エリザベス・ウォーレンと「アメリカの資本主義への新しいプラン」

1. TVを観ていたら、ラグビーW杯の決勝戦を終えての座談会で、元日本代表の五郎

丸歩選手がこんな趣旨の発言をしていました。

「もちろん日本代表チームのさらなる活躍を期待したい。同時に、日本人選手がたとえばイングランド代表のジャージーを着て活躍する日が来ることも期待したい」

――これが、ラグビー選手にとって当たり前の発想なんだ、と印象に残る言葉でした。オリンピックや野球やサッカーにはそれがない。「久保選手がスペイン代表としてサッカーW杯で活躍してほしい」とは誰も言わないし、そもそも(日本国籍を放棄しない限り)可能ではない。

 多様性は「日本代表だけ、日本社会の中だけ」で根付くものではない。いつの日か、日本人の選手がイングランド代表として仲間と肩を組んで試合前の「ゴッド・セイブ・ザ・クイーン(その時は、もうキングか!)」を歌う光景が来るかなと思うと面白いです。

f:id:ksen:20191102122934j:plain2. ところで今回は、アメリカ大統領選挙があと1年を切ったところで、民主党の有力

候補に目されてきたエリザベス・ウォーレンについてです。

 英国エコノミスト誌10月26日号は、彼女の写真を表紙に載せ、論説で取り上げました。彼女については、米国タイム誌がすでに5月20日号で特集を組んでいます。当年70歳の、もとハーバード大教授で現マサチューセッツ州選出の上院議員です。

3. まず、エコノミスト誌の要約です。

 エリザベス・ウォーレンは、注目すべき(remarkable)女性である。

(1) オクラホマの貧しい家庭に生まれ、刻苦勉励のあげく、超名門ハーバード大学の有名教授になった。破産法について優れた業績を残した。今はハーバード時代の同僚と幸せな結婚をして39年経つが、2児のシングル・マザーとして奮闘した時代もあった。

(2) 政治家としては、「ツイッターで簡単にメッセージをたれ流す政治」の時代に「有数の政策通」として知られ、リーマン・ショック後のアメリカ社会を立て直すべく様々な立法に実績をあげた。

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(3) 民主党の大統領選候補者選びにバイデンを猛追しており、賭け屋は50%の確率で彼

女が候補になると予測している。「いま選挙が実施されたらトランプとウォーレンと、あなたはどちらに投票するか?」の世論調査では、トランプを上回っている。

(4) 最も「remarkable」なことは、彼女がアメリカ社会の問題(格差の拡大、貧困層

増大など)を直視し、アメリカの資本主義を改革・再生しようとする提言・施策を打ち出していることである。それは、1930年代のフランクリン・ルーズベルトが掲げた「ニュー・ディール」以来の野心的なものと言える。

(5) そのために彼女は、腐敗し、普通の庶民に目を向けていないと信じる現在のシステムを変えるための詳細なプランを提示する。

 そのアイディアの多くは優れている。しかし根っこのところで彼女は規制と保護主義に頼ろうとする。それはアメリカが抱える問題への解答にはならないと本誌は考える。

(6)共和党ウォール街は彼女を「社会主義者」と呼ぶが、それは間違っている。

 自分でも「私は心底、資本主義者であり、市場を尊重する」と語る。「但し、公正なルールに沿っている限りは」という但し書き付きで。

f:id:ksen:20191105135232j:plain(7)本誌は、彼女のアイディアの幾つかを支持する。最低賃金の引き上げや富裕層への課税強化も必要と考える。しかし、ウォーレン氏は、私企業のダイナミズムとイノベーションアメリカ社会の繁栄の土台であることも信じるべきである。

――と書いて、「彼女のプラン」はアメリカ資本主義を“良くも悪くも”変えることになるだろう」と、資質と姿勢は評価しつつも政策の方向性には批判的です。

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4.他方でタイム誌は、5か月以上も前に彼女の特集記事を組み、政策の内容もさるこ

とながら、問題意識と真摯な取り組みを評価しています。

(1) 同誌も、ウォーレンは「起業家精神と市場」を信じる、その点でバニー・サンダー

スとは異なる人物であると理解します。

(2)その上で、彼女の強さは、「私には政策がある」と繰り返し語るように「メッセージ

やレトリック」ではなく、その政策は「基本にこだわり、実質や中身をもち、具体性がある」。トランプ政治への大きな挑戦といえる。

(3) と書いた上で、懸念も表明します。保守的になった最高裁共和党主導の上院や大

企業を敵にしてしまうだろう、民主党の穏健派でさえ、彼女の進歩的な政策に二の足を踏む可能性がある。果たして彼女の政策提言は実効性があるだろうか、という現実的な懸念です。

(4) その「政策提言」の中身については両誌ともに紹介していて、いろいろと勉強にな

りました。

たしかに、保守勢力の抵抗は強いでしょう。それでも、アメリカの資本主義は変革が必要だと感じている人は少なくないのではないか。その点で、「リーマン・ショックが起こる前からアメリカ経済の危機を警告していた」とタイム誌が伝えるウォーレン氏の存在感は大きなものがあると思われます。

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5. タイム誌の記事は、有権者や識者の直接取材も取り上げています。

(1)例えば、「もし彼女がオクラホマエリザベス・ウォーレンなら勝てる。しかし、ハーバードのエリザベス・ウォーレンなら負ける」というある識者のコメントは面白い。

(2)友人の評によると彼女自身は、「いつまでもオクラホマ訛りの抜けない、心性ではいまだに労働者階級の女性で、文化的にも社会的にもハーバードの先生ではない」そうです。

(3)しかし、当然ながら反対派はその点を攻めてくるでしょう。この国に根強くある「反知性主義」の風土はそれを後押しするでしょう。批判派は、皮肉交じりに彼女を今も「教授(プロフェッサー)」とよび、少しでもエリート風が見えるとその点を攻撃する。

