「ほととぎす鳴くや五月のあやめぐさあやめも知らぬ恋もするかな」

 

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1. 先週は茅野市の山奥に妻と二人、あまり人に会わずに6日ほど過ごしました。

新緑の季節で、雨に当たる緑も風情があります。

車で里山を走ると、田植えは終わり、田に稲が育ち、水が張られています。

すでに作物が育っている畑も、写真のように耕しが終わってこれから植え付けを始めるところもあります。土の耕し方が見事できれいな姿です。

やはりプロの畑作りは違うと二人で感心します。妻はもう10年以上昔,この地で農家のおばさんの手伝いを暫く続けました。おばさんは夫に先立たれて一人になっても農業を続け、主にパセリを作って農協に出していました。

妻はかなり熱心に手伝ったので、「あんたは農家の嫁になりゃよかったなあ」と言われていました。

そのおばさんが、いちばんやかましかったのは畑の土をきれいに耕し、畝をきちんと作ることだったそうです。あんな畑はとても素人にはできないと妻はいつも感心していました。今回、同じような畑のたたずまいを眺めて、もう5年以上前に他界した穏やかだった一人の農婦のことを思い出しました。

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  1. 畑の手前にはあやめが咲いていました。

――ほととぎす鳴くや五月(さつき)のあやめぐさあやめも知らぬ恋もするかな――

という古歌を思いだします。

 旧暦の五月ですから、まさにいまの時節です。

「あやめも知らぬ」のあやめは「物事の道理・筋道」のこと。言わずと知れた、古今和歌集の「恋歌一」の冒頭に載る「よみ人知らず」の作です。

 そういえば、あやめと菖蒲の違いがいまだに判らないなと思いながら写真を撮ろうと車を停めて外にでると、かっこう(郭公)が鳴いていました。

 かっこうとほととぎすの違いも、鳴き声の他は私には分かりません。

後でウィキペディアを見ると、同志社女子大学教授のこんな説明がありました。

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――「かっこう」と「ほととぎす」は同じ鳥ですか、それとも違う鳥ですか?

「かっこう」は文字通り「カッコー」と鳴きますね。「ほととぎす」は「キュキュ、キュキュキュキュ」と鳴きます。鳴き声からすると全く別の鳥ということになりそうです。
 ところが、 両鳥とも生物学的にはカッコウカッコウ科の鳥に分類されており、案外近いことがわかります。「かっこう」も「ほととぎす」も初夏に南アジアから飛来する渡り鳥で、「託卵(卵の世話を他の個体に托する習性)」まで共通しています。混同が生じるのも当然なのです。

ただし古典の世界では、混同は生じていません。少なくとも平安時代には「ほととぎす」という読みしかなかったのです。――

この先生の説明が正しいとすると、「ほととぎす鳴くや五月の~」も、ひょっとして「かっこう」の鳴き声だったかもしれません。

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  1. 古い田舎家に戻ると、庭には春ゼミが賑やかに鳴き、リスがえさを求めてやってきます。

(1) 家の中で、妻は早速裁縫を始めます。古いシンガー・ミシンの登場です。

 戦前から彼女の母親が使っていたものをいまも大事に愛用しています。もっとも軽くて便利な新式のミシンがいくらもあるのに、いまだにこの重いミシンが頑丈で壊れず、きれいに縫えて使いやすくて手放せないと言います。

 場所をとるので田舎家に置いてあり、もっぱら当地で使っています。

(2) このミシンで子供たちが生まれたときに産着を何枚も縫い、孫のためにも同じことをやり、いまはまた間もなく身近に新しい命の誕生があるので、せっせと制作中です。

 主婦の裁縫も、自分ではできない私から見れば農婦の畑づくりなみに、立派な手仕事で感心します。

(3)古いものをいつまでも使い続けるという文化もいいものだと思います。英国あたりではまだ当たり前と思いますが、現代日本は家でも車でも家具でも、消費社会・使い捨て社会になりました(京都になると少しは違うかもしれませんが)。

(4)それと最後に、自分が生まれる前から母が使っていたものがいまも残っていて、娘も使っていることに感慨を覚えます。 

 

 

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(5)―――生きること母を追ふこと薺粥(なずながゆ)――

