「なにか邪悪なものが迫ってくる」(エコノミスト誌続き)

  1. 今回も英エコノミスト誌5月1日号「中国と台湾」の続きです。前回は「論説」を

紹介しましたが、今回は「解説」と「ビジネス」です。

「論説」は、何としても米中の戦争を回避すべきという“提言”が中心でした。

f:id:ksen:20210515152254j:plain

  1. 他方で「解説」の方は、情勢判断を主にして「台湾をめぐる戦いは、北京でもいますぐ(imminent)とみる人は少ないかもしれない。しかし恐ろしいことに、全く考えられないシナリオでもない」という、英国人らしい二重否定の文章で終わります。

記事の見出しは「なにか邪悪なものが迫ってくる(Something wicked this way comes)」です。こういう表題を付けたがるのがいかにもエコノミスト誌。

これは『マクベス』の4幕1場に出てくる魔女の言葉です。3人の魔女の一人が,

「親指がぴくぴくするぞ。よくないものがこちらへ来るぞ」(木下順二訳)

と言っているところにマクベスが登場し、マクダフとの戦いを予言する場面が続きます。英国では中学生からシェイクスピアを読ませるそうですから、「ははん」と思いながら読む人も多いのでしょうか。

 

f:id:ksen:20210513160020j:plain

  1. 以下は、台湾側から見た動きの要約です。

(1)米中の「あいまい」戦略のもとで台湾は豊かな民主主義国家となった。アジアで初めて同性婚を合法化したように、国民は多様性と自由を享受している。

(2)この間、中国は忍耐のしびれを切らしてきたようだ。台湾が繁栄し住民が満足するほど、「平和的に統一する」ことが困難になると焦っているようだ。

(3)特に蔡英文総統は、穏健な現実主義者で、表立って中国を挑発せず、「独立」を口にせず、具体的な成果をあげることで満足感を高めている。中国は彼女を嫌悪している。

――中国がより強圧的になってきた背景にこのような事情もあると同誌は言います。

f:id:ksen:20210513120007j:plain

4.同時に特徴的なのは、

(1) 2020年のあるアイデンティティ調査によると、成人の66%が「自分は台湾人」と回答している。「台湾人と中国人の両方」は30%、「中国人」と答えたのはわずか4%に過ぎない。言うまでもなく中国共産党は「彼らは100%中国人」と主張している。

(2)しかし他方、別の調査で「中国と武器を持って戦うか?」という質問には「イエス」と答えたのは半分以下にとどまる。

 

5.それなら台湾政府は自らの生存をどうやって守ろうとしているか?

(1)台湾は,仮に中国が侵攻してきたら、自分たちだけでは勝ち目がないことをよく理解

している。

f:id:ksen:20210513120031j:plain

(2)しかも、成功した民主主義が、それだけでは自国を守る国益に結びつかないことも

残念ながら理解している(painfully aware)。

 

(3)だからこそ大事なのは、台湾を守ることが東アジアの平和維持に必要であり、アメ

リカやその仲間たち自身の国益にも適うのだという認識を拡げることだ。

 

(4)加えて最も重要なのは、台湾の半導体産業の存在がグローバル・サプライチェーンにとっていかに重要かを世界に理解させ、その優位性を維持することだ。

f:id:ksen:20210513134455j:plain

6.エコノミスト誌はこういう見立てをした上で、世界最大の半導体製造企業TSMC

(台湾積体電路製造)について、とくに同社の拠点集中戦略について、「ビジネス欄」で紹介します。

(1)「危険と隣り合わせに生きる(living on the edge)」と題した本記事は、「米中の技術競争の下でいかに自らを不可欠な存在にするか」に自国の将来を賭ける同社の姿を紹介します。

(2)同社は半導体の先端技術で世界をリードしていて、アップルもアリババも全面依存しているが、その地位を維持するために毎年技術開発に巨額の投資をしている。

(3)かつ、「台湾に資産も知恵も集中させる」したたかな戦略をとる。長期資産の97%が、6万人近い社員(半分が博士か修士)の90%が台湾にいて、研究施設・工場も中国やアメリカの誘いに対して、ごく一部を除きほぼすべてを自国内に留めている。

(4)専門家は「同社の優位性は当分揺らがないだろう」と述べるが、この戦略が有効である限り、TSMCは安全保障の担保となり、アメリカが台湾を見捨てることはないのではないか。

(5)もちろん、米中がこのままこのような状況を放置するかどうかは分からない。危険はある。技術で他国に追いつかれる可能性もある。

しかし台湾はこの「綱渡り戦略」に自らの生存を賭けている。

―――というような内容です。

f:id:ksen:20210513134506j:plain

7.アメリカやその同盟国の支援を期待しつつも、決して期待すぎない。裏切られるか

もしれない。

まずは自らの力で自らを守る。それには「優れた民主主義と国民の満足度」だけでは足りない。「自分たちのためにも台湾を見捨てるわけにはいかない」と他国が考える状況を作ること、そのために必死になっている姿と覚悟に、読んでいて心を打たれます。

f:id:ksen:20210506131629j:plain

日本には、「これがあるから世界は日本を見捨てない」という何かがあるでしょうか?