ボランティア、相互扶助、雑感

1. 柳居子さん、さわやかNさん、有難うございます。


かっては、受け皿としての「農村・田舎の存在」が大きかった。
そうですね。私たち一家の場合もまさにそうでした。

私事ながら、1945年、広島市被爆して父を亡くした一家6人。
同年夏から翌年初めにかけて、同じ県内の山奥の田舎(庄原)に住む商家の跡取り息子が、昔、父にたいへん世話になったという縁で、支援してくれてしばらく厄介になったことを思い出しました。


「社会の相互扶助のシステム」について。
柳居子さんが、毎日「イノダ」で朝の時間を過すことを楽しみにしているご友人についてブログで書いておられました。
だんだん足が弱ってきたので、毎朝、迎えに行って車椅子を押して「イノダ」まで連れていくという話でした。
その人(京都の伝統工芸の名人でしたか)にとっては、毎朝「イノダ」で珈琲を飲む時間がいつまでも貴重なひとときなのだと思います。
それを誰かが支えてあげる。
「システム」というには小さな行為ですが、世の中、そういうのがたいへん大事な潤滑油になっているのだろうと思います。


ボランティアとは
「切実さをもって問題にかかわり、つながりをつけようと自ら動くことによって新しい価値を発見する人」
というのは慶応の金子郁容さんの定義ですが、
そんな難しいことを言わなくても、お互いに、他人のことがちょっと気になるよね、ぐらいでよいのではないでしょうか。


2. ボランティアについては、もう1つ思い出したことがあって、
かって、大学の紀要に「ソーシャル・アントレプレナー社会起業家)試論」という論文を発表したときに、こんな問題提起をしました。
(1) 社会起業家を「社会サービスを事業として行う人たち」と定義すれば、その根底には「ボランティア精神」があって、それが周りを巻き込むダイナミズムを理解した上で、実践することが重要である。
(2) ところが、「ボランティア」は、通常、「ビジネス」に重きを置く人の価値観にあまりそぐわないことが多い、これはおかしいのではないか。


上の(2)については、面白い(と私が思う)データがあり、これを論文で引用しました。

すなわち、日本で10年ほど前の調査ではありますが、
「ボランティア」と「(さまざまな)価値観」との相互関係をアンケート形式で調べたものです。

それによると、
質問に対して答えてもらうやり方で、
(1)まず、ボランティア活動に対する関心度を「非常に関心がある」から「まったく関心がない」までの5つから選んでもらう。
さらに、回答者がそれぞれ、どういう価値観を大事に思っているかについて選んでもらい、いわゆる「クロス」を掛けて、相互関係を調べる。

(2)そうすると、
「ボランティアに関心がない」と回答した人たちは、自らの価値観としては
「信頼されている」
「仕事ができる」
「リーダーとしてふさわしい」・・・といった仕事における有能さや、
「論理的だ」
「頭がよい」・・・・といった頭脳的な要素
に対して、大きな価値を見出していることが読み取れたという。

3. つまり、ボランティアに対して、(多少、前の調査なので、いまは変わっているかもしれないが)

(1)「情緒的」「格好をつけてる」「あまり頭を使っていない」「(有能な人間のやる)仕事ではない」といったイメージでとらえている人が多いのではないか。
「ボランティア無関心派」は、いわば自分をエリートと感じている人に多いのではないか。


(2)とすれば、そこには問題があって、ボランティアとは、
もっと「(情緒や感性ではなく)論理や理性で考えて」、その上で「仕事として有能に」かつ「(仕事だからこそ)明るく・楽しく」やるものではないのか、と考えているものです。

(3)もちろん、
悲惨な、過酷な現実にさいなまれている人たちに関わろうとするボランティアが、果たして「仕事」や「明るく・楽しく」であってよいのか。それは冒涜ではないのかという批判は十分にありうるでしょう。

しかし、そのような批判をあえて受け止めた上で、なお、仕事として、明るく・楽しく立ち向かう精神の「構え」が必要であり、
そのためには、自らの生き方を、情緒に流されるのではなく、「論理的に・理性的に」とらえようとする覚悟が、必要なのではないか?

それが、ボランティアや、相互扶助が当たり前になる世の中につながっていくのではないでしょうか?

4. 最後になりましたが、
さわやかNさんの
(1) 言葉、(2)教育、(3)労働・・・・
何れも考えさせられるテーマですが、これらは引き続き、フォローしたいと思います。

いつからか、「学び」が「教育」になり、
「仕事」が「労働」になり
「世の中」が「社会」になってしまいましたね。



今回は、コメントに示唆を頂いた、つまらぬ雑感になってしまい、
本文とも、人間存在とも、無関係な写真を載せました。