トランプやサンダースを支える人たちとレイモンド・カーヴァー

1.前回は、犬の本は売れない、猫の本は売れるという意見を紹介しました。
渋谷の「丸善ジュンク堂」でも確かに猫の本が多いです。
おまけに「現代思想」(青土社)という硬い社会科学の雑誌が、「人類学のゆくえ」の特集号の次に「猫!」の特集を出していました。猫は「現代思想」の対象にもなります。

2.他方でアメリカ大統領予備選挙のニュー・ハンプシャー州(NH)で勢いがあった「現代思想」はというと、
反知性主義」(トランプ)と「民主的社会主義」(サンダース)のようです。
「これだけアウトサイダーが挑戦する大統領選挙はアメリカでも歴史的出来事ではないか」というフェイスブックのコメントを頂き、なるほど「歴史的」かもしれないと感じました。


NHでの結果が判明したあとのヒラリー、サンダース、トランプ三人の演説をPCで生中継していたので見ましたが、

ヒラリーさんはサンダースの勝利を意識してでしょう、「皆さんの怒りは理解できる」という呼びかけで始め,「だからこそ、成果も望んでいる筈で、それが出来るのは経験豊富な人物なのです」と更なる支持を訴えました。


サンダース氏は、「私の活動には大企業やウォール・ストリートからの献金・寄付は一切ありません。草の根の寄付で平均すれば1人あたり僅か27ドルです。少額でもいいから支援してください」と語りました。

印象として、
ヒラリーの演説は、自信に満ちて雄弁だが、庶民的なイメージはあまりない、
サンダースは、時に咳をしたり風邪をひいている様子も見え、声も地味で響かないが、訥々と具体的に語りかけ、
トランプ氏は、いかにも「扇動的」で、具体的な中身はほとんどなく、
「ウィゴンナ(We are going to)・ビート・チャイナ、(〃)ジャパン、(〃)メキシコ」
「ウィ・ゴンナ・メイク・アメリカ・グレイト・アゲイン」、
とべらんめえ口調で叫び、「Believe me! (任せてくれ!)」を連発していました。

どのメディアも報じていますが、
初戦のアイオワ、続いたNH、何れも、住民のうち非白人が1割前後しかいないアメリカでも特殊なところです。
これからの州の殆どは、黒人やヒスパニックやアジア系が4割から5割を占める州で、彼らの票を掴めるかどうかがカギで、サンダースさんには厳しいだろうというのが大方の見立てです。


3.こういうアメリカの選挙で感心するのは、その都度、丁寧な分析が報じられることです。投票者の所得、男女、年齢、人種などでどう投票態度が異なるか?教えてくれます。
有権者にとっても立候補者やそのスタッフにとっても、自らの投票態度や戦略を考えるのに大いに参考になると思いますが、日本ではあまりこういう、いわゆる「クラスター分析」の結果を見ません。


例えば、サンダースであれば、
「候補者が誠実か、信頼できるか」を重視した人の91%が彼に投票した。
「白人の、大学を出ていない、年収5万ドル以下の層の7割弱が彼に入れた」
他方で、ヒラリーは
「サンダースの票を上回ったのは、65歳以上の高齢者で高所得者の層だけ」
などが報じられています。
よく言われるように、
サンダース・トランプの両アウトサイダーの支持者は「中の下の・低所得・低学歴の労働者階級」。

私には具体的にどういう人たちか、もちろん友人・知人も居ないし、分らないのですが、たまたま最近、「アメリカのチェーホフ」と言われる短編小説作家レイモンド・カーヴァーRaymond Carver)の小説を幾つか読み直す機会があって、ここに出てくる登場人物がそうなのかなあと感じました。


4. 1938年生まれ1988年50歳で死去、レイモンド・カーヴァーといっても、日本で知る人は少ないかもしれない・・・
しかし、ひょっとして意外に「知る人ぞ知る存在」かもしれない。

というのは、人気の高い・あの村上春樹が彼の短編を全て訳しているからです。
「村上の選んだ訳なら〜」というハルキ・ファンが買って読むのではないか。


カーヴァーは、オレゴン州の貧しい家庭に生まれ、苦学し、雑役夫など様々な肉体労働を続けながら小説と詩を書き続け、認められて大学の創作コースの教授にもなりました。
しかし精神的に安定する時期は少なく、長年アルコール中毒に悩み、更正施設にも入り、妻とも別れ、マリファナにもはまり、結局肺がんで早死にしました。


その小説をなぜ村上春樹が興味をもって訳そうと思ったか?
は私にもよく分かりませんが、短い・筋というほどの物語の展開もない、余計な飾りを全てそぎ落としたような易しい文章です。
登場人物は、
彼自身の体験と周りの・見知った人たちからヒントを得たのでしょうが、
白人の・労働者階級の・貧しい人たち、しかも、
・アル中で悩んだり、中毒症状を治すための施設に入ったり、
・失業中だったり、
・仕事に充実感も満足感を感じずにただ生活のために働いていたり、
・自分も貧しいのに、母親や離婚した前妻や兄弟から金をせびられて困っていたり
・夫婦仲が破たん寸前だったり、
・理由がわからず、しかし妻がとつぜん自分から去っていってしまったり
・・・・
ともかく、そういう、「失敗者」しかいないのです。

しかし、カーヴァーは、そういう人たちの内面や心理にいっさい立ち入ることなく、
説明もなく、未来も展望も、希望もなく、
しかし短い文章の中で、そういう人たちの「時間の流れ」をただ優しい眼で見つめます。

サンダースやトランプを支持するのは、こういう人たちかなと思いながら、幾つもの小説を読み返しました。


日本にも、こういう人たちを、こういう眼で眺めて、言葉に残す作家がいるだろうか?
と思いました。