『テムズとともに、英国の二年間』(徳仁親王)の英訳(続き)

1.1週間前の週末は、いつも散歩している東大で駒場祭があり、雨にも拘わらず大勢

の人出でした。

f:id:ksen:20191123110221j:plain2.その日のブログは、新天皇親王時代のオックスフォード大学留学についての回想録(英訳)を紹介しました。1週間後の今回も、このユニークな本を読んでいろいろ考えたことです。

(1) 何れ天皇になる人の海外留学は初めて。この本は、これを自らの文章で回想した。

(2) 2年3か月の英国留学で、庶民とはむろん違い、アルバイトの必要もなく、女王を始め王室や貴族たちに招かれ、優雅な体験をした。

(3) 同時に普通の学生と同じ扱いを受けて、寮に暮らし、真面目に勉学をした。(大学での唯一の特別待遇は、英国の首都警察から2人、1週間交代で警護がつき、彼らも寮に寝泊まりし、終始行動をともにした)。

(4)以上を通して、よく学び・よく遊び、稀有な体験をした。

3.(よく学ぶ)

 論文をどのように書いたかが本書の中心部分で、全体の2割を占めます。

 パソコンもインターネットもない時代に、自らあちこちの図書館や地方自治体の資料室を訪れ、コピーをとり、筆写する。参考文献を読み、テームズ川や史跡を見て回る。二人の教授から個別に論文指導と一般指導(チュートリアル)をうけて、書き上げる。

 そういった「学び」を克明に書き残していますが、その真面目さには感心します。いまの日本の大学で、学生はこんなに勉強するでしょうか。

 私だったら「遊学」で終わっただろう。しかし彼は勉強した。(論文は後にオックスフォード大学出版局から出版された)。

f:id:ksen:20191117103058j:plain(2階の右端2部屋が彼の書斎と寝室)

f:id:ksen:20191117103140j:plain(指導教官と、テムズ川の水門(水位を調節する)にて)

4.(好奇心旺盛で、よく活動する)

 音楽や運動に秀でていることをフルに活用する。

・音楽――ヴィオラの演奏をし、英国人の学生や友人とカルテットを組んで、モーツアルトシューベルトの四重奏を学内等で演奏する。

・スポーツ――テニスでカレッジの代表として出場。登山やボートやジョギングも楽しむ。登山では、スコットランドウェールズイングランドそれぞれのいちばん高い山を、全て自分の足で登った。

・友人とよく付き合う。

・街にも出かける。英国内外をあちこち旅してまわる。

・洗濯やアイロンがけも自分でやり、時に失敗もする。

 これらについて例えばこんな風な逸話を紹介します。

(1) ひとりで銀行の窓口にも行き、友人とディスコにも行き、パブでビールを注文して

みる。友人とパブの「はしご」をして“パブ・クロール(pub crawl)”という英語

も覚える。

 こういった出来事がいかに楽しかったかを記したあと、銀行もディスコも「生まれて初めての経験であり、おそらく二度とないだろう」と繰り返し書き加える。

(2) 写真を2千枚も撮り、その都度街の写真店に行って現像してもらい、店員とすっか

り顔見知りになる。

 ある日、「今日はたまたま古い店員が辞めるのでパーティがある。参加しませんか?」と突然言われて驚くが、喜んで出席する。

(3) カルテット(四重奏)を結成した経緯も面白い。学食で朝食を初めて隣りに座った

大学院の院生とたまたま音楽の話になって、「やろうか」ということになった。

(4) そして、この例のように、寮に暮らし、大学の食堂で三度の食事をとることがいかに交友を拡げ・深める大事な場かを語る。昼食が終わると30分ほどラウンジで時間を過ごす楽しさにも触れる。

f:id:ksen:20191112155310j:plain            (5) 食事やパーティの席での日本との違いにも気づく ――「私たち日本人は、パーティなどではお互いに顔見知りの人同士しか話合わない。しかし英国ではそんなことはなく、パーテイでも学内の食堂でも知らない人同士がすぐに話合う・・・そして話題も幅広く、日本と違う。例えば、当時の首相サッチャーの施策についての率直なディベイト(論争)だったりする。」

 だから、学外で同じ仲間と食事する学生も少なくない中で、彼はいつも学内の食堂で食事をし、たくさんの友人をつくり、多様な知を吸収する。

 また、夕食はときどき工夫を凝らすこともある。「玄米だけの夕食(Brown Rice Week)」が1週間続くことがある。何とも粗末だが、食事代は常と変わらず、「差額の代金はチャリティに寄付される」と聞いて彼は、「こういう資金を必要とする人・感謝する人が居ることを考える機会が与えられるのは、とても良いことだ」と気付く。

f:id:ksen:20160826124156j:plain5.(英国と英国人)

 最後に彼は、英国と英国人の特徴について、自分の結論を書き記す。

(1) 伝統と革新が良く調和し、共存している(「大学の儀式で何百年も変わらず、仰々しくラテン語を使う国であり、他国に先駆けて産業革命を興し、ビートルズとミニ・スカートを産んだ国でもある」)。

(2) 長期的な視野にたって考える(「日本人は、直面する課題には取り組むが、長い眼で物事を考えるのは得意ではない、と私は思う」)。

(3) 個人主義、プライバシーを大事にする。

(4) 他方で、社会的な人間関係に巧みで、障害者などの弱者に対して優しい社会である。

(5) そして、日照時間が少ない土地柄もあって、「明かり」を大切にする。

6.(英国を去るに当たって)

 英国生活を思い切り楽しんだ彼は、万感胸にせまる思いでこの地を去ります。

f:id:ksen:20191121120550j:plain「おそらく、私の生涯でもっとも楽しい時間ではなかったろうか(”perhaps I should say the happiest time of my life “)・・・」と。

 そしてヒースロー空港から飛行機に乗って,遠ざかるロンドンの街を窓から眺めながら、「心にぽっかり穴が開いたような気持ちがして・・・のどがつかえるようだった」と想いを伝えます。

 ――こんな日々は二度と戻ってこないだろう。それでも、天皇としての忙しい公務と重い責任の合間に、ヴィオラを弾いたり、好きなシューベルトを聴く時間があればよいな、もっと言えば、好きな勉強を続ける時間も持ってほしい・・・・ と思いつつ、本書を読み終えました。

7.(最後に感想)

そして僭越ながら、以下のようなことも考えました。

――果たして、究極の世襲制といえる天皇制とは、本当に必要なのだろうか?

 自分の生き方を自分では絶対に選べない人間がここにいる。

 少なくとも彼は、せめて娘には、「好きな生き方をしてほしい、好きな勉強を続けてほしい」と願っているのではないか。

 制度として女性天皇女系天皇を認めないのはおかしいという意見には賛成なのですが・・・・