米大統領選まで4カ月弱と「リンカーン・プロジェクト」。

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1.前回のブログは、キング牧師ロバート・ケネディ暗殺の年の思い出を書きました。以下は頂いたコメントです。

(1) Masuiさんは同年齢ですが、ちょうどこの年西ドイツの大学で勉強中、プラハの春で欧州が揺れている状況を身をもって体験されました。毎日ラジオ放送にかじりつき、不安に駆られ、恐怖も大きかった、忘れられない経験だったと書いておられます。

たしかに、1968年は世界的に激動の年でした。日本でも学生の抗議デモで揺れました。

(2) 京都の飯島さんと岡村さんからは、アメリカと黒人問題についてです。

飯島さんは目下、同志社女子大で「アメリカ地域研究」を受講中。「女子大」というのが羨ましいですが、ハリエット・タブマンの話を書いて頂きました。

彼女は、南北戦争の前、自ら奴隷だったが逃亡し、その後逃亡奴隷の援助などに生涯を捧げました。

オバマ時代に、黒人女性として初めての20ドル紙幣の肖像画に決まったが、その後トランプ大統領はこの実施を延期しているというニュースは飯島さんのコメントまで知りませんでした。

 因みに、彼女を主人公にした映画「ハリエット」は、コロナのお陰で日本公開が遅れ、いま上映している筈です。

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(3) 最後に、岡村さんは、私が最初のアメリカ暮らしの頃、同国やメキシコなど旅していました。黒人問題がからむ本2冊を読んだというコメントです。

『私のように黒い夜』(ジョン・ハワード・グリフィン)とアンジー・トーマスの『ザ・ヘイト・ユー・ギヴ』です。

前者は有名な本ですが、私は読んだことはありません。1959年、まだ差別が強烈に残る南部を、自ら肌を焼いて見かけは黒人になり人種差別を身をもって体験するという白人男性の壮絶なルポルタージュです。

 後者は、本の存在も知りませんでした。「幼馴染みのカリルが、白人警官によって射殺される現場にいたスター。汚名を着せられたカリルの無実を訴え、憎しみの連鎖を断つために、スターは立ち上がることを決めた」とはアマゾンの広告です。本国では賞を受賞し、2018年邦訳。

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2, 以上、ご自身の体験やアメリカの黒人問題への関心などを伺い、大いに勉強になりました。

(1) それにしても根深い問題です。

タイム誌は、新型コロナウィルスの拡がりと警官による黒人殺害事件の根っこにあるのはともに「人種差別」という共通の問題だと指摘します。

(2) しかしコロナについて言えば、差別は黒人だけではない。

同誌は、「私は黙っていない」という10人のアジア系アメリカ人がニューヨークで差別にあった体験談を長い記事にしています。「阪口はるか」さんという写真家の日系アメリカ人が1人、あとは中国系・韓国系のアメリカ人で、被害者は若い男女、加害者は中年以上の白人の男性です。

コロナがらみで、罵倒されたり、脅かされたり、トイレでつばを吐かれたり、殴られたり、嫌がらせにあったりという体験です。

(2) 他方で、英米のメディアはミズーリ州セントルイスの抗議デモに銃を向ける夫婦のヴィデオを公開して話題になっています。

https://www.bbc.com/news/av/world-us-canada-53226495/couple-stands-in-front-yard-to-point-guns-at-protesters

大邸宅の前の私道をデモ隊が入ったことに怒った夫婦が、夫はライフルを、妻はピストルを持って威嚇している姿です。

 デモ隊にも行き過ぎた行動があったでしょうが、さすがにやり過ぎだという夫婦への批判も多いようです。それにしても、普通の市民(傷害専門の弁護士だそうです)が当たり前のように銃を振りかざすアメリカ社会にはあらためて驚きます。

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3.こういう事態になる理由に、再選を目指す現職のトランプ大統領が、宥和と連帯を訴えるどころか、むしろ分断をあおるような発言を繰り返していることがある。(前回紹介した、52年前のロバート・ケネディの呼びかけといかに異なるか!)。

彼にとっては岩盤支持者を大事にという戦略でしょうが、さすがに共和党の一部からも批判が出ています。

今回は、最後に「リンカーン・プロジェクト」について報告します。共和党の中から公然とトランプに反対し、民主党ジョー・バイデン支持の運動を始めました。

(1)「リンカーン・プロジェクト」は、スーパーPACと言われる特別政治資金管理団体として昨年末に設立された。企業や個人から寄付を集めて、それを反トランプの選挙運動に使うというもの。

https://lincolnproject.us/

(2)話題になったのは、設立者が元ブッシュ大統領や大統領候補になったマケイン、ロムニーなどの選挙参謀やアドバイザーだった人たちだということ。

リンカーン当時の本来の党に戻そう」という理念で「2020年にトランプとトランピズムを打ち負かす」をスローガンに「この11月は、アメリカかトランプかの選択だ」と訴え、ソーシャルメディアを駆使した運動を行う。共和党内部の造反ともいえ、異例の動きです。

(3)例えば、1984レーガン大統領が選挙運動に使ったスローガン「Morning in America(アメリカに朝が来る)」をもじって」「Mourning in America(アメリカは喪中だ)」と題した1分のツィッターを流す。主なターゲットは長年共和党を支持する白人男性であり、「今回限りは民主党候補を応援しよう」とするもの。

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(4)アメリカのメディアNBCが7月7日付の記事でこの最新の動きを伝えています。