という、最近見かけた俳句を思い出します。

「なずな粥」は知りませんでしたが、「なずな」は春の七草のひとつで、この葉と柚子とを乗せたお粥があるそうです。

 句意は―子供のとき、お正月には、「春」の到来を祝うようにいつも母がなずな粥を作ってくれた。いま自分も子供たちのために、母の味を思い出しながら作っている―。

生きるとは、こんな風に自分を産み・育ててくれた人の背中を追いかけてゆく道かもしれない・・・・・

素人の作品ですが、そんな作者の思いが伝わってくる句で、記憶に残っています。

タイム誌が選ぶ「次世代リーダー2021」

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  1. ワクチン1回目の接種を終えた我々夫婦は、短期間長野にやって来ました。田舎道を車で走って、畑の草取りをして、山奥で静かに過ごす日常です。

 今回は、そんな田舎暮らしで読んだタイム誌の特集「次世代のリーダーたち2021年」

の話です。

 同誌は、2014年から毎年、世界各地の、政治・社会活動・ビジネス・文化など様々な分野でこれから活躍が期待できる「希望の星」を10人ほど選んでいます。

 まだ知られていない若者を紹介する狙いのようで、今回の11人を私は誰も知りません。アフリカなど多様な国から選ばれ、女性が6人を占めます。

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2. 例えば,

(1)アフガニスタンのザリファ・ガファリという27歳の市長。父親はテロで殺され、自らもテロリストからの暗殺の恐怖や警告に遭いつつ、同国で初めての最年少の女性市長として頑張っている。

 

(2)と思えば、西アフリカのマリ共和国からフランスにやってきた移民の息子、28歳のモリー・サッコ。貧しい8人家族の中で育ち14歳で学業を終えてレストランの皿洗いから始め、昨年パリで開業したところいきなりミシュランの星を取得し、テレビの料理番組まで持つことになった。

彼の料理は、アフリカ料理とフランス料理に日本風味を加えたもので、日本風は子供のときにテレビで見たアニメから学んだそうです。

 

(3)高校時代に長い間教師から受けたセクハラを後日告発し、法改正まで可能にし、いまは同じ経験に苦しむ女性の救済に取り組んでいる26歳のグレース・テイム。彼女は「オーストラリア2021年今年の人」に選ばれた。

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(4) もっとも多くのページで紹介しているのはクワイケ・エメジ(Akwaeke Emeji)、ナイジェリア生まれの33歳の作家。16歳でアメリカに移住し、一昨年、アフリカ・イボ族に伝わる魔術師の霊力を武器に黒人差別に生きる若い女性の物語でデビューし、英米で高い評価を受け、その後の2作も大きな話題になっている。

しかもエメジは「トランスジェンダー(身体的な性別と自認する性別が一致しない)」を自らも公表し、物語の主人公にも取り上げて、これらの人物を三人称で語るときは終始「they」と表記する。

つまり、本来「三人称複数」の「they(彼ら・彼女ら)を、「he (彼)」でも「she(彼女)」でもない、「トランスジェンダーの三人称単数」として使用している。

タイム誌の記事もこれに倣って、エメジの語りを紹介する文章では「~they(エメジのこと) say」と記述します。

 

3.今回は、日本からも2人選ばれました。中島瑞木(みずき)・杏奈(あんな)という32歳の双子の姉妹です。タイム誌はこう紹介します。

 

(1)二人は2014年に、女性向けのスマホ用アニメゲームが殆どないことに気付いて、

女性に魅力ある物語を展開するゲーム商品を作るために、株式会社コリーを立ち上げた。

大成功となり、東京マザーズ市場に上場し、株式時価総額はいま220億円を越える。

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(2)しかも同社がユニークなのは商品の新しさだけではない。管理職の70%、全社員240人の75%が女性である。女性の社会進出が先進国の中でも極端に遅れている日本社会では、きわめて異例なことである。

(3)二人はこう語る。

「女性は有能だと私たちは知っています。だからわが社には、女性が多いのです。そして、ゲーム商品を通して、若い女性が孤独に打ち克つことに役立ちたいし、次世代のために大事なことは、人々に明日への希望を与えることが出来るゲームを作ることにあると考えています」。