 とくに、人身攻撃をもっとも得意とするトランプは、執拗に攻撃してくるでしょう。事実と異なっても平気で「社会主義者共産主義者」のレッテルを貼るでしょう。

(4)タイム誌は、そういった攻撃に対するのに、彼女にややナイーブな面があること、自分でもそれを認めていることを懸念しています。

(例えば、彼女にネイティブ・アメリカンの先祖がいたこと、それがハーバード大の教授昇進に有利に働いたのではないか、と指摘を受けたときに彼女は対応の不手際をみせ、評価を落とした。のちにボストン・グローブ紙が、先祖がいたとしてもそれが昇進に影響した事実はないという調査結果を記事にしてウォーレンを支持したが、トランプは彼女を「ポカホンタス」と呼んでからかった。ポカホンタスとは、英国がアメリカ新大陸に「ヴァジニア植民地」を建設した時、それに参加した英国人と結婚したネイティブ・アメリカンの長の娘で、ディズニーの映画にもなった)。

 その点で、前回トランプに敗れたとはいえ、したたかで外交経験も豊富で、きったはったもできるヒラリー・クリントンとはおそらく違ったタイプの女性、しかしそれだけに、理想に素直に反応する若者の支持はより多く受けるのではないでしょうか。

 大統領選はこれから1年の長丁場、彼女がどこまで支持を伸ばせるか、注目したいです。

 

『2038滅びに至る日々』(廣田尚久、河出書房新社)を読む

1.昨夜はラグビーW杯決勝を蓼科でTV観戦しました。

スタンドに「サー・エディーを首相に(Sir Eddie for PM)!」と書いて応援する英国人ファンがいました。たしかに優勝したら叙勲して「サー・エディー」になったかもしれない。「首相に!」というのが面白い。もちろんジョークでしょうが(エディーはオーストラリア人)、よほど今のBrexitをめぐる政治の混乱にうんざりしているのでしょう。

  今年最後の滞在に、田舎家に短期間来ています。水抜きをして家を閉めて、来年来られればよいなと思いつつ東京に戻ります。この時期、紅葉がきれいで、静かな山奥です。

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2.10月27日から11月9日までは読書週間です。評論家の斎藤美奈子さんによると、

「若者や子どもの読書離れがささやかれて久しいが、子どもが読む本の数はさほど減っていない」そうです。新聞のコラムに、「小学生が読む本の冊数は一カ月で約十冊、中学生は約四冊だ。一方、成人の場合は約半数が月に一冊も読んでいない」と書いて、「私の率直な感想は「中高年男性が本を読まなくなったんだな」である」と続けています。

 そういえば、渋谷の本屋(東急百貨店の中にある)に行く途中、歩道を夢中になって本を読みながら歩いている小学生の姿を見かけました。いま「スマホ歩き」が殆どで「読書歩き」は見たことがなく、珍しい光景です。危ないなと思いながら、他方で自分にもそんな子供時代が昔あったなと懐かしくなって、思わず写真を撮ってしまいました。

 読みかけの本がどうしても手から離せず、通学帰りのバスを降りても、区切りがつくまでは歩いても読みつづけてしまう、そんな中学時代の思い出が私にもあります。この少年の気持ちがよく分かります。

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3.たまたま友人が、自分が書いた小説を送ってくれたので、いろんな「中高年」がいるなと考えました。

『2038滅びに至る門』は、彼が今年の3月、河出書房新社から出したものです。

 中高・大学と一緒だった彼は、卒業後某鉄鋼メーカーに就職したがすぐに辞めて6年後に司法試験に合格し、弁護士になりました。「紛争解決学」が専門でその方面の著書もあり、法科大学院でも教えました。

 かたがた、65歳で最初の小説を出版し、本作が5作目。ベーシック・インカム問題を取り上げた次作もすでに書き終えて、出版社に渡したそうです。

 そのエネルギーと物語を作りあげる能力に感心します。

f:id:ksen:20190921154502j:plain ITが専門の西垣通東大名誉教授が、7月23日の毎日新聞に長文の書評を載せました。

(1) 本書『滅びに至る門』は、約20年後の近未来を扱った、いわゆる「デストピアユートピア・理想郷と正反対の社会)小説」です。 

(2) 2038年の世界、「アメリカ合衆・連邦国」が舞台。そこでは特別のAIが開発されて人間の知能を超えて、アレクサンドロス十九世と呼ばれる皇帝になり、国の最高施策を決定するようになる。

(3) その皇帝が宣託(神のお告げ)を述べて、核攻撃が起こり、世界は破滅に向かう。

という物語です。

4.この点を以下に少し補足します。

(1)本書が描く20年後の世界は以下のようなものです。――

・まず、依然として「地球は「国」という単位で仕切られている」。

アメリカが南北アメリカを合わせた大規模かつ強大な連邦国家になり、自給自足が可能になり、移民の受け入れも禁止し、「他国の疲弊や解体を尻目に見て、ひとり勝ちの状況にある」。

・他方でEUは縮小を重ね、多民族国家のドイツは紛争に明け暮れ、フランスはイスラムが多数を占めている。「ロシアは見る影もなく」、中国は衰退し、八つの小さな独立国家が生まれた。中東やアフリカは相変わらず内戦が絶えない・・・

――20年後のこういう世界の姿、とくに南北アメリカの統一などは現実的でない気はします。

 しかし、小説は「何を、どのように書いてもいい自由な文学形式」なので、想像することは十分許されるし、面白いです。(フランスが近未来にイスラム国家になるという小説が、4年前にフランスで出版されてベストセラーになり、邦訳もされました)。

(2)ところが、このような「ひとり勝ち」のアメリカの問題は、社会が分断され荒廃していること。

 西垣氏の書評を引用すると、

「歴史家ハラリが『ホモ・デウス』で予言したように、人間は(AI社会を生き残った)ごく少数の上層民と圧倒的多数の下層民に分断される。上層民はマネーゲームにうつつを抜かし、富を独占して酒池肉林の生活に溺れるばかり。下層民は地を這うように生きているが、下手をするとたちまち棄民として環境汚染地域に追放されてしまう」。

(3)AIは人間の知能を超えるようになった。しかし道徳と倫理は相変わらず人間並みであり、「ヒトは、特異な共食い動物です」と登場人物が指摘するような状況は変わらない。

 だからこそAIの最高指導者は,「パリのエッフェル塔周辺を弾道ミサイルをもって攻撃せよ」という、奇怪で怖ろしい宣託を述べてしまう。

 果たしてアメリカ大統領は、この新しい「神の声」に従うだろうか?

f:id:ksen:20191101185628j:plain5.「ヒトは特異な共食い動物」という嘆きに、私は、本年1月に93歳で死去した哲学者の梅原猛が生前書いていたことを思い出しました。

