Silent Invasion(『静かなる侵略、豪州での中国の影響』)』を読む

1.朝の散歩で通る東大先端技術研究所に、もう早咲きの桜が満開です。

f:id:ksen:20190315145203j:plain前回は、「リベラル」を堅持し、右にも社会主義にも反対する英国エコノミスト誌の姿勢を紹介しました。

オルテガの「自由主義とは至上の寛容さ~」も引用しました。

氤岳居士さんから「老いてなお、切々たる想いを吐露した」とのコメントを頂き、幾つになっても青臭い自らが恥ずかしいです。

 

この、リベラルが最も大切にする「寛容」ですが、「寛容は不寛容に対してどこまで寛容になりうるか?」という永遠の難問(アポリア)があります。

先週、『Silent Invasion, China’s Influence in Australia (『静かなる侵略、豪州での中国の影響』)』(Clive Hamilton)を読み終えて、この難問を考えました。

 

2.本書は、昨今の豪州における中国の存在感の大きさを「侵略」と捉えて、危機感を表明した著書です。

圧力を懸念した出版社から断られ、独立系の中小の出版社がOKし、2018年2月に出版されてベストセラーになりました。

邦訳を待っていたのですが、1年経っても出ないので遂に原書を読みました。

中国に関する英語の本・雑誌を読むのは苦手です。人名・地名を英語でフォローするのがたいへんで読むのに時間がかかるからです。

Xi Jinping=シージンピン=習近平ぐらいは何とか読めますが、Jiang Zemin, Hu Jintao, Li Keqiangとなると、もういけません。それぞれ、江沢民胡錦涛李克強です。

幸い中身は難しい本ではありません。面白かったです。 

3.(1)豪州はいまでも英連邦の一員で、元首は英国女王エリザベス2世。1999年に共和制移行を問う国民投票が実施されましたが、反対多数で立憲君主制が維持されています。

アメリカとは同盟関係にあります(1951年太平洋安全保障条約)。

f:id:ksen:20190317073639j:plain(2)ところが、ここにきて中国が関係強化を強めています。いまや最大の貿易相手国・投資国です。中国の「侵略」を懸念する著者は、本書の表紙を、合成されたキャンベラの議事堂の上に中国の国旗が翻っている写真を載せました。

豪州は、伝統的な英米との関係や民主的な同胞を大事にするか?中国との緊密な関係をより重視するか?岐路にたたされています。

それは、リベラル民主主義の価値観を守るのか?価値観を犠牲にしても経済的な利益を重視してそこに国の繁栄・国民の幸福を賭けるのか?の選択でもあります。

もちろん豪州は、両方を達成したい。

ところが、そんな寛容さを許さない国があって、二者択一を選ばざるを得ないとなったら、この国はどうするのでしょう?

 

4.著者は、中国は豪州をアメリカひいては西欧陣営からの引き離しを狙っていると説き、以下のように述べます。

f:id:ksen:20190309165345j:plain(1)中国は軍事力だけでなくソフトパワーを含めた総合的な世界戦略を進めている。

南シナ海などの領土問題、AIIB(アジアインフラ投資銀行)の設立、「一帯一路」構想などに加えて、西欧陣営に楔をうちこむことも戦略の1つで、ニュージーランドと豪州が「弱い」とみて影響力・支配力を強めている。 

(2)豪州を選ぶ理由は、地政学的理由に加えて、・開放的であり、・人口が比較的少なく

(約25百万人)、・在住中国人が多く(120万人、総人口の約4%)、そして・多文化主義を国策にしているからである。 

(3)共産党(CCP)指導のもと、21世紀初めから「侵略」を始めた。中国人を豪州に移住させ、現地との連携を強め、貿易を促進し、投資を活発化させる。 

(4)貿易であれば、2002年広東省への天然ガス供給を、CCP中央委の決定で豪州が受注、カタール、マレーシア、ロシア、インドネシアとの競争に勝ち、両国の結びつきの強さを見せつけた。

以来、飴と鞭を巧妙に使って、経済面で豪州への影響力を強めている。 

(5)これに応えて、豪州も「中国こそ我々の未来」とする論調・言動が高まる。➜CCPの認めない5原則(台湾独立 チベット独立 ウイグルの分離 法輪功の存在 プロ民主主義の行動)を理解し、支持することも含む。

(6)2016年、オーストラリア国立大学(ANU)と中国の研究機関との共同で、両国の経済連携を呼びかける報告(「ドライスデール報告」)が大々的に発表された。

連携は、貿易、投資、観光、教育、人材交流の分野での協力を謳うもの。 

5.こういう状況のもと、「チャイナ・クラブ」と呼ばれる人たちが現れます。上述したドライスデール報告を出したドライスデールは、オーストラリア国立大学の教授ですが、彼もその1人です。

他にどんな人たちがどういう発言をしているか、著者は「カテゴリー」別に紹介します。 

(1)例えば1980年代・90年代の元首相、労働党のボブ・ホーク、ポール・キーティングの二人。

ホークは、退任後も中国との自由貿易を強力に主張(素朴派)。 

(2)キーティング(現実派)は在任中に「豪州のアジア志向」を進めたが、その後、プロ中国の発言を繰り返すーー「現実を見よ、アメリカの支配は終わった。我々は脱アメリカを目指すべき・・・・我々は人権無視を素直には認めない。しかし、6億の人間を貧困から救うには強力な中央政府と権威が必要である。・・・CCPは、西欧帝国主義と日本とがこの国を引き裂いたあと、統一を見事に果たした。過去30年をとれば、世界でも最良の国家である」。

f:id:ksen:20190317074140j:plain(3)(屈服派―勝ち馬に乗るしかない)の学者・研究者もいる――彼らの主張は、(1)アジアの支配国家になるという中国の決意を軽くみてはいけない(2)オーストラリアは建国以来最大の転換期にある(3)米中ともに仲良くするという選択肢はない。

(4)(実利派)元駐中国大使――「実利を考えるべき。CCPは自らの権力の維持しか考えていない。中国は豪州の支配など考えていない。オーストラリアの抵抗力・免疫力は強い。心配することはない。他方で、南シナ海問題は勝負がついた。抵抗しても無駄。「一帯一路」には協力すべき。ダーウィン港が中国資本になって何が悪いのか。豪州政府はこのところ中国への警戒を強め、むしろタカ派になっていて、心配している・・」。

(実利派)にはまた、民主主義や人権や自由をさほど気にかけない豪州人もいる。経済が全てに優先する、と彼らはいう。「中国の中産階級は不満を持っていないではないか」。

 

6,私は、ポール・キーティングが首相のとき、1991年~94年、豪州シドニーに勤務しました。日本人会や日本人学校の運営にもかかわり、まだ中国の姿も小さく、日本は大事な貿易・投資・観光・安全保障の相手国であり、リベラル民主主義の価値観も共有し、日豪親善の深まった時期でした。いい思い出ばかりで、この地を去りました。

その頃を思い出すと、隔世の感がありますが・・・・

さて豪州は、これからどういう道を選ぶのでしょうか?