「西瓜を食べてた夏休み、ひまわり夕立せみの声」(吉田拓郎)

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  1. 先週は、だいたいは山暮らしを続けました。異例ずくめの東京オリンピックが始

まりましたが、ここにいると縁遠いです。田舎家には古い・小さいTVしかなく、五輪は見ません。

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 23日(金)の毎日新聞「論点」に京大前総長・ゴリラ研究の山極先生が、「本来スポ―ツとは個人やチームの力を競うもので、国の威信をかけるものではない。・・・「国のために」というのは時代錯誤だろうと思う」と書いておられ、共感しました。

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  1. 昔ほど長い距離は歩けませんが、周りを散歩はします。

 ここでは、知らない人同士でも出会えば挨拶をすることが多いです。釣り人に声を掛けられることもあります。「カブトムシを見つけたよ」と見せてくれた人もいました。

ただ、この時期の山の天気は変わりやすいです。

良く晴れた青空を眺めながらのんびり歩いていると、雷鳴が遠くから聞こえ、突然、空が暗くなり、雨がはげしく降ってきます。そして短時間でやんで、また晴れます。自然は気まぐれです。

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3.いま当地の最大の魅力は、取り立てのおいしい野菜です。JAのスーパーに行くと、生産者直売品がたくさん並んでいます。この時期、我が家の夕食は野菜中心になります。

畑仕事は、最近はもっぱら年下の友人と娘夫婦が主役ですが、これからの収穫が楽しみです。昨年は梅雨が長くて日照時間が足りず不出来でしたが、今年は大丈夫そうです。

いうまでもなく農作物は自然条件に左右される、人力ではどうにもならない面があります。

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4.庭では今年も蝉の脱皮と羽化を眺めました。

(1) 以下、「羽化」についてのウィキペディアの紹介です。

・晴れた日の夕方、終齢を迎えた幼虫は、羽化をおこなうべく、地上に出てきて周囲の樹などに登ってゆく。

・羽化のときは無防備で、この時にハチやアリなどに襲われる個体もいるため、周囲が明るいうちは羽化を始めない。

夕方地上に現れて日没後に羽化を始めるのは、夜の間に羽を伸ばし、敵の現れる朝までに飛翔できる状態にするためである。

・木の幹や葉の上に爪を立てたあと、背が割れて白い成虫が顔を出す。

成虫はまず上体が殻から出て、足を全部抜き出し、多くは腹で逆さ吊り状態にまでなる。その後、足が固まると、体を起こして腹部を抜き出し、足でぶら下がって翅を伸ばす。

・翌朝には外骨格が固まり、体色がついた成虫となるが、羽化後の成虫の性成熟には雄雌ともに日数を必要とする。

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(2)我が家のセミの「羽化」は、庭に天敵が少ないので安心なのか、日中でも見かけます。この日も午前中の出来事でした。時間のかかる、努力と根気の要る新たな命を生み出す営為です。

 こうして成虫になった蝉が地上で生きるのはせいぜい1か月程度。この間に交尾をして、雌は卵を産み、卵が孵化すると幼虫になって地中にもぐりこみ、3~17年の長い地中生活を送る。

 地上での1か月は、種を残すためでしょう。雄は鳴き声で雌に知らせます。交尾が終わると地上での短い一生は終わる。蝉には人間のような「老い」の時間はないでしょう。

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  1. 3年前の夏には、英国に住む娘が夏休みを取って孫を2人連れて一時帰国をし、田舎家で10日ほど過ごしました。

その時も庭で蝉の羽化があり、6歳だった孫がびっくりして見ていました。英国には蝉はあまりいないのでしょう。抜け殻をたくさん見つけて、並べて遊んでいました。

 そのことをブログに書きました。

京都の柳居子さんから、「空蝉は夏の季語ですね。句会に出て課題が空蝉でした」というコメントを頂きました。同じく京都の岡村さんからは、「蝉の空を並べている写真を見て男の子って同じことをするんだ。お孫さんはきっとこの日の事を思い出す日が来るんだろうなぁと思った」というコメントを頂きました。

「西瓜を食べてた夏休み、水まきしたっけ夏休み、ひまわり夕立せみの声」で終わる、吉田拓郎の「夏休み」という歌も教えて頂きました。

子供たちにとって今年の夏休みの思い出は、マスクをつけ、感染を避けてテレビ観戦

をしたオリンピックでしょうか? 

