中村哲氏追悼と、京都での気楽な茶事のこと

1.今回はもっぱら、京都での茶事を書くつもりでした。

 ところが、4日アフガニスタン人道支援に長年取り組んできた中村哲医師(NGOペシャワール会の現地代表)が銃撃され死亡した、という衝撃的なニュースが飛び込んできました。

 そこで、京都でたった1回お会いしただけの中村氏ですが、追悼したいと思います。

 10年以上前の2007年5月、中村氏は一時帰国の忙しい最中、宇治市京都文教大学に来て頂き、私が勤務する現代社会学科(当時)の主催で300人の学生に向けて90分の講演、そのあと少数の教員や学生との交流会に参加して頂きました。印象に残る時間でした。中村さん、あらためて有難うございました。

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2. 同氏の活動についてはメディアが詳しく報じています。死を悔やむ声は日本だけでなく世界からあがっています。見事な生き方をした人だったと思います。師岡カリーマ氏のコラムを読んで、とても穏やかだった同氏のことを涙とともに思いだしました。

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 2007年に大学に来て頂いたことについては、当時のブログで紹介しました。

https://ksen.hatenablog.com/entry/20070526/1180142827

 交流会での質疑応答(Q & A)の一部を紹介した文章を以下に再録し、同氏のご冥福を心から祈りたいと思います。

「Q:なぜ始めたのか?なぜ続けているのか?

 A:よく訊かれるが自分でもわからない。格好よく言えば、ここで見捨てたら男がすたるとでもいった「見栄」「矜持」か・・・

  Q:尊敬する人物、あるいはロール・モデルは?

  A内村鑑三(ちなみに中村さんはクリスチャン)、宮沢賢治

  Q:われわれ、何も行動していない(そのことに多少は恥ずかしいと感じている)人間へのメッセージはあるか?

  :あえて言えば、時代にすりよらないこと、変わらないこと、若い人に寛容である こと、失敗をおそれないこと・・・あとはなにわ節と心意気でしょうか(たしか彼に は、九州の任侠の血が流れています)。

  終始、静かな、聞き耳を立てないと聞き逃してしまいそうな低い声で、おだやかに応対して頂きました」。

3.以上、2007年の京都宇治での思い出です。

 2019年12月初めは、やはり京都で過ごし、今出川京都御苑の近くにある親戚の家での、ごく気楽な茶事に出席しました。出席者は連れ合いを含めた身内6人で、いちおう私が「正客」、家人が「お詰め」をつとめたのですが、私を含めて客の中にお茶の作法など知っている人もいなく、無手勝流での茶席でした。

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 それでも一同でおいしく頂きました。やはり風雅なものです。

――茶の湯における客というのは、本来「一客一亭」。すなわち「一人の客と一人の亭主」です。したがって、原則は「正客以外は喋らない(亭主と問答しない)」、一人目の客以外(連客)は主客の会話を邪魔しない程度に参加する――のが作法だそうですが、もちろん我々はそんなルールは無視して賑やか・なごやかに進みました。

4. 家にはいちおう茶室がつくってあり、ここで従妹が亭主となり、時雨亭文庫という財団法人の事務局の女性が二人、お茶を点て、手伝い(「半東」と言います)をしてくれました。

 事務局の人たちは、男女を問わず誰もがお茶の作法はわきまえているそうで、さすが京都と思いました。それだけ文化に根付いている、庶民の間でも当たり前になっているということでしょうか。

 あとで聞いたところでは、地元の金融機関に入社すると誰もがお茶の基本を習わされるそうです。そうでないと、取引先を訪問しても相手にされない。

 また翌朝会った喫茶店「イノダ」の主は、約束がなくて友人知人の家を訪れるときでも、せんすと懐紙は用意して行く、と言っていました。「まあ、一服いかが?」と言われることがあるからだそうです。

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5. 実は、茶席を設けるのはせいぜい年に数回とのこと。いろいろ準備もたいへんでしょう。

 この日は炉が切ってあり、夏以来初めてだというので、早速習いたての知識を披露して、「本日は炉開きですね」と知ったかぶりをしました。

 もとの職場の友人でお茶の先生がいて、ときどき「遊び」で仲間2人と一緒にお茶を点ててもらいます。

 定年直前まで銀行に働いた女性ですから、本人が言う通り「ごく庶民のお茶」です。茶道具に凝ったりする贅沢な茶席と異なり、そこが我々のレベルによく合い、いつも楽しみに参加しています。

 今回の「正客」役はさすがに初めてなので、直前にこの先生に会って、いろいろ教えてもらいました。

 その際、堀内宗心という表千家の「重鎮」の茶人によるお点前を紹介した本とDVDがあり、これを貸してくれたので何度も見ました。

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 ご存知の方も多いでしょうが、この本によると、

茶の湯では、一年を炉と風炉(ふろ)の二つの季節に分ける。夏の間は炉は閉めて風炉を使う。

 炉の季節は冬から春ということになっていて、毎年立冬、旧11月8日ごろを目安にして、亭主自ら炉を開く。

 他方で、毎年製茶の時期は、夏の初め、茶の木の若葉の出た頃。その若葉をつみ、一度熱を加えて、すぐに乾燥させて水分をぬきとり、約半年保管して、自然の熟成を終えて冬が始まる頃、初めて封を切って使う。

 これがちょうど開炉の時と一致する。

 開炉はこの新茶口切の季節と重なっているため、茶の正月とも呼ばれる・・・・・」

 ということで、上記の「知ったかぶり」になったものです。

6.今回の京都での身内だけの茶席も、堀内宗心宗匠のお点前と異なり、道具も特別に名のあるものではありません。掛け軸も亡くなった叔父・叔母が書いたものを軸にしただけで、値打ちのあるものではありません。

 控えの間にある軸は、藤原俊成・定家の二人の姿と歌で、その点では面白かったです。

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 定家卿のは、新古今にとられた「春の夜の夢の浮橋とだえして峰に別るる横雲の空」という歌でした。

 ちなみにこの歌を堀田善衛は、「絵画的といっても音楽的といっても、到底言い尽くすことの出来ない、言葉の解説一つしたにしてもぶち壊しになる、朦朧(もうろう)たる世界の構築」と評します(『定家明月記私抄』)。

