英国憲法とジョンソン首相の議会閉鎖をめぐる最高裁判決

1.まずは、昨日のラグビー・ワールドカップ、日本の対アイルランド戦、素晴ら

しい勝利でしたね。

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山口(雪)さん、コメント有難うございます。私も全く同じ「現代社会に不安を感

じている後期高齢者」です。どんなに甘いと言われても、米中が「対話と共存」を目指して欲しいし、日本は憲法前文が掲げる「平和主義の精神」を訴え続けてほしいと思います。

2.さて、気候のせいもあるのでしょうか、刺されると命にもかかわるというスズメバチが今年は大量に発生しているそうです。我が家も気が付いたら竹の木に大きな巣を作っていました。早速業者に頼んで駆除してもらいました。女王バチに働きバチ200匹はいただろう、とは業者の話です。

それでも秋祭りの季節でもあり、我が家の前を北沢八幡宮のおみこしが通るのを見て、飛び出して写真を撮りました。

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3.話を世界に広げると、前回は米中新冷戦と香港・台湾の今後が気になると書きました。

他に気になる動きは、

・中東、とくにイランとサウジの緊張,

・国連の気候行動サミットと世界に拡がる若者の抗議の声、

・トランプの「ウクライナ・スキャンダル」、

・ そして、英国最高裁でジョンソンの議会閉鎖を差し止める判決が出たこと、

などでしょうか。

その中で、今回は英国についてです。

(1).Brexitをめぐる混乱でメイ首相が辞任表明したのが5月24日(後任のジョンソン

が7月24日就任)。

辞任直後のエコノミスト誌6月1日号は、「次に来る打撃(Next to blow)―英国の憲法」と題して、議会がダイナマイトを抱えている絵を表紙に載せました。

政治の混迷の背後には英国の憲法問題があり、何れこれが問われるという危機の表明ですが、今回、まさにその通りになりました。

f:id:ksen:20190925132135j:plain(2).同誌の主張は、

――英国は、成文の「憲法」(正確には、議会の制定法を拘束できる、より上位の「法典化された憲法」)はなく、長い歴史で形成された種々の法や判例や慣行で国のシステムを作ってきた。その結果、300年以上、妥協と話し合いによる弾力的な国造りを成し遂げたことを誇りにしてきた。

(3).しかし、今回の混迷は、このやり方のリスクを露わにした。

例えば、議会と政府が意見が分かれた場合、どちらがより強い権限をもつか、成文の規定がない(注:日本であれば憲法41条に「国会は国権の最高機関」とある)。

そもそも、多数の法や規則・慣行には整合性がなく、憲法はその寄せ集めで、そのあいまいさが問題を生じている。

――というものです。

4.従って、このような憲法問題を解決するためには、司法の判断を仰ぐしかない。

だからこそ、ジョンソン首相による前例のない5週間という議会閉鎖の措置(女王が形式的に署名して有効となる)が許されるかの訴訟が野党議員などから起こされました。

被告の政府側は「前例がある」と反論したが、9月24日最高裁は全員一致で、「違法」としました。ジョンソン首相の敗訴です。

最高裁の判決は、それ自体が法になり、これを無視することは「司法の独立」を犯し、民主主義の否定につながる。

しかしジョンソンは、「本件は最高裁の出る幕ではない」と猛烈に反論しています。

5.私は、以下の通り今回の判決は大きな意義があると考えます。

(1).3日間の集中審議で素早く結論を示した(日本の裁判の遅さとは対照的)。

(2).たとえ政府の行為であっても、その合法性について裁判所は判断できるという実例

を示した。

すなわち、今回の訴訟では、まずスコットランドイングランドの下級裁が審議し、前者は「原告勝訴」とし、後者は「本件は政治行為であり、裁判所の判断事項ではない」との結論をくだし、原告は上訴した。

最高裁は、後者を退け、前者を支持し、後者のような「逃げる」ことをせず自ら責任をもって判断をくだした。

(注:日本の憲法は81条で最高裁の「違憲審査権」を認めている。しかし政治的に難しい判断を迫られる場合、イングランドの裁判所のように、「高度の政治行為であり、司法判断になじまない」として判断を回避する傾向が強い)。

(3). 最高裁は、今回の裁判はBrexitとは無関係であり、「ひとえに首相の措置の合法性

を問うものである」ことを強調している。

しかしこの判決が今後のBrexitの行方に大きく影響するのは避けられないでしょう。

f:id:ksen:20190925132343j:plain6.補足したいのは、英国の最高裁がまだできて10年の歴史しかないという事実です。

この点は、1990年代後半から21世紀初頭にかけての英国の政治改革がからみますが、以下、『議院内閣制―変貌する英国モデル』(高安健将、中公新書)からブレア首相の司法改革についての記述を紹介します。(本書については、昨年7月にブログで読後の感想を載せました。https://ksen.hatenablog.com/entry/20180708/1531004489 )

(1). 長い歴史の中で、英国はつねに議会主権であり、20世紀後半まで司法の独立には

積極的でなかった。

具体的には、「司法のトップである大法官(注:Lord Chancellorという、ディケンズの小説にも出てくる、首相より古い存在)は、閣僚と貴族院議長を兼ねる役職で、日本であれば、現職の法務大臣最高裁長官を兼ねるに等しかった」。

(2). そして、司法の代わりに、政府の暴走を止めるのは議会であり、他方で議会には自

己抑制が求められた。

それが「イングランドは、すべての国の議会の母親である」と言われるように、英国人の誇りでもあった。

しかし、政府の権力が強まり、議会の自己抑制も効かなくなり、かかる「良識と伝統」への疑問と批判が徐々に高まり・・・

(3). ついにメスを入れたのが労働党ブレア政権であり、「2005年国家構造改革法を成

立させて、貴族院から独立した最高裁判所を設置し、独自の裁判官任命制度とスタッフ、予算をもつことになった」。

「2009年には独立した最高裁が実際に動き始め、議院内閣制を外部から拘束する司法の存在がはっきりとかたちをなしたことの象徴となった」。

(4). しかし、2017年11月刊行の本書で著者はこうも続けます。

「(このブレア改革は)司法の役割を高め、その独立に向けた大きな前進ではあるが、英国の最高裁は、米国やドイツとは異なり、まだ違憲審査権はない。司法自体も、議会や政府の政策決定権を制約することには慎重な姿勢を崩していない」。

(5). そういう流れを振り返ると、今回の判決は、10歳になる英国最高裁が「慎重な姿

勢」から踏み出して、「違憲審査」の実例を作った、勇気ある行動と評価できると思います。

f:id:ksen:20190928213806j:plain7. しかし、これを受けた政治の世界は混乱を深めています。

判決を受けて再開した議会では、ジョンソン首相は強行姿勢を崩さず、離脱期限の延長をEUと交渉すべしと主張する議員たちとの対立は激化。

あまりに激しく醜い言葉のやり取りに、バーコウ下院議長は「お互いに敵ではなく、意見が対立する相手として扱うように(to treat each other as opponents and not as enemies)」と異例の注意をしたほどです。

最新のエコノミスト誌9月28日号は論説で、今回の判決の首相に与えた打撃は大きく、早晩EUと交渉する方向で議会に譲歩せざるを得ないのではないかと予測しています。

その上で、「いまはまさに2回目の国民投票に踏み切るべき時である」と主張しています。