いまのウクライナを思い起こす、トクヴィルとヴァイニング夫人の言葉

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1.ウクライナの戦争を思い、以前に読んだ本の一節を思い出しています。今回はその中から、2つご紹介します。

 

2.一つは、『アメリカのデモクラシー』(トクヴィル、松本礼二訳、岩波文庫)にある文章です。

 

(1) アレクシス・ド・トクヴィルは19世紀半ばのフランスの政治思想家・政治家。

25歳のときの1831年、ジャクソン大統領時代の,独立して55年しか経たない若いアメリカを旅し、帰国後、35年に本書の第1巻、40年に第2巻を刊行しました。

 

(2)著者自ら「アメリカは額縁に過ぎない。主題はデモクラシーである」と言うように、以来本書は、近代民主主義思想を語るときに欠かせない古典になっています。

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(3)そしてトクヴィルは、本書で、「米国とロシアが他のすべての国を圧倒しさるであろうと予言した」と言われます。以下の箇所です。(岩波文庫第1巻(下)の「結び」)。

   

―「目的の達成のために、前者(アメリカ人)は私人の利益に訴え、個人が力を揮い、理性を働かせるのに任せ、指令はしない。

  後者(ロシア人)は、いわば社会の全権を一人の男に集中させる。

  一方の主な行動手段は自由であり、他方のそれは隷従である。

  両者の出発点は異なり、たどる道筋も分かれる。にもかかわらず、どちらも(略)いつの日か世界の半分の運命を手中に収めることになるように思われる」。

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3.本書が書かれたのは180年以上昔、まだ革命前の帝政ロシアです。

(1)しかし、戦後、米ソ対立を予言する言葉として知られました。

(2)その後、冷戦の終結とともに、忘れられました。

(3)それがいま、再び不気味な予言が蘇ってきたのでしょうか。

(4)それとも、「プーチンは自壊に向かいつつある」(藤原帰一教授)」「武力を頼む国は自滅する」(加藤陽子教授)となるでしょうか。仮にそうなったとしても、それまでにどれだけ多くの血が流されるでしょうか。

(5)そして、トクヴィルが予想しなかった「EUNATO」と「中国の台頭」は、どのように影響するでしょうか?

 

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  1. もう一つは、エリザベス・G・ヴァイニング夫人の言葉です。

(1)ご存知の通りヴァイニング夫人は、招かれて、1946年10月から50年12月まで、12歳から16歳までの当時の皇太子(現上皇)の家庭教師を務めました。

(2)帰国後、回想記『皇太子の窓』を刊行し、ベストセラーになりました。

(3)彼女は本書で、皇室一家との交流や皇太子や学習院での教育についてとともに、

敗戦直後の日本についても観察します。

(4)1章を割いて、極東国際軍事裁判東京裁判)を傍聴したことを記録し、その中で「戦争は私たちをけだものにする」と語ります。

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即ち、

――傍聴する前に裁判に提出された起訴状を新聞で読んでいた彼女は、「日本の陸海軍によって行われた暴行虐待の事実」を知り、衝撃をうけます。

「自制心あり、礼節に厚く、日常他人に接するときあのように親切な国民が、なぜ戦時にはあのように傲慢残忍な人間になれるのか」と自問自答します。

そして、「説明の鍵は、「戦時に」という言葉の中に存在するのだ。戦争は私たちすべてをけだものにする」と述べます。

同時に母国のアメリカ人に対しても、他国を糾弾しつつ自分の国の人間が太平洋で行った残虐行為については「知らぬが仏」でいるのだ、と怒ります。――

 

(5)原文は、“War makes us beasts of us all”。「Us all」、つまり私たち誰もが戦争では、かくも「残忍」なbeastになりうる・・・・。

 

(6) ヴァイニング夫人は、スコットランド系のアメリカ人で、フレンド派(クエーカー)のクリスチャン。同派は平和主義の信条を守り、「良心的兵役拒否」の態度でも知られます。彼女自身、帰国してからもフレンド派の活動に熱心に参加し、1969年のベトナム戦争反対のデモの座り込みで逮捕された経験の持ち主です。