 

 

『テムズとともに、英国の二年間』(徳仁親王)の英訳(続き)

1.1週間前の週末は、いつも散歩している東大で駒場祭があり、雨にも拘わらず大勢

の人出でした。

f:id:ksen:20191123110221j:plain2.その日のブログは、新天皇親王時代のオックスフォード大学留学についての回想録(英訳)を紹介しました。1週間後の今回も、このユニークな本を読んでいろいろ考えたことです。

(1) 何れ天皇になる人の海外留学は初めて。この本は、これを自らの文章で回想した。

(2) 2年3か月の英国留学で、庶民とはむろん違い、アルバイトの必要もなく、女王を始め王室や貴族たちに招かれ、優雅な体験をした。

(3) 同時に普通の学生と同じ扱いを受けて、寮に暮らし、真面目に勉学をした。(大学での唯一の特別待遇は、英国の首都警察から2人、1週間交代で警護がつき、彼らも寮に寝泊まりし、終始行動をともにした)。

(4)以上を通して、よく学び・よく遊び、稀有な体験をした。

3.(よく学ぶ)

 論文をどのように書いたかが本書の中心部分で、全体の2割を占めます。

 パソコンもインターネットもない時代に、自らあちこちの図書館や地方自治体の資料室を訪れ、コピーをとり、筆写する。参考文献を読み、テームズ川や史跡を見て回る。二人の教授から個別に論文指導と一般指導(チュートリアル)をうけて、書き上げる。

 そういった「学び」を克明に書き残していますが、その真面目さには感心します。いまの日本の大学で、学生はこんなに勉強するでしょうか。

 私だったら「遊学」で終わっただろう。しかし彼は勉強した。(論文は後にオックスフォード大学出版局から出版された)。

f:id:ksen:20191117103058j:plain(2階の右端2部屋が彼の書斎と寝室)

f:id:ksen:20191117103140j:plain(指導教官と、テムズ川の水門(水位を調節する)にて)

4.(好奇心旺盛で、よく活動する)

 音楽や運動に秀でていることをフルに活用する。

・音楽――ヴィオラの演奏をし、英国人の学生や友人とカルテットを組んで、モーツアルトシューベルトの四重奏を学内等で演奏する。

・スポーツ――テニスでカレッジの代表として出場。登山やボートやジョギングも楽しむ。登山では、スコットランドウェールズイングランドそれぞれのいちばん高い山を、全て自分の足で登った。

・友人とよく付き合う。

・街にも出かける。英国内外をあちこち旅してまわる。

・洗濯やアイロンがけも自分でやり、時に失敗もする。

 これらについて例えばこんな風な逸話を紹介します。

(1) ひとりで銀行の窓口にも行き、友人とディスコにも行き、パブでビールを注文して

みる。友人とパブの「はしご」をして“パブ・クロール(pub crawl)”という英語

も覚える。

 こういった出来事がいかに楽しかったかを記したあと、銀行もディスコも「生まれて初めての経験であり、おそらく二度とないだろう」と繰り返し書き加える。

(2) 写真を2千枚も撮り、その都度街の写真店に行って現像してもらい、店員とすっか

り顔見知りになる。

 ある日、「今日はたまたま古い店員が辞めるのでパーティがある。参加しませんか?」と突然言われて驚くが、喜んで出席する。

(3) カルテット(四重奏)を結成した経緯も面白い。学食で朝食を初めて隣りに座った

大学院の院生とたまたま音楽の話になって、「やろうか」ということになった。

(4) そして、この例のように、寮に暮らし、大学の食堂で三度の食事をとることがいかに交友を拡げ・深める大事な場かを語る。昼食が終わると30分ほどラウンジで時間を過ごす楽しさにも触れる。

f:id:ksen:20191112155310j:plain            (5) 食事やパーティの席での日本との違いにも気づく ――「私たち日本人は、パーティなどではお互いに顔見知りの人同士しか話合わない。しかし英国ではそんなことはなく、パーテイでも学内の食堂でも知らない人同士がすぐに話合う・・・そして話題も幅広く、日本と違う。例えば、当時の首相サッチャーの施策についての率直なディベイト(論争)だったりする。」

 だから、学外で同じ仲間と食事する学生も少なくない中で、彼はいつも学内の食堂で食事をし、たくさんの友人をつくり、多様な知を吸収する。

 また、夕食はときどき工夫を凝らすこともある。「玄米だけの夕食(Brown Rice Week)」が1週間続くことがある。何とも粗末だが、食事代は常と変わらず、「差額の代金はチャリティに寄付される」と聞いて彼は、「こういう資金を必要とする人・感謝する人が居ることを考える機会が与えられるのは、とても良いことだ」と気付く。

f:id:ksen:20160826124156j:plain5.(英国と英国人)

 最後に彼は、英国と英国人の特徴について、自分の結論を書き記す。

(1) 伝統と革新が良く調和し、共存している(「大学の儀式で何百年も変わらず、仰々しくラテン語を使う国であり、他国に先駆けて産業革命を興し、ビートルズとミニ・スカートを産んだ国でもある」)。

(2) 長期的な視野にたって考える(「日本人は、直面する課題には取り組むが、長い眼で物事を考えるのは得意ではない、と私は思う」)。

(3) 個人主義、プライバシーを大事にする。

(4) 他方で、社会的な人間関係に巧みで、障害者などの弱者に対して優しい社会である。

(5) そして、日照時間が少ない土地柄もあって、「明かり」を大切にする。

6.(英国を去るに当たって)

 英国生活を思い切り楽しんだ彼は、万感胸にせまる思いでこの地を去ります。

f:id:ksen:20191121120550j:plain「おそらく、私の生涯でもっとも楽しい時間ではなかったろうか(”perhaps I should say the happiest time of my life “)・・・」と。

 そしてヒースロー空港から飛行機に乗って,遠ざかるロンドンの街を窓から眺めながら、「心にぽっかり穴が開いたような気持ちがして・・・のどがつかえるようだった」と想いを伝えます。

 ――こんな日々は二度と戻ってこないだろう。それでも、天皇としての忙しい公務と重い責任の合間に、ヴィオラを弾いたり、好きなシューベルトを聴く時間があればよいな、もっと言えば、好きな勉強を続ける時間も持ってほしい・・・・ と思いつつ、本書を読み終えました。

7.(最後に感想)

そして僭越ながら、以下のようなことも考えました。

――果たして、究極の世襲制といえる天皇制とは、本当に必要なのだろうか?