――当初はさほど注目されなかった。しかしコロナ感染や人種差別抗議デモの拡がりの中でのトランプの言動に呆れ、反発し、その結果寄付が急激に増えている。

従って「プロジェクト」の、ソーシャル・メディアによる反トランプの活動も勢いを増している。「資金収入が増えてきたのは彼のお陰だよ。我々の政権だったら、彼を(論功行賞で)スロベニアあたりの大使に任命したいぐらいだ」とジョークを飛ばす責任者もいる(スロベニアはメラニア夫人の母国)。

(5) もちろん、このような共和党内部の内輪もめに批判的な意見もある。何が起ころうとトランプの岩盤支持者は変わらないだろうから、「プロジェクト」の影響力は小さい、と冷ややかに見る向きもある。

しかし、これから11月に向けて、ひょっとしたら「台風の眼」になるかもしれない、とNBCは今後も彼らの動きを注視していくようです。

「制度的な人種差別(systemic racism)」―1968年と2020年。

1. 5月末に起きたミネアポリスでの黒人死亡事件は、アメリカ全土のデモに始まり、世界的な人種差別への抗議に発展しました。

米タイム誌は2週続けて特集記事を組み、英国エコノミスト誌も連続して取り上げました。エコノミストの「抗議の力とジョージ・フロイドの遺産」と題する論説は、

(1)抗議のデモがアメリカ全土150の都市に拡がり、1968年のキング牧師暗殺事件以来の規模となった、

(2)抗議は世界大に拡がり、自国の忌まわしい「制度的な人種差別」の歴史を見直し、修正しようとする動きが欧州その他でもみられた、

(3)その殆どが1968年と異なり、平和裡に行われた、

と述べて、この動きが未来への改革の入り口であってほしいと期待を表明しています。

他方でタイム誌は、「遅すぎた気付き(Overdue awakening)」と題して、奴隷制廃止後も、公民権法制定後も「差別」が続いているアメリカの現状への怒りと悲しみが中心になっています。

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2.エコノミスト誌の上記論説は、以下のように始まります。

―――「その年」のアメリカで、10万人がウィルスで死亡した。

宇宙船の打ち上げが、アメリカの科学技術を輝かせた。

全土で、人種差別の「不正義」に抗議する大規模なデモが起きた。

そして、11月には有権者は、一方で「法と秩序」を訴える共和党候補者と、他方で魅力に欠ける民主党候補者の、どちらかを選ばねばならない。―――

そして、こう続けます。――「その年」とは1968年であり、2020年である。

ただし、1968年には、ウィルスはインフルエンザだったし、宇宙船はアポロ7号だった。候補者はトランプとバイデンではなく、ニクソンと、現職副大統領のハンフリーだった。

しかし、「不正義」だけは52年前も今も変わらず、深刻な事態を招いている。

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3.この文章を読んで、以下は老人の思い出話です。

(1)私事ながら、私が初めてアメリカに暮らしたのは、1966年末から69年までです。最初は、テキサス州のダラスで暮らし、そのあとニューヨークに移りました。

(2)ダラスは、1963年に当時のケネディ大統領(JFK)が暗殺された場所で知られるようになりましたが、石油で栄えた富裕層の多い街です。

陽気で親切な白人が多く、「サザン・ホスピタリティ(南部のおもてなしの心)」で知られますが、貧富の差は激しく、とくに黒人は「見えない存在」でした。

 アメリカでは1964年、JFKの意志を継いだジョンソン大統領時に公民権法が成立しましたが、私が住んだ頃も人種差別は厳しく残っていました。

 黒人はお断りというレストランが目につき(店の前に「お客を断る権利があります」という看板があって、「黒人お断りの意味だ」と教えてくれました)、郊外の住宅地とダウンタウンを往復するバスは、白人と黒人の席が分かれており、黒人は後ろ。「君は前に座っていいんだよ」とわざわざ言われたものでした。

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4.そんな南部から1967年ニューヨークに移動すると、黒人の存在ははるかに大きく目立ちました。翌1968年はなかでも印象に残る年でした。ニューヨークは荒れた雰囲気で、ベトナム戦争に関するニュースが新聞に報じられない日はなかった。

 1月末には北ベトナム軍とベトコンによる大攻勢が始まった。

3月には、ベトナム戦でのアメリカ兵士の死傷者は19万人を越え、コロンビア大学を始め各地で反戦デモが頻発し、徴兵忌避の動きもあった。

4月には、テネシー州メンフィスでキング牧師が暗殺された。これを機に、アトランタデトロイトなど各地で暴動が起こり、一部では軍が出動し、戒厳令が敷かれ、多数の死者が出た。

 6月には、JFKの弟ローバート・ケネディ(RK)がロサンゼルスのホテルで射殺された。

ニューヨーク・タイムズは「アメリカは病んでいる」と社説で叫んだ・・・。

 RKの射殺は、カルフォルニア予備選直後のパーティ会場で、放映していたTVカメラの目の前で起きた。

彼は現職ジョンソンの次期不出馬声明を受けて、ベトナム戦争の即時停止を訴えて大統領選への出馬を表明。大票田である加州の予備選で勝利が確定し、民主党候補をほぼ確実にしたその夜、殺されたのである。ホテルの一室に待ちかまえる支持者に向かって勝利宣言をし、Vサインを上げて壇上を離れた直後だった。

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5. ロバート・ケネディキング牧師とは、生前親しい友人でした。

キング牧師は、4月3日、テネシー州メンフィスで演説。「私には約束された国が見える。私自身は皆さんとともに到着することは出来ないかもしれないが・・・・」。

 そう語った翌日、暗殺される。同日RKはインディアナ州インディアナポリスの黒人スラム街で選挙演説が予定されていた。危険だからと周りが中止を進言したが、聞き入れずに強行し、「とても悲しい知らせがあります。皆さん、全国民のみならず、平和を愛する世界中の人々にとってです」と切り出し、選挙演説はいっさい無く、自分の言葉で心をこめて語りかけた。

