ヒラリーかバラク・オバマか?その2


今年のブログはアメリカ大統領選挙にたびたび触れざるを得ないでしょう。

1. 所詮、よその国の話ではないかと思う方も多いでしょうが、この点について、NEWSWEEK1月14日号にシンガポール大学・大学院の院長兼教授がまじめにこう書いています。


米大統領選挙は、世界で最も非民主的かもしれない。何故なら1億2千万のアメリカ人しか投票できないのに、結果は全世界に影響を与えるからである・・・」


アメリカが強大国であるだけでなく、大統領は国内政策においては議会に大きく縛られるが、外交においてははるかに大きな権限を行使できるからでもあります。


2. やはり、ヒラリー、オバマの一騎打ちがいろんな意味で興味を引くわけですが、1月28日(月)のNYタイムズ・電子メール版はエドワード・ケネディ(EK)が、JFケネディのお嬢さん(C)の支持表明(27日のタイムズに寄稿)に続いてオバマ支持を打ち出したことをトップニュースで伝えています。EKの場合、長年、特定の候補の支持表明はせず、今回も、中立でいてほしいというクリントン側の強い要請を蹴っての決断だそうです。
http://www.nytimes.com/2008/01/28/us/politics/28kennedy.html?th&emc=th

EKやCの文章を読むと、彼らの判断の理由が明確に伝わって面白いですが、長くなるので省略します。


3.今回は、サウス・カロライナでの予備選に勝利した直後のオバマの演説について触れたいと思います。


このスピーチ、以下のサイトに原稿があり、ビデオもあるので原稿を見ながらPC経由聞くことができます。
http://thecaucus.blogs.nytimes.com/2008/01/26/live-from-south-carolina-the-democratic-primary/


彼が演説の名手だということは知っていましたが、聞いたのは初めてです。その力強さに感心しました。火を噴くような、というと大げさですが、繰り返し何度も何度も聞き、感銘を受けました。

ご興味のある方はぜひこのサイトから聞いていただきたいと思います。


西欧人の弁論のうまさ、雄弁が決め手になることはローマ以来の伝統なのでしょうが、どこから来るのか?と改めて考えました。DNA, 教育、そして英語という言葉の特性等々でしょう。特にアメリカのような、人工国家・理念国家の場合、このことは極めて大事です。

4. 以下、感想です。

(1)17分強のスピーチの間、一度も原稿に目を通すことなく、最後まで聴衆に向かって語りかけた。一箇所だけ追加する部分があったが、あとは全て原稿どおりで、それは見事なもの。これは彼自身の言葉で語っているということだろう。


(2)理念とメッセージが実に明確であること。政治のリーダーは、細かい政策をしゃべるのではなく、理念・夢・ミッションを熱く語るべき、と改めて感じた。


(3)EK、Cともに、彼の「新しい世代に政治への関心をinspireする力に深く感銘を受けたこと」を判断の理由の1つにあげている。その点、J・F・ケネディを思い出すと語る点でも共通している。(CのNYタイムズへの寄稿の題名は「A President Like My Father」である。


(4)演説は支持派の集会でのそれであり、聴衆が熱狂しているのは当然。しかし彼らを熱狂に巻き込むオバマの能力も印象的。その点は、異国人が耳で聞いているだけで、十分に理解できる。


5. もちろん、ヒラリーの巻き返しは当然予想され、これからどうなるか分かりませんが、今週の動きをみる限り、面白くなってきたという感じです。

同時に、前回書いたように、彼の生命が狙われるという40年前の悪夢の再来だけは、起こらないことを心から願うばかりです。


最後に、写真は、NYタイムズのものです。これ、本当はいけないのでしょうが、まあ、日本の、少数しか見ていない小さなブログだし、新聞の宣伝にもなることだし、NYタイムズさん、なにとぞ許してください。