 

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(7)皇太子の個人授業では、 「平和についてはよく話をした。始終、平和と小鳥たちについて話をした」と著書で述べています。

『物語ウクライナの歴史』と藤原帰一教授の想い

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  1. にわか勉強で、中公新書の『物語ウクライナの歴史、ヨーロッパ最後の大国』(黒川祐次、2002年)を読みました。著者はもと駐ウクライナ大使です。

 

(1)たまたま、ドイツ在住の刈谷さんもこの本を読み終えたそうです。同じことを考える人は少なくないでしょう。

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(2)まえがきで、「ウクライナ史の最大のテーマは、「国がなかったこと」だ」という言葉を紹介します。しかも、「「国がない」という大きなハンディキャップをもちながらも(略)、そのアイデンティティを失わなかった。ロシアやその他の外国の支配下にありながらも、独自の言語、文化、習慣を育んでいった」。

 

(3)「そしてついに、1991年独立を果たした・・・・」とあり、本文ではそこにいたるまでの長い苦難の歴史が語られます。

 

(4)これを読むと、いまウクライナの人たちがロシアの侵略に対して、命を懸けて戦っている心が私なりに理解できたように思います。ふるさとを、祖先の地を、自らのアイデンティティを守る戦いです。

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  1. さらに今回は、国際政治学者である東大大学院の藤原帰一教授の意見も紹介したいと思います。

因みに教授の父上は旧東京銀行、ご自身は帰国子女ですが中学・高校は麻布で、僭越

ながら、親近感を感じています。

ご紹介するのは、3月16日の朝日新聞夕刊「時事小言」。

それと実は教授は、この3月定年を迎え、8日に東大で「最終講義」を行いました。

何れもロシア・ウクライナ戦争を取り上げており、この2つからごく簡単に紹介します。

「時事小言」はフェイスブックから読むこともでき、最終講義はYoutube で視聴可能です。

   藤原 帰一 | Facebook

 https://www.youtube.com/watch?v=tUFXHcvpAfI

 

(1)講義で「今回の出来事は明確な侵略戦争である」と言います。 そして、ドイツの作家ブレヒトの言葉を引用します。――「そう、この時代は暗い。笑っている者は、まだ悪いニュースを聞いていないだけだ」。

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(2)さらに、「プーチン政権がウクライナ制圧に成功する可能性はない」と言い切ります。なぜなら、軍事的に勝利しても占領を維持できないから。

(3)だからこそ戦争の見通しは暗い。停戦交渉と大規模な破壊・殺りくが同時に、しかも長期にわたって継続する状況である。突き放して言えば、プーチン政権が自壊するまで、この残酷なゲームは続くだろう。

 

  1. しかし、藤原教授は、

(1)そもそも、今回のように外交と抑止によっても防ぐことの出来ない「戦争」にどう対処するかを指摘したうえで、出口は何だろうか、とも問いかけます。

 

(2)そして、次のように言います。

―――戦争の終結は国際秩序を形成する機会だ。

日本国憲法は、軍国主義の日本を世界との協力の中に再統合する貴重なステップだった。

今度こそ、冷戦終結時につくるべきであった、「負け組」も参加する秩序、大国が自制する秩序、日本国憲法前文が示すような世界各国の国民もロシア国民も受け入れることのできるような力の支配ではない国際秩序をつくらなければならない」。―――

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4.同教授の言う「リベラルな国際秩序」をつくることは、果たして可能でしょうか。

 

(1) 「最終講義」では最後に、「これは予測ではなく、私の願いです」と言われました。

それだけに、「何だか青臭い理想論で終わってしまったな」と感じるかもしれません。

 

(2)「ロシアが負けるのを待って国際秩序を考えるのではウクライナでの被害があまりにも大きくなる懸念がある」というコメントもあり、まことに尤もと思いました。

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(3)しかし、私には、心に残る言葉でした。

「時事小言」には、「日本国憲法前文」という言葉が何度も出てきます。

「前文」なんてきれいごとの典型だ、と思う人も多いでしょう。

しかし藤原先生の言葉からは,「今度こそ、「憲法前文」の世界を実現してほしい」という強い想いを感じました。身びいきで言えば、さすが麻布OBらしい思考だと思いました。

ゼレンスキー大統領はいつまで発信を続けられるか?

