今年初めての蓼科と御柱(おんばしら)祭

  1. 4月上旬は初夏のように温かな日が6日ほど続き、今年初めて老夫婦で蓼科に滞在しました。今回は、素人写真と滞在報告です。

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  1. 家まで中央高速経由で約180キロ、妻と交代で、時速85キロ前後の慎重運転を心掛けたつもりです。

  途中、山梨県にある釈迦堂パーキングエリアに隣接して花桃の園があり、この時期満開になることが多いので立ち寄ります。

 花を眺めて散策し、売店で山菜のこごみを求め、夕食にてんぷらを頂きました。

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  1. 昼過ぎに到着、日中は暖かですが、八ヶ岳はまだ雪が残り、庭の木々も枯れたままです。

 今年の冬は厳しかったそうで、我が家のあたりも普段より多く30~40センチの雪が積もり、気温も零下15度の日があったと聞きました。

 滞在中は暖かでしたが、朝夕は冷えるので、夕方から早朝まで、まきストーブを焚いて過ごしました。薪の火を眺めるのもいいものです。

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  1. 今年は、2016年以来6年に1度の、「奇祭」と呼ばれる諏訪大社御柱祭りの年です。

(1)諏訪大社は、上社(前宮・本宮)下社(春宮・本宮)の四社からなる、珍しい祭祀形態をとっています。

(2)祭りは、諏訪市茅野市にあるこれら社殿の四隅に、「御柱」と呼ばれる樹齢約200年の樅(もみ)の巨木を建て替える、最大の神事です。

 

(3)重さ10トンもある巨木16本を山から里に曳きだす4月の「山出し」から始まります。

男衆を乗せて19メートルの急な坂を一気に落ちる祭最大の見せ場,勇壮・豪快な「木落し」を経て、木遣りに合わせて人力のみで、いったん安置する置場まで運びます。

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(4)そして5月は「里曳き」です。

市街地を曳行して、最後に上社と下社の社殿の四隅に曳建てる「建御柱」の神事で終わります。     

(5)これらすべてが約20万人の諏訪・茅野一帯の氏子たちの中から、奉仕活動で行われます。

 

滞在中に、下社の「山出し」がありました。しかし、今年はコロナのため、「木落し」は中止されました。いつもは3日間かけて行われる「山出し」も、トレーラーによる曳行という、寂しいものになりました。

    それでも、1200年以上続く歴史的行事に参加する氏子たちにとっては、胸躍る出来事でしょう。「かつて諏訪の人々は、7年目の聖なる年には、結婚も家を建て替えることも控えた。すべてを祭に捧げた」と史書にあります。

 

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  1. 長野県のコロナ感染者数は一向に減っておらず、祭も感染対策に気を遣っての実施です。

 私たち余所者も、買い物や市営の温泉につかり、外食もしましたが、人に会うのはなるべく避けました。

しかし田舎にもPCは持参し、インターネットも繋がりますので便利です。

 

(1)英国にいる娘一家ともフェイスタイムで孫の元気な顔を見ながら、対話も出来ました。

(2)ウクライナの悲惨な状況も逐次目にしました。

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  1. 前回のブログに、宇治の田中さんが、「日本の神様は平和主義で、戦争がそもそも嫌いでした~」というご友人の言葉を紹介して下さいました。

拝読して、御柱祭のことを思いました。

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 祭の中で木遣りが唄われますが、「奥山の大木、里におりて神となるよ」という文句があり、御柱祭が「巨木に宿る神の力を7年毎によみがえらせる」行事であることを示します。

 また諏訪大社は、4社のうち3つは、拝殿のみで本殿がない。何を拝んでいるのかというと、拝殿の向こうにある山や樹木や岩石を拝んでいる。

 このような土着信仰(ミシャグチと呼ばれる精霊神を信じる)は「縄文時代に起源をもつ」と考える学者が多くいます。そして、その後の出雲の神々と融合し、共存していった。御柱祭はそんな神話と土着信仰をいまも残すものである・・・・。

 

「日本の神様は平和主義」という、頂いた言葉から、神話時代の神々と信仰する人たちのことを思い浮かべました。