 

映画『いのちの停車場』公開記念オンライン講演会

  1. オンライン講演会が、コロナ禍の中で盛んになりました。

会場に足を運ばなくても、自宅のパソコンから視聴できるのが便利です。

このブログでも「ゴリラからの警告」など報告しました。

今回は青梅慶友病院のオンライン・イベントです。

 

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  1. 「映画『いのちの停車場』公開記念の講演会をやる」という案内が病院から届き、6月27日、田舎家で妻と2人パソコンに向かいました。

 吉永小百合主演で評判になっているぐらいの知識しかなく、なぜ慶友病院で「公開記念講演会」を実施するのか不思議でした。

 始まってすぐ、理由が分かりました。

(1)映画は、南杏子氏の同名の原作(2020年)をもとにしたもの。

(2)南氏の本名は渡辺由貴子といい、本職は医者(内科医),

(3)しかも青梅慶友病院に勤務している。

これなら同病院が彼女の講演会を企画して、理事長と対談するのは当然です。

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  1. ということで、まずは南杏子氏について。

(1)もともとは文系で、日本女子大卒業後、出版社などに勤務した。

(2)終末期医療への関心の原点は大学生のときの祖父の介護だった。夫の留学で暮らした英国で、40歳でも50歳でも大学に入り直す人がいることに目覚め、帰国後33歳で医者を志し、東海大学医学部に学士入学し、首席で卒業する。

(3)夫の仕事でスイスにも滞在、帰国後青梅慶友病院に勤務して15年目になる。

(4)かたわら、医療小説『サイレント・ブレス』で2016年55歳で小説家デビュー、すでに5作を刊行している。

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  1. 次に、青梅慶友病院について。

(1) 先代の理事長が「自分の親を安心して預けられる場所をつくる」ことを目指して1980年に開院した。「医療&終の棲家」のコンセプトで、終末期医療専門の施設である。

(2) 現在600人強の患者が入院しているが、平均年齢は90歳弱、ほとんどがここで人生の最期を迎える。いままでに8000人以上、最近は年200人強をここで見送る。病院での平均滞在期間は約4年。

(3) 毎日が楽しいと感じながら過ごしてもらい、「お陰様でいい最期でした」と遺族に言ってもらえるような病院を目指している。そのため、いろいろ企画を考える、たばこも酒もOKなど、かなりの自由を患者に許容する。

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5.以下は、渡辺医師(南杏子さん)の話と2代目理事長との対談から。