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4.他にもいろいろな経歴の人たちで、何れにせよ、顔ぶれの多様性に感心すると同時に、さまざまな若者が世界で活躍していることをあらためて知りました。

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 日本の若い人は、中島姉妹経営のコリー社のゲーム商品(「魔法使いの約束」など)をよく知っているでしょう。しかし、スマホのゲームに触ったことのない私は、ゲームという商品がいかに若者に魅力を与えているかということも知りませんでした。

 私の知らないうちに、若者が関心をもつ世界は全く変わってきているようです。

もっともタイム誌によれば、前述したクワイケ・エメジは子供のときから物語を

読み、書くことに熱中し、16歳でアメリカに来たときにはディケンズトルストイドストエフスキーも読んでいた。そしてアメリカの大学に入学して、学長がそんな彼女の読書歴を特別なこととして学内で紹介し、賞賛したことにかえって驚いたそうです。

バイデン新大統領の評価とホワイトハウスからの手紙

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  1. 今回はアメリカの話。就任して4か月強過ぎたバイデン大統領の内政面での評価が

高いようです。

(1)5月28日には2022会計年度(今年10月~来年9月)の予算教書を議会に提出し、「大きな政府路線」を鮮明にしたと報じられました。

・すでに、3月には約200兆円の(1)「アメリ救済計画法(the American Rescue Plan)」を議会で成立させています。

(2)今回はこれに加えて、

・気候変動対策をはじめ大規模インフラ投資を通じて雇用創出を図る「アメリ雇用計画(Job Plan)」

・育児や教育を支援して、格差の是正・セイフティ・ネットの拡充を目指す「アメリ家族計画(Family Plan)」

の2つを目玉にして、かつその財源として、

・大企業・ウォール街への法人税増税高所得者所得税増税を打ち出しています。

・銃規制や移民受け入れなどについても法改革を目指すとしています。

 

(3)共和党は、財政赤字が拡大し、経済成長を阻害しインフレを促進するとして反対で、どこまで議会を通るかは不透明です。

たしかにインフレは心配で、日本のメディアも懸念する記事が多いようです。しかし、きわめて意欲的な政策で、成功してほしいと思っています。

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  1. エコノミスト誌も、「就任100日間のバイデンの適性」と題する記事を載せて、評価しています。(1) 登板時は、課題が山積だった。コロナ感染は増え続け、民主主義の危機が叫ばれ、人種差別と社会の分断が拡がっていた。

   しかもバイデン自身に対する期待はさほど高くなかった。

(2)しかしいま、ワクチン接種は当初の予定以上に進捗し、今年は大幅な経済成長が見込まれている。「救済計画法」の成立も大きな成果である。

――と指摘して、

(3)就任当初では、大恐慌下に登板したルーズベルト大統領(FDR)がもっとも成果を上げたと言われる。

しかし、バイデンの滑り出しはFDRに匹敵すると言える。

しかもオバマ政権以上にリベラルな政策を打ち出しているとして、“fascinating but incompetent(面白いが無能)”なトランプに対して、“boring but radical(面白味はないが過激)”なバイデンと評しています。

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  1. 私が感じるのは、

(1)政策目線が「救済・雇用・家族」にあり、まず救済を優先し次いで雇用・家族に向かうことを、明快に示している(日本のコロナ対策など、私にはいまも全体像がつかめない。大きな目標設定と分かりやすい内容説明を欲しい)。

(2)これも日本政府からは聞こえてこないが、巨額の支出の財源はどうするのか誰もが懸念している(所得減、増税、年金減額?)。バイデンは、果敢かつ「ラディカル」に大企業や富裕層への増税を打ち出している。(年間所得約4千万円以下の層には増税しないと明確に言明している)。

の2点です。

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  1. もう一つ、国民に対する「説明」です。

以下は、「笑い話」でもありますが、実は私ども夫婦のところに「ホワイトハウス」から長い手紙が来ました。表が英語、裏はスペイン語です。

(1)バイデンの署名入り(もちろんコピー)で、私と妻あての二通です。

ただ、書き出しに「My fellow American(アメリカ国民の皆さん)~~」とありますので、我々に届いたのは何かの間違いだということはすぐわかります。

 