 記念碑によると、「キング牧師の意志を継ごうと語り、分裂・憎しみ・暴力ではなく、愛と知恵、思いやり、そして正義を訴えた」。(You tube(日本語字幕付き)で彼の肉声を聞くことができます)。

https://www.youtube.com/watch?v=ZkHgyAJpltI

その夜、キング牧師暗殺の報道が全米に流れると,110の都市で暴動が起き、39人死亡、2500人が重軽傷。「しかしRKの演説のお陰で、インディアポリスだけは静かだった」。

 キング牧師の遺体は、故郷アトランタに運ばれ、親友の黒人市民運動家ジョン・ルイス(現民主党下院議員)は、駆け付けたRKとエセル夫人を午前1時、葬儀の前に教会に案内した。遺体の前でルイスは、「しかし、私たちにはまだロバート・ケネディがいるじゃないか」と必死に自分に言い聞かせた。

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6. しかし、そうはならなかった。6月4日銃弾に倒れたRKは2日後に亡くなった。妊娠中のエセル夫人は26時間最後まで、病院のベッドを離れることがなかった。

実は20代の私はこのとき、ニューヨークの自宅アパートの居間に座ってテレビの実況を見ていたのです。それは何とも衝撃的な瞬間でした。

詮無いことですが、彼があのとき生きていたらと、52年経ったいまも思いました。

ニクソンは、民主党候補に選ばれたハンフリーに勝ちましたが、大接戦でした。ロバート・ケネディなら勝利して、彼が大統領になったことでしょう。

そうしたら、この「差別と分断」のアメリカ社会は相当変わっていたのではないか。

 人間の歴史は、果たされなかった夢の、限りない悲しい物語のように思われます。

米タイム誌「コロナ対応ベストの国は?」(イアン・ブレマー)

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1.まだ「ステイ・ホーム」中の先週に、パソコン詐欺にやられかけました。

(1)たまたまロンドンから「フォーブス・ジャパン」に寄稿した記事を読んでくれというメールが来て、サイトを開けていろいろ操作しているうちに、突然警報が鳴り、ブロック画面が出てPCが動かなくなりました。(メールにも「フォーブス・ジャパン」のサイトにも罪はなく、理由は分かりません)。

(2) 画面にはマイクロサイトの名前で、「不審な操作があったのでブロックした。すぐに連絡しろ」という表示が出ます。

 当方は不審な操作は一切やっていない、それなのにPCが突然動かなくなる状況は、焦ります。そこで、言われるまま「マイクロソフトのサービスセンター」と書いてある番号に電話したところ、片言の日本語であれこれ指示してきました。

(3) 途中まで指示通りに動かしてから、在宅勤務中の長女の亭主に連絡、「詐欺だ。間違いない」と言われて、電話を切りました。

(4) 彼がその日の夜駆けつけてくれて、悪玉ソフトらしきものを除去してくれました。持つべき者は「娘婿」。その後は問題なく動いています。

(5) マイクロソフトの名前を騙り、しかし全くの「詐欺」でした。彼に言われたのは、「~に電話しろ」とあったら、まずその電話番号をスマホででも検索してみることだそうです。

確かに、検索すると「この番号は詐欺です」というサイトが出てきます。「料理のレシピを見ているうちに突然、アラート画面が出て動かなくなった。電話したけど、怪しいので途中で切った」という、似たような経験談も載っていました。

(6)それにしても世の中、悪い奴がいるものです。皆様におかれては私ほど愚かではないと思いますが、十分にお気を付けください。

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2. 話変わって、米国タイム誌最新号6月22~29日号です。

同誌には、イアン・ブレマーが「どこの国がベストのコロナ対応をしたか?(Which countries have handled Covid-19 best?)」と題する寄稿をしており、以下はその紹介です。

(1) イアン・ブレマーは政治学者で、邦訳された著書も何冊もあります。たまたま6月25日の東京新聞NY支局が取材した記事「「Gゼロ」協調なき世界へ」を載せました。

コンサルティング会社の代表でもあり、同氏は、この会社による世界のコロナ対応の分析をもとに、「ベストの国10か国」を紹介しました。

あくまで現時点での評価であり、今後起こり得る第二波、第三波は想定外です。

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(2) 「ベスト」と評価されたのは以下の10か国です。カッコ内は人口百万人当たりの最新の死者数です(ちなみに、日本は8人)。

・アジア・オセアニア(5か国)――韓国(6人)、台湾(0.3)、シンガポール(4)、オーストラリア(4) 、ニュージーランド(4)

アメリカ大陸(2か国)――カナダ(225)、アルゼンチン(25)

・欧州(2か国)――アイスランド(29)、ギリシャ(18)

・中近東(1か国)――UAEアラブ首長国連邦, 31)

(3)以上の10か国には、他の調査でも高い評価を受けている「定番」の国が多い。

(4)その中で珍しいのは、ギリシャ、アルゼンチン、UAEの三か国でしょうか。

何れも、経済は苦境にある(UAEは石油価格下落、ギリシャは長年の経済危機、アルゼンチンは9度目のデフォルト(国家債務の不履行)を起こしたばかり)。

にも拘わらず、専門家、政治家(党派を超え、中央・地方が連携した)、市民の三者が結束した対応で当面抑え込んでいる、と高く評価しています。経済への危機意識を国民が共有していることが、コロナ対応に良い結果をもたらしているのでしょうか。

 

