憲法を「私たちの頭で手で考える」ことは可能だろうか?

お盆休みも終わり、また活動開始の方が多いでしょうね。

1. 海太郎さん有難うございます。
ご指摘の「今日の現状に照らし合わせると、様々な改正すべき点も少なからずあろうかと思います。
今度は、私たちの頭で、手で、考えて行動すべき時かと考えます」
なるほど・・・・・

2. ということで、またまた硬くなりますが、今回も憲法についてです。
まず言葉の問題について、実はある友人から面白いメールを頂き、彼は「改正」という
日本語に違和感を覚えると言っています。
「改正」というと「瑕疵(かし)があるから正しい方向へ変える」という意味になるのではないか。「現状と矛盾しているから改める」という意味なら、「改変」でよいではないか?
という疑問で、たかが言葉の問題と思う人も多いでしょうが、ちょっと面白いと感じました。

前回記録した、現行憲法制定のときは、大日本帝国憲法の「瑕疵」(この言葉に抵抗のある人も居るかもしれないが、少なくとも、国民主権には沿っていないという問題)をまさに「改正」する出来事だったと思います。
今回は、現行憲法の3大理念ともいうべき、(1)国民主権=民主主義(2)平和主義(3)基本的人権の3つを変える趣旨ではないでしょうから、仮に「現状との矛盾を正す」のであれば確かに、「改変」でいいかもしれませんね。

3. この点を補足すると、
現行憲法は前回触れたようにGHQ作成の「憲法草案」(写真)がもとになっており、これは当然英語です。そしてもともとは「amendment」という英語が使われており、これを日本側が「改正」と訳したのでしょう。

さらに言えば、この「アメンドメント」という英語は、アメリカ合衆国憲法(以下「米国憲法」)の言葉で(第5条)、これを日本では、「修正」あるいは「補正」と訳しています。
アメリカ側は(おそらくごく自然に)米国憲法と同じ英語を使った。
それが日本では「補正」でなく「改正」になった、という経緯と思われます。
そして、それもある意味で無理もないので、
米国憲法の「アメンドメント」はまさに「修正・補正」であって、もともとの憲法に「修正」が追加していく形をとります。

「もともとの憲法」が制定されたのは1788年で全部で7条。
これに、1791年に10か条の追加修正で「人権規定」が加わり、米国憲法は、普通この「人権規定」を合わせた17条で「始まった」と理解されます。
これ以降、220年強の間に17回の修正がなされ、従って、現在の米国憲法はオリジナル7条に「人権規定」を含む27の修正、合計34条から成ります。このうち17回の「修正」は何れも、米国憲法の「理念」を「改正」するようなものではありません。修正13条「奴隷制の廃止」14「法による平等な保護」など重要な修正はありますが、基本理念を変えるものではなく、手続き的な「変更」も多くあります。
しかも当然ながら、「アメンド=修正」は1つ1つ個別に発議されます。


だからこそ、阿川尚之の以下のような理解になる訳です。(『憲法で読むアメリカ史』)


――「200年間でこれほどの変化があったにもかかわらず、アメリカ合衆国は建国以来ずっとひとつの憲法で国の性格を律してきた。・・・・・」

(なお、米国憲法の「修正」は、3分の2の国会発議ののち、4分の3以上の州議会の承認で成立する。国民投票の制度はない)


4. 紙数がないので、米国憲法の話はこれぐらいにします。
最後に「(憲法あるいは憲法改正を)私たちの頭で、手で、考えて行動すべき」
という指摘はまさに正論でしょうが、実際にはなかなか難しい面があるのではないかという気がします。
それはこういうことです。


(1) 要は「憲法改正」の手続きということになりますが、ご承知の通り、仮に国会で「改正」が発議されると「国民投票」にかかります。
この手続きをどうするか?
ですが、第1次安部内閣のとき、2007年5月いわゆる「国民投票法」(正式名は「日本国憲法の改正手続きに関する法律」)が成立しました。

(2)この法律、あまりマスコミでも取り上げていないような気がしますが、「国民が投票する方法」について以下のような規定があります。

• 国会発議後は、60-180日間ほどの期間を経た後に国民投票を行う(2条)。
国民投票は、憲法改正案ごとに1人1票の投票を行う(47条)。
• 投票総数(賛成票と反対票の合計。白票等無効票を除く)の過半数の賛成で憲法改正案は成立(126条、98条2項)。
最低投票率制度は設けない。

(3) つまり、以下のような特徴です。
・仮に「改正案」が国会で発議されて国民投票にかけられる場合、その1つ1つについて「賛否」を考える余地はない。国民は「案」の全てについて「賛否」を判断するしかない。
・「発議」から投票までは最長でも半年しかない。
・ 「最低投票率」に定めがないから、仮に、投票権者の4割しか投票しなかったとしてもその過半数で「賛否」は決められる。

これらの「投票方法」をどう考えるか?はいろいろ人によって意見があるでしょうが、東大の憲法学の長谷部教授は『憲法とは何か』(岩波新書、2006年)で
・ 国会による改正の発議から国民投票まで、少なくとも2年以上の期間を置くこと
国民投票にいたるまでの期間、改正に賛成する意見と反対する意見とに、平等にしかも広く開かれた発言と討議の機会を与えること
・ 投票は、複数の論点にわたる改正点について一括して行うのではなく、個別の論点ごとに行うこと

の3つを提案しています(同書P157〜158ページ)。

本書は「国民投票法」の成立前に書かれたものですが、上記を参照していただくと分かるように、長谷部さんの提案が同法には取り入れられることはなかったと言うことでしょう。

以上は、意見というより事実をそのまま記録したつもりです。