 東京新聞に26年間も随想を連載した氏は、2016年4月25日号に、「戦争する動物」と題して、以下のように書きます。

「私は甚だ悲観的な人間観をもっている。それは、人間というものは戦争すなわち大量の同類殺害を行う動物であるという考え方である。

 人間以外の動物は、人間が行うような大量の同類殺害をほとんど行わない。

 ゴリラは人間よりはるかに平和を愛する文化的な動物ではなかろうか」。

 そして、「長年の思索の結果・・・・、人間という甚だ知能の発達した動物が行った自然破壊という暴挙が、その始まりではないかという答えを見つけた」と続けます。

―――たしかに、よく晴れた秋の空を眺め、色づいた木々を眺め、鹿や小鳥の姿を眺めながらひとりで歩いていると、梅原氏の嘆きが伝わってくるような気がします。

f:id:ksen:20191031123403j:plain        他方で本書の著者は、宗教とくに一神教の神を人間がつくったことに原因があるという意見を、破滅する世界の隅に追いやられた棄民たちに言わせます。

 旧約・新訳聖書の唯一神であるヤハウェを「狂暴で、嫉妬深い神」と呼んだり、「ヒトが神をつくって戦争や人殺しを正当化したのではないか」という、宗教を信じる人にとってはかなり刺激的な言葉が紹介されます。

6.しかし本書は同時に、そういう棄民たちに少しの希望があるという逸話も語ります。

すなわち、西垣氏が紹介するように、

「棄民の集落では、人々が盲目のピアニストの音楽に耳を傾けながら、ひっそりと暮らしている。その情景は美しい」。

 人間はゴリラと違って「戦争する動物」かもしれない。

 しかし同時に、「音楽を奏で、それを聞く動物」、本書の著者のように「本を書き」、「それを読み、感じる動物」でもある・・・・・

 そういえば、前回のブログに、新天皇が皇太子時代に書いた「テムズとともに」を紹介したところ、岡村さんから「滅多に行かない図書館で借りて読んでみたい」という読書週間らしいコメントを頂きました。

 

 

 

「平和を願い、国民に寄り添い、憲法にのっとり~」

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1.(1)またまた台風による記録的豪雨が大きな被害をもたらしました。

  そんな中でラグビーの話題かつ身内の話で恐縮ですが、東京在の長女夫婦は揃ってラグビー狂で、「もうすぐ終わると思うと寂しい、しかし逆にそろそろ終わらないと体がもたない」とメールが来ました。

香港のラグビー・チームについてもいろいろ教えてくれました。

「近代国家の線引きと少し角度の違う価値観という意味で、香港とラグビーは相性がいいと思う」というコメントもあり、その通りでしょうが、それだけに本土の締め付けも強いのではないか。「チームのメンバーや観客は“香港人”より英国系が多く、しかも中国国歌を歌う」そうで、その表れかもしれません。

 その“香港人”ですが、24日付の東京新聞によると「6月の香港大の調査で18歳から29歳の2.7%が「自分は中国人」と答えた一方、「香港人」と答えたのは75%だった」そうです。香港人の若者が(今はそんな余裕はないでしょうが)香港ラグビーをもっと応援すれば面白いのではないかと思うのですが。

(2)他方で英国在の次女からもメールが来ました。

小学3年生の孫は、「週3回ラグビー(この年齢ではコンタクトは厳しいので、「タグラグビー」といって体の両脇にヒモを付けてボールを持っている人のヒモを取るゲーム)をやっており、先週土曜日は雨の中、ウィンブルドンの男子校と対決。6人制ですが、彼は2トライを決めた上に相手の「タグ」を取りまくったことが決め手となり、"Man of the Match" になりました。ということで、我が家も日本の活躍に盛り上がっています。相変わらずの親ばか報告お許し下さい」というメールが来ました。f:id:ksen:20191027075823j:plain(3)我々老夫婦はTVで、台風被害の映像に心を痛め、ラグビー観戦もしつつ、調布の神代植物公園で10月8日から「秋のバラフェスタ」を開催しているので見に行きました。

 薔薇は、それぞれの名前を知るのも面白いです。「プリンセス・チチブ」(この薔薇は英国製。秩父宮妃はロンドン生まれ、かっての「朝敵」会津藩松平容保の孫)や「ピース(平和)」や「イングリッド・バーグマン」は古くからある定番です。

 その英国の国花・薔薇を胸につけて戦ったイングランド選手、昨日の対ニュージーランド戦で大いに頑張りました。

2.「ピース」と言えば、新しい天皇が即位し、「平和を願い、国民に寄り添い、憲法にのっとり~」と宣言しました。

願ったところで平和が来るものではないにしても・・・・。

とくに中東は、「戦争が日常で、平和が非日常な」世界が続き、今回の、クルド人を見捨てて米軍をシリア北部から撤退させたトランプ大統領の唐突な判断に、内外の批判が高まりました。

 厳しい批判を浴びせたのが、10月19日号の英国エコノミスト誌です。表紙には、ゴルフバッグを抱えて、手を振って飛行機に乗り込むトランプの戯画を載せ、「彼のアメリカを誰が信用できるか?」と題する記事を載せています。

3.論説は、今回の判断がアメリカ自身にとって戦略的失敗であると結論付けています。

(1)トランプ大統領は、世界最悪のテロリスト集団ISの掃討に一緒に戦ったクルド人と英国を見捨てて、この地域に再び、紛争を起こす空白地帯を作り出した。

f:id:ksen:20191023142144j:plain(2)ISを復活させるかもしれず、血にまみれた独裁者アサドのシリア、イラン、トルコ、ロシアに利益をもたらす。

NATOの同盟国であるトルコと欧州諸国との亀裂が深まる。プーチンの思う壺であり、彼の影響力は中東だけでなく、国境を接するNATO加盟国であるバルト海沿岸諸国にも強まるかもしれない。