(1)処女作の題名「サイレント・ブレス」とは「静かさに満ちた日常の中で穏やかな終末期を迎えることをイメージする」言葉であり、それがこの病院の理念である。

(2)慶友病院に来て、患者への対応が他の病院と異なり、カルチャー・ショックを受けた。

・患者を病人というより、不自由ながら“人生の最後を過ごす人”として扱う。

・患者に対して全職員が“リスペクト(敬意)”を持つ、そのシステム作りが出来ている。

・家族との関係づくりを大事にする、

の3点である。

医療についても、来た当初は、つい、やり過ぎて失敗したが、ちょうどいい治療があるのだと教わった。検査しすぎない、薬漬けにしない、リハビリも適当に・・・など。

医師としてはもう戻れないということが分かる、ありのままを受け入れることが大事。

(3)これに対して、理事長は、ここは超高齢者が最晩年を過ごす場所であり、そのための終末期医療は、通常の「治す・良くする」医療とは異なることを強調していた。

良くなったかどうかをゴールにするのが普通だが、終末期医療は違う。残された家族に「いい旅立ちだった」という満足と良い思い出が残るのが病院としてのゴールだと思う。

――というような話で、たいへん勉強になりました。

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6.実は15年前、妻の母もここで最期を見送りました。

ぎりぎりまで我が家で妻が見ていたのですが、車椅子の暮らしの仕様にはなっておらず、入院してもらい、1年弱お世話になりました。96歳で亡くなりました。

 たびたび見舞いにいきましたが、気持ちよく過ごせる場所だという印象でした。東京の都心から少し遠いのが難点ですが、その代わり、緑の豊かなところにあります。

 周りに家族がいない場所でやはり寂しかったろうと思いますが、本人もそれなりに満足していたようで、病院には大変感謝しています。

ぎりぎりまで家で過ごし、滞在は比較的短期間でもありました。

そんなご縁があって、病院のOB会のメンバーにもなり、今回のイベントのお知らせを頂いたものです。

「風薫るワクチン接種の帰り道」と「句集KURIKO」

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1.掲題の俳句は、このブログに的確なコメントを頂く畏友Masuiさんの作です。勝手に載せてしまい、お許しください。

コロナ禍の中で、中高の同期生10人強がネット句会を始めました。毎月幹事が季題を出し、メンバーは自作を提出し、他のメンバーが評を書くそうで、すべてネット経由。幹事が最後に皆さんの句と評を参加者以外にもメールしてくれます。

6月の季題は「風薫る」で、この句には、「ほっとした気持ちを上手く季題に託している」という評が載りました。

私は句作どころか、俳句の知識も鑑賞眼もありません。しかし確かに、安心感が句から漂ってくるような気がします。

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2.ということで、素人が柄にもなく俳句の話です。

(1)下北沢にある隠れ家的な雰囲気のカフェに、時々ひとりで珈琲を飲みに訪れます。

ピアノと本が置いてあり、本は画集や写真集が多いですが、「KURIKO」と題した句集もありました。

作者は寺澤繰子といい、「くりこ」と読むのでしょう、自分の名前を本の題名に採用したようです。星野高士という俳人の主宰する句会に所属して、20年経って句集を出すまでになった。

(2)その星野氏の序文から、「俳句には“写生句”と“人事句“の別がある」ということを知りました。

 高濱虚子の曽孫である同氏の評は、「寺澤さんの句は人事句の典型で、面白い」「人事句といっても基本には写生が大切で、彼女にはそれがある」。

そして「虚子は、俳句は「花鳥諷詠」と言ったが、彼自身人事句も作っている。祖母星野立子(虚子の娘)は「情七写三」と言った」と解説したうえで、

「極めつけは、

―目標は月並みにしてかき氷―

このかき氷の句の季題はまったく動かない」と言います。

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3.寺澤さん自身が目指すのも、「上手下手より面白さ」。

句作を始めたのは、「バーが男の勉強机とすれば、句会は大人のメリーゴーラウンド」と言いつつ楽しさを教えてくれた兄のおかげである。

(1) 人事句とはどんなものか、彼女の作を紹介しましょう。

―「生きること母を追ふこと薺(なずな)粥」(この句は前のブログで紹介しました)

―「精神論ばかり言ふ父浅き春」(「浅き春」というから卒業近いか。私は6歳で父を失ったので、精神論でもいいから父の言うことを聞きたかった・・・・)

―「旧姓に戻りし人や秋袷(あわせ)」(和服の似合う芯の強い女性。離婚したと聞いた)

―「どこにでもありそうな顔煮大根」(私の老人顔も若い女性からみたら・・・・)

―「煮凝(にこごり)や正論といふ食へぬもの」「菊膾(きくなます)好きか嫌いかだけのこと」(煮凝も菊膾も、私は食べたことがない)

―「過日とはささやかな永遠(とわ)花水木」(この句は鎌倉の虚子立子記念館の句碑にあるらしい。過ぎ去った懐かしい日、それはささやかな永遠の時でもある)