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  1. 今回もウクライナの悲惨な状況です。「私はキエフを決して離れない。最後まで残る」と繰り返し語るゼレンスキー大統領と2百万の市民が残る首都キエフに向けての、ロシア軍の総攻撃が今にも迫っていると伝えられます。

 

他方で、ネット時代もあるにせよ、国家存亡の危機にあってここまで頻繁に世界に、国民に発信し続ける一国のリーダーを、私は他に知りません。

前回は彼のロシア国民向けを紹介しました。

今回は、以下の2つをご紹介します。彼はいつまで発信できるでしょうか?

言葉に力はあるでしょうか?

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2.一つは、市民に対する無差別攻撃を伝える言葉です。

 

(1)3月6日、侵攻11日目、キエフ郊外で、市民が砲撃され、8人が殺害されました。

ゼレンスキー大統領は、

「逃げようとする2人の子供と両親が、路上で殺されたのです。どれだけ多くの無辜の家族が、このようにして殺されるのでしょうか。

我々は決して許さない。決して忘れない」。

そして、(英語字幕で)“atrocity(暴虐行為)”という言葉を使いました。

Moscow accused of targeting civilians fleeing Ukrainian cities - as it happened | World news | The Guardian

 

(2)4日後に病院が空撃されたときも、これは「ウクライナ人に対する“genocide(ジェノサイド=特定の人種・宗教・民族の大量殺害)”だ」と、一段と痛烈な言葉を発しました。

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3.もう一つは、9日(水)、英国議会でのオンラインでのスピーチです。

(1)ゼレンスキーはまず、「私たちが始めたのでも望んだのでもない、しかし始めざるを得なかった戦い」の過去13日間の苦闘を一日ごとに振り返ります。

Thirteen days of struggle’: Zelenskiy’s speech to UK parliament – transcript | Volodymyr Zelenskiy | The Guardian

 

(2)その上で、シェイクスピアの「ハムレット」3幕1場の有名な、ハムレットの第3独白の冒頭、「to be, or not to be」を引用します。

「あなた方がよくご存知のこの問いが、13日前、私たちウクライナ人にも問われたのです。

そして、今もこれからも、答えは明らかです。

「To be(なすべき)」であり、「To be free(自由に向けて)」なのです」。

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(3)もう一人の英国人、第二次世界大戦時のチャーチル首相の,これまた有名な歴史的な演説の一節も引用します➡だから、「私たちは最後まで戦います。決して諦めません。決して屈しません。森で、野原で、海岸で、通りで・・・・あらゆるところで戦います」。

 

(4)ゼレンスキーは、戦い続ける強い決意と同時に、孤立無援で戦うことへの苦悩と、英国を含むNATOへの失望と今後の期待もにじませつつ語りました。

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4.最後に、1週間以上前ですが、英国BBCが「この戦いはどのように終結するか?」と題して5つのシナリオを載せました。

5つ自体、特に目新しくはありませんが、以下の通りです。

(1)Short war (短期決戦)

(2)Long war (長期戦)

(3)European war (戦争は欧州に拡大する)

(4) Diplomatic solution (外交交渉での解決)

(5)Putin ousted(プーチン追放)

 

5.そして以下の結論です。

――これらのシナリオは相互に排他的ではない。

しかし、どのように展開されようとも、世界は変わった。現状に戻ることはないだろう。ロシアと世界との関係も変わるだろう。欧州の安全保障の考え方も変わるだろう。

そして、リベラルな国際ルールに基づく秩序がそもそも何のためにあるのかを再度見出すことになるかもしれない。

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補足すれば、

・ このうち「長期戦」が可能性としてはいちばん高いかもしれない

・ロシアが仮に制圧したとしても、 そのあとのウクライナには抵抗と苦難と混迷が長く続く、

――とBBCは言います。

「第二次世界大戦以来、欧州で最大の地上戦」

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  1. ウクライナの状況がますます悲惨になっています。