(5)このような,国全体の一致・結束した連携プレー、市民の専門家と政治家への信頼の高さ、情報の透明性、の3点が評価の基本になっているようで、上の3国に限らず、全ての10か国に言えることです。

またNZのように首相のリーダーシップ、市民に耳を傾け、自分の声で語りかけ、「誰もが住む家を失うことはない」と約束する決意や、「実質的な意味は小さいが」としつつも全閣僚が20%の給与カットした姿勢などを評価しています。

 

(6) 10か国のうち、人口5百万以下の小国が3つ(残り7か国の人口はほぼ1千万から5千万)、隣国と海で隔てられた国が4つ、そして女性が首相の国が3つです。

(7) そしてこの10か国の中で、イアン・ブレマー氏がもっとも高く評価する「ベスト中のベスト(あくまで現時点での)」は、台湾です。

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3. ということで最後に、台湾について補足します。

(1)イアン・ブレマーは、「台湾は中国の隣に位置するという、理想的とはとても言えない環境(かつWTOへの加盟を認められない不利な立場)にありながら、真に称賛すべき対応をしている。世界ナンバーワンである」と総括します。

(2)そして具体的には、以下の諸点を指摘しています。

・迅速に海外からの入国を止めた水際対策、

・完全なロックダウンや経済活動の封鎖ではなく、IT技術も駆使して、感染者を特定し、自宅隔離をし、感染経路を突き止めることを最重点にした、

・責任者の一元化、連携プレーや専門家の役割を重視し、連日国民に語り掛け、ビジネスセクターとも情報を共有し、一体感を強めた、

 

(3) なお、NHKETV特集が6月25日「パンデミックが変える世界」で,「第一波の封じこみに成功した台湾」を同じように取り上げています。道傳愛子さんの、前副総統でコロナ対策責任者だった陳建仁氏(ジョン・ホプキンズ大学博士)へのインタビューが中心です。

(4)インタビューの中で、陳氏から「民主主義を守りつつ、封じ込める」という言葉が何度も出ました。ドイツのメルケル首相が国民に呼びかけた15分弱のTVスピーチで、「民主主義」を4回使ったことを思い出しました。

また、「感染症対策を通して共感と感謝を学ぶ大切さ。知恵(wisdom)と共感(empathy)を両立させることがもっとも大切」といった印象に残る言葉を多く聞きました。第二波への十分な警戒と懸念・課題にも触れました。

(5)民主主義を守る姿勢がこの国に根付いていることを痛感しました。中国がいかに「1つの中国」を叫ぼうと、台湾に根付いている「民主主義」を破壊することは容易ではないのではないか、中国の方こそ台湾に学んで民主化に向けた努力をしていくべきではないか、と強く感じた次第です。

 

(6)面白いと思ったのは、「(市民に)正確な情報を、ユーモアをもって語る」と言っていたことです。そういえば、NZのアーダーン首相の語りからも時に「ユーモア」を感じることがあります。日本の政治家の言葉には、「民主主義」も聞きませんが、ユーモアもありませんね。

「女性のいる民主主義社会」に向けて

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1.前回紹介した『女性のいない民主主義』(前田健太郎、岩波新書)に、いろいろコメントを頂きました。

(1)Masuiさん――「他国に比べ、日本で残されている資源として最も期待できるのは女性の活躍だと信じる。その点で未来は明るい。そのためには、現役時代に女性の教育や制度を見直した経験から、男性の再教育が鍵と考える。」

(2)中島さん――「女性が活躍できていないのは、政治家や霞が関官僚の働き方が女性にとって魅力がないという面も大きいと思う」。

(3)実際の経験に根差した、以上2つのコメントから見えてくるのは、企業では進む可能性があるが、政治や国家行政はなかなか難しいという印象です。それだけ、政治の世界は、本書が言う「ジェンダー規範が強い」ということでしょうか。。

(4)他方で、長年、京都の女性会と関わり政治家とも繋がりを持った岡村さんは、「ある女性政治家が夜の会合を終えて、夫のためにおかずを買って帰る姿を見て、夫はやはり「内助の功」を求めているのだなあと感じたと書いています。

 政治で働く女性といえども、家庭に夫がいれば、夕食の用意は自分の役目になっている・・・高齢者の家庭ではまだこれが普通でしょうか。

(5)地方政治家としていまも頑張っている田中さんからは、22年の経験をふまえたコメントを頂きました。

――・テレワークが進み、学校や福祉施設も開いていないときに、子育てや家事労働など負担のしわ寄せが来るのはやはり女性。

・少なくとも政治の世界に入ろうとする女性は増えないと思う。男性にとって、しなやかで強い女性の台頭は脅威。だから増えないのです。

・22年前に初めて議員になったときと環境はほぼ変わっていない。議会そのものがとても封建的・・・・――

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 いまに至るも、「封建的」と感じさせる風土が日本の政治にはあるのでしょうね。

 生涯、全く政治の世界とは無縁だった私には分かりませんが、前田准教授が本書の冒頭の「はじめに」でこう書いているのを思い出しました。

――「日本列島に暮らす多くの人にとって、政治とは永田町にある国会議事堂で起きている出来事を指すのではないだろうか。

 試みにこの建物の内部の光景を思い浮かべてみよう。そこでは、首相が演説していることもあれば、野党の議員が大臣の不手際を追求していることもあるだろう。大臣が答弁に窮した時には、後ろに控えている官僚が、そっと何かを耳打ちしている場面もあるかもしれない。

 ここで、少し思い起してみてほしい。今、頭に浮かんだ風景の中に、女性は何人いただろうか。おそらく、登場人物のほぼ全員が、スーツ姿の男性だったのではないだろうか。

 このイメージこそ、日本の政治の特徴を端的に表している。日本では、政治家や高級官僚のほとんどを男性が占めており、女性で権力者と呼ばれるような人はほとんどいない。これは実に不思議なことではないだろうか。―――