 自分の生き方を自分では絶対に選べない人間がここにいる。

 少なくとも彼は、せめて娘には、「好きな生き方をしてほしい、好きな勉強を続けてほしい」と願っているのではないか。

 制度として女性天皇女系天皇を認めないのはおかしいという意見には賛成なのですが・・・・

 

『テムズとともに、英国の二年間』(徳仁親王)の英訳を読む

1.先週前半の東京は穏やかな日和が続きました。

f:id:ksen:20191120105701j:plain いつからか、年老いた野良猫が一匹、我が家の小さな庭に現れて日向ぼっこをするようになりました。最初は慎重に顔を出し、追い出されないとわかるとのんびり手足を伸ばして寝ています。

 隣人に訊くとそこにも現れる、誰かが餌をやっているらしく、家人が置いても口にしない。誰か無責任な飼い主が捨てたのだろうか、「ひとり」をどう感じているのだろうかなど、いろいろ考えます。

 可愛がっていた我が家の猫はだいぶ前に18歳で死んでしまい、その後老夫婦は、ぬいぐるみで満足しています。

f:id:ksen:20191121111703j:plain2.ところで10月27日のブログで、新天皇に関する英国エコノミスト誌の記事を紹介しました。

「亀の甲羅(のように堅固な)システムの奴隷になっている」と新天皇に同情する記事を読み、オックスフォード時代の回想録があると知って読んでみたいと思いました。

 ところが、1993年に学習院大学から出版された本書は中古しかなく、アマゾンで買うと1万円もします。東大の駒場の図書館にも置いていません。

 他方で英訳本は5分の1の値段で買えます。そこでこちらを手に入れて、このほど読み終えたところなので,今回は英訳の方を紹介したいと思います。

3. 1960年生まれの新天皇は、

(1)まだ皇太子になる前の徳仁親王時代に、1983年から85年まで2年4カ月英国に滞在し、オックスフォード大マートン・カレッジに留学、テムズ川の水運の歴史についての論文を書き上げました。帰国して、1988年には学習院大学修士も取得しています。

『テムズとともに、英国の二年間』は、帰国して8年後に出版された親王自身が書いた回想録です。

(2) 2006年に『The Thames and I, A Memoir of Two Years at Oxford 』と題して英訳が出ました。訳者はもと駐日大使のサー・ヒュー・コータッチ。本文のほか、チャールズ皇太子の推薦文、親王本人の序文や訳者の前置きも載っています。

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 チャールズ皇太子は「鋭い観察眼、繊細なユーモアのセンス、旺盛な好奇心、そして文章力があり、楽しく・興味深く読める」と述べます。「ユーモアのセンスがある」とは英国人の最高の褒め言葉でしょう。

 本人の序文は「留学から20年も経っているが、あたかも昨日のことのようにいまも懐かしく思いだす」と英訳に感謝の言葉を述べます。

 他方で訳者サー・ヒューの前置きには、「実は雅子皇太子妃(現皇后)が本書の英訳を手掛けたいと長年願っていたのだが、公務多忙もあり叶わず~」私がその任に当たることになったとあります(原著と英訳に13年の間がある理由かもしれません)。

4.さて本書についてですが、私はとても面白く読みました。ほぼ3年後、私自身もロンドン勤務となり2年半過ごしたこと、その際には大使を退官して日英協会の会長をしていたサー・ヒューに会う機会があったことなど、個人的事情もあると思いますが、チャールズ皇太子のコメントは的確だなと感じました。

 たしかに、「鋭い観察眼」が随所に見られます。生まれて初めての英国滞在で、何に気づいたか、何が記憶に残ったか、日本との違いは?・・・それらについての記述を読むことで、その人がどのような「観察眼」の持主かがわかるように思います。

(1)例えば、英国到着早々、バッキンガム宮殿のエリザベス女王にお茶に招かれる。

「私は英国でどのようにお茶が振る舞われるかに興味をもっていたが、会話は一向に堅苦しくなく、しかも女王自らお茶を入れてくれた・・・」と書きます。

(2)大学入学前に英語の個人授業を受けるため、日本滞在の経験もあり、そこで語学学校の経営にも関わり、女王付きの勤務もあるホール大佐のロンドン郊外にある屋敷に3か月滞在する。

 ある日、大佐の長男が、村の祭りに連れて行ってくれる。彼は、自分の家では「プリンス・ヒロ」と呼んでいるのだが村の祭りで知人に会うと、「日本から来た友人のヒロだ」と紹介する。親王はその違いに気づき、他人には自分を特別視しない気遣いに感謝する。

(因みに、オックスフォード大学では彼は正式には「ミスター・ナルヒト」だが、友人の学生や職員たちからは「ヒロ」と呼ばれ、本人も嬉しく思う)。

f:id:ksen:20191124083149j:plain(3)彼は大学に入るまで、何をテーマに論文を書くか決めていなかった。子供のときから御所に住んで外の世界との接触が制限されていたこともあって、「道」や「交通」に関心を持ち、学習院大学でもその研究を続けた。

 英国に来て、テームズ川の美しさにひかれて、水運の歴史を取り上げることになるのだが、初めてテームズを眺めたときの印象についてこう書き記す。

―「日本の河川とどんに違って見えるかに気付いた。どこを見ても日本のような堤防がなく、水が地続きの緑の間を静かに流れているのである。

f:id:ksen:20031219014222j:plain(4)大学を表敬訪問すると、マートン・カレッジの校長が早速校内を案内してくれる。

 カレッジは80人の院生と230人の学部生がいて、「ヒロ」は院生の一員になるのだが、校長は歩きながら、学生に会うと一人ひとりに名前を呼んで言葉を交わす。カレッジの長が皆の名前を記憶していることに感心する。

