三宅一生とニューヨーク・タイムズ

実は、三宅一生よりもIssei Miyakeでよく知られている、
世界的なデザイナー(フランスのレジョン・ドヌールを始め、数々の栄誉に輝く)
のことを名前しか知りませんでした。



しかも彼が、7月13日、NYTimesに“A Flash of Memory(閃光の記憶)"と
題して寄稿し、自らの広島での被爆体験を語ったということも、ある人の
ブログを読むまで知りませんでした。

ブログは、京都の知人の「[http://blogs.yahoo.co.jp/stage41smhlle/archive/2009/07/16/:title=

三日坊主のダイアリー]」で、柳居子さんもここにコメントを寄せています。


「ダイアリーさん」は三宅氏とは30年来のお付き合いだそうで、今回、
氏が始めて被爆について触れたことに感銘を受けたとのこと。


教えて頂き有難うございました。
朝日新聞は邦訳を載せたそうですが、これも知りませんでした。

早速、ネットで読んでみた概要は以下の通り。


オバマ大統領の核廃絶のスピーチに感銘を受けたこと。
・ 7歳のときに広島で被爆した記憶(3年後に母を原爆症で亡くす)は
今も脳裏から消えることはないが、そのことには長く触れないでいたこと
・ しかしオバマの演説を知って、自分にも語る責任があるのではないかと
感じるようになったこと
・ 出来れば同大統領に、広島を訪れて欲しいこと


(横道に逸れるし、前にも書いたことがありますが、
NYタイムズの記事を過去にさかのぼって、ネットから無料で読めるのは素晴らしい。
日本の新聞はまだこれができない)


数日前にはNY在住の友人からもメールでこの記事を知らせてきました。

「なんらかの反響があっただろうか?」と彼女に聞いたところ、

同紙に2件の投書があったとのことです。(これはネットで検索できない)


1人は、オバマだけでなく、アメリカ以外の核保有国指導者も広島を訪れるべきだ
という主張。

もう1人は、オバマの言う「核なき世界」の実現は一国レベルでは達成できない。
「米国民は、その忌まわしい兵器の最初の開発者として、また最初の使用者として倫理的な責任を負っている」

という内容だそうです。


NYのKitajimaさんも、情報提供有難うございました。


ファッションに一生、縁もゆかりもない私も、これらを読んで三宅氏に
親近感を抱いたところです。

というのも、私も、あの日、同じ広島で、お互いに同学年、国民学校1年生
だったわけです。

私は南観音小学校。三宅さんは、何小学校だったのでしょうか?


NYタイムズの2人の投書について、感じたことは、同紙にこういう
意見を投書するような人はおそらく、今でもアメリカでは少数だろうと
いうことです。

世論もだいぶ変化しているかもしれませんが、やはりアメリカ人の大勢は、
残念ながら今でも「原爆投下容認」ではないかと思います。


戦争の早期終結に役立った。あれがなければ、日本は本土上陸まで戦った
かもしれないし、おそらく
何万・何十万というアメリカ兵士が追加で死んだだろう。原爆はたくさんの同胞の命
を救ったのだというのが彼らの理屈です。


私は三宅さんと違って(彼のような著名人でないから当然でもありますが)
被爆経験について、特に積極的に語ることも無いが、積極的に言わないという
姿勢もとってきませんでした。

ただ、アメリカに長く暮らし、アメリカ人と付き合って、どうしても意見が
合わないのがこの点でした。そのうち議論することに疲れて、持ち出す元気が
無くなりましたが、若いときは、アメリカで随分、議論・口論をしたものでした。

京都でも、数年前、某私立大にいるアメリカ人の思想史の教授〔女性〕と
大議論をして、最後までかみ合わなかった、苦い経験があります。


アメリカ人以上に難しいのが一部の(特にアメリカに居るような)中国人で、
彼らは、アメリカの原爆投下のおかげで、日本との戦争から早く解放されたのだ
という意見を決してゆずりません。


なんとも、悲しいが、難しい話です。

それにしても、三宅さん、これからもぜひ、発言を続けてください。

あなたが語る気持ちになったというだけでも、オバマ氏の演説は
大きな意味があったのだと思います。