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3.田中さんは、おそらくこういう環境の中で、市会議長としての長年の政治活動などを、殆どの男性議員の眼にさらされながら続けてこられたのでしょう。

 そして、「ロール・モデル」としての立場を意識しながら頑張って来た、いまも頑張っているのだろうと思います。

 私が京都府宇治市にある唯一の大学に勤務していたころ、種々の委員会や街づくりの活動などでよくご一緒しました。

 威張らない、庶民的で気さく、生活の目線で語る・・・といったスタイルが魅力的でした。

 もちろん全ての女性がそうだとは思いません。女性政治家の中にも「威張っている」人も「男性以上に権威主義的」な人もいるでしょう。女性だから全て平和主義者とも言えないでしょう。男性以上に「タカ派」もいることでしょう。

 しかし、田中さんのような「女性」政治家であれば、大いに増えてほしいと願っています。

 「既得権」を守ろうとする高齢男性や世襲議員からの圧力や既得権益と「封建的」なシステムのなかで、「しなやかに・争わず・しかし強く」活動してほしい。そのためにも、時に憤慨したり、愚痴をこぼしたりできる「仲間」を増やしていってほしいです。

 

(因みに、「先生」と呼ばないと怒る議員諸兄姉も多いかもしれませんが、私が長年京都で関わってきた団体の唯一の「決まり」は老いも若きも・男も女も・肩書無視、全員「さん」づけを徹底していましたので、いまも「田中さん」と呼ぶこと、お許しください)

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4.『女性のいない民主主義』について最後にもう少し補足すると、前田准教授は本書で、従来の政治学では「代表」という概念があまり取り上げられなかったという反省から、民主主義を考えていきます。

 

(1)「政治家が、自分の支持者を代表している」というとき、1つは「有権者の間の意見の分布が、国会議員の間の意見の分布と重なっているかどうか」が民主的かどうかの重要な基準になる。

(2)そしてもう1つ、「その政治家が、自らの支持者の社会的な属性と同じ属性を持っている」という意味での代表の概念がある。

代表制の確保された議会とは、議会の構成が、階級、ジェンダー、民族、年齢などの要素に照らして、社会の人口構成がきちんと反映されている議会である。したがって、ジェンダーの視点から見て、「代表者の男女比が均等に近いほど、その政治体制は民主的であると考えられる」と著者は指摘します。

 

(3)この2つの「代表」が確保されることは、民主的な政治において決定的に重要であるが、今の日本のように「小選挙区」が主体の選挙制度では、(1)が十分に果たされていない。それだけに(2)の重要性は一層高まる。

(4) 田中さんの、「コロナ禍で子育てや家事労働など負担のしわ寄せが来るのはやはり女性」という嘆きには、社会的な構造問題も大きいでしょう。しかし、政治の世界で、女性の代表者が増えれば、こういった課題がもっと「争点化」されて、取り組みも進むのではないでしょうか。

(5)前田氏は、例えば「日本の福祉政策が男性稼ぎ主モデル」に立っている現状を批判したうえで、「女性のリーダーシップが発揮されることが、男女平等に向けた政策変化への道を開くことになるだろう」と言います。

 環境や平和についても、同じことが言えるのではないでしょうか。

『女性のいない民主主義』(前田健太郎、岩波新書)を読む

1.私たち老夫婦は、東京では相変わらず「stay home」ですが、短期間、長野県蓼科の古い田舎家には行ってきました。

 自宅だからそろそろ許されるかなと車で移動して、畑をいじったり本を読んだり静かに過ごしました。散歩で鹿にも会いましたが、例年以上に人を恐れず悠々と歩いていました。田植えが終わり、こなしや藤の花も咲き、新緑がみごとでした。

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2.ということで山奥で読み返した本を紹介します。

『女性のいない民主主義』(前田健太郎、岩波新書、2019年9月)。刊行直後から話題になりました。

 このところ、このブログで、タイム誌選出の「100年の100人の女性」の記事やNZの女性首相・ドイツのメルケルさんなどを紹介してきました。「日本でも女性にもっと活躍してほしい」という岡村さんのコメントにも共感し、紹介しました。

(1) 著者は1980年生まれの気鋭の政治学者、東大准教授。

 本書は、「いままでの政治学は「男性の政治学」に過ぎなかったのではないか」という反省に立って、「政治」「民主主義」「政策」「政治家」の4つのテーマを「ジェンダーの視点」で見直し、日本の政治状況が「男性優位」の構造になっている現状、その理由や問題点を鋭く指摘します。

➜「日本では男性の手に圧倒的に政治権力が集中している。このような国は、他にあまり見かけない。日本の民主主義は、いわば「女性のいない民主主義」である」。

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(2) ここで「ジェンダー」とは、「人間の生物学的な性別とは区別された社会的な性質、単純化すれば「男らしさ」「女らしさ」を意味する」。

「男は仕事、女は家庭」というのもジェンダー規範であり、政治に使われると「女性は政治に向かない」という偏見になる(ドイツやNZの例にも拘わらず)。

ジェンダーの視点」をあらゆる政治現象に取り入れることで、「世界の見方が違ってくる。どのような政治現象を見ても、「では、女性はどこにいて、何をしているのだろうか」「あの政治家が行った選択は、その人が男性だったことと関係があるのだろうか」などと問いかける習慣が身についてくる」。

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3.このような観点に立って、著者はまずは「政治」を定義することから始めます。