(因みに、オックスフォードもケンブリッジも、1つの総合大学が存在するのでなく多くの・小さな「カレッジ」の集合体である。後の章で、彼は英国の大学のシステムがいかに優れているかについて、その特徴を詳細に説明する。

 具体的には第一にこの「カレッジ・システム」、第二に「チューター(教員による個別指導)制度」そして第三に、全寮制をはじめ多様な学生の交友が可能になる様々な仕組みについて語る。

 そして、校長が学生の名前を憶えているのもカレッジという小さな規模のメリットではないかと考える)。

(5)また、オックスフォードの寮に住み、街にもしばしば出かけるようになって気づいたことに、

「よいことだなと思った一つに、ドアを通るときに前の人がドアを開けて後ろの人が通るのを待っていることである。歩いていて、ドアが自分の目の前で閉まってしまう経験はほとんどしたことがない」

(これはまことに些細なマナーかもしれませんが、たしかに日本と違いますね。

 日本では自動ドアが普通なのに対して、英国では(今に至るも)きわめて少ない,だからマナーとして定着しているという事情もあるかもしれません。

 実は、私も単に習慣になっているだけですが日本でも、自動でないドアを通る場合は、必ず通り過ぎたあと振り返って、後から来る人のためにドアを開けたまま待つようにしていますが、あまりそういう光景は見かけません。

 それと面白いのは、お礼を言わずに黙って通り過ぎる人が多いです。

 それにしても徳仁親王がこういう日常の些細な振る舞いに気づく人だということを、読んでいて感じます)。

5.というような具合に、彼が英国で、英国人の家庭で、大学で、街中でさまざまな経験をする、気づく、失敗もする、その逸話のひとつ一つを面白く読みました。

 物事をよく観察する人物だなと感じました。

 それにしても、まさに「百聞は一見に如かず(Seeing is believing)」ですね。

ブログへの皆様のコメントに考えたこと

1. この季節、東大駒場キャンパスへの散歩が気持ちよいです。朝夕はだいぶ冷えてき

て、銀杏の並木も色づいてきました。東邦大学病院の呼吸器内科の定期健診に行ったところ、先生が「今年はインフルエンザが早めに流行っている、ラグビーで人が集まったこともあると思う。来年はオリンピックでいろいろな病気感染の恐れもあるのではないか」と言っていました。

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f:id:ksen:20191110135937j:plain2. さて今回は、拙いブログにいろいろコメントをいただいているので、最近のを読み

返しながら、感謝も込めて、これらをご報告したいと思います。

 まず最初に、前回のブログに、京都祇園の町内会会長をしている岡村さんから、「ラグビーでは日本のおもてなしが好評だったようだが、(他方でついに)祇園町のあちこちでは、「私道での撮影禁止」の立て札が立ちました」というコメントです。

 祇園に観光客があふれて、舞妓さんを追いかけて写真を撮りまくったり、家の中にまで入ってくる、あまりのことに自衛策をとったということでしょう。

「道路保全費として町内会費の一部を積み立てていますが、祇園町地域は私道が90%だから出来たのでしょう。“許可のない撮影は1万円を申し受けます”の文言は取り消されました」とあります。

 90%が私道とは知りませんでした。自分たちできれいにしようという動きになるのでしょう。花見小路も私道なのかな。ここは随分前から電信柱がなく、地中化されてきれいな歩道ですが、その費用もこの道路保全費を当てたのかもしれません。地域住民の自治の力でしょうか。京都にはそういう町衆の文化と歴史があるのですね。

 当初、「1万円申し受けます」のパネルを格子に張り出したとたん、警察にまで脅迫まがいの電話があったそうで、問題は外国人の観光客だけではないようです。私たちもマナーを守ることが大事ですね。

「この地域には公衆便所はないので、路地や辰巳稲荷の鳥居の側でも用を足す」とも書いておられます。「お茶屋からの、祇園を観光地にしないで!という悲鳴を感じる」ともあり、悩みは深いようです。

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f:id:ksen:20190204143730j:plain3. 続いて、前々回は友人が書いた『2038滅びに至る門』を紹介したブログです。2038

年に核戦争が起こり、人間は滅亡に向かうというデストピアの近未来を描いた小説です。

 なぜ、この年を「滅びに至る年」として著者が選んだのか、たまたまなのか、私には分かりません。今度会ったときに訊いてみたいと思っています。

というのも、藤野さんから、「2,3日前の京都新聞コラム欄に尾池和夫という地震学者(元京大総長)が、2038年12月に南海トラフ地震が発生すると断言していました。「2038年」が妙に符合します」という面白いコメントを頂きました。

 それにしても、「断言する」とは怖い話ですねと返事をしたところ、下前さんから「断言しても責任を取らなくても良いお年だったと思います」と横から声あり、これには思わず笑ってしまい、「なるほど。2038年には現場にはいない・・・・。もちろんそういう私もあの世から「責任を取れ」と言うわけにもいきませんね」とお返ししました。

4. この小説には、核戦争の危険が迫る中で、「なぜ殺し合うのか?」について語りあ

う場面があり、「ヒトは特異な共食い動物」という指摘がありました。ここを読んで、梅原猛氏の「同類の大量殺害をする動物は人間だけ、ゴリラの方がはるかに平和な動物」という文章を思い出して、紹介しました。

 中島さんから、「最近の研究によると、チンパンジーは、集団で他の集団を殺戮することが観察されているそうです。(人間は)集団で仲間以外を襲撃する可能性のある類人猿の一種としての自己認識と、自省が必要と思います」とあり、京都大学のサイトを教えて頂き、たいへん勉強になりました。

サイトは、http://www.kyoto-u.ac.jp/.../research.../2014/140919_3.html です。

 とすると、同類の大量殺害をするのは人間のほか類人猿だけ。つまり動物は進化するほど残虐になり、自らを滅ぼす宿命をもつ存在になるのか、とすれば人間が真っ先に「滅びに至る」動物ではないのか、そんなことを考えました。

