英国エコノミスト誌が語る「保守主義の危機」

1.先週は日帰りで東京に行きました。雨が強く湿気もありました。参議院選期日前投票を済ませ、夕食の用事まで時間があったので、駒場の東大図書館で時間をつぶしました。

図書館で7月6~12日号のエコノミスト誌を手に取りました。表紙も、論説トップの見出しも「世界的危機にある保守主義(The global crisis in conservatism)」です。

今回は少し硬いですが、この紹介です。f:id:ksen:20190712113712j:plain2.まず、175年前の発刊以来リベラルを標榜する同誌が、なぜこの時期に「保守主義」擁護の論陣を張ったか?ですが、

(1)これが、プーチンの発言に触発されたものであることを明示します。

ロシアのプーチン大統領は、6月28日大阪でのG20サミットの前日クレムリンで英国フィナンシャル・タイムズ紙のインタビューに応じ、「人々が移民や開かれた国境や多文化主義に背を向けていることから明らかなように、“リベラルなアイディア”は古臭くなった」と語った、と報じられました。

(2)直ちに、メルケルマクロンなど欧州首脳の猛反発をかいましたが(トランプも「“自由”民主党」の総裁も無言でしたが)、エコノミスト誌もこの言動を取り上げます。

そして、古典的リベラリズムに立つ本誌がプーチンの発言に同意できないのは当然だが、

(3)実は問題はそこにあるよりも、プーチンが攻撃する相手を間違えていることにあるのだと指摘します。

即ち、いま西欧でもっとも脅威にさらされているのは(プーチンが攻撃しているのも)リベラリズム以上に保守主義なのであるとして、

(4)「新右翼(The new right、同誌は「反動的なナショナリズム」とも言いかえます)とは、保守主義の進化ではなく、むしろその否定である」と指摘します。

以下同誌記事の補足です。

f:id:ksen:20190716135144j:plain3.保守主義は、哲学というより、気質であり、心性である。

英国の政治学マイケル・オークショット(1901~90)は言う、「保守的であるとは、

(1)馴染みのないものより、慣れ親しんだものへの

(2)試されていないことより、試されたことへの、

(3)ミステリーよりも事実への、

(4)見知らぬ遠くの世界より、身近なものへの、

愛着である」。

リベラルが、社会秩序は個人の自由な発想と同時的に存在すべきものと考えるのに対して、保守は、家族、教会、伝統、地域の繋がりなどの社会秩序が先にあって、そのもとで自由が保障されると考える。

4.しかし、今の新右翼はこのような保守の「伝統」に不満であり憤慨しており、否定し、破壊しようとしている。

(1)(古典的な)保守は実際的・現実的であるが、新右翼は熱狂的・観念的、真実に無関心であり、だからこそ危険なのだ。

(2)保守は理性的かつ賢明であり、変化に慎重で急がないが、新右翼は気軽に改革に踏み切る。

(3)保守は、各人の理性と個性を大切にするから、カリスマや個人崇拝には慎重である。しかし新右翼ポピュリズムと容易に結びつく。

(4) この二つがいかに異なる心性か、(後者を代表する)Brexitに踏み切るジョンソンやNATO脱退を脅かすトランプの言動をみるがいい。 (5)新右翼の台頭の背景には、保守が大事にしてきた教会や地域や組合や家族などの結びつきの衰退がある。

しかし同時に、人口構成の変化が彼らに逆風となっていることも事実である。英米であれば、新右翼の支持者は主として低学歴の白人の高齢者層であるが、彼らは少数派になりつつある。

f:id:ksen:20190716133913j:plain5.現時点では(たしかにプーチンが誇るように)、新右翼が保守に勝利を収めつつあり、本誌のような古典的リベラルにとってまことに嘆かわしい事態である。

なぜなら、保守とリベラルとは多くの事柄で意見を異にするが、

両者はしばしば同志でもあり、連携もし、それぞれの良いところを取り入れる。

保守はときに、リベラルの理想に走り過ぎる熱を冷ます役割を果たし、

他方でリベラルは、現状に自己満足しがちな保守の尻を叩く・・・・

6.ところが、新右翼は、保守を否定・破壊し、保守そのものを変質させ、同時にリベラルを攻撃する。

その結果、もっとも危険なのは、右からも左からも穏健派が追い出され、保守とリベラルの両者が極端に向かうことである・・・

として、英国の労働党アメリカの民主党新右翼への対抗上、ますます左に向かっていることを大いに懸念しています。

過激ではない、穏健・中庸そして良識の基盤にのっかったエコノミスト誌のリベラルな姿勢を感じる論調だと思います。

7.最後に、6.で述べた、リベラルが対抗上過激になりつつある危険について、米大統領選における民主党の動きを懸念している同誌の見解を補足紹介します。

f:id:ksen:20190716133500j:plain(1)前々回のブログで、来年の米大統領選挙に立候補表明をしている民主党候補者のディベイトが6月下旬に実施されたこと、その結果、かなり過激な主張をする2人の女性の上院議員カマラ・ハリスとエリザベス・ウォーレンの支持率が上がったことを報告しました。

(2)「保守主義」を特集した同じ号でエコノミスト誌はこの事実を取り上げて、懸念を表明し、以下のように論じました。

(3)民主党が来年の大統領選挙で勝利するためには、少数(党員の約1割)だが大事な、民主党内の穏健派の支持を取り付ける必要がある。党は、好むと好まざるに拘わらず、(トランプに流れた)低学歴で高齢の白人層からの票も必要とするのだ。

(4)その点で、オバマ前大統領の巧妙な選挙戦略を参考にすべきである。

(5)オバマは、選挙運動を通して黒人を興奮させると同時に、白人に自らの穏健さを訴えた。人種を超えた国民の連帯を呼びかけることで勝利を得た。

2008年3月に彼が行ったもっとも印象的なスピーチがある。

そこで、彼は、「アメリカ人はいま一つにならなければならない。黒人でも白人でもラティーノでもアジア系でもなく、私たち全てが一つになって直面している課題に立ち向かわねばならない」と述べたのだ・・・・・。

f:id:ksen:20190706120824j:plain(6)日本にも、「友・敵」ではなく、こういう訴えを口にする政治家がいないものでしょうか。世界が、トランプやジョンソンやプーチンのようなリーダーばかりになっていくのは悲しいものです。