3月4日、ゼリンスキー大統領は、「原発が砲撃された。人類史上初めて、テロリスト国家が核のテロリズムとなった。欧州は目を覚ますときだ(Europe must wake up now)」と訴えました。

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  1. 以下は、ここにいたる過去一週間で、記録したい事々です。

 

まずは、英国ガーディアン紙の2月27日社説です。

(1) 同紙は、「プーチンウクライナ侵攻は,第二次世界大戦以来、欧州で最大の地上戦であり、1つは自由を求めるウクライナの、もう1つは、より広範な地政学的な、2つの「戦い」である」

(2)そして、

「悲惨かつ厳しい状況は、長く続くだろう。我々の実行力と決意とが問われている」

「今は、ウクライナが苦難の淵にある。しかし明日は、その影響は世界に広がるだろう」

 

3.ロシア侵攻の直前、ゼレンスキー大統領は、ロシア国民に向けて、ロシア語で9分間語りかけました。Youtubeで視聴可能で、英語の字幕付きです。

https://www.youtube.com/watch?v=p-zilnPtZ2M

 

(1)本日、私はプーチン大統領に電話を試みました。しかし、「沈黙」でした。

 ですから、ここで、ウクライナの一市民として、あなた方ロシアの人々に訴えます。

(2) もちろん私たちは何よりも平和を欲しています。しかし、自由と生命を脅かされたら、守ります。攻撃する兵士たちは、私たちの「背中」ではなく「顔」を見ることになるのです。

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(3)そして、

「戦争で最も苦しむのは誰ですか?」

「戦争を最も望まないのは誰ですか?」

「戦争を防ぐことが出来るのは誰ですか?」と問い、すべてに、

「人々です。あなた方を含む普通の素朴な人々(ordinary simple people )です」と答えました。

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  1. そのロシア人について、ガーディアン紙は3月2日,

――「モスクワで、2人の母親と11歳から7歳までの5人の子供が逮捕され、何時間も拘束された。子供たちは、“戦争は嫌だ(No to war)”と書いたポスターを持ってウクライナ大使館の前に花を捧げようしていた」 ――こんな記事と、泣いている女の子の写真とヴィデオを載せました。

(個人情報を理由に子供の顔写真は後に修正されました。ここでは修正後を載せますので泣き顔は写りません)。

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  1. 日本ではどうでしょうか?

市民による抗議の集会が各地で開かれています、

2月28日(日)渋谷ハチ公前広場での集まりには、若い人と女性が多かったですが、企画した人たち誰もが、「居ても立ってもいられず、行動を始めた」と発言しました。

日本に住むウクライナ人とロシア人(「私は戦争に反対するロシア人です」と書いたポスターを持った)が日本語で、悲しみと戦争反対について語りました。

 

5.私の友人・知人からは

(1)日本の戦争の悲惨な記憶を伝えるメールが届きました。

某君は当時6歳、「浅草に住み、東京大空襲で米軍の焼夷弾で辺り一面火に追われる中、逃げる途中で親に離れてしまい、姉に手を引かれて上野駅に辿り着いて命が助かった恐ろしさを鮮明に思い出します。戦争は絶対してはいけない・・・」と皆に送ってくれました。

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(2)1970年のソフィア・ローレン主演の映画「ひまわり」について語る人もいます。

民間人を含めて2千万人以上が犠牲になった独ソ戦に加わったイタリア人兵士の行方を

捜す妻をソフィア・ローレンが演じる映画です。

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(2) 「映画の中でも印象的な、あの見渡す限りのひまわり畑は、 ウクライナの南部、ヘルソン州で撮影された由。

 映画では中盤、そのひまわり畑の下には、第二次大戦時、この地で戦死した何万人という人々が、 敵も味方も区別なく、折り重なる様に埋められている事が、映画を見ている者にも分かる仕掛けになっているのです」というメールをもらいました。

