2019年京都の秋と出会った人たち

1.朝の散歩の東大駒場キャンパスでみる黄金色の銀杏並木もそろそろ終わりです。掃除がたいへんですね。職員が動員されている光景も見ました。

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 さて前回に続いて、今回もまだ京都の話です。

 中村哲氏のアフガンでの悲劇について、岡村さんが「7日に三条大橋で追悼のキャンドル・ヴィジルがあって参加した」と書いてくださいました。「片手にろうそく、片手に中村さんの顔写真と「武器ではなく、命の水を」と書いたプラカードを持って、川風が冷たく感じるなか立ちました」とあります。

 海外放浪の青年時代にアテネユースホステルで、難所のカイバル峠を越えてどうやってアフガニスタンに行くか話し合っている人たちの会話を聞いたことがあるそうです。ひょっとして、自分もついて行ったかもしれない、そうしたら運命が少し変わったかもしれないと、若い頃を思い出されたようです。

 海外で様々な人に出会った体験が、中村さんへの関心と敬意をいっそう高めるということがあるのかなと、読みながら思いました。

 牧野さんという、昔京都で社会起業家支援の活動を一緒にやった女性がいます。当時は同志社の大学生でしたが、一時期フィリッピンNGOで活動したことがあり、そのことが影響しているのか、フェイスブックに熱心に書いています。10日の「クローズアップ現代中村哲医師、貫いた志」を教えてもらい、見ました。いい番組でした。https://www.nhk.or.jp/gendai/articles/4361/index.html

 現地で4年一緒に働いた方の言葉が印象に残りました。

「中村先生が現地の人たちに対して威張った姿を見たことがない。自分たちの活動を誇らしげに語った姿を見たことがない。常に現地の人たちに敬意を払って~~、家族の人たちにも心を砕いて作業を進められていた~~」

「私は、あの方の活動、生きざま、そのものが平和だったような気がします」

f:id:ksen:20191202123539j:plain2.私自身は、前回書いたように京都の茶事に出て、そのあと夜遅くホテルに戻ってロビーで近くの割烹の女将と京都検定1級の友人と2人でワインを飲んでお喋りをしました。翌日は朝、ホテル近くの「イノダ」に行って珈琲を飲み、いろんな方に会いました。京都の友人たちに会うのは楽しみです。

 近くの京都御苑もぶらぶら。まだ紅葉がきれいで、京都迎賓館が一般公開をしていたのを拝見して、家人と二人でのんびり過ごしました。

 京都は、観光客の増加で迷惑している人も少なくないでしょう。

 他方で、海外からの観光客との接触を楽しんでいる人たちもいます。この日会った割烹の女将もその一人で、もともと明るく、人の応対が好きで、面倒見がよい。京料理を食べたいと飛び込みで恐る恐るのれんをくぐる外人客がいる。家族連れだったり、新婚旅行中だったりする。そういう時の、彼女の明るい笑顔と接し方は秀逸です。一見さん大歓迎。夏なら浴衣を着せてあげたり、常連が多い店なので彼らの会話の輪に入れたりする。忙しいと、常連も一緒になって浴衣を着せるのを手伝ったりする。お客さんは大満足で、青い眼も黒い眼も入り混じって、賑やかな雰囲気のお店です。

 もう一人、イノダの常連の柳居子さんのお店にも外国人観光客がよく来るようで、ブログに書いておられます。顔をつるつるに剃ることを他国の床屋ではしないので、驚

いて、感動して、これまたSNSで発信する。

f:id:ksen:20191202120424j:plain4.こういう思いがけない経験が海外旅行のいちばんの楽しみではないでしょうか。名所旧跡を訪れて、良い景色を眺めて、食べ歩きをして(テレビの海外紀行番組はこればかりのようですが)というお決まりのツアーではつまらない。ちょっとでも、その土地の人たちや暮らしを知りたい、話をしたい。

 京都の、この割烹と理髪店はまさにそういう期待を満たしてくれるところです。

 そして、迎える方でも、異国の人たちと接することで、気が付かないうちに何かが

変わってくる。少なくとも異国に関心をもってくる。「こないだ髭を剃ってあげたら喜んでいた、あの人の国だ」と思えば、そこでの出来事が良いにつけ悪いにつけ無関心ではいられなくなる。

 そうなれば、中村哲さんのアフガニスタンでの悲劇を知っても、いままで以上に無関心ではいられなくなる。

 何といっても岡村さんのように、海外を放浪する経験は大事です。だからこそ彼は中村さんの追悼のヴィジルに参加して、いろいろ思いだして、「ちょっとセンチになった」と書いています。

 しかしこちらから行くだけではなく、京都のごく庶民的な(失礼!)割烹や床屋さんに来てくれる人たちとの交流、これも大事だなとあらためて思いました。 

5.「イノダ」に行って、朝から常連さんが同じ席に座っている光景もいいものです。

 血のつながりもない、職場の上下関係もない、学校が一緒だったというわけでもない、「イノダ」を出たら何の利害関係もない人たちかもしれない。この繋がりは、アメリカの社会学者が言いだした「弱い絆の強さ(The strength of the weak ties )」ではないでしょうか。

そういう文化になじんでいる人たちだから、異国のお客も違和感なく受け入れるのかもしれない。そんなことを考えました。

f:id:ksen:20191202082141j:plain6.「お茶の文化」や「一期一会の精神」と多少関係があるかもしれない、とも思いま

した。

 それにしても茶事で頂いた懐石はおいしかったです。「三友居」という茶懐石の仕出しの店です。正式の茶事では、懐石が先でお茶はその後ですが、今回は「前茶」といって懐石は夕食時になり、しかも亭主側も入って無礼講で、作法も知らず「三友居」の主人が料理を運んできては説明してくれて、勉強になりました。

 それでも、これもあらかじめお茶の先生に聞いていたので、最初にご飯とお椀が出たときは両方のふたを取って合わせて右手に置くだの、最後は皆が一斉に音を立てて箸をおく「箸おろし」の作法などを知ったかぶりをして、主人から褒められました。

 この茶懐石の仕出しというのも、京都(だけではないが)の文化ではないでしょうか。

f:id:ksen:20191201165829j:plain「最近の日本語でいえば、ケータリングやなあ」とつい言ってしまいましたが、なかなかどうして歴史が違うのでしょう。

 先日、英国留学の回想記で、現天皇(当時親王)が「英国の特徴として感じたことに、伝統と革新の共存をまず第一にあげている」と書きました。

 京都がまさに似ているなと感じます。京都伝統の「一見さんお断り」なんて言わないで、飛び込みの外国人を受け入れて自分も一緒になって楽しむのがこの街の「革新性」とすれば、

 いまも続く茶事と仕出しの茶懐石の店は「伝統」でしょう。

 そういえば女将と一緒にワインを飲んだ検定1級の友人は、自宅の古い町家を必死に維持して、このたび指定文化財になり、9月には一般公開もしたそうです。これもまた「伝統」でしょう。

 たまたま昨日お昼の忘年会で隣に座った女性(職場の同僚の奥様)から、「川本さんのブログは京都でもお寺の話が出てきませんね」と言われました。そう言えば私は、どこの土地に行っても人間とその暮らしにいちばん興味があるようです。

 京都の人たちとのご縁に本当に感謝しています。