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(2)ところで、「目標は月並みにしてかき氷、は作者の極め付きの句で、「かき氷」の季語は変えられない」と言われても、素人の私にはよくわかりません。

 しかし、「(他人からみれば月並みかもしれないが、自分には大切な・生きる)目標」に「かき氷」が唐突に提示されて結びつく、その組み合わせの意外性と面白味は感じます。

そういえばフェイスブックで、京都在住のOhteさんが、「暑い夏はこれに限る」と下鴨神社で食べた、立派なかき氷の写真(上)を載せていました。

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4.「組み合わせの妙」と言えば、俳句とは無関係ですが、犬と猫の二匹が仲良くしている写真を載せます。

 犬の「アニー」(人気ブロードウェイ・ミュージカルの主人公の女の子の名前です。大昔ニューヨークで観ました)は、散歩の途中いつも我が家の前を通ります。

猫の「たま」はすぐお近くの飼い猫です。

この二人、なぜか気が合うらしく、「たま」はいつもアニーが飼い主に連れられてやってくるのを待っています。そして二人で暫く顔を寄せて一緒に過ごします。ご近所の人気者です。

 「ワクチン接種と薫風」「目標とかき氷」「母と薺粥」「精神論の父と早春」「煮凝りと正論」「過日と花みずき」そして「アニーとたま」・・・・いずれも日本人の感性に訴える「組み合わせの魅力」があると思います、

 それに対して、「緊急事態(state of emergency)」と「オリンピック」の「組み合わせ」。これはあまりにも不条理・右往左往で、星野・寺澤両氏も「絶句」するだけではないでしょうか。

梅雨時の蓼科と職人さんのこと。

  1. 長野県茅野市の田舎家で過ごしています。雨がよく降り、山奥は静かです。りすがやってきます。里まで下りると、田の稲が少しずつ育っています。

 

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  1. 古い家なので、修理がいろいろ出てきます。

   (1) 先週はとうとう雨漏りがしました。あわてて,妻が地元の工事屋さんに電話しました。

 水回り工事が専門の小さな会社ですが、40年以上の付き合いで,家に関するすべてのトラブル処理の窓口になってくれます。

 

(2)責任者伊東さんは75歳ですがいつも元気で、今回も若い屋根屋さんに連絡して、2台の「軽」で飛んできてくれました。

 若者は器用に屋根に上がってチェックしてくれ、ストーブの煙突の周りに漏れが出来たところを塞いでくれました。純朴な若者で、信州人らしい律儀さを感じます。

 

(3) 修理中は幸い雨が上がっていましたが、夕方からまた降り出し、夜もずっと降り続

きました。すぐに対応してくれたので本当に助かりました。

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(4) 伊東さんは、「自分は屋根なんか危なくてとても登れない」と言いながら、最後まで彼の仕事を見守ってくれます。その間、いろいろ話もしてくれました。

 

・いまどき彼のような若者は珍しい。こういう仕事を継ぐ人間が、だんだん居なくなっている。会社勤めの方が楽だし、安定しているし、結婚相手も見つかりやすい。

・そもそも、「腕の良い職人」に対する需要が減って、後を継ごうにも仕事がない。将来はもっと不安。

・伊東さんの会社は、設備関係の工事・リフォームが専門なので、何とか仕事はあるが、大工や屋根屋や、まして畳屋や庭師などの需要はほとんどない。

・いま家は、大企業の規格品の建築が主体で、平均25年もてばよい、そこで建て替えるという発想が主流になって、家は「建てるのではなく、買うもの」と思う人が増えた。

――というような話でした。

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(5)先週はたまたま洗面所の修理の仕事もあって、大工さんが来て一日仕事でやってく

れました。

この大工さんも伊東さん経由でお願いしていますが76歳の高齢、やはり一人仕事で、後を継ぐ人はいないそうです。

 我が家のように50年近く住み続けている木造家屋は、とうぜんあちこち痛んできて修理の必要が出てきます。

妻が、戦前から母親が使っていた頑丈なシンガー・ミシンをいまも使っているという話を前に紹介しました。「頑丈に作り、時々修理しながら長持ちさせる」という思想がなくなっていけば、「腕のいい職人さん」も不必要になるでしょう。一つの文化が消えていくという思いがして、寂しく,心細く感じます。

