「ちいさなおうち」と古いものを大事にする


1. 前回は、30年着ている古い紺のフラノの上着を仕立て直ししてくれる職人さんが居て感激したという話をしました。十字峡さん長文のコメント有難うございます。


環境保護で 4R(Redece減らす ,Reuse再使用する ,Recycleリサイクルする ,Refuseレジ袋を断る)という言い方があるいは知らず、勉強になりました。
それに Repair(修理する)を加えて5Rとするアイディアは面白いですね。ぜひ普及してほしいものです。
しかも職人さんが手間と技術をかけて「修理する」仕事にはもっと適正な対価を払うべきではないでしょうか。
十字峡さんのお宅では、「電化製品なども流行に左右されることなく、壊れるまで使うのが基本です。我が家では約40年前の品物が今でも現役で活躍しています。電気釜や扇風機など。」
まさに、京都人らしい暮らし方かなと感じました。


2. 家人とたまたまそんな話をしていたら、東京新聞の投書に似たような話が出ていると教えてくれました。2月20付の「声」欄です。

57歳の会社員の投書ですが、この方の場合は、傘です。
「愛用の傘、心意気感じた」という題で、日本橋の老舗から2本、30年ほど前に購入して、「1本は壊れて使用しなくなって随分たつ」。
「購入した店舗に持っていった。これだけ時間が経過しているにもかかわらず、快く引き受けてくれた。
ただ二本の傘は同じ職人が作ったもので、その方は既に亡くなった」
ので、そのお弟子さんが引きうけ「修理を終えて傘が戻ってきた。代金は一本は無料、もう一本も恐縮してしまうほどの金額だった。老舗の心意気を感じた」とあります。


もちろん古い物をいつまでも大事にするという暮らしは、人によって、倹約するとか環境保護という発想もあるのかもしれませんが、
私であれば、そういうことはまず考えておらず、単に「愛着」であり、「思い出」を大事にするという気持ちだと思います。


投書の主も直った傘を再び手にとって、30年前のまだ新人サラリーマンの頃、当時としては奮発して買った新しい傘をさして、雨の銀座通りを「あの人」といつまでも・いつまでも歩いた・・・なんてことを思い出しているかもしれません。

さらに言えば、「仕立てた」上着だと、いつまでも体に馴染んで、大げさに言うと自分の体の一部になっているという感覚です。
私であれば、今回直してもらった紺のフラノは海外に赴任する直前に作ってくれたもの。これを着て、ロンドンの街を歩いたり、パブで生ぬるいビールを飲んだりしたことなどを思い出します。
萩原朔太郎の詩などちょっと頭に浮かべながら
ふらんすへ行きたしと思へども ふらんすはあまりに遠し
せめては新しき背広を着て きままなる旅にいでてみん・・・」


蛇足ですが、この詩でいつも思い出すのが、水村美苗の『日本語の亡びるとき、英語の世紀の中で』という好著の一節です。
著書は、表記法を使い分けることが日本語でいかに大事か、「同じ音をした同じ言葉――それを異なった文字で表すところから生まれる意味のちがい」に日本語の豊かな魅力がある(その魅力が失われつつあるのでは・・・という危機感がある)を説いて、「ふらんす」が「仏蘭西」でも「フランス」でもないことの魅力を教えてくれます。


3. そう言えば、十字峡さんは京都の古いお住いも大事にいつまでも住んでおられますね。これも京都だからでしょうか。

いろいろやむを得ない事情があるのでしょうが、東京世田谷の自宅から駅に向かって歩いていると、まだ建って10年か15年ぐらいしか建っていないように見える立派な住まいを惜しげも無く壊して新築する光景に出会って、驚いています。

今回も私事ばかりで恐縮ですが、30年以上前に、仕事でニューヨークに勤務したとき、家族で郊外の小さな一軒家を借りて住みました。ケープコッド風と呼ばれる、アメリ東海岸に移民してきた初期の佇まいを残す、素朴な木造家屋です。
1階は居間と食堂と主寝室と台所、2階に2部屋ありますが、天井が斜めになっていて屋根裏部屋の趣きでした。アメリカの家としてはほんとに「ちいさなおうち」です。


この家が、もう建築後100年近くになる筈ですが、まだ私たち家族が住んだときと変わらない姿で建っています。
2012年にNYを訪れたときには90歳近い大家さん(本職は元大学の英語の先生)がまだ住んでいました。
昨年は、息子が出張の機会に、訪れました。
しかも、大家さんが、自分でペンキを塗ったり、窓枠の修理をしたり、たいていのことは自分でやって、愛着を持って長く大事に住んでいます。

3. NY郊外のこの家で暮らした数年間は家族にとっても思い出深いだろうと思います。
私の場合も、帰国してから、出張や遊びで何度かNYを訪れましたが、その度に、何はさておいても時間を見つけて、この家を見に行きました。
郊外電車に乗って「ブロンクスヴィル」という駅で降りて、15分ぐらいを歩いて、家が見えてくると、ああまだそのまま残っているなと思うだけで、そこで過ごしたいろいろな出来事が思い出されてきます。
・・・小さな家なので階段が狭くて急で、ある週末同じ職場の仲間が家族連れで遊びに来たときに、若い奥さんが足を滑らせて踏みはずしてしまい、皆で大いに心配したこと、幸に大したことはなかったが、その後も家に集まると話題になったこと・・・など。


メリー・リー・バートンの「ちいさなおうち」という絵本のこともいつも思い出します。この絵本はいまだに私の書棚にありますが、
・・・・ケイプコッド・スタイルの小さな可愛い家が建っているまわりがどんどん開発されていって、高いビルに囲まれてしまう。一軒だけ取り残された家を可哀相に思った人たちが、トレーラーに乗せて田舎に連れていく。緑に包まれて、またとても幸せそうに呼吸を始める・・・そんな物語でした。

幼い頃、子供たちが好んで読んていた本で、「「ちいさなおうち」にそっくり」と言っては、今も残る「ブロンクスヴィル」の暮らしを楽しんでくれたと思います。