(1)「政治とは、公共の利益を目的とする活動である」

(2)「政治の基礎は、政治共同体の構成員による話合いである。公共の利益は、多様な視点を持つ人々によるコミュニケーションを通じて明らかになる」。

(3)「政治とは、権力を握る人々が、それ以外の人々に自らの意思を強制する行動である」・・・・と定義した上で、

いまの日本で果たして「男性と女性とが平等に話合う政治が行われているか?男性の手に政治権力が集中しているのではないか?結果として、女性が重要と考える争点や課題が国の政策として反映されにくいのではないか?」と問いかけます。

 

(4) その前提として、政治において大切な「話合い」における男性の言動を以下3つあげます。

・一方的な発言―男性の発言する時間は長くなり、女性は短くなる。

・発言の遮断―女性の発言が封じられる。

・発言の横取りー女性が何か言っても、自分の意見として認められないことがある。

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4「(このような)、男性が一方的に意見を言う状況は、常に生じるわけではない」。

(1) 女性が発言しやすい条件が整う場合もある。

 とくに男女比は重要な鍵を握る。組織の構成員の男女比が均等であれば、その組織が男性を優遇するわけではないというシグナルが伝わり、女性も男性と対等に議論に参加できるようになる。

 ここで著者は、「クリティカル・マス」理論を紹介し、この理論によれば「女性議員の数が一定の水準、例えば30%程度に到達して初めて、女性議員は本来の力を発揮することができるようになり、男性議員と対等に意見が言えるようになる」と言います(日本の衆議院議員の女性比率は、現状約10%)。

 

(2) 女性が発言しやすい条件を整えるには、女性の構成員を増やすことが大事で、そうなれば女性が重要と考える課題が「政治」の世界でまともに取り上げられるようになる。男女の意見が平等に反映される体制という意味での民主主義がもたらされる。

 

(3) こう説明した上で、諸外国では、選挙における候補者や議席を男性と女性とに一定の比率で割り当てるクオータ制が用いられている事例を具体的に紹介します。

 このような「議会における男女比の隔たりを是正する制度は、政治における男女の不平等の背後にあるジェンダー規範(女性は政治に向いていないという偏見)をも変化させる可能性を持っている」。

(4) 制度導入とともに重要なのは、やはり私たち有権者自身のジェンダー規範を見直すことです。「ジェンダー規範を内面化した有権者は、その候補者が男性であるというだけで、男性の候補者に投票する。女性候補者は、女性らしい振る舞いをすれば政治的な能力に欠けると言われ、政治家としてのリーダーシップを発揮しようとすれば、女性らしさに欠けると批判される」。

 

(5) さらに大事なのは、立候補者を増やすことだと、著者は言います。例えば、直近の2017年の総選挙でも、立候補した1180人のうち女性の候補者は209人にすぎない。女性が立候補しにくい社会環境に加えてここにもジェンダー規範が働いている。「女性が選挙に立候補しないことこそが、日本で女性議員が少ない決定的な原因なのである」。

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 5.以上は、本書の中身をほんの一部を紹介したに過ぎません。

(1)しかし、女性議員の少ない現状では、女性の意見が政治に反映されにくく、真の民主主主義ではない。その理由として、男性高齢者を中心とするジェンダー規範が強く働いているという指摘は重要だと思います。

(2)日本の政治については、利権や地盤や世襲の問題などどろどろした側面があるのでしょう。著者の言うきれいごとだけでは解決できない、という批判もありそうです。

しかし、他の諸外国で実現できて、日本でできないことはないのではないか。私たちの「ジェンダー規範」を少し変えていけば、未来は変わるのではないか・・・・と思わせる良書です。

(3)そもそも、男性の政治学者による、従来の政治学の反省に立った分析はまことに貴重だと思います。私のような素人でも読みながら、「女性と真面目に政治を話し合い、女性の視点から教えてもらおうとしたことがあるだろうか?」と自己反省する気持ちになりました。

 

ミネアポリスでの黒人男性死亡事件とタイム誌

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1.前回、アメリ最高裁の女性判事の話をしたところ、岡村さんが若い時に訪れた中米コスタリカのことを書いてくれました。

 1ヶ月の長い滞在でこの国に好感情を抱いたようです。2017年3月、国連が核兵器禁止条約を採択したときにコスタリカが議長国として取り仕切ったこと、日本は会議に欠席し、席には「あなたにここに居てほしかった」と書かれた折り鶴が置かれたことにも触れています。

平和憲法を有するコスタリカは「イラク戦争の時には有志連合に加わったが、大学生が憲法違反だと訴えて裁判所はこれを認め、彼の全面勝利となり、参加を断念した」。日本ではありえないでしょうが、こんなことが可能になる国なのですね。

「小国が唯一世界にリーダーシップを発揮できるのは、モラルにおいてなのです」というニュージーランドのアーダーン首相の言葉を思い出しました。

f:id:ksen:20200603104407j:plain2.他方で世界一の大国アメリカはと言うと、「モラル」にはほど遠い現状です。

「5月25日、ミネソタ州ミネアポリスで黒人男性が白人警官にひざで首を組み敷かれた末に死亡する事件」やその後のデモの様子は、日本でも大きく報道されました。

 あらためて痛感するのは、黒人が射殺される事件がアメリカであまりにも多発することですが、最新号のタイム誌6月8日号が、「理性を欠いた恐怖によって起こされた二重の不正義」と題する記事を載せています。

記事が指摘するのは、事件に共通するのは、

(1)「些細な不正行為や疑わしい態度」が、殺害という「理性を欠いた恐怖(unreasonable fear)にかられた行動」を正当化する理由として使われること。

(2) 事件発生後も、自分自身は同じ行動を取らないまでも、加害者がそのような「恐怖」を抱いたことを理解し、許そうとする国民感情が少なからず存在すること。

の2つです。

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3.同誌は、数多くの同様の事件から、以下の3つを取り上げています。