澤木さん翻訳のエリコ・ヴェリッシモ『大使閣下』

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1.80年も昔の、この国の悲惨な戦争の記憶と体験を持つ老人は、テレビの映像を通して見るウクライナの状況に心を痛めながら、今日もブログだけは続けます。

 

2.今回は,前回紹介した、澤木忠男さんが翻訳した、エリコ・ヴェリッシモ『大使閣下』(文芸社)の話を続けます。

 渋谷の東急本店内にある「丸善ジュンク堂」に寄ったところ、本書が6冊も「スペイン・ポルトガル文学」の棚に置かれているのに驚きました。

  日本では有名作家ではないし、訳者もいわば素人で、初めての翻訳です。

 それが本屋に並ぶのは立派です。

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3.しかも、1965年に発表されたブラジルの作家による小説が、60年近く経って日本の読者の目に触れるというのも珍しい話ではないでしょうか。

 

(1) それには澤木さんの長年の、「いつか皆に読んでほしい」という夢があり、80歳を超えて実現したことになります。

(2) 彼によれば、「当時は3分の1も理解できていなかったが、それでも夢中になって読んだ」。

 その後、ブラジル、メキシコ、ぺルー、スペイン勤務を経験して、「フィクションと思っていた荒唐無稽な物語が、中南米の現実をベースにしていることに気付いた。初読から翻訳までの長い年月は、その意味で決して無駄ではなかった」と書いています。

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  1. 物語は、

(1)カリブ海にある架空の島国サクラメント共和国からワシントンに赴任した駐米大使ガブリエル・エリオドロが主人公。

(2)同国は、人口2百万の小さな国だが、「すべての富を支配しているのは、30の富豪家族と米国巨大企業2社。大多数の国民は物言わぬ民。その実態は悲惨そのものだ。病、飢え、高い死亡率、貧困・・・」。

(3)そこでは、たびたび革命と反革命が起き、そのたびに悲劇が繰り返され、革命を成功させた英雄は国民に当初は「夢と理想」を語る。しかし彼もまた独裁者になり、同じような腐敗や庵圧が繰り返される・・・。

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  1. このように書くと、暗い小説のように見えますが、とても面白いし、読みやすい訳です。

(1) まずは物語の展開の面白さ。「作者はこの作品を打ち上げ花火にたとえ、最初はコメディタッチでゆっくりと昇りはじめ、最後は大爆発で終わるとしている」。

 

(2) それと、主人公エリオドロ大使の魅力です。革命で独裁者を倒し、自らも独裁者になってしまった現大統領の盟友。

  ・学問も教養もない、売春婦の子供で父親も分からない、たいていの社会道徳は無         視し、好色な人間。

  ・しかし、生命力にあふれ、自らの無知を恥じることなく、大使館の職員にも女性にも好かれる。

 ・一見したところ陽気で、実はひとり内省する面もある。

 ・ある種の人生哲学の持ち主である。戦いのためには死をも厭わない潔さがある。

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・「生を大切にする者は、死を怖れない。生と死は一心同体だ」と、リベラルな理想家で、母国の現状にいかに行動するか悩む、二等書記官のパブロに語る。

 そして、「どうだ、カッコいいだろう」と珍しく照れながら、「大いに生を愛する者は、死もまた同様に愛すだよ」と続ける。

・パブロは、この大使閣下を、「破廉恥、粗野、身勝手で短気な男と思ってはいるが、どうしても憎めなかった」。

 

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(3) もうひとつ、澤木さんに言わせると、「大使をめぐる濡れ場描写は,官能小説も及ばないラテンならではの迫力があり、この物語のアクセントにもなっている」。

 この点は、いささか品のない描写に,私はかなり閉口し、飛ばして読みました。ただ「楽しく訳した」とメールしてくれた澤木さんの好奇心と意欲には感心しました。

 また、今なら許されない「差別表現」も散見されます。しかし訳者は「底流には作者の差別批判がある」という見解で、彼の本書への愛着が伝わって、気持ち良いです。

 