アフガニスタンにいるタリバンも元気づく。中国も、好機到来と思うのではないか。

(3)対して、台湾、韓国、サウジ・アラビア、イスラエルなどは不安に感じるだろう。

いまもアメリカは歴史上のどの国よりも最多の同盟国を持っているが、彼らは今後もアメリカを頼れる国と思うだろうか。

今回の出来事はこのように、第2次世界大戦後、アメリカが長い間かけて築き上げ、そこから自らも大きな利益を得てきた国際秩序を揺るがすことになるかもしれない。

いちばん心配なのは、人権、民主主義、頼りがい、公正さはアメリカのもっとも強力な武器であるのに、アメリカ自らがその価値を損なっていることにある。

もし中国やロシアが我が道を行くとなると、「力は正義なり」の世界がまかり通り、西欧社会にとってきわめて敵対的な世界を導くだろう。

(4) と論じるエコノミスト誌の、自由主義世界に抱く危機感はかなり強いと感じます。

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4. 他方で、同じエコノミスト誌は即位直前の新天皇についても記事を載せています。

「“堅固な亀の甲羅”の奴隷になっている」と題して、保守的なシステムへの皮肉です。

(1)彼は、皇太子時代にオクスフォードのマートン・カレッジで2年間を過ごして、帰国後書いた「テームズ川と私」と題する回想録には、「おそらく私の人生でいちばん楽しい時間を過ごした」とある。

(2)しかしこの本が出版されることに宮内庁は反対した。

ことほどさように、彼の英国での楽しい日々が日本で再び日の目を見ることはないのではないか。代わって彼はいま格式と神秘に包まれ、規則と伝統に縛られている。

その点は新皇后も同じで、皇太子妃時代に、最初の記者会見でほんの少し夫より長く話したことや公衆の前で一歩前を歩いたことで注意された。

(3)日本のメディアもこのような約束ごとに概して同調しており、欧州の大衆紙が大喜びで報道するような愛情ある彼らの暮らし(royals’ love lives)に触れることもない。

f:id:ksen:20191010144430j:plain 夫妻の婚約(1993)も、皇太子妃時代の適応障害(2003)も、日本のメディアは知っていたにも拘わらず、最初に報じたのは外国のメディアだった。

(4)彼らの個人資産は比較的わずかなもの(limited)である。個人資産の殆どは戦後国家資産に没収された。宮殿も住まいも国有であり、その運営管理費も国家負担である。

 ある専門家の推定では、上皇夫妻が天皇であった当時の個人的な出費は年に5百万円である。これでは欧州のような“プレイボーイ”皇太子が生まれる可能性はないだろう。

(5)というような、エコノミスト誌にしてはいささか下世話な話題を取り上げています。もっとも、「憲法にのっとり」と宣言した天皇の父・現上皇は在位中に、遠回しにではあるが(albeit obliquely)、日本の平和主義の象徴である憲法9条を改正したいとする安倍首相の意向に疑問を投げかけた」とも報じます。

(6)皇太子時代のメモワール『テムズ川と私』は、同誌は「日本では出版が反対された」と書いていますが、ネットで調べると「学習院教養新書」というところから1993年に出ています。普通の出版社は遠慮したということでしょうか。

但し部数が少ないせいもあるのか、アマゾンで買おうとすると9850円もするので驚きました。他方で、英訳はもと駐日大使をしたヒュー・コータッチさんが訳していて、2006年のハードカバー版に続いて今年の2月にソフトカバーも出たそうで、こちらは1865円。早速注文したところです。

 

台風19号、ラグビー、香港などを話し合う日々

f:id:ksen:20190930145109j:plain1.台風19号は、報道や映像で、甚大な被害を知って、その惨状に衝撃を受けた方も多

いでしょう。(茅野の山奥は避けてくれたようです・・・)。

 有力な政治家が「まずまずに収まった」と発言し、後に撤回したと報じられました。

この発言には、いろいろ考えさせられました。

 古典的なベンサム功利主義の思想、よく知られる「最大多数の最大幸福」という言葉への誤解が根っこにあるのではないかと考えました。

 この言葉から、「「最大多数の幸福」を目指すのが大事➜「ある程度の少数の不幸」は仕方がない」と考えてしまう人がいるのではないでしょうか。

 社会の成員ひとりひとりではなく、全体の中の数・量で考える、死者がこの程度なら「まずまず~」と無意識に感じてしまう・・・のではないか。

 そういう、災害でも戦争でも「この程度ならやむをえない」という発想は危険ではないのか。そう感じる自分自身は、「この程度」の中に入っていないのでしょう。

 そんな思いを抱きながら、友人や家族といろいろ話を交わしました。

f:id:ksen:20191002124043j:plain2.(1)ロンドンに長く住む次女からメールが来ました。

「 改めて自然の恐ろしさを感じるニュースでした。イギリスもここ一か月ほど雨続きで気分が暗くなる毎日ですが、少なくとも「普通の雨」なので、地形的に台風やハリケーンがないことには感謝すべきだと改めて感じています」―

 かくも自然は不公平。せめて人間は可能な限り公平と正義を目指したいものです。

(2)他方で理系の友人たちに「AIだの何だのこれだけ科学が進んでも台風のような自然

の猛威を制御することは不可能なのか?」と訊いたところ、悲観的な返事でした。

――「台風のエネルギーが大きすぎて、人間の力でどうこう出来るものではなさそう」

――「人類が1世紀以上にわたって排出し続けた温室効果ガスによる影響が、いよいよ牙をむきだしたと疑わざるを得ません。」

 もう一人、建築の設計専門家に、「電柱の地中化をもっと早く進めるべきではないか?河川の堤防が、あんなに簡単に決壊するものか?」と質問したところ、「まったくご指摘の通り」という返事でした。

「電柱の地中化について、先進国でこんなに電柱が多いのは日本ぐらいではないか」。

堤防決壊については「土木専門の友人に訊いてみたが「かなりの程度人災だと思う」という意見が多かった」と言っていました。

 何やら心配な話です。災害が起きると、これからも統治者は「まずまずで収まった」と感じるか、「想定外の事態だった」と釈明するかのどちらかで終わるのでしょうか。

3.暗い話とは裏腹にラグビー・ユニオンW杯は、明るい話題です。

(1)昔の職場同期の有志10名前後が毎月集まって勉強会をやっていますが、10月の例

会はスコットランド戦の翌々日でした。

f:id:ksen:20191019080941j:plain勉強会の今回の議題は「香港は生き残れるか」でした。講師の某君は香港勤務もあり、海外勤務の多い我々は勤務した地を好きになる傾向が強いので、彼もいまの現状を大いに心配しています。