(2)内容は、「3月に成立したアメリカ救済計画法の中身を知ってほしい。施策の1つとして皆さん一人一人(高額所得者を除く)に2000ドルの支払いを行った。まだ受けとっていない人がいたら早急に、担当役所のサイトをチェックするか電話をしてほしい」というものです。

 

(3)そして、やや泣かせるような国民に呼びかける言葉で終わっています。

―――「私は大統領に就任してすぐに、皆さんへの救済は検討中だと申し上げた。救済計画法はこれを果たすためのものです。私は、救済される資格のある皆さん全員が法の恩恵を受けることを確かめたいのです。

 我が国にとって、いまは長く苦難のときです。しかし前途は明るいと私は信じています。ワクチン接種は進み、経済は回復途上にあり、子供たちは学校に戻ります。私たち皆が一緒になって努力しない限り、国家としてできることは何もないと私は心から信じています。大統領ジョー・バイデン(署名)」

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  1. 以下は推測ですが、なぜ手紙が私どものところに来たか?10年弱のアメリカ勤務があり、少額の年金を受給しています(日本で確定申告をしています)。どうやら、海外を含めた「年金受給者」にも出状したのではないでしょうか。

 明らかに、お粗末な事務のチョンボです。しかし、アメリカという国は、こういう細かい事務では割といい加減である。しかし国の根幹に関わることでは国民にきちんと説明し、呼びかける。その呼びかける相手に多少の範囲オーバーがあっても、気にしない。そんなおおらかさを感じた次第です。

自粛の日々を、ご近所と交流しながら過ごす。

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  1. 東京は緊急事態が延長されて、「緊急」が「常態」になりました。外出は医者通いのほかは、近くの駒場公園までゆっくり散歩をするぐらいです。

 医者通いは、ワクチン接種も含まれますが、我が家の第1回接種は私は5月30日、妻は6月5日です。自治体によって対応が違うようで、私が聞いた限りでは例えば小平市川崎市は、集団接種と並行して個別接種が充実しているようです。川崎市武蔵小杉に住む友人夫婦は、かかり付けの医院に行ってすぐに予約ができて、2回目の接種も終えたと言っていました。他方で電話やネットが繋がらずに、子供たちやご近所の世話になった方も多いです。職員の対応・現場の苦労はたいへんだろうと思いますが、我々もいささか振り回されていますね。

英国にいる娘夫婦もニューヨークに住む友人も、どちらも混乱なくとっくに接種を終えました。NPOやボランティアが協力しているという話も聞きます。

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2.散歩に訪れる駒場公園は旧前田侯爵邸跡で、重要文化財。広い庭には大きなクスノキもあります。休日には家族連れが憩い・遊ぶ姿を見かけます。「不要不急の外出は自粛」と言われても、このぐらいは許されるでしょうね。

散歩の途次には、駒場小学校に通学する子供たちも見かけます。よく喋るので「スズメ君」と妻が呼んでいる、仲良しになった男の子は2年生に進学し、もう黄色い帽子はかぶらず、相変わらず元気で歩いています。

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  1. 家に居る時間が増えて、いろいろ新しいこともあります。

隣近所の人と話す機会も出てきました。お向かいに住む男性は70歳を超えて現役を退いていますが、庭いじりや植木の手入れが好きで、長い時間を外で過ごします。時には、気さくにご近所の奥さん方の植木の相談に乗ったり、自宅の切り花を届けてくれたりして、頼られています。

 先週の天気の良い午後、妻が声をかけて小さな庭に招いて小一時間ほど、珈琲を飲みながらマスク着用で3人でお喋りをし、花の手入れを聞いたりしました。

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3. 違う人生を送ってきた人の話を聞くのはなかなか面白いです。

彼は現役時代は和食の料理人でした。いろいろ話してくれました。

・料理をつくるだけでなく、花や季節の基礎的な知識も必要。

・献立表は自分で考えて、墨で書く。従って、習字も習う必要がある。

・献立表を和紙に書いていくと、どうしても最後に余白ができる、そこをどう埋めるか工夫する。絵を描く人もいるが、彼の場合は、毎月変える献立に合わせた「俳句」を考えて載せるようにしていた・・・・

――などと聞いて、「和食の料理人には教養も必要なんだ」と感心しました。

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・「どんな俳句を作ったんですか?」と訊いたところ、ほとんど忘れてしまったが、

