1. 晩秋の信州の自然にひたって満足して浮世に戻ると、トランプ次期大統領の誕生です。大喜びしている人たちだけではなく、「ショックと驚き」、そして「反省と失望」を感じた人たちも多かったのではないか。
殆どのアメリカの「予測」が、接戦とはいえヒラリー有利を伝えていただけに、ショックと驚きは当然でしょう。
ここでは、「反省」と「失望」とについて考えてみたいと思います。
(1)まず「反省」について言えば、「予測」を信頼しすぎたことへの反省です。
前回書いたように直前のNYTimesは、85%でヒラリー、上院は54%で民主党勝利を予測していた➡これは何だったのか?
第一に言えることは、もはや「有識者」「大手メディア」「世論調査」が信じられない時代に入ったということで、この点はBREXITですでに実証されていました。
それなのに、終わったあとの、彼らのすべてが深い反省もなく、「何故こういう結果になったか?」の解説と自己弁護に追われているように見えます。
「ヒラリーが既成の秩序の象徴とみられた、それへの不満・怒り・飽きなのだ」といった、後講釈にもっぱら終始しています。
もちろんそれ自体間違いではない。しかしそんなことは事前に十分言われていたことで、その点を認識しつつもなお彼らは最後まで「ヒラリー優勢」を予測していた訳ですから、後講釈だけでは、弁解になりません。
自分たちの存在意義そのものを真剣に考え直す必要があるでしょう。テレビのワイドショウやお笑い番組を楽しむ人たちは、NY TIMESやTIMEなんか決して読まない。
そして後者は前者を理解できておらず、相変わらず昔ながらの「啓蒙が可能だ」という思考にしがみついている、そういう現実をよくよく考える必要があるのではないか。
これがまさに「ポピュリズム」であって、「知性」や「啓蒙」という近代の精神は21世紀には死んだと言ってもいいのではないか。
いささか悲観的ですが、そんな印象を持った選挙でした。
(2)もう1つ、なぜ予測が誤ったか?を一般論として考えたときに、
私自身の反省を含めて、「希望的観測が予測に大きく影響する」という人間の心理があると痛感しました、
人間は得てして「こうあって欲しい」という願望がまずあって、そこから「予測」を立てようとする。トランプには勝ってほしくないという願いが「ヒラリー有利の予測」につながっていく・・・
例えば、英国エコノミスト誌は、直前11月5~11日号の論説で、「仮に投票出来るなら、ヒラリーに投票すべき。彼女がアメリカにとって”最良の希望”だからだ」と論説で強く主張しました。
これを読んだ人なら、「エコノミスト誌の言う通りだ」と納得する人が多いのではないか(もちろんトランプ支持派はこんな雑誌に見向きもしないでしょう)。
2 次に「失望」です。日本人の中で「驚き」と「予測が外れた」人は多かったでしょうが、「失望」した人はそれほど多くなかったかもしれない。
「失望」した理由は、
(1) 私個人であれば、生きている間に(日本は無理にしても)せめてアメリカ240年
の歴史で初めての女性大統領の誕生を見たかった、という失望です。
(自分が正しいと信じることのために、決して夢を捨てないで、と若い人たちに呼びかけた13分のヒラリー敗北演説はまことに立派でした)
http://www.cbsnews.com/news/hillary-clinton-concession-speech-2016-donald-trump/
(2) もう1つは、アメリカ(人)に対する失望です。
50年も昔、初めてテキサス州ダラスに暮らしたときに、
「NYやカリフォルニアはアメリカの一部に過ぎない。親切で善良だが、粗野で、世界を知らない田舎者で、アメリカ(の田舎)が世界で一番だと思っている、思い上がりのアメリカ人が多い」と感じたことを思いだし、こういう連中の(最後の)逆襲ではないかという「失望」です。
それは、「広島・長崎の原爆が正しかった」というアメリカ人と重なり、彼らが、徐々に減りつつあるもののまだ多数なのだという失望でもあります(若い私は、ダラスで原爆を正当化する彼らと何度か議論を戦い、英語の拙さもあって、何度も空しい気持を味わいました)。
(3) 最後に、人間の「品性」は大事ではないのかという「失望」です。
タイム誌は、直前の11月14日号に、「終わりは近い」という記事で選挙戦を取りあげました。
記事では女性の中にも、(ヒラリーを「赤ん坊殺し(人工中絶を支持するから)」と呼ぶ保守的な白人女性を初め)トランプ差別発言を気にしていない支持者もいると指摘。しかし、反対派の女性の「今回の選挙でアメリカは、トランプに全く欠けている、”品性”が問われている」という声を紹介して終わります。
それなのに今回の結果は、「品性・礼節は、大統領の資質には不要」と突きつけられた「失望」です。
3.トランプの、特に女性蔑視発言は、本当にひどいものです。
ところが、中には「男性なんて本音はあんなもの」と思っているアメリカ人女性が結構いるとタイム誌は伝え、ある女性は夫に「あなただってあんなことを言うの?」と訊いたところ、「他に誰も聞いてないと思ったら言うだろうよ」と返事されたそうです。
タイム誌は、こういう礼節を欠いた下品な言動が「男らしい男なのだ」というイメージが、男女を問わず、今も一部のアメリカ人に刷り込まれているのではないかと言います。
女性蔑視発言なんか次期大統領を投票するに当たって問題ないと思っている人が多くいたということ。
そういう人は、「失望」どころか、トランプ勝利を喜び、女なんかに政治が出来るか、「ざま見ろ」と思っているかもしれない。
もっと言ってしまえば、こういう結果は、一部の日本の政治家を安心させ、慢心させるのではないか。
差別発言も女性蔑視もむしろ本音なんだし、むしろ正直じゃないかという気持を助長させるのではないか・・・・
4.さらには、日米の国民性にはちょっと似たところがあって、エリートは嫌いだが、セレブは好き(これが「ポピュリズム」)という嗜好があるのでないか・・・
トランプは「セレブ」で、その暴言は許せる、むしろ愛敬のうち。しかしエリートは、それが女性であれば猶更、謙虚・控えめでなければ許せない・・・
本音では、こんな風に感じている人が、日米ともに意外と多いかもしれない。
考えすぎかもしれませんが、こういう危惧が、私の「失望感」につながっていきます。
5.そして、日本はよく言えば弾力的、融通無碍、悪く言えば(白洲次郎が言ったように)「プリンシプル」がない国ですから、意外とトランプ大統領とうまく対応していくかもしれない。
(対して、プリンシプルに拘るドイツ人、メルケルさんなんか苦労するかもしれない)
もっと言えば、トランプ自身が、「プリンプル」のない、融通無碍に政策を変えていく人物かもしれない(銃規制、移民対策、オバマ医療への反対など、保守的な思考は気になるが)。彼は成功したビジネスマンだそうですが、ビジネスの根っこには、こういう「原理原則に拘らない」実利優先の功利主義の思想があるのではないか。
選ばれた以上は、立派な大統領になってほしいと願いますが、しかし、人間の「品性と礼節」は変わるものでしょうか?