまは1億3千万人を超えており,
2020年には少なく見積もっても2億人(人口の約7人に1人)に達すると見込まれている。
(2) 中国人が2016年海外旅行による消費額は、世界全体の5分の1を占め、アメリ
人の消費額の倍である。

(3) しかも、現在中国人で旅券保持者は1割にすぎないが、2020年には少なくとも倍の2億4千万人にはなるだろう(因みにアメリカ人は4割)。

中国だけでもこうですから、世界を歩く旅人の数はこれからも増え続けることでしょう。