エリザベス・ウォーレンと「アメリカの資本主義への新しいプラン」

1. TVを観ていたら、ラグビーW杯の決勝戦を終えての座談会で、元日本代表の五郎

丸歩選手がこんな趣旨の発言をしていました。

「もちろん日本代表チームのさらなる活躍を期待したい。同時に、日本人選手がたとえばイングランド代表のジャージーを着て活躍する日が来ることも期待したい」

――これが、ラグビー選手にとって当たり前の発想なんだ、と印象に残る言葉でした。オリンピックや野球やサッカーにはそれがない。「久保選手がスペイン代表としてサッカーW杯で活躍してほしい」とは誰も言わないし、そもそも(日本国籍を放棄しない限り)可能ではない。

 多様性は「日本代表だけ、日本社会の中だけ」で根付くものではない。いつの日か、日本人の選手がイングランド代表として仲間と肩を組んで試合前の「ゴッド・セイブ・ザ・クイーン(その時は、もうキングか!)」を歌う光景が来るかなと思うと面白いです。

f:id:ksen:20191102122934j:plain2. ところで今回は、アメリカ大統領選挙があと1年を切ったところで、民主党の有力

候補に目されてきたエリザベス・ウォーレンについてです。

 英国エコノミスト誌10月26日号は、彼女の写真を表紙に載せ、論説で取り上げました。彼女については、米国タイム誌がすでに5月20日号で特集を組んでいます。当年70歳の、もとハーバード大教授で現マサチューセッツ州選出の上院議員です。

3. まず、エコノミスト誌の要約です。

 エリザベス・ウォーレンは、注目すべき(remarkable)女性である。

(1) オクラホマの貧しい家庭に生まれ、刻苦勉励のあげく、超名門ハーバード大学の有名教授になった。破産法について優れた業績を残した。今はハーバード時代の同僚と幸せな結婚をして39年経つが、2児のシングル・マザーとして奮闘した時代もあった。

(2) 政治家としては、「ツイッターで簡単にメッセージをたれ流す政治」の時代に「有数の政策通」として知られ、リーマン・ショック後のアメリカ社会を立て直すべく様々な立法に実績をあげた。

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(3) 民主党の大統領選候補者選びにバイデンを猛追しており、賭け屋は50%の確率で彼

女が候補になると予測している。「いま選挙が実施されたらトランプとウォーレンと、あなたはどちらに投票するか?」の世論調査では、トランプを上回っている。

(4) 最も「remarkable」なことは、彼女がアメリカ社会の問題(格差の拡大、貧困層

増大など)を直視し、アメリカの資本主義を改革・再生しようとする提言・施策を打ち出していることである。それは、1930年代のフランクリン・ルーズベルトが掲げた「ニュー・ディール」以来の野心的なものと言える。

(5) そのために彼女は、腐敗し、普通の庶民に目を向けていないと信じる現在のシステムを変えるための詳細なプランを提示する。

 そのアイディアの多くは優れている。しかし根っこのところで彼女は規制と保護主義に頼ろうとする。それはアメリカが抱える問題への解答にはならないと本誌は考える。

(6)共和党ウォール街は彼女を「社会主義者」と呼ぶが、それは間違っている。

 自分でも「私は心底、資本主義者であり、市場を尊重する」と語る。「但し、公正なルールに沿っている限りは」という但し書き付きで。

f:id:ksen:20191105135232j:plain(7)本誌は、彼女のアイディアの幾つかを支持する。最低賃金の引き上げや富裕層への課税強化も必要と考える。しかし、ウォーレン氏は、私企業のダイナミズムとイノベーションアメリカ社会の繁栄の土台であることも信じるべきである。

――と書いて、「彼女のプラン」はアメリカ資本主義を“良くも悪くも”変えることになるだろう」と、資質と姿勢は評価しつつも政策の方向性には批判的です。

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4.他方でタイム誌は、5か月以上も前に彼女の特集記事を組み、政策の内容もさるこ

とながら、問題意識と真摯な取り組みを評価しています。

(1) 同誌も、ウォーレンは「起業家精神と市場」を信じる、その点でバニー・サンダー

スとは異なる人物であると理解します。

(2)その上で、彼女の強さは、「私には政策がある」と繰り返し語るように「メッセージ

やレトリック」ではなく、その政策は「基本にこだわり、実質や中身をもち、具体性がある」。トランプ政治への大きな挑戦といえる。

(3) と書いた上で、懸念も表明します。保守的になった最高裁共和党主導の上院や大

企業を敵にしてしまうだろう、民主党の穏健派でさえ、彼女の進歩的な政策に二の足を踏む可能性がある。果たして彼女の政策提言は実効性があるだろうか、という現実的な懸念です。

(4) その「政策提言」の中身については両誌ともに紹介していて、いろいろと勉強にな

りました。

たしかに、保守勢力の抵抗は強いでしょう。それでも、アメリカの資本主義は変革が必要だと感じている人は少なくないのではないか。その点で、「リーマン・ショックが起こる前からアメリカ経済の危機を警告していた」とタイム誌が伝えるウォーレン氏の存在感は大きなものがあると思われます。

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5. タイム誌の記事は、有権者や識者の直接取材も取り上げています。

(1)例えば、「もし彼女がオクラホマエリザベス・ウォーレンなら勝てる。しかし、ハーバードのエリザベス・ウォーレンなら負ける」というある識者のコメントは面白い。

(2)友人の評によると彼女自身は、「いつまでもオクラホマ訛りの抜けない、心性ではいまだに労働者階級の女性で、文化的にも社会的にもハーバードの先生ではない」そうです。

(3)しかし、当然ながら反対派はその点を攻めてくるでしょう。この国に根強くある「反知性主義」の風土はそれを後押しするでしょう。批判派は、皮肉交じりに彼女を今も「教授(プロフェッサー)」とよび、少しでもエリート風が見えるとその点を攻撃する。

 とくに、人身攻撃をもっとも得意とするトランプは、執拗に攻撃してくるでしょう。事実と異なっても平気で「社会主義者共産主義者」のレッテルを貼るでしょう。

(4)タイム誌は、そういった攻撃に対するのに、彼女にややナイーブな面があること、自分でもそれを認めていることを懸念しています。

(例えば、彼女にネイティブ・アメリカンの先祖がいたこと、それがハーバード大の教授昇進に有利に働いたのではないか、と指摘を受けたときに彼女は対応の不手際をみせ、評価を落とした。のちにボストン・グローブ紙が、先祖がいたとしてもそれが昇進に影響した事実はないという調査結果を記事にしてウォーレンを支持したが、トランプは彼女を「ポカホンタス」と呼んでからかった。ポカホンタスとは、英国がアメリカ新大陸に「ヴァジニア植民地」を建設した時、それに参加した英国人と結婚したネイティブ・アメリカンの長の娘で、ディズニーの映画にもなった)。

 その点で、前回トランプに敗れたとはいえ、したたかで外交経験も豊富で、きったはったもできるヒラリー・クリントンとはおそらく違ったタイプの女性、しかしそれだけに、理想に素直に反応する若者の支持はより多く受けるのではないでしょうか。

 大統領選はこれから1年の長丁場、彼女がどこまで支持を伸ばせるか、注目したいです。