  

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  1. デスクワークの経験しか知らないせいもあって、手に職を持って独りで仕事を続ける人には、これが「独立自尊」の精神だと長年敬意を抱いています。

 地元の寿司屋「なが田」にも行きましたが、ここの大将からも「独立自尊」の職人気質を感じます。

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(1)店は自宅と同じ場所で従業員は家族だけのせいもあって、安価で提供してくれて、腕がいい。そして客に媚びない。他の客の話題をしない。その代わり、修業時代の躾や料理のコツや、社会の変化などについて含蓄のある話をしてくれます。もっとも親方からは、「仕事中にぺらぺら喋るな」と厳しく言われたそうです。

 

(2)客といえば、ここ蓼科は観光地ですから、夏には、名も顔もそこそこ知られた芸能

人が入ってくることもある。大将はそういう有名人にも、特別待遇をしない。他の客と同じに淡々と接する。

 「そういう扱いと、周りの客も知らん顔をしている雰囲気を気に入ってくれる人も中にはいますが、だいたいはちやほやされる方が気分いいんでしょうか。その後あまり来て頂けません」と言って、それを気にする風もありません。 

(3)23年前に独立して店を持ち、このコロナで苦労しているでしょう。五輪を含めて国

の対策に不満は大いにありそうですが、愚痴はこぼしません。

 もともと無理して儲けようという商売っ気を感じさせない。「真面目にコツコツ」と言っています。

 

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(4)コロナもあって、昨年以来のカウンターでの差し向かいです。

金曜日で、いつもなら賑やかに混んでいるのですが、この日は雨のせいもあるか、他に客はおらず、私たち二人だけの貸し切り状態でした。

 お陰で2時間強、注文もあまりせずもっぱら喋るだけでしたが、大将は嫌な顔ひとつせず、老人のお喋りに付き合ってくれました。久しぶりに愉快な時間を過ごしました。

山極先生の「ゴリラからの警告」を視聴する。

 1. 山極壽一前京都大学総長による、5月25日に行われた「ゴリラからの警告―人間と科学の本質を読み解く」と題する講演を、YouTubeで視聴する機会がありました。

 友人某君の紹介です。なかなか面白い内容で友人に感謝しています。以下は90分の講演のほんのさわり、かつ勝手な要約です。

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2.山極先生は、ゴリラを研究対象として人類の起源を探る著名な人類学者ですが、今回も類人猿(とくにゴリラ)と人間とはどこが同じでどこが違うかを理解しながら、私たちの未来を考えていきます。

 

(1) 人間は、700万年前に直立二足歩行の動物になり、熱帯雨林から草原へ移動した。

その結果、食物が豊富に手に入るようになり、「共食」(必要以上の食べ物を持ち帰り、仲間に分配して一緒に食べる)の習性が生まれた。

 

(2)また、人間の子供は成長に時間がかかるため、育てるのに母親だけでは無理で、

共同保育」が必要になった。

「共食」と「共同保育(人間の子供だけが泣き・笑う)」➡そこから生まれるのが「共感能力」と「信頼」である。

 この2つの習慣が、ゴリラと違って、集団の規模を大きくさせるように進化し、「社会脳」を育てた。「家族」と両立する「共同体」の発生と進展である。

f:id:ksen:20210617142620j:plain(3) 共同体には言語以前の「対面によるコミュニケーション」が重要である。

ゴリラにも「対面」の習性はある(チンパンジーにはない)。しかしゴリラは「対面接触」だけだが、人間は「距離」をとり「時間」をかけたコミュニケーションが可能で、その結果、ゴリラやチンパンジーには見られない、共同体をつくる特性を備えた。

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3.ところが、この状況が、通信革命・情報革命などの文明の発展によって変わってきた。