――「予断は許さないが、第二の天安門事件はないのではないか。いまは30年前と違って世界が許さないだろう。しかし、香港人の要求を中国政府が受け入れるとは思えない。よって、対立は長期化し、暴力は使わないまでも、相当な締め付けで民主派の骨抜きを狙ってくるのではないか」――という、これも悲観的な見立てでした。

(2)終わって雑談になり、当然にラグビーの話題になり、皆が明るくなりました。

出席した同期生の中に銀行のラグビー部OBが2人いて、小規模な銀行だったにも拘わらず当時インターバンクで強かったという話を始めました。

「俺と先輩某さんの2人がロックをやったときは、スクラムでどこにも負けなかった」だの、「ラグビーは素晴らしいスポーツ。やっていて本当に楽しかった。それぞれの個性を持ったメンバーが集まり、上下関係がうるさくない。東銀の文化に似てる。だから強かったのかも」という自慢話まで出て、他の連中は「本当かな?」といった表情で聞いていました。

(3)たしかに、オリンピックやサッカーと違って、国籍に縛られずに一定の条件を満た

せばその国の代表になれるというのは「多様性」と言っていいでしょうね。

 東京新聞の10月14日社説は、「ラグビー8強、多様性が生んだ快挙」という見出しで、こう書いています。

―――代表チームには日本で生まれ育った選手の他に、多様な国々から集まったメンバーがいる。ジョセフHCは「ワンチーム」を掲げた。その言葉の下でチームは結束し,

出身国の違いを強みに変えたーーー

 こういう指摘、もちろんその通りでしょう。

(4)しかし、わざわざラグビーにだけ「多様性の快挙」と騒ぐのも、日本社会そのもの

が「多様化」していない裏返しなのかな、と少し滑稽な感じもしました。

 例えばオーストラリアであれば、25百万の人口の約3割が外国生まれ、国民の半分が自らが移民か親が移民かです。ラグビー代表の顔ぶれを見てあらためて「多様化してる」なんて思わないでしょう。

ラグビー選手の選考基準は特別、だからここだけは多様化している」という認識だけで終わるとしたら、社会そのものは一向に変わらないのではないか。

4.そもそもラグビーの場合は、歴史的な背景もあって、必ずしも国別対抗ではない。

(1)だからこそ、「英国(正式名はグレートブリテン及び北アイルランド連合王国、United Kingdom)」からはイングランドスコットランドウェールズがそれぞれ独立のチームが出るし、逆に北アイルランドは「アイルランド」のチームに合流する。

 これは面白いですね。一部とはいえ、現在の「国民国家」を大前提とする国際秩序の例外になっている。

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(2)ただこの点で私は誤解していました。歴史的な事情で、英国とアイルランドに限っての例外だと思っていましたが、ラグビーW杯予選には「香港」のチームも参加しています。

 前々回のブログに岡村さんが「願わくば香港が出て、サモア、フィジーあたりと対戦すればなあと考えながら見てました」とコメント頂き、「いい夢物語ですね」と返事しました。

 ところが、沢崎さんが私の誤解を解いてくれました。――「香港は当然ながらラグビーの歴史が長く、選手はほぼ全員アマチュアだと思いますが国際大会にも「香港」で出場しています。今回のW杯も最後の一枠をカナダなどと争いました。デモの参加者の中にも、この大会を楽しみにしていた人々がいたかもしれない、と想像して何ともいえない気持ちになります」。

(3)あの中国でさえ、ラグビー「香港ドラゴンズ」の存在に異を唱えられないとしたら、これは面白いですね。

 早速ググると、「最新の世界ランキング24位」とあります。大会に出ているカナダが22位ですから結構強いです。

f:id:ksen:20191019083635j:plain        国籍条項はないのだから、イングランドスコットランドから有力な選手が加入して、さらに強いチームになって、岡村さんが言われるように予選を突破して世界大会に出るようなことがあれば・・・・「それこそ多様性の快挙」として世界が香港を応援するのではないか。

しかし、その前に中国が介入して、英国も腰が引けて自国選手の加入にブレーキを掛けるかもしれない・・・・

なんてことをいろいろいろと考えた次第です。

 

 

台風が荒れる週末に、蓼科とニューヨークを思い出す。

1.昨夜の東京は台風19号の直撃を受けました。強烈な雨風。家人が率先して、自転車をしっかり縛り付けるなど事前の防備を固めました。

長野の田舎では、台風前に急いで農作物の収穫を終えてしまったでしょう。

つい1週間前、まだ台風の影も見えない穏やかな日々を蓼科で過ごしたことを思い出しました。その頃は、田も実り、畑仕事の人も見ましたが、これらがどうなっているか。被害が少ないとよいのですが。

以下はそんな1週間前の報告です。

2.到着の当日、家の周りを歩いて、早速出迎えてくれたのが鹿でした。

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f:id:ksen:20191002113138j:plainこの時期の眺めが好きなので、滞在中、家人と車で里山まで下りました。

刈り入れを終え、稲束をまとめ、脱穀作業をしている年配の夫婦がいました。

今は刈り入れも脱穀も機械でできるようになって、昔に比べてはるかに楽になった、しかし設備費用がかかり、自然相手で災害の心配もあり、「私は退職した年金生活者だからいいが、農業だけではほとんど赤字だろう」と言っていました。

3.田舎家のあたりは、山荘が散在していますが、定住している人は少なく、盛夏を除けば人も少ない、木々に囲まれた山奥です。

のんびり散歩もします。この時期、人に行き交うことはほとんどありませんが、たまに出会うこともあり、その際はお互いに挨拶するのが何となくマナーになっています。

顔見知りでなければ、挨拶だけで終わります。女性同士は男性より少し積極的で、家人は結構初めての人と立ち話になったりします。

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今回は私も珍しく、年配の女性と話をする機会がありました。坂道を杖を突いて歩いていると、女性が一人反対側から下ってきて、「こんにちは」と挨拶すると、珍しく声を掛けられました。

普通はそのまま通り過ぎるのですが、「知っている方とそっくりなので、思わずお声をかけてしまいました」と言われて、立ち止まって会話が始まりました。

「近くに住んでいてよくお会いしていたが、今年の夏前に急逝されました。京都大学の先生でとても良い方で、寂しく思っていたところだったので」と言われて、

「私はそんなインテリではありませんよ」と苦笑いをしました。

遠くから見て、痩せた背格好がたまたま似ていたのでしょう。

 71歳だそうですが、知らない女性と話をするのは珍しい経験でした。

このあたりもとうぜん高齢化が進んでいます。互いに当地だけの知り合いで、主に春から夏の短い間だけご近所づきあいをして、「また来年お会いしましょう」と言って別れて、翌年になったらもう姿を見せないという方もおられます。死去されたか、移動が無理になったか、事情は様々でしょうが、前触れなく突然会わなくなる場合が多く、この女性が「寂しく思っていた」と言う気持ちはよく分かります。