「菜の花の続く舞台を蝶が舞う、という句があった」と思い出してくれました。

「菜の花の和え物」が先付けで出てくる、そのあとも蝶が舞うように料理が続く、そんなきれいなイメージでしょうか。

・ときに料理の名前やレシピも自分で考えるそうで、「祇園豆腐」と名付けた料理を教えてくれました。

――だしを下に敷いて、卵豆腐を乗せる、煮たどぜうを豆腐にまぜるーー

という料理で、なぜ「祇園」と名付けたかというと、「祇園というと祭り。祭りだから“だし”が出る」。そして「料理人用語で、「どぜう」のことを舞妓と呼ぶ」からそうです。後者は、舞妓さんの踊る姿が何やらどぜうを思わせるかららしい。

 とにかくプロの料理人ですから、妻は、植木だけでなく料理のこつも教えてもらえるので、喜んでいます。お近くの、貴重な存在です。

そういえば、「浅草駒形どぜう」の支店が渋谷にあって、友人2人と昼から酒を飲みながら「どぜう料理」を楽しんだのはコロナの直前だったかな、と懐かしく思い出しました。

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4.隣近所から得る地域情報もけっこう大切です。

これは別のご近所の方からの情報ですが、世田谷区が「オレオレ詐欺」防止のための・電話につける録音装置を高齢者に配ってくれるという情報を伝えてくれた人がいます。

我々老夫婦はこういう情報にうといので、助かります。近くの交番で入手できるというので、早速妻が受け取ってきて、ご近所の助けも得て固定電話に取り付けました。装置は、高齢者であることなど本人確認をして、無料で無期限に貸与してくれるそうです。

我が家に電話をすると「この会話は録音されます」という音声が出て、それから通じるという仕組みです。電話をかけてきた友人などは、ちょっと驚くか、人によってはあまりいい気分ではないかもしれません。しかし、詐欺電話を防ぐ対策にはなりそうです。

世田谷区と警察が一体になった高齢者向けの施策なのでしょう。

こんな風に、家で過ごす時間が増えると、いろいろとお近くとの交流が増えて、これはこれで良いものです。

『院政、もうひとつの天皇制』(美川圭)を読む

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  1. 日本の中世史がご専門の美川圭・立命館大学教授から『院政、もうひとつの天皇

制』増補版(中公新書)を贈っていただき、このほど読み終えました。いま渋谷の丸善ジュンク堂に平積みになっています。

2006年に初版が出て5版を重ね、この4月25日に増補版が出ました。「院政とは何だったのか」という終章が加えられ、新たに人名索引が巻末におかれました。

新書本に索引があるのは珍しいですが、有難いです。とくに本書は、人名が無数に出てくる(藤原~だけで130人以上!)、しかも同じような名前が多いので、系図と索引で彼らの関係を何度も確かめながら読むことになります。

 というわけで、私のような素人には決して読みやすい本ではありませんが、とても面白かったです。

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  1. 著者によると(以下の要約は簡略すぎて、正確でないかもしれませんが)、 (1)院政とは、退位した天皇である上皇(院とも呼ぶ。出家して法皇)が絶大な権力をにぎる、日本独特の政治体制である。

 最高の人事権である、天皇を決める「王の人事権」を完全に掌握することが必須であり、そのため直系の子や孫を天皇の地位につけた上皇が、その親権を行使して政治を行うのが院政で、単なる元天皇である上皇院政を行えるわけではない。

 

(2)もともと上皇という称号は、7世紀末、持統天皇が孫の文武天皇に譲位したときに始まる。

(3)但し、11世紀末の白河院政に始まり、12世紀の鳥羽、後白河、13世紀の後鳥羽までが典型的な院政とされる。

(4)歴史的背景には、

・それ以前の摂関政治(「王の人事権」を、代々天皇外戚となった藤原氏が実際上にぎる体制)からの変化

上皇が最大の荘園領主となっていく過程

・院近臣と呼ばれる、実務能力にたけた中・下級貴族が存在感を強める

・寺社の存在と、彼らの強訴に対抗するための武士への依存と彼らの台頭、そして対決、

などがあげられ、保元・平治の乱(後白河)承久の乱(後鳥羽)後醍醐天皇の倒幕といった武士を巻き込んだ権力闘争を経て、院政そのものは江戸時代まで残るがまったく形骸化していく。「王の人事権」を武家政権が握る時代に移っていく。