即ち、「知識➡知能」と「意識➡直観」のバランスが崩れ、前者が肥大化し、

本来人間の特性である「共感能力と信頼(情緒的社会性)」が薄れつつある。

 個人はコミュニティから切り離されて、制度や国家や自治体に頼らざるを得なくなり、身体のつながりではなく、脳のつながり(情報交換)に時間を使っている・・・・

 

4.そこに、今回の新型コロナのような「感染症」がさらに追い打ちをかける。

即ち、本来社会的動物である人間に必要な「密」の状態が制約される。

(補足すれば、人間+家畜の数は世界の哺乳類の9割以上を占める。野生動物の数は桁が4つ少ない。このアンバランスが、ウィルスの繁殖に恰好な舞台を提供する)

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5.以上が現状認識である。

しからば、ポスト・コロナを展望して、人間の本性から必要な未来社会とは?

(1)人間はゴリラと違って、本来社会的動物である。集団を自由に移動する存在である。

(2)情緒的社会性を養うためには、「文化」と「社交」とが大切である。

(3) そして最後に、西洋哲学の古典的パラダイムだけではなく、西洋の知と東洋の知と

の融合を目指す必要があるのではないか。

 

6. 5に述べた点を少し補足します。

(1) 「文化」とは「体験と共感によって体に埋め込まれるもの」であり、人が「移動し・集まり・対話する」自由を通してグローバルに共有されてきた。

(2)その再構築にきわめて大切なのは、山崎正和がかねて唱えた「新たな社交の精神」である。

(3)「東洋の知」について補足すれば、西洋が重きをおくのが「排中律(AかBか)」の論理とすれば、東洋は「容中律(あれもこれも、或いは「中間」」を大事にする。

 

例えば、「里山」「縁側」「間や「と」の思想」は、日本の特性である。縁側は「あちら」でも「こちら」でもなく、その中間にあって両者をつなげる場所である。

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(4) これらを大切にしたうえで、これから目指すべきは、「共有」と「共感」に基礎をおいた、「移動」し、「シェアとコモンズ」をもとにした社会ではないだろうか。

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7.というような話でした。

端折り過ぎて、分かりにくいとは思いますが、お許しください。

 しかし自らの専門である、ゴリラとの比較で人間の特性を考えていくというところにユニークな面白さがあります。

 そうは言っても、世界には戦争も飢餓も貧困も感染症もなくならない。

しかし「共感」と「共有」が「ヒト」の本性だと再認識し、そこから未来社会を考えていこうという発想は、少しは未来への希望を与えてくれるのではないか。。

そんな風に感じながら、話を聞きました。

「ほととぎす鳴くや五月のあやめぐさあやめも知らぬ恋もするかな」

 

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1. 先週は茅野市の山奥に妻と二人、あまり人に会わずに6日ほど過ごしました。

新緑の季節で、雨に当たる緑も風情があります。

車で里山を走ると、田植えは終わり、田に稲が育ち、水が張られています。

すでに作物が育っている畑も、写真のように耕しが終わってこれから植え付けを始めるところもあります。土の耕し方が見事できれいな姿です。

やはりプロの畑作りは違うと二人で感心します。妻はもう10年以上昔,この地で農家のおばさんの手伝いを暫く続けました。おばさんは夫に先立たれて一人になっても農業を続け、主にパセリを作って農協に出していました。

妻はかなり熱心に手伝ったので、「あんたは農家の嫁になりゃよかったなあ」と言われていました。

そのおばさんが、いちばんやかましかったのは畑の土をきれいに耕し、畝をきちんと作ることだったそうです。あんな畑はとても素人にはできないと妻はいつも感心していました。今回、同じような畑のたたずまいを眺めて、もう5年以上前に他界した穏やかだった一人の農婦のことを思い出しました。