(1) 「アメリカ史上最大の悲劇の1つ」と同誌が呼ぶ、2012年のトレイボーン・マーティン少年が殺害された事件。

 フロリダで無防備の少年が夜に住宅地を歩いていて、警備員に尋問されて争いになり、射殺された。翌年、州法に基づく裁判で、陪審は彼を正当防衛で無罪とし、これに怒った抗議デモが全国で起きた。

 この時は、当時のオバマ大統領が記者会見で「心情を吐露した」と話題になりました。

「黒人の若い男性であれば、いままでに以下のような経験を何度もしているだろう。

・デパートで、店の警備員から後を付けられたこと

・路上を歩いていたら、路肩に停めた車内に居た人が車をロックする「カチッ」という音を聞いたこと

・エレベーターに2人だけ乗り合わせたとき、同乗の女性がその間ずっとハンドバッグを握りしめていたこと。

そして私も、少年時代、何度も同じような経験をしている・・・・」と語りました。

(2)2017年には、ミネソタ州で後部ライトが壊れた車を停めさせて尋問中の警察官が、黒人を射殺。自分は許可を受けて銃を携帯していると警官に告げた。その上で、免許証を取ろうと手を伸ばしたところで、7発も撃たれた。この事件も裁判で無罪になった。

(3) 今年の2月には、ジョージア州で、ジョギング中の無防備の黒人男性が,もと警官とその息子の2人に射殺されたばかり。しかも2か月も逮捕されず、その後映像が出てきて起訴されて、目下審議中。被告は、ジョギング中の彼が立ちどまって建築中の家屋を眺めていたので「侵入するのではないか」と疑ったと供述している。

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(4)という具合に、殺害の動機が「些細な理由から生じた恐怖」によるものであり、しかもほとんどの裁判で陪審が無罪にする、という事実です。

 今回の事件も、殺害された黒人は無防備であり、スーパーで偽札を使ったのではないかという容疑で尋問中の出来事であり、正当防衛とはとても言えないと思います。しかし警官は「殺意はなかった」と主張するでしょうから、裁判で陪審がどう判断するか?

 (3)のジョージアの事件と同じく、どのような判決が出るかが気になります。事件発生直後のデモだけではなく、判決次第でまた再燃する可能性も十分ありえます。

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4.タイム誌の記事は、このような,黒人に対する潜在的な「理性を欠いた恐怖」とそれを「理解し・共感する」感情が一部のアメリカ人に存在するという「二重の不正義」を強く批判しています。しかし、どうしたらなくせるかについては、触れていません。

 なぜ、黒人に対してだけこのような「不正義」が存在するのか?

 ここには、普通の「人種差別」以上に根深い、奴隷制度にルーツを持つアメリカ社会の2つの「闇」があるのではないでしょうか?

1つはかって奴隷制度を持った国民としての「罪」の意識が、いまだに黒人に対する潜在的な「恐怖」につながるのではないかということ。

 もう1つは英国19世紀の小説家チャールズ・ディケンズが指摘した「残忍さ」です。

(1)1842年に、まだ20代のディケンズは妻と半年におよぶアメリカ訪問をした。

(2)当時アメリカでも彼の小説は大人気で、国を挙げての大歓迎を受けた。しかし彼は、この国に良い印象を持たなかった。最大の理由がまだ存続していた奴隷制度である。

帰国後書いた『アメリカ紀行』のまるまる1章を割いて、厳しく糾弾する。彼ら「所有者」が黒人奴隷をいかに残酷に扱うかを詳しく述べた上で、「このような悪の中で育った人間は、自分の怒りに火がつくとすぐに残忍な野蛮人になりさがる」と指摘する。

 180年経ったいまもこの国のどこかに、誰かに、ディケンズの指摘する「残忍さ」が遺伝子として伝わっているかもしれない、今回の事件でそんなことを感じました。

 アメリカ人に対するいささか厳しい見方かもしれません。若者や女性にはそういう意識はほとんど存在しないと思うし、今回の平和的なデモが新しい変化への一歩になることを期待したいです。

 そして、国会議員の中で、たった1人日米開戦に反対したジャネット・ランキンのような存在に期待しています。コスタリカも、過去に女性の大統領が選ばれています。アメリカはいつになるでしょうか?

 日本は奴隷制の歴史もなく、このような「負のDNA」は組み込まれていないと信じる者ですが、ヘイトスピーチの動きなどを知ると、潜在的な「罪の意識」がどこかに存在しているのではないかと考えたりします。

 

タイム誌「100年100人の女性」と2人のアメリカ最高裁判事

1.前回のブログで、朝の散歩で通る家に咲き誇る薔薇の花の写真を2枚載せたところ、友人が「気に入った」と漢詩を送ってくれました。

「紅白薔薇(そうび)花影新(あらた)なり」で始まり、

「杖を停め陶然とする一散人」で終わる七言絶句です。

 散人は「役に立たない人」の意味だと教えてくれました。最近ステッキをついての散歩が多いので、まさに自身の朝の光景だと思いました。

 苦労している人たちのことを思うと申し訳ないですが、私のような「散人」は「解除」になっても張り切ることなく、散歩以外は「stay home」を続けてせめて人に迷惑を掛けないようにしようと考えています。

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2.ということで、今回も、2か月前の「タイム誌」を眺めながら、しつこく「100年の100人の女性」の続きです。