6. 日本の小説とはまるで異なる、分厚いステーキ肉を赤ワインと一緒にたっぷり賞味したような読後感でした。

コロナに負けずに頑張っている友人たち

1.コロナがいまだに収まらず、同世代の友人たちはどのような日々を過ごしているかなと、時々思うことがあります。

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2.今回は、80歳前半になっても、コロナ禍の中で頑張っている元気な友人を紹介します。

(1)まず、神奈川県の中高一貫校で、ロボットプログラミングの授業を担当している中高時代の友人岡田君です。

いまは1月から3月まで計10回、一日2回の授業を担当している。もう10年も続けている。所属しているNPOの活動の一環。

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 私にはどういう授業か想像もつかないのですが、ロボットプログラミングとは、「ロボットを活用してPCのプログラミングを学ぶ学習」。2020年からプログラミング教育が義務教育で必修化されて、ロボットの活用が注目されているそうです。

 

高齢者の社会貢献で、実に立派なものです。若者に教えるのが上手なのでしょう。

 

(2)やはり中高で一緒だった佐藤君(実は妻の兄でもあります)は、昨年コロナの中で開催されたベートーベン「第九」の合唱メンバーとして、2回も参加して歌いました。

1回は、母校が8月15日にサントリーホールで実施した、卒業生も参加してのコンサートで。

2回目は年末、住まいのある川崎市の市民合唱団の「第九」でした。

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コロナの中で、参加する人数も観客も減らし、マスク着用で歌うなど充分な感染対策をしての実施だった。インターネットでも配信されたので、孫たちも楽しむことができた。

母校の主催なので校歌も歌った。6年制の男子高だから、女声と一緒になる機会はまずないが、この日は、

サントリーホールで、オーケストラをバックに、女性も一緒に校歌を歌ったのは初めての経験で、感動した」。

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3.最後の例ですが、ごく最近、小説の翻訳を完成して出版した、もとの職場で一緒だった友人が2人います。

(1) 一人は、1年先輩、スペイン語の翻訳―― 『鏡のある館』(アントニオ・ムニョス・モリナ著、大河内健次訳、水声社、2021年11月刊行)

 著者はまだ現存のスペインの作家。訳者の紹介によると、「本書は1986年発表の処女作」「著者はスペイン語圏で最もノーベル文学賞に近い人物の一人と言われている」。

 

帯には、「フランコ政権下の1969年、左翼思想を持った大学院生で作家志望のミナヤは、27年代の幻の詩人ハシント・ソラヤの散逸した作品の調査を行い、博士論文にすることをおもいつくが・・・」とあります。

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(2) もう一人は1年後輩で、ポルトガル語の翻訳――『大使閣下』(エリコ・ヴェリッシモ著、澤木忠男訳、文芸社、2022年2月刊行)

  著者はブラジル人で故人ですが、1965年刊行されて「ブラジルで最も権威ある文学賞を受賞した」。

 1959年アイゼンハワー政権下のアメリカの首都ワシントンとカリブ海にある架空のサクラメント共和国を舞台に、同国から駐米大使として赴任した男の破天荒の一生を軸にした物語です。一種の「ピカレスク(悪漢)小説」と呼んでもいいでしょう。

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4.両方に共通するのは、

(1)訳者は、スペイン語ポルトガル語の専門家ですが、もともとは銀行員です。翻訳は初仕事の筈だが、コロナで自宅にいる時間を利用して、「日々、愉しく作業した」そうです。

(2)作品も著者も現地では評価がきわめて高いが、日本では知る人もなく、本邦初訳である。

(3)ともに大作である。『鏡の~』は410頁、『大使閣下』に至っては740頁もある。よくも訳したものだと思う。

(4) どちらも贈呈して頂いたので、有難く読んでいるところです。

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5.以上,紹介する私の方は、日々ぐうたら過ごしていますが、このように、コロナに負けず、中には病苦に負けず(『大使閣下』の訳者は、がんの手術を克服しながらの快挙です)、楽しく努力している高齢者がいます。