 

(5) ということで、本書は、天皇制が変貌し、武家政権が成立していく出来事を「院政」という視点でとらえているところに面白さがあります。

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  1. 著者は、(1)「院政は形骸化しつつも、意外に長く続いていく」。

(2)しかし、「(典型的な)院政とは平安末から南北朝期の日本にのみ存在した、きわめて特殊な天皇制のあり方である。まさに「もうひとつの天皇制」なのであった」と述べます。

(3)そして、「明治以降の近代天皇制においては、天皇の譲位ということ自体が行われなくなり、院政は歴史上消滅する」

(4)としたうえで、今回の明仁上皇から今上天皇への代替わりの意義について「あとがき」で以下のように述べます。

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――院政といえば、マイナスイメージがあり、とくに明治から昭和戦前までの天皇制は親政を金科玉条のものとしてきた。

――戦後、昭和天皇が退位の意志を表明することもなかった。

――「ところが、父昭和天皇をもっとも近くから見てきた現上皇は、戦後の日本国憲法のもとでの天皇制を父よりも深く考えたように思える。にもかかわらず、このたびの譲位について識者の中には否定的な見解もあった。現在の憲法を逸脱するかたちで、天皇が譲位の意志を示されるということは、何らかの政治行為につながるのではないかというわけである。

 しかし、実際はどうだったか。(略)上皇となると、国事行為はもちろんのこと、膨大な儀式と巡幸もとりやめたのである。それは、現在の天皇制のあるべき姿が戦後の憲法下にあることをはっきりと示し、それと矛盾なく譲位の意志を表明しうると天皇自ら体現したことに他ならない」。――

 

(5)こういう著者の指摘は、なるほどと、改めて今回の譲位の意味を再認識しました。

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  1. 最後に、個人的に面白いと思っているのは、英国の王制との比較です。

「世界で退位しない王が2人いる。英国のエリザベス女王ともう1人は?」、
「答えはトランプの王様」というジョークがあるように、英国では自らの意志での譲位という慣習・事例はないのではないでしょうか。

 このあたりを、ケンブリッジ大学で研究されたこともある美川教授に、機会があれば伺いたいものです。

 もう1つ、後鳥羽上皇が仕掛けた承久の乱は1221年、そして英国ジョン王時代のマグナ・カルタ制定は1215年と、ほぼ同時期の出来事です。

しかし、方やマグナ・カルタは曲りなりにも「専制君主から国民の自由を守るための英国最初の憲法制定」という意義づけがなされる。

対して、承久の乱は所詮、天皇側と武士政権との権力闘争ではないのか?

この違いはどこから来るのか?素人の誤解もあるかもしれませんが、そんなことを考えています。

「なにか邪悪なものが迫ってくる」(エコノミスト誌続き)

  1. 今回も英エコノミスト誌5月1日号「中国と台湾」の続きです。前回は「論説」を

紹介しましたが、今回は「解説」と「ビジネス」です。

「論説」は、何としても米中の戦争を回避すべきという“提言”が中心でした。

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  1. 他方で「解説」の方は、情勢判断を主にして「台湾をめぐる戦いは、北京でもいますぐ(imminent)とみる人は少ないかもしれない。しかし恐ろしいことに、全く考えられないシナリオでもない」という、英国人らしい二重否定の文章で終わります。

記事の見出しは「なにか邪悪なものが迫ってくる(Something wicked this way comes)」です。こういう表題を付けたがるのがいかにもエコノミスト誌。

これは『マクベス』の4幕1場に出てくる魔女の言葉です。3人の魔女の一人が,

「親指がぴくぴくするぞ。よくないものがこちらへ来るぞ」(木下順二訳)

と言っているところにマクベスが登場し、マクダフとの戦いを予言する場面が続きます。英国では中学生からシェイクスピアを読ませるそうですから、「ははん」と思いながら読む人も多いのでしょうか。

 