1年ぶりに今年もまたと思っていたら、もう会えない・・・そんな淡い・夏の間だけの交流で、立ち入って深く付き合った訳でもない、それでも去年が最後だったのだと、高原でともに過ごした思い出の幾つかが懐かしく蘇るものです。

4.この立ち話のことは家人にも報告しました。

(1)私たちもいつそんな状態になるか分からない、まずは運転がいつまでできるかだなと思いながら、今回も中央高速を交代で運転しました。

行きかえりともに好天で、渋滞もなく、車も比較的少なく、助かりました。

帰路ではまた富士山がよく見えました。そういう日和と時間帯をできるだけ選んで走るということもあります。雨の日や夜は可能な限り避けます。

追い越し車線には殆ど出ず、制限速度ちょっとで走ります。

(2)今回は、行きがけの下り路線で、珍しい経験をしました。

談合坂のレストエリアで休憩して、再び高速に乗って小渕沢のインターチェンジで下りて一般道に入るまでの約90キロを私が運転しましたが、この間、前と後ろに1台ずつ、ほぼ同じ速度で走る車があって、道中ずっと一緒でした。

前は中型のトラック、後ろは白いトヨタプリウスで、車間距離もそこそこ取って、私の車を挟んで3台が、1時間以上の間、ほぼ時速80キロでずっと走りました。仲間がいる気分がなかなかいいものす。

(3)大昔アメリカのハイウェイをよくこんな風に運転したことを思い出しました。

車線が4つも5つもあるからということもあるでしょう。

日本だったら、そもそも高速道路で制限速度で走る車が少ないし、高速でも普通2車線ですから走行車線を車間距離をあけて走っていると間に別の車が入ってきて、同じ3台が並んで走るという状況は難しい。

f:id:ksen:20091108060038j:plain(4)もう1つ、ニューヨークの近辺にある「パークウェイ」の存在です。

これも交差点のない・上下分離されたハイウェイですが、特徴的なのは、バスやトラックなどの商用車は走行できない、乗用車のみの道路です。

その代わり車線は2つか3つしかありませんが、眺めのよい郊外や川沿いや緑の中を走る場合が多い。

そういうパークウェイで、前と後ろに制限速度でずっと同じように走る車がいる、追い抜きもしない、そんなアメリカでのドライブ経験を懐かしく思い出しました。

 それと、当時から「オート・クルージング」と呼ばれる、速度を一定にセットしておける装置がついている車が多かったことも1つの理由かもしれません。

(5)もう何十年以上も昔の話ですから、いまは運転事情も変わっているでしょう。

道路も老朽化しているのではないか。昔のアメリカのハイウェイは素晴らしかったけど。

住まいのすぐ近くに小川が流れていて、川に沿った緑の中を高速道路「ブロンクス・リバー・パークウェイ」が走っていました。

あれから35年、ニューヨークに行くことももうないでしょう。

(6)先週、東京では5年ぶりにニューヨークから一時帰国したもと同じ職場の女性に会いました。

派遣の女子行員としてニューヨーク支店に勤務し、日本に帰ってから銀行をやめてコロンビア大学の大学院に留学し、そのままニューヨークに住み着いた68歳になる女性です。

f:id:ksen:20191008072127j:plain東北大震災の後日本国籍をとり、今年2月日本で死去したドナルド・キーンさんは、コロンビア大で長く日本の古典文学を教えました。

彼女もかってゼミ生だったので、9月に同大学ドナルド・キーン日本文化センターで開かれた「偲ぶ会」に出たそうで、その話を聞きました。

キーン先生に学び、いまアメリカ各地の大学で教えている研究者が大勢集まり、それぞれが故人の思い出を語った由。日本文学を愛するアメリカ人研究者が彼の遺志を継いで活動しているという話を、嬉しく聞きました。

約200人が集まり、映像と好きだった音楽が流れ、それぞれが思い出を語り(涙を流している教え子もいた)、堅苦しい式次第もVIPの登場もなく、彼を本当に慕った人たちによる、いい会だったそうです。

「好きなオペラと言えば、マリア・カラス歌う「清らかな女神よCasta Diva」(『ノルマ』)も当然流れたでしょうね?」と訊いたら、「もちろん」という答えでした。

1952年ロンドンのコベント・ガーデンで実際にこの舞台を見ていて、その感激を熱っぽく語っています(2013年TBS放映の小沢征爾との対談で)。

英国最高裁の判決は「蜘蛛と一緒にやってきた」

1.先週は茅野の山奥で家人と二人で過ごしました。稲が黄金色に実り、刈り入れが終わったところもあり、この時期の里山はいちばん好きな風景です。

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2.前回は、英国ジョンソン首相の議会閉鎖と、これを「違法」とした最高裁判決を取り上げました。

ジョンソン首相は、敗訴も議会の議決も、エコノミスト誌の「議会に譲歩せざるを得ないだろうと」の予測や「2回目の国民投票をすべし」との主張も意に介せず、10月末の離脱に向けての決意は堅いようです。

今回のブログはそういった本論から逸れますが、同じくエコノミスト誌最新号(9月28日~10月4日)を紹介します。

(1)同誌は6本の「論説(Leaders)」を載せていますが、うち1つ(A)が前回紹介した

英国の「最高裁とジョンソンの敗訴」について、もう1つ(B)が米国の「トランプ弾劾の期待と危険」と題するものです。

(2)そして表紙はこの二人が同じ衣装を着て肩を組んで立っている絵姿で、題は「Twitterdum and Twaddledee」とあります。

よく分からないなと早速ウィキペディアで調べたところ、この言葉はサイトがありませんが、

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「Tweedledum and Tweedledee(トゥイードルダムとトゥイードルディー)」という言葉なら、以下のように出てきました。

