アメリカの最高裁判事選任とトランプ

1. 甲子園高校野球での秋田の農業高校の大活躍は、何となく楽しかったです。
現地農業新聞の号外も出たそうですね。
我々老夫婦は畑でじゃがいもを作ったりして、プロの農業をやっている方にはご迷惑をかけていると思いますが、それでも農業高校の頑張りは嬉しく思います。
秋田の女性の友人から「これぞ、高校野球という感じでしたものね。みんなジャガイモみたいでしたし。準決勝までは嬉し涙、決勝では悔し涙にくれた人が多かったようですが、私はこんなに長時間試合中継を見たことがありませんでした」というメールが届きました。


2. 閑話休題
今回は、7年前に書いた「アメリカの憲法」に関するブログにいまになってコメントを頂いたことに感激して、堅い話題ですがアメリカの最高裁の話です。
11月の中間選挙を前に、最高裁判事の選任が大きな話題になっています。
まず、アメリカの最高裁判所の判事は、首席判事(Chief Justice)の他8人計9人。
大統領が指名し、上院の同意(過半数)を得て任命する(憲法2条)。終身であり(同3条)、本人の意志で引退するか死去するか弾劾されるかでないと交代の機会はない。
大統領にとってこの機会に、自分の思想信条と同じ後任を選びたい、これを上院が同意するかどうかがいつも大きな政治問題になる。メディアも大きく取り上げる。


3.今回、6月にアンソニーケネディ判事(81歳)が引退を発表し、トランプは7月9日後任に強硬な保守といわれるカバノー現連邦控訴裁の判事(53歳)を指名、上院が同意するかどうかが注目されています。
現在上院議席は与党共和党51、野党(民主党プラス無所属)49です。
トランプはすでに2016年1月に急逝したスカリアの後任に保守派のゴーサッチ判事を任命しており、これで2人目を選ぶチャンスを得ました。
実は、スカリアはオバマの任期中に死去したがオバマが指名した(経歴的には文句なく
優秀な・しかしリベラルな)候補は共和党多数の上院が審議を引き延ばして抵抗し、同意に至らなかった。民主党はこれを恨んでおり、今回は相当な抵抗をするのではないかと言われていますが、多数には敵わないのではないか。


4.ちなみに、ケネディ前判事を含む9人の写真は

右の通り。前列左から、ギンズバーグケネディ(引退)ロバーツ(首席)トーマス、ブライヤー。後列左から。ケイガン、アリート、ソトマイヨール、ゴーサッチ。


ケネディを除く8人の特徴は以下の通り。
(1)首席判事―ジョン・ロバーツ(ブッシュ(息子)大統領指名)
  (2)残り8人のうち女性3人(うち1人はヒスパニック、2人はユダヤ系)、黒人1人。
  (3)保守が4人(ロバーツ、黒人のトーマス(ブッシュ父指名)、アリート(ブッシュ息子)ゴーサッチ(トランプ))、
リベラルが4人(ギンズバーク(クリントン指名)、ブライヤー(同)、ソトマイヨール(オバマ)、ケイガン(同))


5.今回の最高裁判事の選任がなぜ大きな注目を集めるかについて以下触れますと、
そもそもアメリカにおける司法とくに最高裁の存在の大きさ。具体的には、
(1)議院内閣制に比べて三権分立が厳格であり、司法の果たす権力をチェックする役割が大きい。国民から選ばれた存在ではない最高裁が持つチェック機能は、民主主義と立憲主義との両立です。
(2)最高裁違憲審査権を有していて、しかも英国と同じく「判例法」の国であり、最高裁の判断が「法」になる。
(3)訴訟文化、すなわち法廷で正義を実現しようという価値感が社会に根付いている。


6.従って、重要な、国論を二分するイシュウ(例えば、言論・表現の自由、人種差別、男女平等、妊娠中絶、銃規制、死刑制度、環境保護など)が最高裁の判決によって(しかもしばしば僅差によって)決定され、それが「法」となる。
これらのイシュウにおいて保守派(主として共和党支持)とリベラル派(民主党支持)は鋭く対立する。時にイデオロギーや宗教や利害がからむため、対立は先鋭化する。しかし、ひとたび最高裁の判断が下されれば、「法」であり、反対派も従わざるを得ない。事態を変えるには、最高裁の判事の構成を変えて自らの思想信条に近い判事を増やして、先例をくつがえす判決を出してもらうしかない。


7.戦後すぐの1950年代、60年代、70年代の最高裁はリベラルな傾向が強く、その路線に沿った判決が多く出た。
代表的なのが、(1)公立学校での人種による分離を判事全員一致で違憲とした1953年ブラウン対教育委員会事件(米最高裁の歴史でもっとも重要な歴史的判決といわれる)。
(2) 1973年、妊娠中絶を憲法上女性の権利として認め、中絶を禁止するテキサス州法を7対2で違憲にした、ロー対ウェード事件、の2つである。


8.これに危機感を抱いた共和党のとくに右派は、「司法の保守化」を最重要の政治戦略に据える。
しかし、共和党レーガン大統領の任命したオコーナー(初の女性判事)やケネディの二人が、期待に反してリベラルな判断に傾くなど、保守化はなかなか実現せず(保守3、リベラル4、中間(オコーナー&ケネディ)2の構成が続く)。


9. 2005年から現在までのロバーツ・コート、とくに06年オコーナーの後任に保守強硬派のアリートが就任してからは「保守化した」と言われたが、中間派ケネディ判事がキャスティング・ヴォートを握り、保守4、リベラル4、中間1の構成となり、期待していた「保守化」は必ずしも実現できていない。

10. ところが,そのケネディ判事引退でトランプは超保守を指名、上院が同意すれば
「保守派」の過半数が実現する。しかも残り8人のうちギンズバーク(81)・ブライヤー(79)のリベラル2人は高齢であり、近い将来の引退もありうる。トランプにまたまたチャンスあるか?


11.しかもトランプが選んだ二人はまだ50代前半で、カバノーが任命されれば二人とも
これから何年も最高裁に留まる可能性が高い
➜ということでいよいよ「司法の保守化」が実現するであろうことが、今後のアメリカ社会の行方として予測されています。
具体的には、これから先の少なくとも数十年のアメリカでは、
(1) 行政権、そして大統領の権限を拡大する、
(2) 人種優遇措置に終止符を打つ、
(3) 公的領域に宗教を取り込む、
(4) 同性愛者の婚姻や銃規制を違憲とする、移民への規制を合憲とする、
(5) そして何よりも1973年のロー対ウェード判決をくつがえし、州による中絶規制を可能にする・・・・
といったような社会になっていくのかが問われているのでしょう。
アメリカ以外の諸国にも何らかの影響を及ぼすであろう、思想的にも社会的にも大きな問題だと思います。