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  1. 以下は、台湾側から見た動きの要約です。

(1)米中の「あいまい」戦略のもとで台湾は豊かな民主主義国家となった。アジアで初めて同性婚を合法化したように、国民は多様性と自由を享受している。

(2)この間、中国は忍耐のしびれを切らしてきたようだ。台湾が繁栄し住民が満足するほど、「平和的に統一する」ことが困難になると焦っているようだ。

(3)特に蔡英文総統は、穏健な現実主義者で、表立って中国を挑発せず、「独立」を口にせず、具体的な成果をあげることで満足感を高めている。中国は彼女を嫌悪している。

――中国がより強圧的になってきた背景にこのような事情もあると同誌は言います。

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4.同時に特徴的なのは、

(1) 2020年のあるアイデンティティ調査によると、成人の66%が「自分は台湾人」と回答している。「台湾人と中国人の両方」は30%、「中国人」と答えたのはわずか4%に過ぎない。言うまでもなく中国共産党は「彼らは100%中国人」と主張している。

(2)しかし他方、別の調査で「中国と武器を持って戦うか?」という質問には「イエス」と答えたのは半分以下にとどまる。

 

5.それなら台湾政府は自らの生存をどうやって守ろうとしているか?

(1)台湾は,仮に中国が侵攻してきたら、自分たちだけでは勝ち目がないことをよく理解

している。

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(2)しかも、成功した民主主義が、それだけでは自国を守る国益に結びつかないことも

残念ながら理解している(painfully aware)。

 

(3)だからこそ大事なのは、台湾を守ることが東アジアの平和維持に必要であり、アメ

リカやその仲間たち自身の国益にも適うのだという認識を拡げることだ。

 

(4)加えて最も重要なのは、台湾の半導体産業の存在がグローバル・サプライチェーンにとっていかに重要かを世界に理解させ、その優位性を維持することだ。

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6.エコノミスト誌はこういう見立てをした上で、世界最大の半導体製造企業TSMC

(台湾積体電路製造)について、とくに同社の拠点集中戦略について、「ビジネス欄」で紹介します。

(1)「危険と隣り合わせに生きる(living on the edge)」と題した本記事は、「米中の技術競争の下でいかに自らを不可欠な存在にするか」に自国の将来を賭ける同社の姿を紹介します。

(2)同社は半導体の先端技術で世界をリードしていて、アップルもアリババも全面依存しているが、その地位を維持するために毎年技術開発に巨額の投資をしている。

(3)かつ、「台湾に資産も知恵も集中させる」したたかな戦略をとる。長期資産の97%が、6万人近い社員(半分が博士か修士)の90%が台湾にいて、研究施設・工場も中国やアメリカの誘いに対して、ごく一部を除きほぼすべてを自国内に留めている。

(4)専門家は「同社の優位性は当分揺らがないだろう」と述べるが、この戦略が有効である限り、TSMCは安全保障の担保となり、アメリカが台湾を見捨てることはないのではないか。

(5)もちろん、米中がこのままこのような状況を放置するかどうかは分からない。危険はある。技術で他国に追いつかれる可能性もある。

しかし台湾はこの「綱渡り戦略」に自らの生存を賭けている。

―――というような内容です。

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7.アメリカやその同盟国の支援を期待しつつも、決して期待すぎない。裏切られるか

もしれない。

まずは自らの力で自らを守る。それには「優れた民主主義と国民の満足度」だけでは足りない。「自分たちのためにも台湾を見捨てるわけにはいかない」と他国が考える状況を作ること、そのために必死になっている姿と覚悟に、読んでいて心を打たれます。

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日本には、「これがあるから世界は日本を見捨てない」という何かがあるでしょうか?

 

エコノミスト誌がとり上げる台湾問題

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  1. 今回は、国際面の大きな関心事を取り上げます。

 バイデン政権下、米中対立が新しい局面に入ったと言われます。中国に対決する明確な姿勢を示し、その中の一つに「台湾問題」があります。アメリカの主導により、4月16日の日米首脳会談後に続いて5月5日ロンドンで開かれたG7外相会議の共同声明でも、「台湾海峡の平和と安定の重要性」が強調されました。

 

  1. 台湾問題について種々の報道がなされている中で、英国エコノミスト誌5月1日号は、「地球上でいまもっとも危険な場所」と題して、2つの記事(論説と解説)を載せました。