――イギリスの童謡とルイス・キャロルの『鏡の中のアリス』にでてくる2人の登場人物の名前。以来この言葉は西欧の大衆文化で、お互いにそっくりで同じような行動をとる二人を、とくに軽蔑的(derogatory)な文脈で使われるようになった ――

(3)後者が正しい英語ですが、エコノミスト誌が前者のように言葉遊びをして、「Tweedle(キーキー音を出す)」というもとの単語を、「Twitterツイッターを多用する)トランプ」と「Twaddle(無駄口をたたく)ジョンソン」と変えて使っているのでしょう。

ごく真面目な雑誌ですが、よくこういう遊び心を発揮します。英国人なら、もとの言葉をいじったなとすぐに分かってにやっとするでしょう。

私はウィキのお陰でやっとわかって、少しにやっとしました。

f:id:ksen:20191006081514j:plain3.この「最高裁とジョンソン敗訴」問題について同誌は、論説(A)の他「英国(Britain)」欄にももう1つ記事を載せています。

(1)論説は判決が与えるBrexitへの影響について論じ、「Brexitヴィ―ルス」と呼んでこの伝染病が英国の全てを感染させていると嘆きます。

(2)そしてもう1つは、判決がジョンソン首相に与えた打撃とこれからの政局についての記事ですが、「Along came a spider((判決は)蜘蛛と一緒にやってきた)」という妙な副題がついていて、この意味が分からない。

(3)と思いながら本文を読んだところ、判決を読み上げたレディ・ヘイル最高裁長官の黒い洋服に大きな蜘蛛のブローチが飾りについていたという記事がありました。

f:id:ksen:20191003084756j:plainなるほど、それで妙な副題の意味が分かりました。

それにしてもなぜわざわざ「蜘蛛のブローチなのか?」という疑問を誰もが持ったでしょう。

(4)その点を9月24日判決当日の日刊紙ザ・ガーディアン紙が教えてくれました。

以下は、「ヘイル長官の蜘蛛のブローチは何のメッセ―ジか?」と題する同紙ファッション欄の記事(これも電子版から)です。

・ジョンソン首相の議会閉鎖を「違法」としたのはまことに大きな意味を持つ判決だったが、蜘蛛のブローチもそれに劣らずそれ自体大きな話題になった。

・誰もが、これは首相を蜘蛛の巣に絡めとるメッセージだと受け取った。

ある会社は、すぐにブローチと同じデザインの蜘蛛をあしらったTシャツを販売した。2時間も経たないうちに5千ポンド(75万円)の売上げがあり、会社はホームレスを支援する団体に寄付をした。

・レディ・ヘイルはもともと独創的なブローチが好きな女性で、蛙・カブト虫・トンボなどを持っている。最高裁のホームページの自己紹介には、何と毛虫のブローチをつけた写真が載っている。

・もっともブローチにメッセージを込めるのは彼女が初めてではない。

昨年トランプ大統領が英国を訪問し、エリザベス女王に謁見したとき、女王はオバマ前大統領に贈られたブローチを身に付けていた。もちろん女王は何も語らないが、トランプをあまり歓迎しないメッセージは明らかだと多くの国民が受けとめた。

――――というような話です。

(5)これもまた、エコノミスト誌は遊び心の副題を付けたのでしょうね。

英国人のユーモア感覚でしょうか。

それにしても、女性がこんなことを考えてブローチを選んでるとは知りませんでした。

ブローチをつけた女性に会う機会があればいいなと思いました。

夕食時に家人にこの話題を持ち出しました。「幾つも持ってはいないけど、ブローチの選択はけっこう難しい」そうです。「好き嫌いがあるみたいで、TVで見るエリザベス女王はよくつけてるが美智子上皇妃はつけてない」とも。

f:id:ksen:20191006082017j:plain4.以上は雑感ですが、最後に少しは真面目な話ということで、ツイッターダムさんこと(Twitterdum)トランプ大統領ウクライナ・スキャンダルについての、「弾劾の期待と危険」と題する同誌の「論説B」を簡単に紹介します。

(1)いわゆる「ウクライナ・スキャンダル」に関して、米国下院民主党ペロシ議長の指示のもと,トランプ大統領弾劾の動議を出すかどうかの調査を開始した。

(2)仮に、疑惑が事実とすれば、大統領の行動は大いに問題であり、過去のニクソンクリントンに比較して、米国の国益を損なった点で罪はより重いといえる。

(3)しかし弾劾に踏み切るリスクも大きい。

まず第一に、この国の分断をさらに一層深めることになる。

第二に、複雑な手続きが国民に十分理解されるか、民主党の党利党略とみなされないか。

そして第三に、仮に弾劾の動議に踏み切って下院で可決されても、共和党が多数の上院で可決される可能性はほぼないし、そうなれば一連の流れはむしろ逆にトランプ再選に有利に働くのではないか

(4)もちろん弾劾に踏み切らないリスクもある。

こんなことが許されるとすれば、将来の民主党大統領も含めて悪しき先例を残すことになり、外国政府の今後の行動にも影響するということを考えるべきである。

(5)従って、現実論より原理原則論に立って(弾劾に向けて)行動する方が望ましいと本誌は考えるが・・・・上にあげた種々のリスクがあり、「サイコロを振るか否か?」は非常に危険な選択である。

――――とエコノミスト誌は論じています。

いささか歯切れの悪い論旨ですが、それだけ難しい問題だということでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

英国憲法とジョンソン首相の議会閉鎖をめぐる最高裁判決

1.まずは、昨日のラグビー・ワールドカップ、日本の対アイルランド戦、素晴ら

しい勝利でしたね。

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山口(雪)さん、コメント有難うございます。私も全く同じ「現代社会に不安を感

じている後期高齢者」です。どんなに甘いと言われても、米中が「対話と共存」を目指して欲しいし、日本は憲法前文が掲げる「平和主義の精神」を訴え続けてほしいと思います。

2.さて、気候のせいもあるのでしょうか、刺されると命にもかかわるというスズメバチが今年は大量に発生しているそうです。我が家も気が付いたら竹の木に大きな巣を作っていました。早速業者に頼んで駆除してもらいました。女王バチに働きバチ200匹はいただろう、とは業者の話です。

それでも秋祭りの季節でもあり、我が家の前を北沢八幡宮のおみこしが通るのを見て、飛び出して写真を撮りました。

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3.話を世界に広げると、前回は米中新冷戦と香港・台湾の今後が気になると書きました。

