- 茅野の里山はだいぶ秋めいてきました。道路沿いのキバナコスモスはいまが盛りでしょうか。稲は黄金色に実り、刈り取りも近付いてきました。
よい眺めですが、残念ながら本日東京に戻ります。
田舎にいて秋を感じる一つに、風が変わったなという気配があります。
藤原敏行の歌、「秋来ぬと目にはさやかに見えねども、風の音にもおどろかれぬる」(古今和歌集)です。
「秋立つ日によめる」という詞書がありますが、いまの季節感からすると1ヶ月遅いこの時期にふさわしいです。
――「おどろかれぬる」の「おどろく」は、「ふと、気が付く」で、現代の「びっくりする」という意味ではない。
この歌のキーワードは「風の音」であり、秋が来たことを耳でとらえる、風の方向がかわり、季節がかわる、それが当時の日本人の感性であった。
その「風の音」は、おそらく萩か稲が風に吹かれてそよぐ音であろう。
「きのふこそ早苗とりしかいつのまに、稲葉そよぎて秋風の吹く」(よみ人知らず)というのもある。――
稲穂が揺れている光景を見ると、そんな講義を昔聞いたことも思いだします。
- 平安時代を思い起こすのは、コロナのせいで文化活動も被害を受けている現状への懸念があります。
(1)京都の冷泉貴実子の家は、藤原俊成・定家から続く「歌の家」ですが、毎月行っている歌会をリモートのオンラインでやるようになったとメールをもらいました。「エライ時代になりました」。
(2)京都御所の北、同志社大学に囲まれた家は、唯一残る公家屋敷と言われます。
前回のブログは、京都「イノダの主」下前さんが東京での講演会で話をしたことを報告しました。同氏は、秀吉が応仁の乱で荒廃した京の街を再編成したことにも触れました。このときに、その一環で御所を整備し、公家町も形成されたそうです。
(3)ここには、国宝5点(定家筆の古今和歌集・明月記など)をはじめ、5万点にのぼる典籍および古文書類が蔵に保存されています。
長年にわたって同家で代々、これらの維持保存を図ってきましたが、個人の努力では経済的にも限界があり、1981年に法人化し、現在は公益財団法人冷泉家時雨亭文庫として活動しています。
(4)現在5棟の土蔵があり、もともとは8棟あったものが、うち3つは時代とともに朽ち、中に収蔵されていたものはプレハブの建物に仮置きされていた。それが一昨年の台風により屋根が破損されてしまった。
そこで元のように蔵の新築が緊急課題となった。多額の資金が必要ですが、国や地方自治体からの支援はありません。
財団の資金だけではとても足りず、従来ならこれら古典籍の展覧会を開催して、その収入を充てることも可能でしたが、このコロナのなかではそれも難しい、ということで広く寄付をあおぐことになった由。このあたりの経緯は、彼女が文藝春秋9月号の「巻頭随筆」に「土蔵の再建」として寄稿しています。了解を得て、ここに載せておきます。
(5)この文章を読んで、もとの職場の先輩から電話があり、「趣旨に賛同して寄付をしたい」と言ってくれました。「貧者の一灯」と本人は言っていますが、まことに有難い話で大いに感謝されました。私も早速、日帰りで上京し、同氏と六本木の国際文化会館で昼食をともにし、お礼を申し上げました。
3.「巻頭随筆」には、「思案にくれている時、京都新聞からクラウドファンディングに参加しないかというお誘いを受けた。ほとんど何のことかもわからず、このインターネットによる募金を始めると、コロナ禍で世の中不景気だというのに、一日で350万円という目標額に達してしまった。寄せられるツイートは温かい励ましであふれている。うれしい」とあります。
クラウドファンディングは9月8日に終了しましたが、最終的には目標の3倍以上に達したようです。本人のお礼のサイトが文庫のホームページに載っています。
https://www.facebook.com/103372564732866/videos/230579555041374
日本にも寄付文化が徐々に根付いてきたのかと感じているところです。インターネットの効用もあるでしょう。
4.しかし、まだまだ、工事に必要な2億円には遠い道のりです。彼女には「こんどは英語で発信して、海外の外国人に参加してもらうクラウドファンディングを企画実施したらどうか」と提案したところです。
英国にいる娘の友人にも日本文化に関心を持っているイギリス人もいるし、その中には京都に来て冷泉の家を訪れた人もいるので、多少は参加してくれるのではないでしょうか。
海外に勤務すると、寄付文化が根付いているなと痛感します。
個人はもちろんですが、企業も収益の一部を寄付に充てることは普通の感覚です。
シドニーに勤務していた時は、日本の銀行の子会社とはいえ、いちおう豪州の銀行なので、財団やNPOから寄付依頼の手紙がたくさん舞い込みました。
小さな子会社ですから、大したことはできませんが多少はこの国にお返ししたいという気持もあります。と言ってもたくさん来る依頼状を読んでも、どういう団体がどういう活動をしているか、その中からどういう基準で寄付先を選んだらいいか、現地事情をそこまで分からない日本人にはなかなか判断が難しいです。
そういうときにお世話になったのが、社外取締役の存在です。
オーストラリア人の社外取締役が3人いて、この人たちに相談して彼らの助言を入れて寄付先を決めたことがたびたびありました。懐かしい思い出です。
「土蔵の再建」プロジェクトも、海外向けのクラウドファンディングで、日本文化を保存する意義に共鳴してくれる外国人に参加してほしいと思っています。