やっとブログ更新の余裕ができましたので、「檸檬(れもん)」の話です。

詳しい内容は前回ご紹介した柳居子さんに詳しいので省略します。
以下、補足というか、感想幾つか。

1.日曜日は久し振りに一日アパートに居ましたので、歩いて10分弱、二条通りと
寺町の角まで行って「八百卯」が閉めたのを確認してきました。
明治12年創業、「檸檬の店」として親しまれた・・・とあります。


2.ここで買ったレモンを丸善に置いてくる・・・「丸善の棚へ黄金色に輝く恐ろしい爆弾を
仕掛けて来た奇怪な悪漢が私で、もう十分後にはあの丸善が美術の棚を中心として大爆発するのだった
らどんなに面白いだろう」・・・

3.作者の梶井基次郎は、1901年生まれ、旧第三高等学校から東京帝大英文科に入学したが、
結核が悪化し、卒業はできず、31歳で死去。

4.丸善は、この当時は、三条通りと富小路角にあったそうですが、その後河原町に移り、
八百卯の前に閉めました。閉店当日は、たいへんな人出で私もヤジ馬の1人、訪れて、
新潮文庫の短編集「檸檬」を購入しました。平成16年発行の65刷とありました。
よく売れているのだなあと感心。

5.彼の短編が20収められています。「檸檬」は冒頭。たった9ページの短い短編小説、
というよりエッセイに近い作品です。


作品の中身について論じるほどの教養はないので省略しますが、肺病が、そもそも夭折
(こんな言葉自体が今ではあまり使われないかもしれません)が珍しくなかった時代のことを考えます。
死は順番であってほしいと願うのですが、半世紀前であれば、戦争の悲劇を別にしても
若者がどんどん先に逝っていくのがむしろ普通だったのだと改めて思います。


6.それと、(つまらぬことに拘るようですが)ここまでよく知られるようになった1つの理由に、
優れた作品であるということの他に、題名があるような気がします。「檸檬」であること。
「レモン」だったら、ここまで知られるようになったか。


7.明治時代の日本人が外来語を漢字で表記した、その幾つかのことばに今でも惹かれます。
ワインより葡萄酒の方を、コーヒーより珈琲の方を飲みたいような・・・
ニューヨークよりも紐育、ロンドンよりも倫敦、パリよりも巴里。フランスよりも仏蘭西

(もっとも、ご存じ萩原朔太郎は「ふらんすへ行きたし・・」と平仮名で表記しましたが、
あそこはむしろカタカナを避けたのでしょうね。小林秀雄も「おふぇりあ遺文」でカタカナを避けました)

佐藤春夫に『西班牙犬の家』という小説がありますが、これも「スペイン犬」ではつまらない。

鞦韆(しゅうせん)と書いて「ブランコ」と読ませる、のもいいですね。