モルドバのワイン、宇治のお茶

1. 東京は例年より梅が咲くのが遅く、駒場民芸館もほんの二つ三つ蕾を開いたばかりです。

 後半は雪の日もあり、庭に咲いた沈丁花と、霙の中でも来てくれるメジロを眺めるぐらいの静かな日々でした。

 

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  1. 前回はコロナ3年目に入り、英国など欧米と日本との対策の違い、欧米は「ウィズ・コロナ」が主流になっているようだと報告しました。

貴重な情報提供や的確なご意見を頂きました。

 

(1) まず刈谷さん情報――ドイツは接種証明があれば、入国にあたって隔離はなく、公共の交通機関で移動が可能。

 日本では、ドイツからの一時帰国者も外国人も一律、指定のホテルに6日間隔離され、部屋から一歩も出られない。2度の検査で陰性が判明するとOKだが、公共の交通機関は使用不可。欧州の商工会議所から訴えが出ている。

 

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(2) 田中さんからは、昨年夏フランスから一時帰国した、子供4人を連れた友人が入国にあたって本当に苦労したという話です。

 

(3) 他方でMasuiさんからは、卓見を頂きました。

・日本人一人一人は頑張っている。

・しかし、感染対策で重要なのは、

(1)PCR検査を徹底して、感染者を明確にすること

(2)ワクチン接種を出来るだけ早期に実行すること、

(3)感染した時の経口薬を準備すること。

・この3つのどれを取っても日本は、先進国で最低のレベルと思う。

・検査で陰性と分かれば、一律に隔離する必要はないのではないか。

・科学的な解析や判断はデータが必要。その為にも膨大な検査をしない限り正確な結論や定量的な施策も対策もとれない。なぜ日本はこんなにデータを軽視するのか?

 

――以上、私のような素人でももっともな理屈だと思うのですが・・・・。

  

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  1. そんな愚痴を妻やメジロにこぼしたところで、埒はあかず、フラストがたまるばかり。

 英国に住む次女は孫を連れて今年の7月末に帰ってくるつもりで、人の少ない蓼科の山奥で孫と2年ぶりに過ごせるかと楽しみにしているのですが、どうなることやら・・・・。老い先短い老夫婦なので、いつまで待てるか。事態の早期好転を祈っています。

 

4.ストレスばかり溜まっても精神衛生上よくないので、以下ささやかな話題を2つ提供です。

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(1) 1つは、モルドバのワインの話です。

1月初めのブログでこの国の名前を紹介しました。英エコノミスト誌が、「昨年の“一押しの国(country of the year)”」の候補にリトアニアなどとともに上げました。

  ルーマニアウクライナに接する人口400万人の小さな国。

先日のBS「世界のニュース」で、いまこの国が欧州向けのワインに注力しているという特集を報道していました。ハーバード大卒の初の女性大統領が2020年末に誕生したことも、契機になったようです。将来はEU加盟を目標にしているとのこと。

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モルドバは世界で最古のワインの産地だそうです。西海キャスターも「知りませんでした」と言っていました。

もっとも、この国、ロシアの軍事進攻を防げるか目下緊迫しているウクライナと接しています。ロシアとの経済関係も濃く、あまり西欧よりになるといろいろ問題も起こりそうで、大統領の政治手腕が注目されます。

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(2)もう1つは宇治のお茶の話です、

1月30日の毎日新聞が、宇治市に、新スポット「お茶と宇治のまち交流館・茶づな」が昨年オープンしたという紹介記事を載せました。

ここを案内をしてくれるのが、「宇治市の職員で、芸人としても昨年12月に全国デビューした、まちこガールズさん」という記事です。

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 こんな職員がいるのかと楽しく読みました。

 私は、宇治市にある大学に11年前まで13年勤務し、市の総合計画審議会やまちづくりなどを通じて、市の職員の方々とも親しく付き合ったので、懐かしい場所です。 

 彼女は「まちづくりや景観保護を担当する職員」だそうで、もっと前だったら、ご縁があったかもしれません。