タイム誌「2020年パーソン・オブ・ザ・イヤー」は「アメリカの物語」を変えるか?

  1. 新大統領の就任を3日後に控えて、アメリカはどうなってしまったのかと感じている人が多いのではないでしょうか。

 6日連邦議会の議事堂にトランプ落選を認めない過激な右派の暴徒が押し入り、トランプが扇動したとして、下院は弾劾の手続きに入り、13日可決されました。共和党の議員が10人賛成に回りました。上院で3分の2の賛成で弾劾が成立しますが、多数の造反者が共和党から出ないかぎり、その可能性は低い。しかし、20日の就任式には、さらなる暴力的な動きも懸念されるという、異常事態です。

f:id:ksen:20210114144731j:plain

  1. これらの動きが気になりますが、まずその前に、タイム誌の昨年12月28日号「2020年今年の人」のバイデン&ハリス選出の理由を振り返ります。

 新大統領が選出されるのは、米大統領選挙の年は恒例ですが、副大統領も一緒は今回初めてです。女性で初、少数民族(黒人とインド系)の出身で初という、アメリカの「多様性」を象徴する出来事として大きな話題です。

 

  1. 思えば、2016年の「パーソン・オブ・ザ・イヤー」は、同年の選挙で事前の予想をくつがえして民主党候補のヒラリー・クリントンを破って当選したドラルド・トランプでした。

 タイム誌は毎回、選んだ人を一言で示す言葉で紹介をします。

 例えば、2019年はいままでの最年少、当時16歳のグレタ・トゥンべリさんを「若者の力(The Power of Youth)」と題して選びました。

 4年前のトランプ氏選出にあたっては、「President of the Divided States of America」 という副題を付けました。“United(統一された)”の代わりに“Divided(分裂した)”アメリカの大統領、というわけです。

f:id:ksen:20210117080259j:plain

 

  1. 2020年の「今年の人」バイデンとハリスには、タイム誌は「アメリカの物語を変える(Changing America’s Story)二人」と題しました。

(1)アメリカは、いま大きな危機と課題を抱えている。世界最大のコロナの被害、経済格差の広がり、人種差別、気候変動の悪影響、分断と怒り・憎しみの拡がり・・・・

(2)仮にトランプ政権が、混乱と分断の4年間だったとすれば、新政権がとるべき途は、国民の結束、多様性のある人材の活用、そして他の国々との協調であろう。

(3) このような未来を目指して、二人は、自国民とともに世界に対しても、「共感(empathy)と癒し(healing)の力を共有しよう」と呼びかけている。

(4)この新しい「アメリカの物語」に期待するがゆえに、タイム誌は彼らを「2020年のパーソン・オブ・ザ・イヤー」に選んだ。

f:id:ksen:20210114090148j:plain5. ところが、その後の一連の動きはご承知の通りで、ついには、議事堂への暴徒乱入、民主党によるトランプ弾劾の動きにまで進展しました。タイム誌が期待する「アメリカの物語」は果たして可能だろうか、と考えざるをえません。

 英国エコノミスト誌論説は、暴徒が議事堂に乱入する様は、「まさにトランプ氏が反アメリカ的な大統領であることを印象づける映像」であり、「モスコーや北京は喜んで放映し、ベルリンやパリは悲しんだ」と伝えました。

 BBCは、上院での弾劾手続きが長びくことは新バイデン政権の政策運営に支障をきたすのではないかと懸念します。

f:id:ksen:20210115130623j:plain

6.しかしまた、この二つの英国メディアは、大統領選挙後の一連の出来事は結果として新政権にとって自らのヴィジョンや政策を実現する好機になったと、楽観的な見方も示しています。

(1)要は、トランプが自ら墓穴を掘ったといってよい。

(2)彼が素直に大統領選挙の敗北を認めていたら、ジョージア州上院議員選挙で2人のうち少なくとも1人は共和党が獲得できただろう。そうすれば、上院は共和党の多数となり、トランプの影響力も残り、2026年に再選される可能性だってあっただろう。

(3)その後、暴動から弾劾への動きが続き、共和党内部からも批判と離反が出始め、世論も厳しく、おそらくはトランプの政治生命も終わるし、「トランピズム」の勢いも削がれるのではないか。

(4)「トランピズム」とは、自国第一のディール(取引)優先、既存の国際合意や気候変動の危機などを否定し、文化や人種の多様性に対する非寛容な態度などトランプに典型的にみられる政治的姿勢と考え方のことです。反リベラルな民主主義であり、世界に拡がっています。

 

(5)「トランプの人気は、彼がホワイトハウスを去ったあとも残るだろうし、トランピズムも簡単には消えないだろう」とする悲観的な見方がむしろ多い中で、楽観的であることの大切さを感じます。

悲観主義は気分によるものであり、楽観主義は意志によるものである」と言ったフランスの哲学者も思い出します。

 もちろんこの場合の「楽観主義」とは、単なる楽観論ではなく、厳しい現実を見据えた上で、それでも「人間の意志とヴィジョンと行動によって未来を良い方向に変えていける」という覚悟に立った考え方でしょう。