- このところ原田マハさんの小説を、夫婦で競争で読んでいます。今回は、
『美しき愚かものたちのタブロー』(2019年、文藝春秋、「タブロー」は絵画のこと)
『異邦人(いりびと)』(2018年、PHP文芸文庫)
の2冊を取り上げますが、前者は茅野市の図書館から借り、後者は縁あって直接著者から頂戴しました。
2冊とも、もと美術館の学芸員だった著者がもっとも得意とする、美術を取り上げた作品です。
- 『美しき愚かものたちのタブロー』は、「史実にもとづくフィクション」という断り書きがあります。
(1)1916年頃から26年にかけて、実業家松方幸次郎(明治の元勲、正義の4男)は、パリやロンドンで印象派の名画などを大量に購入した。
本書は、
・日本に初の西洋美術の美術館を作って本物を若者に見せたいという夢を叶えるために、松方たちが収集に動く、
・購入した絵画を戦争中必死に守ろうとする人たちがいた、
・「松方コレクション」は戦後フランス政府に没収されていたが、日本側は、講和成立直後の1953年、返還(フランス政府は最後まで「寄贈」と主張)交渉を何とか成功させる、
・その条件として1959年上野に国立西洋美術館が完成する、
までを追った物語です。
(2)松方幸次郎が、クロード・モネが晩年を過ごしたパリ近郊のジベルニーの住まいを訪れる場面や、ゴッホの傑作「アルルの寝室」を購入する逸話など、西洋絵画に興味のある人にはとても面白い。
ちなみに、フランス政府は没収していた松方所蔵の西洋絵画351点彫刻67点のうち21点は「国の宝であり、国外に持ちだすことは許さない」と最後まで「寄贈」を拒否し、「アルルの寝室」もその1つでした。いまはパリのオルセー美術館に展示されています。
- 物語の魅力を話し始めると切りがありません。ここでは些細なことを一つだけ紹介します。本書の主な舞台はパリですが、松方はロンドンにもニューヨークにも滞在します。彼の助手として働く若い日本人2人が、当時の3つの大都市を比較して語る場面があります。
――ロンドン:堅牢な煉瓦作りの建物、整備された街並みには電柱も電線もない。成熟した都会の景観に圧倒される。しかし、つんと取り澄ましたところがある。気取った貴族の奥方のようだ。
他方でニューヨークは、賑やかで雑多、おきゃんな女学生という感じ。
そして何といっても、パリは別格。「そりゃもう、運命の女(ファム・ファタル)だね」。
- この「運命の女」と言う言葉を、原田マハさんは京都についても使います。
(1)『異邦人』は京都を舞台の小説です。こちらは実在の人物は登場せず、しかしやはり美術(日本画)を取り上げ、個人美術館や画商や画家の内幕を伝えてくれます。あっと驚く展開が多く、巧みな物語づくりに感心します。
(2) 同時に、川端康成の『古都』をお手本に書いたそうですが、四季折々の移り変わりや行事が美しく、華やかに描かれます。
(3)そして主人公の女性・菜穂(個人美術館の副館長)が、京都に長逗留し、この土地の魅力にのめりこんでいきます。菜穂の夫(銀座の画廊の跡取り)は、こう感想を漏らします。
―――この街は、ぞっとするほど魅力的だ。・・・・同時に、近寄りがたいほど気高い。
まるで、運命の女(ファム・ファタル)のように、魔物のように、美しい。
底なしの湖のように奥が知れぬ。冷たく、そら恐ろしい。―――
作者がパリと京都をともに、サロメやカルメンを指す言葉としての「運命の女」という同じ比喩で例えているのが面白いです。
(4)「余所者は、到底この街には受け入れられないだろう。
菜穂は、それに気づいていない」ともあり、
私のように仕事で13年京都に住んだだけではまさに「異邦人(いりびと)」なのだろうなと思わざるを得ません。
そして、よくコメントを頂く何人もの生粋の京都人が、原田さん描くところの京都をどう感じたかに興味があります。
(5)最後に、その京都人のひとり、藤野さんの京都御所南にあるお住まいが、本作がテレビ化されるにあたって舞台に使われるという朗報をご報告しておきます。
このお住まい、国の有形文化財になり、「藤野家住宅」として一定時期に公開されています。
国登録有形文化財 藤野家住宅 (fujinoke.kyoto)
撮影はもう終わり、女優さんが3人来て一日がかりの撮影だったそうです。11月にWowowから放映とのことです。