 因みに本書には、主要登場人物の一人が以下の仮説を述べる場面があります。

(1)ヒトには、殺りくの遺伝子と同時に、共存の遺伝子もあるはず。

(2)なぜ前者が優勢になるのか?殺りく派は兵器を持っているから共存派は負けてしま

う。宗教は殺りく派の手先になり、AIも道具になる。

(因みに、著書は宗教が人間社会に与える負の影響についてきわめて批判的です。「無神論者による無神論者革命」を起こそうという発言まで出てきます)

(3)しかし、ヒトの脳にはまだ使われていないところが多いと言われる。その中には共存をはかるものがあるかもしれないし、これまで使っている脳も使い方によっては共存の方向に変えることができるかもしれない。

(4)と述べて、「私は、殺りくに寄与している宗教やAIを脳から排除して、それをやってみたいのです」と希望の未来を語ります。

 ヒトの脳や遺伝子を変えることで、戦争をしない人間に進化できるか・・・・私には分かりませんが、気持ちはよく理解できます。

f:id:ksen:20190917104941j:plain5. 最後になりましたが、前々回のブログはたまたま読書週間中でもあったので、「本を

読む」楽しさについても触れました。小中学生は意外に読むが、読まないのは中高年という調査結果も報告しました。

 Masuiさんから、「私の孫たちは小中学生で、よく本を読みます。若い子供たちはよく本を読むという点ではあまり違和感がありません。しかし、電車の中で本を読んでいる人とスマホを手にしている人とを比べると、圧倒的に前者は少ないです。本を読んでいる人を見かけると微笑ましくなります。小学生の本を読む貴兄のスナップは最高です。」というコメントを頂きました。

よいお孫さんたちのようで羨ましいです。

 写真は、たまたま渋谷の歩道を夢中になって本を読みながら歩いている小学生の後ろ姿があまりに珍しいので撮ったものです。「危ないな」と危惧しつつも、私にも経験があり、やめられない少年の気持ちがよく分かります。

 大江健三郎の以下のような文章を思い出しました。少し長いですが、引用します。

本書は1988年ですから、ひと昔前、いまはもう見ることも殆どない情景ですが、大江のコメントに深く共感します。

「電車のなかで一冊の文庫本を熱中して読んでいた若者が一瞬窓から外の風景を見て、魂をうばわれたように放心している。

 僕はそうした様子を見るのが好きだ。

 かれは、または彼女は、いま風景を見ているのはちがいないが、それまでの読書によって洗われた眼・感受性、活気づけられ勢いをあたえられた心の動きで、風景を見ているのである。

 それまで読んでいた本の「異化」する力・文体が、窓の外も風景にまで、かれの躰のうちから滲み出しているのである」

(『新しい文学のために』岩波新書

6.以上、主にフェイスブックから頂く皆様のコメントや情報提供がたいへん勉強にな

っており、あらためて感謝をお伝えしたいと思っ

エリザベス・ウォーレンと「アメリカの資本主義への新しいプラン」

1. TVを観ていたら、ラグビーW杯の決勝戦を終えての座談会で、元日本代表の五郎

丸歩選手がこんな趣旨の発言をしていました。

「もちろん日本代表チームのさらなる活躍を期待したい。同時に、日本人選手がたとえばイングランド代表のジャージーを着て活躍する日が来ることも期待したい」

――これが、ラグビー選手にとって当たり前の発想なんだ、と印象に残る言葉でした。オリンピックや野球やサッカーにはそれがない。「久保選手がスペイン代表としてサッカーW杯で活躍してほしい」とは誰も言わないし、そもそも(日本国籍を放棄しない限り)可能ではない。

 多様性は「日本代表だけ、日本社会の中だけ」で根付くものではない。いつの日か、日本人の選手がイングランド代表として仲間と肩を組んで試合前の「ゴッド・セイブ・ザ・クイーン(その時は、もうキングか!)」を歌う光景が来るかなと思うと面白いです。

f:id:ksen:20191102122934j:plain2. ところで今回は、アメリカ大統領選挙があと1年を切ったところで、民主党の有力

候補に目されてきたエリザベス・ウォーレンについてです。

 英国エコノミスト誌10月26日号は、彼女の写真を表紙に載せ、論説で取り上げました。彼女については、米国タイム誌がすでに5月20日号で特集を組んでいます。当年70歳の、もとハーバード大教授で現マサチューセッツ州選出の上院議員です。

3. まず、エコノミスト誌の要約です。

 エリザベス・ウォーレンは、注目すべき(remarkable)女性である。

(1) オクラホマの貧しい家庭に生まれ、刻苦勉励のあげく、超名門ハーバード大学の有名教授になった。破産法について優れた業績を残した。今はハーバード時代の同僚と幸せな結婚をして39年経つが、2児のシングル・マザーとして奮闘した時代もあった。

(2) 政治家としては、「ツイッターで簡単にメッセージをたれ流す政治」の時代に「有数の政策通」として知られ、リーマン・ショック後のアメリカ社会を立て直すべく様々な立法に実績をあげた。

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(3) 民主党の大統領選候補者選びにバイデンを猛追しており、賭け屋は50%の確率で彼

女が候補になると予測している。「いま選挙が実施されたらトランプとウォーレンと、あなたはどちらに投票するか?」の世論調査では、トランプを上回っている。

(4) 最も「remarkable」なことは、彼女がアメリカ社会の問題(格差の拡大、貧困層

増大など)を直視し、アメリカの資本主義を改革・再生しようとする提言・施策を打ち出していることである。それは、1930年代のフランクリン・ルーズベルトが掲げた「ニュー・ディール」以来の野心的なものと言える。

(5) そのために彼女は、腐敗し、普通の庶民に目を向けていないと信じる現在のシステムを変えるための詳細なプランを提示する。

 そのアイディアの多くは優れている。しかし根っこのところで彼女は規制と保護主義に頼ろうとする。それはアメリカが抱える問題への解答にはならないと本誌は考える。

(6)共和党ウォール街は彼女を「社会主義者」と呼ぶが、それは間違っている。

 自分でも「私は心底、資本主義者であり、市場を尊重する」と語る。「但し、公正なルールに沿っている限りは」という但し書き付きで。

f:id:ksen:20191105135232j:plain(7)本誌は、彼女のアイディアの幾つかを支持する。最低賃金の引き上げや富裕層への課税強化も必要と考える。しかし、ウォーレン氏は、私企業のダイナミズムとイノベーションアメリカ社会の繁栄の土台であることも信じるべきである。