 しかし、副題は「台湾の将来については、米中の戦争回避の努力が不可欠である」とあり、何とかして両国の衝突を避けたいとする願いを表明しています。

 そのためには、「過去70年続いた“あいまい戦略”を続けるしかない。戦争でしか解決できない対立は先送りできることが多い」として、「かつて鄧小平が述べたように、より賢い次の世代に任せるべきだ」と提言しています。

f:id:ksen:20210501211650j:plain3. ここで言う「あいまい戦略」とは、

(1)中国はあくまで「中国は一つ」であり台湾は抵抗勢力に過ぎないとの立場を守る(しかし力で制圧することまではしない)。

(2)アメリカは「一つの中国」に同意しつつも、実際には「二つの中国」があるかのように振る舞う。

(3)両国は長年、こういった「高度な曖昧さ(high-calibre ambiguity)」を巧みに使って平和を維持してきた。

 エコノミスト誌は、きざな引用が好きで、ここでは『グレート・ギャツビー』で有名なアメリカの小説家F.スコット・フィッジェラルドの言葉を紹介します。

――「第一級の知性かどうかは、二つの相対立する考えを同時に抱えつつ、しかも知性を働かせることが出来るか否かにかかっている」。

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4.その「あいまい戦略」が今や変化し、崩れようとしている、というのがエコノミスト誌の見立てです。

(1)背景としては、中国に対する、以下のような米国の見方の変化がある。

中国は、権威主義的・国家主義的な色彩を強め、軍事力の強化にも努めてきた。

台湾海峡での中国の軍事力は臨界点を超えて、台湾を武力で手に入れる行動を抑止できないのではないか。

 

(2) すぐに軍事介入がないとしても、中国は様々な「アメとムチ」を使って台湾を親中国にすべく行動するだろう。香港の制圧で自信を深めた同国は、台湾の経済・社会不安と分断を促す様々な戦略、サイバー攻撃などを駆使してくるだろう。

(3)しかも、習近平国家主席の心中が分からない。自らの在任中に「台湾統一」を成し遂げ、歴史に名を残したいという野心がどこまで強烈か、そのための具体的な行動に対する決意はどこまで強く、またいつまで待つつもりか?

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5.しかし戦争は避けなければならない、と同誌は訴えます。

(1)戦争そのものの悲惨さは言うまでもないが、世界的な経済への打撃も甚大である。台湾は半導体産業の重要な拠点であり、先端チップで実に84%のシェアを占めている。

 

(2)台湾が米中衝突の舞台になるリスクが大きい。

 

(3)逆にアメリカが台湾を守ろうとしなければ、台湾の民主主義は死に、アメリカに対する世界的な信頼は揺るぎ、「パックス・アメリカーナ(米国による平和)」は崩壊する。

 

(4)だからこそ、「あいまい戦略で先送りするしかない」と同誌は言います。

そのためには、アメリカは実に難しいバランス戦略をとらなければならない。

一方で、曖昧さが「弱さの表れ」ととられないように、同盟国と協力して対中抑止力を高める。人権を含めて言うべきことは言い、台湾を守る姿勢は崩さない。

同時に、アメリカが危険な方向に方針変換したと中国が受けとるような行動――例えば、台湾独立の支持とか、軍艦の台湾への寄港など ――は控えるべきである。

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6.こういうエコノミスト誌の主張は、いささか迫力に欠ける印象は否めません。

決して、勇ましくはない。しかも中国がどう出るかわからないので、成功するかどうかは分からない。中国は単に時間稼ぎと受け取るかもしれない。

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―――いろいろ考えると、まことに難しい問題に直面していると言わざるを得ません。

日本を含めた民主主義国は、「(台湾における)自由と民主主義を守る」という基本的な姿勢を鮮明にして、そのメッセージがどれだけ中国を動かすか?に賭けるしかないような気もします。

台湾の将来は日本にとって重大な問題です。そして「そんな生ぬるいやり方では、有事を防げない」と思う人も少なくないかもしれません。

他方で、「台湾の将来なんて関心ない、香港だって救えなかったじゃないか」とクールに考える人も世界には多いかもしれない。

 「地上でもっとも危険な場所」と呼ばれて住む人たち自身は,何を考え、どう行動しようとしているのでしょうか?個人的には「頑張ってくれ」としか言えないのですが・・・