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  1. 畑の手前にはあやめが咲いていました。

――ほととぎす鳴くや五月(さつき)のあやめぐさあやめも知らぬ恋もするかな――

という古歌を思いだします。

 旧暦の五月ですから、まさにいまの時節です。

「あやめも知らぬ」のあやめは「物事の道理・筋道」のこと。言わずと知れた、古今和歌集の「恋歌一」の冒頭に載る「よみ人知らず」の作です。

 そういえば、あやめと菖蒲の違いがいまだに判らないなと思いながら写真を撮ろうと車を停めて外にでると、かっこう(郭公)が鳴いていました。

 かっこうとほととぎすの違いも、鳴き声の他は私には分かりません。

後でウィキペディアを見ると、同志社女子大学教授のこんな説明がありました。

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――「かっこう」と「ほととぎす」は同じ鳥ですか、それとも違う鳥ですか?

「かっこう」は文字通り「カッコー」と鳴きますね。「ほととぎす」は「キュキュ、キュキュキュキュ」と鳴きます。鳴き声からすると全く別の鳥ということになりそうです。
 ところが、 両鳥とも生物学的にはカッコウカッコウ科の鳥に分類されており、案外近いことがわかります。「かっこう」も「ほととぎす」も初夏に南アジアから飛来する渡り鳥で、「託卵(卵の世話を他の個体に托する習性)」まで共通しています。混同が生じるのも当然なのです。

ただし古典の世界では、混同は生じていません。少なくとも平安時代には「ほととぎす」という読みしかなかったのです。――

この先生の説明が正しいとすると、「ほととぎす鳴くや五月の~」も、ひょっとして「かっこう」の鳴き声だったかもしれません。

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  1. 古い田舎家に戻ると、庭には春ゼミが賑やかに鳴き、リスがえさを求めてやってきます。

(1) 家の中で、妻は早速裁縫を始めます。古いシンガー・ミシンの登場です。

 戦前から彼女の母親が使っていたものをいまも大事に愛用しています。もっとも軽くて便利な新式のミシンがいくらもあるのに、いまだにこの重いミシンが頑丈で壊れず、きれいに縫えて使いやすくて手放せないと言います。

 場所をとるので田舎家に置いてあり、もっぱら当地で使っています。

(2) このミシンで子供たちが生まれたときに産着を何枚も縫い、孫のためにも同じことをやり、いまはまた間もなく身近に新しい命の誕生があるので、せっせと制作中です。

 主婦の裁縫も、自分ではできない私から見れば農婦の畑づくりなみに、立派な手仕事で感心します。

(3)古いものをいつまでも使い続けるという文化もいいものだと思います。英国あたりではまだ当たり前と思いますが、現代日本は家でも車でも家具でも、消費社会・使い捨て社会になりました(京都になると少しは違うかもしれませんが)。

(4)それと最後に、自分が生まれる前から母が使っていたものがいまも残っていて、娘も使っていることに感慨を覚えます。 

 

 

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(5)―――生きること母を追ふこと薺粥(なずながゆ)――

という、最近見かけた俳句を思い出します。

「なずな粥」は知りませんでしたが、「なずな」は春の七草のひとつで、この葉と柚子とを乗せたお粥があるそうです。

 句意は―子供のとき、お正月には、「春」の到来を祝うようにいつも母がなずな粥を作ってくれた。いま自分も子供たちのために、母の味を思い出しながら作っている―。

生きるとは、こんな風に自分を産み・育ててくれた人の背中を追いかけてゆく道かもしれない・・・・・

素人の作品ですが、そんな作者の思いが伝わってくる句で、記憶に残っています。

タイム誌が選ぶ「次世代リーダー2021」

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  1. ワクチン1回目の接種を終えた我々夫婦は、短期間長野にやって来ました。田舎道を車で走って、畑の草取りをして、山奥で静かに過ごす日常です。