――と書いて、「彼女のプラン」はアメリカ資本主義を“良くも悪くも”変えることになるだろう」と、資質と姿勢は評価しつつも政策の方向性には批判的です。

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4.他方でタイム誌は、5か月以上も前に彼女の特集記事を組み、政策の内容もさるこ

とながら、問題意識と真摯な取り組みを評価しています。

(1) 同誌も、ウォーレンは「起業家精神と市場」を信じる、その点でバニー・サンダー

スとは異なる人物であると理解します。

(2)その上で、彼女の強さは、「私には政策がある」と繰り返し語るように「メッセージ

やレトリック」ではなく、その政策は「基本にこだわり、実質や中身をもち、具体性がある」。トランプ政治への大きな挑戦といえる。

(3) と書いた上で、懸念も表明します。保守的になった最高裁共和党主導の上院や大

企業を敵にしてしまうだろう、民主党の穏健派でさえ、彼女の進歩的な政策に二の足を踏む可能性がある。果たして彼女の政策提言は実効性があるだろうか、という現実的な懸念です。

(4) その「政策提言」の中身については両誌ともに紹介していて、いろいろと勉強にな

りました。

たしかに、保守勢力の抵抗は強いでしょう。それでも、アメリカの資本主義は変革が必要だと感じている人は少なくないのではないか。その点で、「リーマン・ショックが起こる前からアメリカ経済の危機を警告していた」とタイム誌が伝えるウォーレン氏の存在感は大きなものがあると思われます。

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5. タイム誌の記事は、有権者や識者の直接取材も取り上げています。

(1)例えば、「もし彼女がオクラホマエリザベス・ウォーレンなら勝てる。しかし、ハーバードのエリザベス・ウォーレンなら負ける」というある識者のコメントは面白い。

(2)友人の評によると彼女自身は、「いつまでもオクラホマ訛りの抜けない、心性ではいまだに労働者階級の女性で、文化的にも社会的にもハーバードの先生ではない」そうです。

(3)しかし、当然ながら反対派はその点を攻めてくるでしょう。この国に根強くある「反知性主義」の風土はそれを後押しするでしょう。批判派は、皮肉交じりに彼女を今も「教授(プロフェッサー)」とよび、少しでもエリート風が見えるとその点を攻撃する。

 とくに、人身攻撃をもっとも得意とするトランプは、執拗に攻撃してくるでしょう。事実と異なっても平気で「社会主義者共産主義者」のレッテルを貼るでしょう。

(4)タイム誌は、そういった攻撃に対するのに、彼女にややナイーブな面があること、自分でもそれを認めていることを懸念しています。

(例えば、彼女にネイティブ・アメリカンの先祖がいたこと、それがハーバード大の教授昇進に有利に働いたのではないか、と指摘を受けたときに彼女は対応の不手際をみせ、評価を落とした。のちにボストン・グローブ紙が、先祖がいたとしてもそれが昇進に影響した事実はないという調査結果を記事にしてウォーレンを支持したが、トランプは彼女を「ポカホンタス」と呼んでからかった。ポカホンタスとは、英国がアメリカ新大陸に「ヴァジニア植民地」を建設した時、それに参加した英国人と結婚したネイティブ・アメリカンの長の娘で、ディズニーの映画にもなった)。

 その点で、前回トランプに敗れたとはいえ、したたかで外交経験も豊富で、きったはったもできるヒラリー・クリントンとはおそらく違ったタイプの女性、しかしそれだけに、理想に素直に反応する若者の支持はより多く受けるのではないでしょうか。

 大統領選はこれから1年の長丁場、彼女がどこまで支持を伸ばせるか、注目したいです。

 

『2038滅びに至る日々』(廣田尚久、河出書房新社)を読む

1.昨夜はラグビーW杯決勝を蓼科でTV観戦しました。

スタンドに「サー・エディーを首相に(Sir Eddie for PM)!」と書いて応援する英国人ファンがいました。たしかに優勝したら叙勲して「サー・エディー」になったかもしれない。「首相に!」というのが面白い。もちろんジョークでしょうが(エディーはオーストラリア人)、よほど今のBrexitをめぐる政治の混乱にうんざりしているのでしょう。

  今年最後の滞在に、田舎家に短期間来ています。水抜きをして家を閉めて、来年来られればよいなと思いつつ東京に戻ります。この時期、紅葉がきれいで、静かな山奥です。

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2.10月27日から11月9日までは読書週間です。評論家の斎藤美奈子さんによると、

「若者や子どもの読書離れがささやかれて久しいが、子どもが読む本の数はさほど減っていない」そうです。新聞のコラムに、「小学生が読む本の冊数は一カ月で約十冊、中学生は約四冊だ。一方、成人の場合は約半数が月に一冊も読んでいない」と書いて、「私の率直な感想は「中高年男性が本を読まなくなったんだな」である」と続けています。

 そういえば、渋谷の本屋(東急百貨店の中にある)に行く途中、歩道を夢中になって本を読みながら歩いている小学生の姿を見かけました。いま「スマホ歩き」が殆どで「読書歩き」は見たことがなく、珍しい光景です。危ないなと思いながら、他方で自分にもそんな子供時代が昔あったなと懐かしくなって、思わず写真を撮ってしまいました。

 読みかけの本がどうしても手から離せず、通学帰りのバスを降りても、区切りがつくまでは歩いても読みつづけてしまう、そんな中学時代の思い出が私にもあります。この少年の気持ちがよく分かります。

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3.たまたま友人が、自分が書いた小説を送ってくれたので、いろんな「中高年」がいるなと考えました。

『2038滅びに至る門』は、彼が今年の3月、河出書房新社から出したものです。

 中高・大学と一緒だった彼は、卒業後某鉄鋼メーカーに就職したがすぐに辞めて6年後に司法試験に合格し、弁護士になりました。「紛争解決学」が専門でその方面の著書もあり、法科大学院でも教えました。

