タイム誌「100年100人の女性」と2人のアメリカ最高裁判事

1.前回のブログで、朝の散歩で通る家に咲き誇る薔薇の花の写真を2枚載せたところ、友人が「気に入った」と漢詩を送ってくれました。

「紅白薔薇(そうび)花影新(あらた)なり」で始まり、

「杖を停め陶然とする一散人」で終わる七言絶句です。

 散人は「役に立たない人」の意味だと教えてくれました。最近ステッキをついての散歩が多いので、まさに自身の朝の光景だと思いました。

 苦労している人たちのことを思うと申し訳ないですが、私のような「散人」は「解除」になっても張り切ることなく、散歩以外は「stay home」を続けてせめて人に迷惑を掛けないようにしようと考えています。

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2.ということで、今回も、2か月前の「タイム誌」を眺めながら、しつこく「100年の100人の女性」の続きです。

(1)「女性の選出」だと、男性中心の「今年の人」よりも「社会活動家」が増え、人種や分野が多様化する、と前回書きました。

(2)「多様化」の例として、100人の中にアメリカ連邦最高裁の判事が2人選ばれており、今回はその紹介です。

 女性として初めての最高裁判事のサンドラ・デイ・オコーナー、2人目のルース・ベーダー・ギンズバーグ(RBG)です。

(3)アメリカの最高裁については、このブログで度々取り上げています。人種差別、妊娠中絶、銃規制、同性婚、言論・表現の自由、政府の施策(例えばオバマケアは2012年、5対4の僅差で合憲となった)などの重大な憲法判断がなされるため、判事が保守かリベラルかの構成によって、判決が大きく影響されます。

 アメリカ社会で彼らがいかに大きな役割を果たすか、彼らの任命や司法判断がいかに大きくメディアで取り上げられるか、日本といかに違うかを痛感します。日本で、最高裁判事の名前を言える人がいるでしょうか?重要な憲法判断があったでしょうか?

(4)因みに、いま9人の判事は、保守5人、リベラル4人の構成です。黒人(男性)1人、女性はギンズバーグクリントン大統領指名)、ソトマイヨール(オバマ指名)、ケイガン(同)で、この女性3人が何れもリベラルです。

 過去50年近く、リベラルが優勢でしたが、ここに来てトランプが判事指名のチャンスを得て保守2人を選び、逆転しました。

f:id:ksen:20200529114645j:plain3.まずは、「100年100人の女性」の中の2人の最高裁判事のうち、オコーナー判事についてです。

(1) 彼女はすでに退任しましたが、1981年レーガン大統領が指名しました。当初、保守派と見られていたが、就任後は「中道」で、しばしば最後の1票を決めるキャスティング・ボートを握る存在として注目されました。

(2)アメリカでは、妊娠中絶の禁止を定める州法が憲法に照らして合憲か違憲かが大問題で、長年にわたって社会を分断し、その激しい争い(殺人事件まで幾つも起きた)はいまも続いています。

 1970年代のリベラル優勢な最高裁で、「ロー対ウェイド」事件で初めて違憲とされて、妊娠中絶が認められました。

 これを覆すのが保守派の悲願で、オコーナー判事はその役割を期待され、彼女自身就任前は中絶反対の意見だったが、最高裁入り後は熟慮の末賛成に転じました。

(3) 他方で、2000年の、アメリカ大統領が史上初めて最高裁によって選ばれるという「ブッシュ対ゴア」事件では、彼女の賛成で5対4で保守派が多数意見となりました。

 この判決をゴアも「同意できないが、決定には従う」として受け入れ、結果的にブッシュの勝利が決まりました(注:大統領候補といえども、不服でも最高裁の決定に従う。このあたりは「法の支配」が徹底していて、立派なところです)。

 この判決には「司法が介入すべき問題か」という批判が、保守的な憲法学者からもでましたが、結果的にオコーナー判事が重要な役割を演じました。タイム誌は、その彼女を判決の年2000年の「今年の女性」に選びました。

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(4)因みに、このように時に右にも左にも行くオコーナー判事が、終始リベラルとともに守ってきたのが妊娠中絶を認める立場ですが、それがいま新たな訴訟事件として、保守派が優勢となった最高裁に上がっています。

 保守派多数の最高裁が長年の悲願である「ロー対ウェイド事件」を覆して、中絶を禁止する州法を合憲とする判決を出すか?これはアメリカ社会の大問題で、大きな注目を集めています。初夏にも判決が出ると予想されています。

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4.最後に、もう一人のルース・ベーダー・ギンズバーグ判事(RBG)です。

(1) 彼女は、1993年就任し、史上2人目の女性、初のユダヤ人の判事。現在も現役、86歳の最高齢で、筋金入りのリベラルです。

 当時女性の殆どいなかったコロンビア大学ロースクールを首席で卒業し、同大で教えたあと、「1973年アメリカ自由人権協会の法律顧問に就任、一貫して女性の権利向上に訴訟を通じて取り組む。・・・女性差別違憲とする画期的な判決多数を、最高裁からかちとった」(注:阿川尚之氏の『憲法で読むアメリカ現代史』からの引用ですが、こういう人物が最高裁の判事入りをする時代がアメリカにもあった、トランプ時代といかに違うか、を痛感します)。

(2) タイム誌は1996年の「今年の女性」にRBGを選びましたが、この年彼女は、名門ヴァージニア士官学校に女性が入学できないのは不当だとする訴えを認めて、違憲とする「多数意見」を書きました。

このときのRBGのコメントをタイム誌は以下、引用しています。

「この判断は女性の解放だけではなく、男性の解放にもつながるのです。なぜなら、もし女性が社会でも軍隊でも指導者になる機会が与えられたら、男性は女性から指示されることに抵抗を感じなくなることでしょう。」

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(3)アメリカの最高裁判事は本人が退任を申し出ない限り、終身です。    保守化する最高裁を懸念して、RBGに何とか引き続き職に留まってほしいというリベラル派の願いが強まっています。高齢でしかも手術で満身創痍といっていい彼女が引き続き頑張れるか、トランプ再選の行方とも絡んで注目されます。

 しかし彼女自身は未来に楽観的で、タイム誌に語った言葉によると、

「変化は、普通の人たちの草の根の努力から生まれるのです。そして男性もまたその努力に参加しなければならないのです」。

(4) 2018年には、彼女の活動を描くドキュマンタリー映画「RBG最強の85歳」が、伝記映画「ビリーブ・未来への大逆転」が作られました。前者はアカデミー賞の候補となり、日本でも公開されました。

http://www.finefilms.co.jp/rbg/