 今回は、そんな田舎暮らしで読んだタイム誌の特集「次世代のリーダーたち2021年」

の話です。

 同誌は、2014年から毎年、世界各地の、政治・社会活動・ビジネス・文化など様々な分野でこれから活躍が期待できる「希望の星」を10人ほど選んでいます。

 まだ知られていない若者を紹介する狙いのようで、今回の11人を私は誰も知りません。アフリカなど多様な国から選ばれ、女性が6人を占めます。

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2. 例えば,

(1)アフガニスタンのザリファ・ガファリという27歳の市長。父親はテロで殺され、自らもテロリストからの暗殺の恐怖や警告に遭いつつ、同国で初めての最年少の女性市長として頑張っている。

 

(2)と思えば、西アフリカのマリ共和国からフランスにやってきた移民の息子、28歳のモリー・サッコ。貧しい8人家族の中で育ち14歳で学業を終えてレストランの皿洗いから始め、昨年パリで開業したところいきなりミシュランの星を取得し、テレビの料理番組まで持つことになった。

彼の料理は、アフリカ料理とフランス料理に日本風味を加えたもので、日本風は子供のときにテレビで見たアニメから学んだそうです。

 

(3)高校時代に長い間教師から受けたセクハラを後日告発し、法改正まで可能にし、いまは同じ経験に苦しむ女性の救済に取り組んでいる26歳のグレース・テイム。彼女は「オーストラリア2021年今年の人」に選ばれた。

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(4) もっとも多くのページで紹介しているのはクワイケ・エメジ(Akwaeke Emeji)、ナイジェリア生まれの33歳の作家。16歳でアメリカに移住し、一昨年、アフリカ・イボ族に伝わる魔術師の霊力を武器に黒人差別に生きる若い女性の物語でデビューし、英米で高い評価を受け、その後の2作も大きな話題になっている。

しかもエメジは「トランスジェンダー(身体的な性別と自認する性別が一致しない)」を自らも公表し、物語の主人公にも取り上げて、これらの人物を三人称で語るときは終始「they」と表記する。

つまり、本来「三人称複数」の「they(彼ら・彼女ら)を、「he (彼)」でも「she(彼女)」でもない、「トランスジェンダーの三人称単数」として使用している。

タイム誌の記事もこれに倣って、エメジの語りを紹介する文章では「~they(エメジのこと) say」と記述します。

 

3.今回は、日本からも2人選ばれました。中島瑞木(みずき)・杏奈(あんな)という32歳の双子の姉妹です。タイム誌はこう紹介します。

 

(1)二人は2014年に、女性向けのスマホ用アニメゲームが殆どないことに気付いて、

女性に魅力ある物語を展開するゲーム商品を作るために、株式会社コリーを立ち上げた。

大成功となり、東京マザーズ市場に上場し、株式時価総額はいま220億円を越える。

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(2)しかも同社がユニークなのは商品の新しさだけではない。管理職の70%、全社員240人の75%が女性である。女性の社会進出が先進国の中でも極端に遅れている日本社会では、きわめて異例なことである。

(3)二人はこう語る。

「女性は有能だと私たちは知っています。だからわが社には、女性が多いのです。そして、ゲーム商品を通して、若い女性が孤独に打ち克つことに役立ちたいし、次世代のために大事なことは、人々に明日への希望を与えることが出来るゲームを作ることにあると考えています」。

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4.他にもいろいろな経歴の人たちで、何れにせよ、顔ぶれの多様性に感心すると同時に、さまざまな若者が世界で活躍していることをあらためて知りました。

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 日本の若い人は、中島姉妹経営のコリー社のゲーム商品(「魔法使いの約束」など)をよく知っているでしょう。しかし、スマホのゲームに触ったことのない私は、ゲームという商品がいかに若者に魅力を与えているかということも知りませんでした。

 私の知らないうちに、若者が関心をもつ世界は全く変わってきているようです。

もっともタイム誌によれば、前述したクワイケ・エメジは子供のときから物語を

読み、書くことに熱中し、16歳でアメリカに来たときにはディケンズトルストイドストエフスキーも読んでいた。そしてアメリカの大学に入学して、学長がそんな彼女の読書歴を特別なこととして学内で紹介し、賞賛したことにかえって驚いたそうです。