ボリス・ジョンソン、イートン校とキングズ・スカラー

1.ボリス・ジョンソンなる人物が予想通り、保守党員の投票により党首に選ばれ、英国首相になりました。今回は本件から思いだした雑件です。

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2.エコノミスト誌7月27日号は論説を含めて3本の関連記事を載せました。

写真はジェット・コースターのてっぺんで、これから落ちていこうとするロンドンお馴染みの赤い2階建てバスを運転するボリスの姿。車体には「英国を再び偉大に!」のスローガン。

Brexitの行方がどうなるか予測はつきませんが、同誌は大いに懸念しています。

彼が10月末の期限までに「合意なき離脱」を強行すると広言していることについて、強行すれば英国は大混乱に陥るし、議会はかねてから反対であり、その結果、

不信任可決➜総選挙の可能性があり、保守党が勝つか負けるか?負ければ彼は史上最短の首相に終わるかもしれないとしています。

可決には与党議員の賛成票が必要だがこの造反はありうる、そんな事態になれば1940年のネヴィル・チェンバレン以来である。

ボリスは自らをチャーチルになぞらえ、彼の伝記も書いている。国難の時期の首相就任という点では似ているかもしれない、しかしむしろ、チェンバレンの運命をたどるかもしれないと同誌は言います。

チェンバレンはドイツへの宣戦布告後もヒトラーに対する宥和政策で議員の支持を失い、辞任に追い込まれ、チャーチルが登場し、労働党も入れた挙国一致内閣を率い、戦い抜きました。

但し、ボリスの思想信条は「カメレオン」のように変わり、首尾一貫性がなく、その点で他の根っからの「EU離脱論者」とは異なるので、何が起こるかは分からないとも書いています。彼がこの危機を収束してチャーチルのような大宰相になる可能性はあるのでしょうか?

f:id:ksen:20190801094801j:plain3.ボリス・ジョンソンはジャーナリストからロンドン市長を経て下院議員。頭はいいがいい加減で、個性(キャラクター)の強い、ある種の魅力ある人物ではあるようで、それだけに一部の人気も高い。アッパー・ミドル(上流中産階級)出身、イートンからオッックスフォード。

因みに、キャメロン、メイと3代続いてオックスフォード出で、キャメロンは同じくイートン、一方メイは大学は同じでも公立の進学校からで社会階層が違います。

この点は、3年前の国民投票の直後に、メディアが取り上げました。

https://ksen.hatenablog.com/entry/20160710/1468105730

その時のブログでも紹介しましたが、例えば2016年7月7日フィナンシャルタイムズは「Brexitパブリック・スクール卒の争い」、同じ日のNY TIMESは、「英国の政治はいまだにエリート校卒業生が牛耳る」と題する記事でともに、「今回の国民投票は、単なる非エリートのエリートに対する反乱ではなく、“一部のエリートに指導された” 非エリートの叛乱だった」と分析しました。

4とくにボリス・ジョンソンの場合は、イートンだけではなく,「王の特待生(King’s Scholar)」とよばれる特別奨学生でした。入学時の成績が抜群だったということです。

f:id:ksen:20190801094834j:plain(1)イートンは英国のパブリック・スクールの中でも自他ともに許すNo.1です。ウィンザー城のあるウインザーの町とテムズ川を隔てた対岸にあります。

15世紀半ばにヘンリー6世によって創設され、いまだに全寮制の男子校で13から18歳までの約1500人が在籍します。学費は寮費も含めて(4年前に聞いた話では)年に3万5千ポンドと滅茶苦茶に高い。制服だけで2千ポンドする。上級生になるとテイル(Tail)と呼ばれる長い上着が要る。学内だけなく学外に出るときも着用が義務。

(2)その代わり全体の約2割が何らかの奨学金を受けている。

その中でも、全く別格・特別待遇の奨学生が「キングズ・スカラーKS、王の特待生」です。毎年約15名(全体で70名強)が親の経済状況に関係なく特別の試験で選抜されます。