 かたがた、65歳で最初の小説を出版し、本作が5作目。ベーシック・インカム問題を取り上げた次作もすでに書き終えて、出版社に渡したそうです。

 そのエネルギーと物語を作りあげる能力に感心します。

f:id:ksen:20190921154502j:plain ITが専門の西垣通東大名誉教授が、7月23日の毎日新聞に長文の書評を載せました。

(1) 本書『滅びに至る門』は、約20年後の近未来を扱った、いわゆる「デストピアユートピア・理想郷と正反対の社会)小説」です。 

(2) 2038年の世界、「アメリカ合衆・連邦国」が舞台。そこでは特別のAIが開発されて人間の知能を超えて、アレクサンドロス十九世と呼ばれる皇帝になり、国の最高施策を決定するようになる。

(3) その皇帝が宣託(神のお告げ)を述べて、核攻撃が起こり、世界は破滅に向かう。

という物語です。

4.この点を以下に少し補足します。

(1)本書が描く20年後の世界は以下のようなものです。――

・まず、依然として「地球は「国」という単位で仕切られている」。

アメリカが南北アメリカを合わせた大規模かつ強大な連邦国家になり、自給自足が可能になり、移民の受け入れも禁止し、「他国の疲弊や解体を尻目に見て、ひとり勝ちの状況にある」。

・他方でEUは縮小を重ね、多民族国家のドイツは紛争に明け暮れ、フランスはイスラムが多数を占めている。「ロシアは見る影もなく」、中国は衰退し、八つの小さな独立国家が生まれた。中東やアフリカは相変わらず内戦が絶えない・・・

――20年後のこういう世界の姿、とくに南北アメリカの統一などは現実的でない気はします。

 しかし、小説は「何を、どのように書いてもいい自由な文学形式」なので、想像することは十分許されるし、面白いです。(フランスが近未来にイスラム国家になるという小説が、4年前にフランスで出版されてベストセラーになり、邦訳もされました)。

(2)ところが、このような「ひとり勝ち」のアメリカの問題は、社会が分断され荒廃していること。

 西垣氏の書評を引用すると、

「歴史家ハラリが『ホモ・デウス』で予言したように、人間は(AI社会を生き残った)ごく少数の上層民と圧倒的多数の下層民に分断される。上層民はマネーゲームにうつつを抜かし、富を独占して酒池肉林の生活に溺れるばかり。下層民は地を這うように生きているが、下手をするとたちまち棄民として環境汚染地域に追放されてしまう」。

(3)AIは人間の知能を超えるようになった。しかし道徳と倫理は相変わらず人間並みであり、「ヒトは、特異な共食い動物です」と登場人物が指摘するような状況は変わらない。

 だからこそAIの最高指導者は,「パリのエッフェル塔周辺を弾道ミサイルをもって攻撃せよ」という、奇怪で怖ろしい宣託を述べてしまう。

 果たしてアメリカ大統領は、この新しい「神の声」に従うだろうか?

f:id:ksen:20191101185628j:plain5.「ヒトは特異な共食い動物」という嘆きに、私は、本年1月に93歳で死去した哲学者の梅原猛が生前書いていたことを思い出しました。

 東京新聞に26年間も随想を連載した氏は、2016年4月25日号に、「戦争する動物」と題して、以下のように書きます。

「私は甚だ悲観的な人間観をもっている。それは、人間というものは戦争すなわち大量の同類殺害を行う動物であるという考え方である。

 人間以外の動物は、人間が行うような大量の同類殺害をほとんど行わない。

 ゴリラは人間よりはるかに平和を愛する文化的な動物ではなかろうか」。

 そして、「長年の思索の結果・・・・、人間という甚だ知能の発達した動物が行った自然破壊という暴挙が、その始まりではないかという答えを見つけた」と続けます。

―――たしかに、よく晴れた秋の空を眺め、色づいた木々を眺め、鹿や小鳥の姿を眺めながらひとりで歩いていると、梅原氏の嘆きが伝わってくるような気がします。

f:id:ksen:20191031123403j:plain        他方で本書の著者は、宗教とくに一神教の神を人間がつくったことに原因があるという意見を、破滅する世界の隅に追いやられた棄民たちに言わせます。

 旧約・新訳聖書の唯一神であるヤハウェを「狂暴で、嫉妬深い神」と呼んだり、「ヒトが神をつくって戦争や人殺しを正当化したのではないか」という、宗教を信じる人にとってはかなり刺激的な言葉が紹介されます。

6.しかし本書は同時に、そういう棄民たちに少しの希望があるという逸話も語ります。

すなわち、西垣氏が紹介するように、

「棄民の集落では、人々が盲目のピアニストの音楽に耳を傾けながら、ひっそりと暮らしている。その情景は美しい」。

 人間はゴリラと違って「戦争する動物」かもしれない。

 しかし同時に、「音楽を奏で、それを聞く動物」、本書の著者のように「本を書き」、「それを読み、感じる動物」でもある・・・・・

 そういえば、前回のブログに、新天皇が皇太子時代に書いた「テムズとともに」を紹介したところ、岡村さんから「滅多に行かない図書館で借りて読んでみたい」という読書週間らしいコメントを頂きました。

 

 

 

「平和を願い、国民に寄り添い、憲法にのっとり~」

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1.(1)またまた台風による記録的豪雨が大きな被害をもたらしました。

  そんな中でラグビーの話題かつ身内の話で恐縮ですが、東京在の長女夫婦は揃ってラグビー狂で、「もうすぐ終わると思うと寂しい、しかし逆にそろそろ終わらないと体がもたない」とメールが来ました。

香港のラグビー・チームについてもいろいろ教えてくれました。

「近代国家の線引きと少し角度の違う価値観という意味で、香港とラグビーは相性がいいと思う」というコメントもあり、その通りでしょうが、それだけに本土の締め付けも強いのではないか。「チームのメンバーや観客は“香港人”より英国系が多く、しかも中国国歌を歌う」そうで、その表れかもしれません。

 その“香港人”ですが、24日付の東京新聞によると「6月の香港大の調査で18歳から29歳の2.7%が「自分は中国人」と答えた一方、「香港人」と答えたのは75%だった」そうです。香港人の若者が(今はそんな余裕はないでしょうが)香港ラグビーをもっと応援すれば面白いのではないかと思うのですが。