他に気になる動きは、

・中東、とくにイランとサウジの緊張,

・国連の気候行動サミットと世界に拡がる若者の抗議の声、

・トランプの「ウクライナ・スキャンダル」、

・ そして、英国最高裁でジョンソンの議会閉鎖を差し止める判決が出たこと、

などでしょうか。

その中で、今回は英国についてです。

(1).Brexitをめぐる混乱でメイ首相が辞任表明したのが5月24日(後任のジョンソン

が7月24日就任)。

辞任直後のエコノミスト誌6月1日号は、「次に来る打撃(Next to blow)―英国の憲法」と題して、議会がダイナマイトを抱えている絵を表紙に載せました。

政治の混迷の背後には英国の憲法問題があり、何れこれが問われるという危機の表明ですが、今回、まさにその通りになりました。

f:id:ksen:20190925132135j:plain(2).同誌の主張は、

――英国は、成文の「憲法」(正確には、議会の制定法を拘束できる、より上位の「法典化された憲法」)はなく、長い歴史で形成された種々の法や判例や慣行で国のシステムを作ってきた。その結果、300年以上、妥協と話し合いによる弾力的な国造りを成し遂げたことを誇りにしてきた。

(3).しかし、今回の混迷は、このやり方のリスクを露わにした。

例えば、議会と政府が意見が分かれた場合、どちらがより強い権限をもつか、成文の規定がない(注:日本であれば憲法41条に「国会は国権の最高機関」とある)。

そもそも、多数の法や規則・慣行には整合性がなく、憲法はその寄せ集めで、そのあいまいさが問題を生じている。

――というものです。

4.従って、このような憲法問題を解決するためには、司法の判断を仰ぐしかない。

だからこそ、ジョンソン首相による前例のない5週間という議会閉鎖の措置(女王が形式的に署名して有効となる)が許されるかの訴訟が野党議員などから起こされました。

被告の政府側は「前例がある」と反論したが、9月24日最高裁は全員一致で、「違法」としました。ジョンソン首相の敗訴です。

最高裁の判決は、それ自体が法になり、これを無視することは「司法の独立」を犯し、民主主義の否定につながる。

しかしジョンソンは、「本件は最高裁の出る幕ではない」と猛烈に反論しています。

5.私は、以下の通り今回の判決は大きな意義があると考えます。

(1).3日間の集中審議で素早く結論を示した(日本の裁判の遅さとは対照的)。

(2).たとえ政府の行為であっても、その合法性について裁判所は判断できるという実例

を示した。

すなわち、今回の訴訟では、まずスコットランドイングランドの下級裁が審議し、前者は「原告勝訴」とし、後者は「本件は政治行為であり、裁判所の判断事項ではない」との結論をくだし、原告は上訴した。

最高裁は、後者を退け、前者を支持し、後者のような「逃げる」ことをせず自ら責任をもって判断をくだした。

(注:日本の憲法は81条で最高裁の「違憲審査権」を認めている。しかし政治的に難しい判断を迫られる場合、イングランドの裁判所のように、「高度の政治行為であり、司法判断になじまない」として判断を回避する傾向が強い)。

(3). 最高裁は、今回の裁判はBrexitとは無関係であり、「ひとえに首相の措置の合法性

を問うものである」ことを強調している。

しかしこの判決が今後のBrexitの行方に大きく影響するのは避けられないでしょう。

f:id:ksen:20190925132343j:plain6.補足したいのは、英国の最高裁がまだできて10年の歴史しかないという事実です。

この点は、1990年代後半から21世紀初頭にかけての英国の政治改革がからみますが、以下、『議院内閣制―変貌する英国モデル』(高安健将、中公新書)からブレア首相の司法改革についての記述を紹介します。(本書については、昨年7月にブログで読後の感想を載せました。https://ksen.hatenablog.com/entry/20180708/1531004489 )

(1). 長い歴史の中で、英国はつねに議会主権であり、20世紀後半まで司法の独立には

積極的でなかった。

具体的には、「司法のトップである大法官(注:Lord Chancellorという、ディケンズの小説にも出てくる、首相より古い存在)は、閣僚と貴族院議長を兼ねる役職で、日本であれば、現職の法務大臣最高裁長官を兼ねるに等しかった」。

(2). そして、司法の代わりに、政府の暴走を止めるのは議会であり、他方で議会には自

己抑制が求められた。

それが「イングランドは、すべての国の議会の母親である」と言われるように、英国人の誇りでもあった。

しかし、政府の権力が強まり、議会の自己抑制も効かなくなり、かかる「良識と伝統」への疑問と批判が徐々に高まり・・・

(3). ついにメスを入れたのが労働党ブレア政権であり、「2005年国家構造改革法を成

立させて、貴族院から独立した最高裁判所を設置し、独自の裁判官任命制度とスタッフ、予算をもつことになった」。

「2009年には独立した最高裁が実際に動き始め、議院内閣制を外部から拘束する司法の存在がはっきりとかたちをなしたことの象徴となった」。

(4). しかし、2017年11月刊行の本書で著者はこうも続けます。

「(このブレア改革は)司法の役割を高め、その独立に向けた大きな前進ではあるが、英国の最高裁は、米国やドイツとは異なり、まだ違憲審査権はない。司法自体も、議会や政府の政策決定権を制約することには慎重な姿勢を崩していない」。

(5). そういう流れを振り返ると、今回の判決は、10歳になる英国最高裁が「慎重な姿

勢」から踏み出して、「違憲審査」の実例を作った、勇気ある行動と評価できると思います。

f:id:ksen:20190928213806j:plain7. しかし、これを受けた政治の世界は混乱を深めています。

判決を受けて再開した議会では、ジョンソン首相は強行姿勢を崩さず、離脱期限の延長をEUと交渉すべしと主張する議員たちとの対立は激化。

あまりに激しく醜い言葉のやり取りに、バーコウ下院議長は「お互いに敵ではなく、意見が対立する相手として扱うように(to treat each other as opponents and not as enemies)」と異例の注意をしたほどです。

最新のエコノミスト誌9月28日号は論説で、今回の判決の首相に与えた打撃は大きく、早晩EUと交渉する方向で議会に譲歩せざるを得ないのではないかと予測しています。

その上で、「いまはまさに2回目の国民投票に踏み切るべき時である」と主張しています。