1.「テレビのニュースをつけても、世界も国内も暗い話題ばかりで明るい気持になれない」と妻が嘆いています。
前回紹介した精神科の医者が書いたベストセラー『80歳の壁』には、ご丁寧に「高い壁を低くするヒント50音カルタ」まで載っています。
最後の「わ」は「笑う門には福来る」です。
「19世紀のアメリカの心理学者ウィリアム・ジェームスの言葉で、この章を締めくくります。
楽しいから笑うのではない、笑うから楽しいのだ――」とあります。
2.読んで、10年も昔、ささやかなエッセイ集を出して、その中で「ユーモアの作法」と題する章をまとめたことを思い出しました。
ジョークや面白い事例や調査報告などを紹介し、各国の「笑い」についていろいろ考えたものです。
―-例えば、アメリカ人の実験の紹介です。ショッピングセンターの来店客に向かって、微笑んだ場合は40%が、しかめ顔をした場合はたった6%が同じ反応を返した。この実験を踏まえて調査は、「君が笑えば、少なくとも世界の半分が笑いを返してくれる」と呼びかけていました。―-
いま世界には、「笑うから楽しい」と思える状況が本当に少なくなりました。
3.ただ、テレビの国際ニュースを見ていると、時々楽しくなる場合があります。
先週は 、BS1「世界のトップニュース」は「英語で歌舞伎、人びとに笑いを」と題する話題を取り上げました。
(1)アメリカ・オレゴン州のポートランド州立大学の学生が歌舞伎を上演した。
(2)指導したのは、コミンズ教授という、若い頃京都で学び、ドナルド・キーンの愛弟子で日本古典文学の専門家。
彼は、「日本の古典芸能は世界一だと思う。シェークスピアを上回るのではないか」と語ります。
(3) 今回取り上げたのは、三島由紀夫の創作歌舞伎「鰯売恋曳網(いわしうりこいのひきあみ)という喜劇。セリフは英語です。
コミンズ教授は、演出をし、学生を指導し、当日は日本語で口上を述べ、謡いも担当しました。
(4)出演者はすべて学生、主役の女子学生は、「アニメが好きで日本文化に興味持ったが、コミンズ教授のもとで古典の面白さに目覚めた」。
道具立てや衣装や髷などを作るには、コミンズ夫人初め在住日本人のボランティアも活躍した。
(5)大学で4日間上演、1000人以上が観に来てくれて好評だった。
4. 早速図書館で、「三島由紀夫全集第21巻戯曲(2)」に所収の本作を読みました。
(1) 室町時代の京都を舞台に、いわし売りの猿源氏と傾城(けいせい、高級な遊女のこと)蛍火(実は、丹鶴城の姫)の掛け合いを中心にした、1幕2場の喜劇です。
(2) 他愛もない作品ですが、面白いです。三島のオリジナルだそうで、彼のきらめく才能が溢れ、本人も楽しんで書いたのでしょう。
昭和29年に発表。同年東京歌舞伎座で初演された。演出:久保田万太郎、歌右衛門が蛍火を、勘三郎が猿源氏を演じた。
(3) 以下の本人解説があり、29歳の青年作家の気負いも感じます。
「新作歌舞伎を書く上で2点考えた。
・1つは、歌舞伎の伝統とくにその天才的な様式美を100%以上活用すること。
・その上で、現代のわれわれには共鳴できない部分も多い。
そこで、悲劇からは封建道徳と義理人情を、喜劇からは低俗さをとりさって、人間的な劇を創造すること」。
5.三島の没後50年の2020年に上演予定だったが、コロナで延期されて、今年無事上演されたとのことです。
アメリカ人の大学生が三島由紀夫作の歌舞伎を上演し、喜んで見る観客がいる。それを実現させたドナルド・キーンの愛弟子がいる・・・
世界はこうしてつながっていくと感じさせる明るい話題で、久しぶりに幸せな気持になりました。