(2)他方で英国在の次女からもメールが来ました。

小学3年生の孫は、「週3回ラグビー(この年齢ではコンタクトは厳しいので、「タグラグビー」といって体の両脇にヒモを付けてボールを持っている人のヒモを取るゲーム)をやっており、先週土曜日は雨の中、ウィンブルドンの男子校と対決。6人制ですが、彼は2トライを決めた上に相手の「タグ」を取りまくったことが決め手となり、"Man of the Match" になりました。ということで、我が家も日本の活躍に盛り上がっています。相変わらずの親ばか報告お許し下さい」というメールが来ました。f:id:ksen:20191027075823j:plain(3)我々老夫婦はTVで、台風被害の映像に心を痛め、ラグビー観戦もしつつ、調布の神代植物公園で10月8日から「秋のバラフェスタ」を開催しているので見に行きました。

 薔薇は、それぞれの名前を知るのも面白いです。「プリンセス・チチブ」(この薔薇は英国製。秩父宮妃はロンドン生まれ、かっての「朝敵」会津藩松平容保の孫)や「ピース(平和)」や「イングリッド・バーグマン」は古くからある定番です。

 その英国の国花・薔薇を胸につけて戦ったイングランド選手、昨日の対ニュージーランド戦で大いに頑張りました。

2.「ピース」と言えば、新しい天皇が即位し、「平和を願い、国民に寄り添い、憲法にのっとり~」と宣言しました。

願ったところで平和が来るものではないにしても・・・・。

とくに中東は、「戦争が日常で、平和が非日常な」世界が続き、今回の、クルド人を見捨てて米軍をシリア北部から撤退させたトランプ大統領の唐突な判断に、内外の批判が高まりました。

 厳しい批判を浴びせたのが、10月19日号の英国エコノミスト誌です。表紙には、ゴルフバッグを抱えて、手を振って飛行機に乗り込むトランプの戯画を載せ、「彼のアメリカを誰が信用できるか?」と題する記事を載せています。

3.論説は、今回の判断がアメリカ自身にとって戦略的失敗であると結論付けています。

(1)トランプ大統領は、世界最悪のテロリスト集団ISの掃討に一緒に戦ったクルド人と英国を見捨てて、この地域に再び、紛争を起こす空白地帯を作り出した。

f:id:ksen:20191023142144j:plain(2)ISを復活させるかもしれず、血にまみれた独裁者アサドのシリア、イラン、トルコ、ロシアに利益をもたらす。

NATOの同盟国であるトルコと欧州諸国との亀裂が深まる。プーチンの思う壺であり、彼の影響力は中東だけでなく、国境を接するNATO加盟国であるバルト海沿岸諸国にも強まるかもしれない。

アフガニスタンにいるタリバンも元気づく。中国も、好機到来と思うのではないか。

(3)対して、台湾、韓国、サウジ・アラビア、イスラエルなどは不安に感じるだろう。

いまもアメリカは歴史上のどの国よりも最多の同盟国を持っているが、彼らは今後もアメリカを頼れる国と思うだろうか。

今回の出来事はこのように、第2次世界大戦後、アメリカが長い間かけて築き上げ、そこから自らも大きな利益を得てきた国際秩序を揺るがすことになるかもしれない。

いちばん心配なのは、人権、民主主義、頼りがい、公正さはアメリカのもっとも強力な武器であるのに、アメリカ自らがその価値を損なっていることにある。

もし中国やロシアが我が道を行くとなると、「力は正義なり」の世界がまかり通り、西欧社会にとってきわめて敵対的な世界を導くだろう。

(4) と論じるエコノミスト誌の、自由主義世界に抱く危機感はかなり強いと感じます。

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4. 他方で、同じエコノミスト誌は即位直前の新天皇についても記事を載せています。

「“堅固な亀の甲羅”の奴隷になっている」と題して、保守的なシステムへの皮肉です。

(1)彼は、皇太子時代にオクスフォードのマートン・カレッジで2年間を過ごして、帰国後書いた「テームズ川と私」と題する回想録には、「おそらく私の人生でいちばん楽しい時間を過ごした」とある。

(2)しかしこの本が出版されることに宮内庁は反対した。

ことほどさように、彼の英国での楽しい日々が日本で再び日の目を見ることはないのではないか。代わって彼はいま格式と神秘に包まれ、規則と伝統に縛られている。

その点は新皇后も同じで、皇太子妃時代に、最初の記者会見でほんの少し夫より長く話したことや公衆の前で一歩前を歩いたことで注意された。

(3)日本のメディアもこのような約束ごとに概して同調しており、欧州の大衆紙が大喜びで報道するような愛情ある彼らの暮らし(royals’ love lives)に触れることもない。

f:id:ksen:20191010144430j:plain 夫妻の婚約(1993)も、皇太子妃時代の適応障害(2003)も、日本のメディアは知っていたにも拘わらず、最初に報じたのは外国のメディアだった。

(4)彼らの個人資産は比較的わずかなもの(limited)である。個人資産の殆どは戦後国家資産に没収された。宮殿も住まいも国有であり、その運営管理費も国家負担である。

 ある専門家の推定では、上皇夫妻が天皇であった当時の個人的な出費は年に5百万円である。これでは欧州のような“プレイボーイ”皇太子が生まれる可能性はないだろう。

(5)というような、エコノミスト誌にしてはいささか下世話な話題を取り上げています。もっとも、「憲法にのっとり」と宣言した天皇の父・現上皇は在位中に、遠回しにではあるが(albeit obliquely)、日本の平和主義の象徴である憲法9条を改正したいとする安倍首相の意向に疑問を投げかけた」とも報じます。

(6)皇太子時代のメモワール『テムズ川と私』は、同誌は「日本では出版が反対された」と書いていますが、ネットで調べると「学習院教養新書」というところから1993年に出ています。普通の出版社は遠慮したということでしょうか。

但し部数が少ないせいもあるのか、アマゾンで買おうとすると9850円もするので驚きました。他方で、英訳はもと駐日大使をしたヒュー・コータッチさんが訳していて、2006年のハードカバー版に続いて今年の2月にソフトカバーも出たそうで、こちらは1865円。早速注文したところです。