費用は全額免除、学内の個室を与えられ(Oppidan(町に住む者というラテン語から)と呼ばれる普通の学生は町中の相部屋に住む)、制服の上に特別のガウンを着てひと目でその存在が分かり、姓名の終わりにはKSの称号がつきます。教員との食事会に招かれるなどの特典があります。

(3)もともとはヘンリー6世が学校を作ったのは貧しいが優秀な少年に教育を与える目的で、この時の該当生徒数が70名だったので、それをいまも踏襲してるそうです。

KSの卒業生の殆どがオックスブリッジに進学する由。

過去のイートンKS卒業者の中には3人の首相(ボリスは3人目)、J.M.ケインズ、ハックスリー兄弟(弟は作家のオルダス)、『動物農場』や『1984年』の著者ジョージ・オーウェルなどがいます。

5.以上書いた情報はほとんどが耳学問で、情報源は2人です。

(1)1人は、英国勤務時代に親しくなった友人の息子さんが何とこのイートンKSです。

友人は某日本企業に勤務していましたが、一人息子が公立校から推薦されて思いもかけずイートンを受けろと言われ、おまけにKSに選抜されました。夫婦はそのため英国に残留することを決め、会社も退職しました。

(2)私たち夫婦は在英中に親しくなりたびたび一緒に週末旅行もし、帰国してからも彼らの一時帰国の度に会って温泉旅行をしたりしました。息子さんのイートンでの暮らしを何度も聞き、学校にも案内してもらいました。

(3)彼らはまだロンドン郊外に住み、息子さんは英国人と結婚してコンピュータの仕事をしています。

ただ彼は、イートンでの学校生活をあまり話しません。メイさんの前の首相キャメロンが同級生だったとは聞きました。

f:id:ksen:20190804081121j:plainイートン出だいうことをあまり喋るな」という校風があるそうで、どうしても自慢になるからでしょうか。これが英国エリートのスノッブ教育法でしょうか。

それと半分推測もありますが、結構しんどい5年間だったのではないかと思います。

40年も昔に日本人という異例な存在で特待生、しかも普通のサラリーマンの息子で、キャメロンやボリスのような同窓生とは言葉遣いを含む文化も暮らしも価値観も違う。辛いこともあったでしょう。ひそかな差別もあったかもしれない。

これは父親に聞いたのですが、KSは寮費も学費も全額免除される。ところが富裕な家庭の場合、親は同額の寄付を学校にするという風習が何となくあるらしい。

父親は息子の在学中にはそんなことを知らず、「仮に知っていても日本円でウン千万円の寄付なんて出せるわけがない」と言っていました。

そういう、文化と伝統の保守性が、「階級」を含めて英国にはあるのでしょう。

(もっとも医学部の寄付など、日本には日本の厭らしさがあるかもしれませんが)。

6.もう1人の情報源は、日本人の女性で彼女は、ロンドンの北リンカンシャ州のマナーハウスに住む「アッパー・クラス(上流階級)」の男性と結婚して住んでいます。

f:id:ksen:20150913164214j:plain4年前に娘夫婦と一緒に2泊させて頂き、夕食会も開いてくれました。

その際に英国の階級やイートンのことなどいろいろ教えてもらいました。「アッパー・クラス」と「アッパー・ミドル」との違いについて、「厳密な定義はないが・・・」という前提で説明を受けました。

https://ksen.hatenablog.com/entry/20151004/1443909887

そのこともブログに載せましたが、彼らは68室もある大きなマナーハウス暮らしとはいえ、日常生活はごく質素でした。使用人はいません。家事は夫婦でやります。大工仕事と薪をつくるのは旦那の仕事。

BREXIT国民投票の少し前でしたが、パブリック・スクールからオックスフォードを出た物静かなご主人が、「離脱」の熱心な支持者だったので驚いたことをいまも記憶しています。