(1)「女性の選出」だと、男性中心の「今年の人」よりも「社会活動家」が増え、人種や分野が多様化する、と前回書きました。

(2)「多様化」の例として、100人の中にアメリカ連邦最高裁の判事が2人選ばれており、今回はその紹介です。

 女性として初めての最高裁判事のサンドラ・デイ・オコーナー、2人目のルース・ベーダー・ギンズバーグ(RBG)です。

(3)アメリカの最高裁については、このブログで度々取り上げています。人種差別、妊娠中絶、銃規制、同性婚、言論・表現の自由、政府の施策(例えばオバマケアは2012年、5対4の僅差で合憲となった)などの重大な憲法判断がなされるため、判事が保守かリベラルかの構成によって、判決が大きく影響されます。

 アメリカ社会で彼らがいかに大きな役割を果たすか、彼らの任命や司法判断がいかに大きくメディアで取り上げられるか、日本といかに違うかを痛感します。日本で、最高裁判事の名前を言える人がいるでしょうか?重要な憲法判断があったでしょうか?

(4)因みに、いま9人の判事は、保守5人、リベラル4人の構成です。黒人(男性)1人、女性はギンズバーグクリントン大統領指名)、ソトマイヨール(オバマ指名)、ケイガン(同)で、この女性3人が何れもリベラルです。

 過去50年近く、リベラルが優勢でしたが、ここに来てトランプが判事指名のチャンスを得て保守2人を選び、逆転しました。

f:id:ksen:20200529114645j:plain3.まずは、「100年100人の女性」の中の2人の最高裁判事のうち、オコーナー判事についてです。

(1) 彼女はすでに退任しましたが、1981年レーガン大統領が指名しました。当初、保守派と見られていたが、就任後は「中道」で、しばしば最後の1票を決めるキャスティング・ボートを握る存在として注目されました。

(2)アメリカでは、妊娠中絶の禁止を定める州法が憲法に照らして合憲か違憲かが大問題で、長年にわたって社会を分断し、その激しい争い(殺人事件まで幾つも起きた)はいまも続いています。

 1970年代のリベラル優勢な最高裁で、「ロー対ウェイド」事件で初めて違憲とされて、妊娠中絶が認められました。

 これを覆すのが保守派の悲願で、オコーナー判事はその役割を期待され、彼女自身就任前は中絶反対の意見だったが、最高裁入り後は熟慮の末賛成に転じました。

(3) 他方で、2000年の、アメリカ大統領が史上初めて最高裁によって選ばれるという「ブッシュ対ゴア」事件では、彼女の賛成で5対4で保守派が多数意見となりました。

 この判決をゴアも「同意できないが、決定には従う」として受け入れ、結果的にブッシュの勝利が決まりました(注:大統領候補といえども、不服でも最高裁の決定に従う。このあたりは「法の支配」が徹底していて、立派なところです)。

 この判決には「司法が介入すべき問題か」という批判が、保守的な憲法学者からもでましたが、結果的にオコーナー判事が重要な役割を演じました。タイム誌は、その彼女を判決の年2000年の「今年の女性」に選びました。

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(4)因みに、このように時に右にも左にも行くオコーナー判事が、終始リベラルとともに守ってきたのが妊娠中絶を認める立場ですが、それがいま新たな訴訟事件として、保守派が優勢となった最高裁に上がっています。

 保守派多数の最高裁が長年の悲願である「ロー対ウェイド事件」を覆して、中絶を禁止する州法を合憲とする判決を出すか?これはアメリカ社会の大問題で、大きな注目を集めています。初夏にも判決が出ると予想されています。

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4.最後に、もう一人のルース・ベーダー・ギンズバーグ判事(RBG)です。

(1) 彼女は、1993年就任し、史上2人目の女性、初のユダヤ人の判事。現在も現役、86歳の最高齢で、筋金入りのリベラルです。

 当時女性の殆どいなかったコロンビア大学ロースクールを首席で卒業し、同大で教えたあと、「1973年アメリカ自由人権協会の法律顧問に就任、一貫して女性の権利向上に訴訟を通じて取り組む。・・・女性差別違憲とする画期的な判決多数を、最高裁からかちとった」(注:阿川尚之氏の『憲法で読むアメリカ現代史』からの引用ですが、こういう人物が最高裁の判事入りをする時代がアメリカにもあった、トランプ時代といかに違うか、を痛感します)。

(2) タイム誌は1996年の「今年の女性」にRBGを選びましたが、この年彼女は、名門ヴァージニア士官学校に女性が入学できないのは不当だとする訴えを認めて、違憲とする「多数意見」を書きました。

このときのRBGのコメントをタイム誌は以下、引用しています。

「この判断は女性の解放だけではなく、男性の解放にもつながるのです。なぜなら、もし女性が社会でも軍隊でも指導者になる機会が与えられたら、男性は女性から指示されることに抵抗を感じなくなることでしょう。」

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(3)アメリカの最高裁判事は本人が退任を申し出ない限り、終身です。    保守化する最高裁を懸念して、RBGに何とか引き続き職に留まってほしいというリベラル派の願いが強まっています。高齢でしかも手術で満身創痍といっていい彼女が引き続き頑張れるか、トランプ再選の行方とも絡んで注目されます。

 しかし彼女自身は未来に楽観的で、タイム誌に語った言葉によると、

「変化は、普通の人たちの草の根の努力から生まれるのです。そして男性もまたその努力に参加しなければならないのです」。

(4) 2018年には、彼女の活動を描くドキュマンタリー映画「RBG最強の85歳」が、伝記映画「ビリーブ・未来への大逆転」が作られました。前者はアカデミー賞の候補となり、日本でも公開されました。

http://www.finefilms.co.jp/rbg/